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善悪二刀  作者: 生姜寧也
第1章:学園防衛編

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第30話:1章エピローグ(前編)

 完全にゲートが閉じるのを確認して、鉄心は速やかに帰投する。ボヤボヤしていると二階、三階から降りてきた少女たちに揉みくちゃにされそうだ。以前クラスの子らが鉄心を胴上げしようとして断念した事があったが、今度こそ実現されてしまいそうだ。

 校門を抜けると近くに停まっていたオリビアの車へ身を滑り込ませる。すぐさま美羽が寄って来て、手を握った。

「凄かったよ! 凄かった!」

 それだけを繰り返す。礼を言うのも変かと思い、鉄心も手を握り返しておく。

「美羽ちゃんも何もなかったようで、安心したよ」

 緊急事態とは言え、未だ安全が確立していない美羽から目を離すのを鉄心は躊躇ったが、逆に彼女の方が「行って助けてきて欲しい」と願ったのだ。やはり思いのほか強く、思った通り優しい子である。鉄心はそう感じたが、実は美羽から言わせると、それも鉄心のおかげなのだった。誇りを捨てて生きるくらいなら、抱えて死んだ方がマシ。その言葉に強く影響された。

「出すよ」

 返事も待たずオリビアがアクセルを踏んだ。

「万事、手筈は済んでるから」

 彼女の言う手筈とは、情報統制(そろそろ国営テレビの記者は現地入りするが、民放はまだ不許可である)や怪我人の搬送手配、魔族の死体を回収する業者の手配、その搬入先である研究機関への連絡、等々。全てである。

「さっすが。仕事が早い。助かります」

 おべっかではなく、本心である。縛りやピンハネがあっても、鉄心が組織に属する最たる理由でもある。面倒な事を全て代わりにやってくれるという。

「そうそう。新居の候補も上がってきている。後で確認してくれ」

「そういや、そんな問題もありましたね」

 隣に座る美羽と目が合って、お互いすぐに逸らしてしまった。

「あっ、私からも報告。えっと、明日、ママと会うんだけど、その時に改めて例の烙印のことも話したいんだけどね。そこにテッちゃんも来て欲しくて。娘を任せるなら、やっぱご挨拶しときたいって」

 美羽は膝の上でスカートの裾をキュッと握りながら、俯いて話す。頬が僅かに赤い。それはそうだろう。同居に親への挨拶など、それはまるで……

「婚約みたいだな」

 笑いながらオリビアが割り込む。美羽は口をパクパクさせる。思いながらも決して言うまいとしていた言葉を容易く言われてしまった。

「ちょっとオリビアさん!」

「ははは」

 未だ十傑の件が片付いたワケでもないが、車内には弛緩した空気があった。



 双子の姉が意識を取り戻したのを見て、メローディアはようやく安堵の息を吐いた。高潔な職業倫理意識に支えられ、保険医が残っていてくれたのが幸いだった。適切な処置をすぐに施してくれた。その傍ら、我先に逃げようとして扉の前で圧し潰されたメローディアのクラスメイト達も幾人かベッドに寝かせて治療に当たっていた。

 奇しくもラインズが鉄心に言った通りである。いざとなれば本学の貴族生徒たちはサポートの者たちを囮にしてでも逃げる。その囮となってしまった姉妹と、逃げ出したは良いが無様を晒して動けなくなった者達。同じ空間で同じ医療を受けていること自体、メローディアには何らかの冒涜行為のように思われた。しかも一層情けないことに、双子の妹の方は校医への感謝を何度も口にしているのに対し、貴族生徒たちは「あそこが痛い、そこがしんどい」といった不平ばかりで、あまつさえ「ここが襲われたらどうする。救急車で搬送してくれ」などと言い出す者まで居た。

(とはいえ、私も人の事は言えないわね)

 途中まで臆病風に吹かれていた。逃げることも考えていた。やはり本当のヒーローは鉄心だ。そしてここにいる校医だ。また妹を命懸けで庇ったあの姉だ。

(私は……)

 メローディアが自己嫌悪に陥りかけた時、二人して改めて校医へ礼を述べていた姉妹が、彼女の方を向いた。

「あの、ありがとうございました! 本当に何とお礼を言って良いか!」

 憧憬と感謝で目が輝いていた。

「結局助けてくれたのは、てっ、いえ、平良の人よ」

「そんなこと……もちろん平良の方にも感謝してますけど、公爵様が居なければ、あの方が駆け付けてくれるまでに二人とも死んでました! 沢山助けを呼んで、公爵様だけが来てくれたんです! 誰が何て言おうと、私たちのヒーローです!」

