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善悪二刀  作者: 生姜寧也
第2章:魔窟恋路編

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第35話:保護者面談

 午後。オリビアの車で美羽の母との待ち合わせ場所へ向かう。余人には何があっても聞かれてはならない話なので、会合場所に苦慮したが、結局メローディアに甘える形でシャックス邸にある防音室を使わせてもらう事にした。

 ちなみに鉄心はあの後オリビアの言う通り、美羽に朝食の感謝と「美味しかったよ」という月並みな感想を述べたが、彼女の方も「ありがとう」と簡潔に返しただけで終わった。美羽は自分が感じの悪い態度を取ったことを謝りたかったが、どうにもメローディアの幸せそうな顔がチラつき、素直になれなかった。また鉄心サイドにも少し気後れする事情があった。件の魔法陣の新情報を黙っていることだ。彼はいつぞや自分でも話した通り腹芸の上手い方ではない。何か隠している雰囲気を悟られ、それで余所余所しい態度を取られたのかも知れない、とも。

 ただ研究者のレポートに関しては、オリビアと話し合った結果、美羽には母親と一緒に聞かせるのが得策だという結論に至ったのだ。自分の中に得体の知れない巨大な魔力(氣)の鉱脈が眠っている可能性があるなんて事実、一人で聞かされるより、家族が傍に居る方が幾らかマシだろうという論理だった。

 なので、まあ、

(気まずい)

 と車内の全員が感じていても、このままにしておくより他ないのだった。



 待ち合わせはグランゴルフィール中央駅だった。一日平均で約70万人を呑吐(どんと)する国一番のハブ駅を指定してきたのは、職場の位置や住所を特定されない為だ。サポートの探知班の守秘義務は鉄鎖の如くである。もちろん鉄心たちも事情は分かっているので、気を悪くするハズもなく、寧ろ頼もしく思った。

 駅舎へは立派なレンガ造りの正門から入る。中は高い天井の吹き抜けとなっており、屋根はアーチ型。土曜日ということもあって家族連れの利用客が目立つ。昨日の大型ゲート発生の報道の影響で、外出控えがあるかと思われたが、平時とそこまで大差ないようだ。

「あ、美羽~」

 入ってすぐの所に喫茶店のテナントが入っていて、そこのオープンカフェスペースの椅子に女性が一人腰掛けていた。その彼女が、立ち上がり手を振ってくる。美羽も「ママ!」と声を上げながら駆け出し、すぐさまギュッと抱き着いた。

 美羽とは対照的に細身で小柄な女性だった。二人くっついていると、娘の方が明らかに体が大きい。また顔立ちも、美羽は丸顔のドングリ眼で、どちらかというとタヌキを思わせるのに対し、母親の方は面長の顔に細目でキツネ顔だった。そして随分と若く見えた。肌の具合から見て三十代中頃か。

「あ、こっちは薊鉄心くん。例の……」

 美羽は微妙な距離感だった先程までを忘れたかのように、溌溂とした笑顔で鉄心を母に紹介する。学校でもそうだったが、近くに親しい人が居ると少し闊達かったつになるようだ。もちろん人間誰しも少なからずそういう所はあるが。

「ああ、どうも~。娘がお世話になってます。母の静流しずるです」

 時折だが語尾を伸ばすクセがあるらしい。呑気で朗らかな印象だ。お辞儀されたので、鉄心も同じように返す。

「じゃあ、ママは会計してくるから。積もる話はお宅に伺ってからにしましょう?」

 という運びとなり、帰りは鉄心を乗せたオリビアの車が先導し、松原親子の車がその後に続く形で、シャックス邸へ舞い戻った。



 屋敷には既に主人の姿はなかった。やんごとなき事情により、泣く泣く今回の会合は欠席となったのだ。主人不在の邸宅に人を招くなど、又貸しするようで気が引けて仕方なかったが、メローディアが快諾するものだから(また他に候補も無かったことから)使わせてもらう事とした。いやらしい話だが、彼女の側としても、鉄心に恩を売れた上、なし崩し的に長期滞在させる布石ともなり、そう悪い話でもなかった。転んでもタダでは起きない強かさは、伊達に面倒な社会で揉まれてきていないという証左か。

 壁から天井まで幾つも防音パネルを貼った固定遮音構造の一室は、一体何の目的で作られたのかと訝しんだものだが、部屋の中央あたりにピアノが鎮座し、本棚に声楽関連の本やらが並んでいるのを見て、一行はメローディアの習い事の為かと得心した。とは言え実の所、母を亡くしてからは講師を呼んだりといったこともなく、死蔵に近い状態なのだが。

 美羽の母、静流は部屋に入るなりコンセント付近やら時計の裏やらを嗅ぎ回る。トランシーバのような見た目の発見器を使い、盗聴用の機器がないかを調べているらしかった。かなりプロ意識の高い人だなと感心しきりの鉄心だったが、

