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善悪二刀  作者: 生姜寧也
第2章:魔窟恋路編

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第37話:メノウの目的

 自分とオリビアの車、後続の親子の車の前に分厚い匣を展開しつつ、慎重に外へ出た鉄心は、相手を注視しながらゆっくりと邪刀を抜き放つ。臨戦態勢を取るも、向こうは足を止め、ただ佇んでいるだけだ。闘気のような物も感じられない。

「出やがったな、薄汚い禽獣が。生憎と今夜はすき焼きだからな、鶏肉なんざお呼びじゃねえんだよ」

 挑発してみるも、相手の纏う空気に変化はない。鉄心は鳥人を視界に収めながら、じりじりと後退する。

「オリビアさん、出てきて。俺の横に」

 言われた通りオリビアが出てきて鉄心と合流する。その間も相手は動かない。そのまま鉄心は下がり続け、美羽たちにも同じ指示を出し、三人を一塊とし、全員を包む匣を展開した。もはや結界と呼ぶに相応しい強度にまで高めている。

 同時に相手も例の結界を展開しているらしい。ここは繁華街の中心まではまだ距離があるものの、外縁には差し掛かっているロケーションだが、人も車も皆この中道を避けて、大通りへ出て行く。

「オリビアさん! 周囲の索敵を」

「やっている。目に見える範囲には居ない」

 単独で乗り込んできたということだろうか。先日鉄心に劣勢を強いられたのは記憶に新しいハズだが、まさかオツムまで鳥頭ということはあるまい。何らかの策を用意しているのか。

(何が考えられる? 遠距離からの狙撃か? 何らかの方法で視認できない伏兵が居るのか?)

 鉄心の頭が高速回転し始めた矢先、ついに鳥人が嘴を開いた。

「待て。今日は話をしに来たのだ」

「……なに?」

 相手はマントから腕(毛に覆われているが翼型ではなく人の手と似た構造だ)を出すと同時、持っていたトンファーを地面に落とす。アスファルトを叩く乾いた音が響いた。そして無手をそのまま上に挙げ、降参のポーズ。遠目だが暗器の類も仕込んでいないように見える。本当に戦意は無い、と示している。

「私の名はメノウ。キミたちもご存知の通り、魔界の十傑と呼ばれる、その一角だ。三層を縄張りとする」

「三層!?」

 静流が後ろで驚愕の声を上げた。職業柄、魔族にはそれなりに明るい彼女だが、三層の個体が人間界に出張ってきた事例など、寡聞にして知らない。大戦期の英雄たちが四層の魔族に次々屠られた記録はあるが、それより上位魔族に当たる。思わず美羽の手を握るが、その娘の口から「大丈夫、テッちゃんは一度勝ってるから」と言われ、いよいよ現実感が喪失してしまう。幻の化物を超える化物が娘とクラスメートという事実。事前に聞かされてはいたが、いざとなると信じがたい事だった。

「まずは、ミウ・マツバラ。先日は怖がらせてすまなかった」

 メノウがスッと折り目正しく頭を下げた。

「え? え!?」

 親子でハモる。鉄心とオリビアも口にこそ出さないが、完全に意表を突かれた。

「信じてもらえないかも知れないが、あの時も危害を加えるつもりなぞ毛頭なかったのだ。ただ……その封印について、話があっただけだ」

 鉄心は警戒こそ緩めていないが、その言に納得するものがあった。と言うより、以前に抱いた疑問が氷解した。あの夜、美羽を強引に連れ去るつもりなら、当て身を食らわせるなり、もっと乱暴な手段を取った方がはるかに事をスムーズに運べたハズだ。だが実際はそれをせず、鉄心の到着を許してしまった。

「封印というのは、左胸の目玉みたいなヤツだな?」

「ああ。それの事だ」

 そう言って面々を見渡す。どうやら詳細を話す気ではいるが、ここにいる全員が関係者かどうか判断できないようだった。

「全員彼女の味方だ。問題ない、話してくれ」

 親子と視線を合わせた後オリビアが告げた。メノウは頷き、話し始める。

「まずは、その封印についてだが……それはミウ・マツバラの大きすぎる魔力を封じ込めるための物だ」

 件の研究者の推理と合致した。というより、あの推論を先に知らなければ、この鳥人が出鱈目を言っているとしか思えなかっただろう。それくらい荒唐無稽な話だ。ごくごく普通の女子高生に、十傑が出張ってくる程の莫大な魔力が眠っているなど。

「なあ、なんで美羽ちゃんなんだ? 俺たちは彼女がプクプクの赤ん坊の頃にお前ら知性体の魔族が何か仕掛けたんじゃないかって線で疑っているんだが?」

「……答えられない」

「ああ? ふざけんなよ、アホウドリが。ナメてんのか」

 鉄心が低い声で凄むと、味方である美羽や静流の方が竦み上がった。次の瞬間には抜身のままの刀で襲い掛かるのではないかという急迫の殺意が滲んでいた。

「……話すのは、我々の利害関係が一致する範囲のみだ」

 いよいよ鉄心の身が沈み、いつでも斬り込める体勢に移る。もう面倒くさい、生け捕りにして拷問して吐かせてやる、と背中が語っていた。普段はそこそこ理知的で対話を好む青年だが、強硬な手段も同じくらい好きなのだ。