 メローディアの目頭がカッと熱くなる。何とか落涙だけは避け、クルリと後ろを向いて「お大事に」と短く告げ、保健室を後にした。閉じたドアの向こうから姉妹が未だ何か言い募っていたが、答える余裕はなかった。

 自分も。自分もヒーローの列に加わって良いのだろうか。鉄心の言葉が再び蘇る。違うなんて言うヤツが居たらブッ飛ばすと。泣きそうな顔で噴き出してしまう。

(私がブッ飛ばされちゃうわね)

 胸を張ろう。ヒーローになれたんだ。少なくともあの姉妹にとっては。それを後押ししてくれたのは、言わずもがな、自分の想い人、薊鉄心だ。もう流石に気付いた。気付いてみれば何故いままで気付かなかったのか不思議なくらい、自分でも持て余すほど大きな想いだった。

 優しく指導してくれた時の顔、グラン・クロスで実験する時の子供みたいな顔、さっき叱ってくれた時の顔、そして災害級の魔族を全て一人で倒した時の怜悧と獰猛が混じり合ったような瞳。今思えば、どの鉄心からも片時すら目が離せなかったではないか。本当に何故、今の今まで気付かなかったのか。

 また自虐的な笑みが浮かびかけた所で……彼女の携帯が鳴った。着信画面には薊鉄心の名前。昨日、帰り際に勇気を出して聞き出したは良いが、迷惑を考えて昨夜遅くも今朝も、結局かけられなかった相手。早く取らないと幻でしたと消えてしまうワケでもないのに、メローディアは飛びつくように受話ボタンを押す。

「も、もしもし」

 上ずった声が出て、自分を呪う。何故もっと可愛い声が出ないのか。この声帯は。

「あ、メロディ様? 色々置き去りでスイマセン。さっさとズラからないとヤバそうな雰囲気だったので」

 置き去りとは主にグラン・クロスの事だろうか。

「良いのよ。状況は分かっているわ」

 鉄心が他の女子たちに揉みくちゃにされる状況に陥らなかったのだから彼女としては結果オーライである。家宝に対して酷い話ではあるが。

「そう言っていただけると助かります。で、ですね。今日俺たち打ち上げをすることになったんですけど」

 先程の車内でそうなった。オリビアが経費で落とせると言うので是非もなかった。

「今回の功労者のメロディ様も呼ぼうという話になって」

「行くわ」

 食い気味である。

「あ。来てくれますか。回らない寿司になりそうですが」

「大好物よ」

 食い気味である。大好物なのも嘘ではないが、そもそも鉄心と会えるならコッペパンと水だけでも余裕で馳せつける。

「良かった。じゃあ、後で店の住所をメールで送ります。夕方の六時に店の前で待ち合わせましょう」

「わかったわ」

「では」

 それで通話が切れた。メローディアは携帯をパタンと折り畳み、もう片方の手で知らず小さくガッツポーズをしてしまっていた。先程まで半ベソかいていたのが嘘のようだ。普段はクールビューティーで通る彼女が、ニタニタと抑えきれない笑いを浮かべる様はかなり不気味だった。



 学園、というより国のお偉いさん方も含め、各所が上を下への大騒ぎだった。無事な生徒たちは今日は全員早退。怪我した生徒たちは病院へ。例の双子の姉も検査入院となる見通しだ。魔族の死体はテレビクルーが入る前に迅速に業者が回収していった。サイクロップスなどは相当な重さと大きさだろうに、屈強な男たちが人力と工具を巧みに使い分け、巨大なトラック(恐らくは特注品)の荷台に畳んで押し込み、死体を完全に密閉する特製品の黒塗りのカプセルを被せ、風のように去って行った。メローディアも後学のため、見させてもらったが、業者も立ち会いの研究員も目を丸くしていたのが印象的だった。こんなに綺麗に仕留められた七層魔族は見たことがない、と。わずか二太刀で、しかも同じ個所をなぞるように斬っている為、傷口は一つ。しかも七層だけでなく、六層のマンティコアまで全く同じ傷で事切れているのを見て、もはや絶句していた。メローディアは我が事のように誇らしくなり、これはたった一人の少年が、しかも二体同時に倒したのだと、聞かれてもいないのにベラベラと喋っていた。

(いけないわ。私の嫌いなタイプの、夫の功績を自分の手柄みたいに語る夫人のようになってしまってる。夫人……彼の妻……ふふ、ふふふ)

 重症だった。

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