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善悪二刀  作者: 生姜寧也
第2章:魔窟恋路編

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第33話:烙印に関する考察(後編)

 メールを切り上げて鉄心は顔を上げる。

「つまり美羽ちゃんの中に封印されている魔力、というか氣が存在していて、それの封印が解けかかっている、という推論ですか」

 オリビアが真剣な表情で頷く。

「更に言うと、先に荒唐無稽と言ったと思うが、その封印から漏れだした魔力、氣がゲートに作用したのではないかと個人的には疑っている」

 確かにゲート出現が急激に早まったのと新入生が校舎に通うようになった時期の符合は偶然にしては出来過ぎているようにも思えた。ただ陰謀論よろしく、こういった当て推量は、偶然にすら意味を見出そうとして知らず穿った物の見方をして疑心暗鬼のドツボに嵌った挙句、真相は結局ただの偶然でしたなんてことが往々にして起こる。もちろんオリビアもそこら辺は心得ているからこそ、仮説の域を超えた言い方はしなかった。

 なので鉄心も可能性の一つとして心に留めておこうと考えて、

「あ、いや」

 不意に閃くものがあった。眉間を揉みながら記憶を辿っていく。オリビアは焦れったいが声を掛けずに待った。するとやがて「こっちも推論の域は出ませんが」と前置きした上で、鉄心は今までの「確変状態」について話し始める。

 最初、つまり登校初日だが、氣の計測の時間、美羽に抱き着かれ胸の谷間に顔をうずめられた。そこから昼休みに子爵令嬢を退けた時、そして翌日に貴族クラスで大立ち回り、更にハゲ呪術を使った時、いずれも氣の充実を感じていた。そして一昨日から昨日にかけて、何度となく美羽の胸と接触した結果、シリウスへのハゲ呪術、更には腐敗狼への大技もかなり冴えわたっていた。

「正確には左胸、つまりあの魔法陣の辺りですが、あそこへの接触が起点になっているように感じるんです。今思い返してみれば」

「ふうむ。実際、その時に力が増幅した感覚みたいなのはあったのか?」

 オリビアの質問に鉄心は再び眉間を揉む仕草をして、

「どうだろう。体がポカポカするような、熱くなるような感じは、あった、かな?」

 と歯切れ悪く答える。

「それは単に発情しているのとは違うのか?」

「……いやあ、その、ははは」

 上司の白い目に耐え切れず苦笑い。ただ鉄心を責めるのは少々酷でもある。Fカップ女子高生の胸の谷間に顔を埋めながら(しかも先程知った情報は当然ながら全く無い状態で)、自分の氣に変化があるかどうか感覚を研ぎ澄ませておけというのは無茶だ。

「まあ、仮説に仮説を重ねた前提の上の仮説だからな」

 仮説のバーゲンセール状態である。信憑性など元よりあってないようなもの。

「ただもし、この仮説の全部が本当だった場合、魔族の連中は、また狙ってくるでしょうね」

 ゲート顕現の促進、人への氣(魔力)譲渡、これらが可能な貯蔵庫。人にとっても魔族にとっても無視できない存在。

「松原美羽……彼女は一体何者なんだ」

 オリビアの疑問に答えられる者は、この場には、いや人類には居ないだろう。



 先にオリビアを帰し、もう少しだけ残っていた朝のルーティンを終えた鉄心が階段を上りきった辺りで、部屋に入ってくるメローディアと鉢合わせた。朝から相当めかしこんでいた。ストレートヘアに毛先だけ軽く内側に巻いた髪でかなり印象が変わっている。脛の大半が隠れるロング丈のプリーツスカートは黒を基調にベージュのラインが等間隔に入りシックな印象。そこに合わせるトップスは明るすぎない水色ニットで、彼女の瞳の色とも似ていた。大人になりきらず、ガーリーにも過ぎず、この年頃にしかない魅力がファッションで強調されている。

「ああ、メロディ様。おはようございます。ゆうべは結局お世話になってしまって……」

 もちろんメローディアにも利(恋敵の美羽と鉄心を二人きりにさせない)があってのことだが、一宿一飯の恩には変わりない。「ええ」と曖昧に返す家主だったが、視線には隠しようのない熱が籠っている。トレーニング後の鉄心の肉体。汗で張り付いたシャツ越しに、岩のようにゴツゴツした胸筋が見え、背中側は僧帽筋に押し上げられた肩甲骨が翼のように浮き上がっている。そして何より瞳には微かな殺気の残滓が窺えた。挨拶こそ慇懃だったが、その実、全身が殺し合いの準備を済ませているような、粗野で剣呑な雰囲気をビリビリと発している。

 二時間以上かけて汗だくのドロドロになり獣性すら漂わせる男に、二時間以上かけて髪をセットしてメイクしてコーデを吟味して想い人の為に綺麗に可愛く仕上げてきた女が、逆に見惚れて悩殺されているのだから、恋というものは理不尽極まりない。