「待て、鉄心。まずは話を聞こう」

 しかしそこをオリビアが制止する。

「向こうは小型のゲートを自在に操れる可能性がある。捕らえる前に逃げられたら、情報が得られない」

 一度は押し切った相手ではあるが、同時に逃げられたという事実も揺るがない。同じ轍を踏まない保証はどこにもない。

 暫く鳥人を睨んでいた鉄心だったが、やがて構えを解いた。メノウよりもホッとしたのは味方の面々である。鉄心の気が変わらない内に、オリビアは宙ぶらりんになっていた話の接ぎ穂をさっさと掴む。

「利害関係と言ったね? 今回のゲートの急激な接近には、美羽くんの中の魔力が大きく関与したと我々は睨んでいるのだが……魔族としてはゲートの促進は濡れ手に粟じゃないのか? 彼女の魔力を抑え付けたい、出来れば取り除けたらとまで思っている我々と、利害が合うのか?」

 魔力(魔族が操るもの)と氣(人間が操るもの)は峻別しゅんべつされているが、性質的にはほぼ同じと考えられているし、今はややこしいので相手に合わせることにしたらしい。

「まず勘違いを正したいのだが、我々とてコントロール不可のゲートは困りものなのだ」

「ほう」

「一応は計算して間引くように狩っているのでね」

 増えすぎた野生動物を行政が管理するような言い草だが、真実、彼らにとっては人類とはそういう位置付けなのだろうから仕方ない。

「なので我々としてもミウ・マツバラの内蔵する魔力はパンドラボックス。出来れば蓋をしておきたい代物だ」

 人間界の神話を起源とする語彙まであることに素直に驚く鉄心。予想より遙かに知能が高い。

「その蓋の話をしたくて、あの夜、美羽くんに接触したということか?」

「ご明察」

 オリビアとメノウ、波長がそこそこ合うらしく、ポンポンと会話が繋がる。

「つまり蓋の仕方を今から授けてくれる、乃至ないしは貴殿が蓋してくれるということか?」

「ああ、だが私では出来ない。彼女本人でないと」

 そこでいきなり水を向けられ(いや実際にはずっと彼女の話をしていたのだが)美羽は委縮した表情でメノウを見やる。心なしか目がスッと横に伸び、優しい表情になった気がする。顔が鳥なので本当の所は分からないが。

「これを」

 懐から小さな箱を取り出す。普通の魔鋼鉄とは少し違う赤褐色。そのまま上蓋を外し、歩いて来て、鉄心の間合いの手前に置いてまた元の位置まで下がる。警戒しながら足を出しかけた鉄心を、オリビアが抜き去り「私が確かめる」と言い残してズンズンと近付いていく。爆発物の類だった場合に備え、鉄心はオリビアの前面に大きな匣を作り、見守った。

 果たして中に入っていたのは、

「植物……草か?」

 オリビアが見たこともない、青白い茎の草だった。微かに発光している。直径で二センチくらいの太さがあり、先に小さな蕾がついている。花が咲くのか実がなるのかも見当がつかない。

 慎重に箱を持ち上げ、ゆっくりと歩いて戻ってくる。今の所は一切の敵対行動を取っていないとはいえ、十傑相手にアタッカーでもない彼女が無防備に背を向け得るのは、豪気か、はたまた鉄心への信頼か、その両方か。

 すれ違う際、チラリと中身を確認しただけで、鉄心は未だ抜刀したまま相手を油断なく見つめている。オリビアはそのまま彼の横を通り過ぎ、奥に守られている二人の下へ。親子仲良く覗き込むが、不思議そうな顔をするのみで、やはりコレの意味する所が分からない。

「魔界の、ある特殊な性質の植物だ。ミウ・マツバラ。それを持ってみてくれ」

「へ?」

 手にある箱、メノウ、未だ警戒中で相手に向き合ったままの鉄心の背中、オリビア、そして最後に母、と順に視線をやる美羽。

「先にあの草を触ったらどうなるか教えろ」

 鉄心が嚙みつく。

「……魔力を吸い上げる。吸い上げた後は蓋をする」

 傷口が凝固しないように唾液を混ぜる自然界の吸血動物とは真逆だが、同じくらい気持ち悪い。

「大丈夫なの、それ」

 娘の事となり、静流も口を挟まずにはいられない。

「対症療法であることは否定できない。一本が吸い取る量は知れているし、塞いだとて抑えておける時間も長くはない」

「効果のほどもだが、何より副作用などを危惧しているんだが」

 オリビアの注釈にメノウは肩を竦め、

「今言ったように、焼け石に水よりはマシ程度だ。副作用が出るような大きな効力は持っていない」

 と説明する。確かに薬効においても強力な物ほど比例して副作用も大きいイメージだ。ただそれらしいことを言っているだけ、という可能性もゼロではない。結局このメノウという男をどれだけ信じるかという一点に尽きそうだ。

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