「今日は特別よ~。普段からこんなに気を張ってちゃ疲れちゃうから」

 と静流は悪戯っぽく笑うのだった。

 室内には休憩スペースもあり、寄木テーブルを挟んで黒革のソファーが二つ並んでいる。鉄心とオリビアが片側、松原親子がもう片側に座って対面した。そして座るや否や、改めてという形で静流が頭を下げる。閉じた両足の膝に手を置いて、非常に折り目正しく。

「薊さん、この度は娘の窮地を助けて下さり、本当にありがとうございました」

 美羽も慌てて右に倣って頭を下げる。床を見ながら、イザベラの件ではキチンと礼を言ったが、十傑の件は色々と余裕がなく、畏まった礼は出来ていなかった事に思い至る美羽。同時に自己嫌悪にも陥る。思えばこれだけ大恩があるのに、少し他の女の子に優しくしただけで拗ねるような態度を取るなど、と。

「いえ。まあ、良い運動になりましたから」

 十傑と一戦交えてこんな返しが出来る者など、世界でも片手で数えられるほどしか居ない。静流は職業柄、そして母国の戦士でもある故、鉄心の事を少しは知っている。平良の分家の薊に紛うことなき麒麟児が居ると。

 実際に相対してみると、この薊鉄心、特に毒気の無い朴訥な少年にも見える。だがその奥に潜む苛烈を見抜けず、子供と侮り、良いように力を利用しようと不実な真似をすれば、地獄を見る。歳相応の潔癖さがあり、清濁併せ呑めず、しかし濁の方を皆殺しにする力があり、それを躊躇わない。そして歳不相応な頑固さや芯があり、オリビアのような年長者に言われても決して己を曲げることもない。それでいて平素は傲慢ではなく優しい。

(ちょっと底が見えない子ね)

 静流は勘が良いらしく、もちろん全て見抜いたワケはないが、それでも鉄心に気味の悪さを覚えた様子だ。それを見て取ったオリビアが微苦笑を浮かべながら、

「大丈夫ですよ。鏡みたいなものです。こちらが誠実に接し裏切らなければ、同じものを返してくれます。殺される事はないですよ」

 隣の部下の頭をクシャクシャと撫でる。意外にも鉄心は嫌がらない。

(殺される……)

 美羽は剣呑な一言を聞き逃してはいない。彼女は母と違って鈍い方らしく、平時の鉄心に薄気味悪さを感じることはないが、あれ程の強さを持つ人間が心に修羅を飼っていない筈もないのだろうと漠然とは思っていた。だが不思議と怖さはなかったし、気持ちが変わることもなさそうだった。もちろん「誠実に接し裏切らなければ」という但し書きは肝に銘じるが。

「さて。本題に移りましょうか」

 鉄心の頭から手を離すと、オリビアはノートPCを開き(今度は予めスリープにしていたらしく起動で時間を食うことはなかった)、ニ、三操作した後それを反対側にクルリと回し、親子の方へやった。動画の再生を促すと、静流の方がタッチパッドに指を乗せた。

「え? これ……」

 動画の途中で美羽が呟いたきり、再生が終わっても親子は言葉を失っていた。だが数瞬置いて、静流が動画の途中をクリックして、一時停止、魔法陣内の瞳が閉じられている箇所を凝視するという、朝の鉄心と全く同じ行動を取った。そしてやおら顔を上げ、

「美羽、ちょっと見せてみて」

 と言って娘のワンピースを脱がせにかかる。

「ちょっと、ちょっと落ち着いて! ワンオペのテツも居るんですから」

「ワンオペが違う意味になるでしょ、それ」

 実際に昨夜、美羽の胸の感触を思い出しながらワンオペしそうになったが、後の罪悪感を考慮して踏みとどまった鉄心としては内心ギクリとした。

 だが場を和ませようとしたオリビアの乾坤一擲のギャグはダダ滑り(そもそも内輪ネタに過ぎた)、鉄心にダメージを与えただけだった。親子は脱衣と確認は後にし、動画とは別窓で開かれているメールの内容を読み始めている。一心不乱といった様子で、最初からオリビアの下ネタなど聞こえてはいなかったようだ。

「なる……ほど」

「……」

 そして読み終える頃には暗く沈んだ表情に変わる。下手な慰めは逆効果かと思い、オリビアはゲートの促進と鉄心の確変についても、推論でしかないと前置きつつ話した。美羽の揺れる瞳が鉄心を捉え、縋るように見つめてきた。鉄心は敢えて軽い調子を意識して、

「取り敢えず、ただちにキミ自身がどうこうなるって可能性は低いと思うよ。仮に人体に何かあるなら、氣をもらった俺も無事じゃないハズだから」

 と請け合い、腕まくりして力こぶを作って見せた。その剽軽な様子に、今度は美羽も小さく笑ってくれた。だが勿論、彼女の憂いが全て晴れたワケもなく、すぐまた深刻な表情に戻る。場にしばしの沈黙が下りた。

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