「それで?」

「え?」

「メロディ様も鍛錬ですか?」

 用向きを聞かれていたのだと、ようやく気付いたメローディア。ここにはシェルターくらいしかないので、鉄心はそう当たりをつけたのだが、聞きながらメローディアの格好を見て、

「いや違うか。そんな綺麗な格好でやるワケないですよね」

 と、自分で改めた。

「じゃあ、俺に用ですか?」

「……」

 メローディアの頭の中はプチ洪水状態である。用向きも咄嗟に答えられない程に魅入られていた事実に恥じ入る気持ち。サラリと、本当に自然に、オシャレを褒められた喜びと驚き。

 固まってしまったメローディアに埒が明かないと判断した鉄心は少し大きな声で名を呼んだ。

「メロディ様? それで鍛錬じゃないなら、俺に御用ですか?」

「え!? ええ、そうね。おはよう」

 間の抜けた返答に、鉄心は相好を崩した。既に殺伐とした雰囲気は薄れつつ、しかし未だシリアスだった彼も、まさか公爵様がこんなボケをかますとは思わず、一時、美羽関連の憂慮も忘れた。

「そ、そんなに笑うことないじゃない!」

 顔を真っ赤にして抗議するメローディア。

「いや、別に馬鹿にしたワケじゃないんですよ。ただメロディ様でも寝惚けて人前に出ることもあるんだなって」

「寝惚けてないわよ!」

 見惚れていただけである。

「いや、本当に馬鹿にしてるんじゃなくて……ただ何か可愛いなって」

「かわ!?」

 外見を美しいと褒めそやされる事は多いが、言動を可愛いと表現されるのは、彼女の記憶する限り、ほとんど無いことだった。照れ隠しに怒ったフリをしていたのに、その気勢すら殺がれる。

「で? 結局、何の用だったんです?」

「……朝食の用意が出来たから呼びに来たのよ」

「はあ。なるほど? ありがとうございます」

 それくらい侍従を寄越せば良かったのでは、と顔に書いてある。彼は朴念仁とまでは言い切れないが、少なくともメローディアの懸想に気付いた様子はない。わざわざ朝から着飾って公爵自ら使いパシリがやるような用事まで買って出て自分の所にやって来た意味を深く考える前に、目先の食欲につられ、「そういや腹減ったな」なんてボヤキながら歩き出す。かと思えば、

「あ、そうだ」

 と何かを思いついて立ち止まる。メローディアを振り返った時には、また真剣な、仕事モードの顔をしていた。

「さっきオリビアさんが検体料の査定を持って来てくれたんですが……」

「ええ」

 研究所の職員と回収業者を見送ったのは他ならぬメローディアだ。

「後で諸々計算して、メロディ様の分もお渡しします。女王からの報酬の分配も」

「え!? そんなこと」

 彼女からすると、お金を貰えるような仕事が出来た気はしていない。断りの言葉を考える前に、しかし鉄心が首を大きく横に振った。

「ダメですよ。受け取って貰わないと。アナタにとっては雀の涙ほどかもしれませんが、額の多寡の話ではないんですよ」

 ケジメの話である。

「腐敗狼の群れの内、一体は確かにアナタが討ったものだ。それに俺が来るまでの間、アナタとサリー先生が持ちこたえてくれてなければ、死者ゼロでは乗り切れなかったハズです」

 いつの間にか、鉄心は完全に体ごと振り返り、あの時の、メローディアを叱咤した時と同じ構図になっていた。流石に肩までは掴んでいないが。

「俺は一度アナタの助力を断っておきながら、結局アナタに助けられた形です」

「そんな! それは予報があんなにズレるなんて誰も」

「それでもですよ」

 メローディアの言葉を遮り、静かに言う鉄心。そこにはプロの矜持が覗いていた。即ち、不測の事態も込みで自分の実力不足であったと。言い訳は恥と知れと。

「ありがとう。アナタに救われました。初陣であれだけ勇猛に戦える人は実際少ない。確かにアナタはエリダ様の御息女だ」

 メローディアはまたも涙ぐむ。鉄心に会ってからというもの、涙腺のガードが下がり続ける一方だった。彼女としては時間をかけて整えたアイラインを涙で崩したくはないのだが。

「……まあ、なので、アナタとサリー先生にはウチの会社の査定基準にはなりますが、それに照らして適切な取り分をお渡しします。これは決定事項。というより最初から俺の報酬とは言えない金です」

 受け取ってくれますね? と優しく訊ねる頃には、既にメローディアは鉄心の胸に顔を埋めていた。コクコクと頷いて返事とする。

「髪……普段のウェーブも綺麗ですが、こうすると可愛い感じですね」

 ヘアアイロンを当てながら、鉄心がどう反応するかドキドキしていたのに、さっきから気付いているかすら怪しいレベルのスルーっぷり。それがいきなり、こうして無遠慮に手に取って慈しむように梳かれて。それだけで一瞬で満たされるのだから、

「……ズルいのよ」

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