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善悪二刀  作者: 生姜寧也
第1章:学園防衛編
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第3話:明るいクラスと暗い影

「以上の事から、ゲートの早期発見はサポート班の第一義となるワケです」

 サリー先生は教科書を片手で持ちながら、ゆっくりと教室内を歩き回る。わざわざここのような特殊な学校を選んで入学した生徒たちなので、学習意欲は非常に高く、教壇から下りずとも内職をする生徒など誰一人いないのだが、まあ純粋に同じ場所に立ち続けるのがしんどいのだろう。

「ゲート発見後の行動は、政府の対策機関へ可及的速やかに報告、アタッカー班を派遣してもらう、というのが大まかな一連の流れになりますね」

 二限目の「サポート総論」は座学ながら、実際の現場でも不可欠かつ有用な知識を扱っているので、クラスの女子たちは真剣そのものだった。あの田中でさえ蛍光ペンやシャープペンを頻りに持ち替え、見やすく分かりやすいノートを作るのに一意専心励んでいる。

 何となく鉄心も予想はついていたことだが、このクラスの生徒たちは全員サポート志望のようだった。アタッカー志望なら、もう少しピリピリした雰囲気があるし、最悪サポートを見下した態度を取る者まで居る始末だが、このクラスは全員和気藹々としている。

「この時に最も気を付けることは何でしょう? えー、それじゃあ、エミールさん」

 ゴルフィール人の女の子たちは授業中の質問に積極的に手を挙げる。その沢山挙げられた手の中から、(基本的には一番早かった人を)指名する。鉄心たち日本人グループは互いに顔を見合わせていた。

「情報漏洩です」

「正解。そう、外部、特にゲート出現予測地点、その付近の民間人には知られてはいけません」

 正解したエミールは隣の席の子と軽くハイタッチしていた。難しい問題だったワケでもないが、こういうノリを「大袈裟な」と思うか「正解! やったじゃん!」とシンプルに考えられるかが陰と陽の境目なのかもしれない。

「それは何故でしょうか。えーっと」

 今度は日本人の女の子たち、つまり鉄心の周りの席の子たちも一斉に手を挙げた。実に日本人らしいことだ。そして鉄心だけは手を挙げなかった。同調圧力には屈さない。

「じゃあ、薊くん」

「なんでそうなるんですか!?」

 完全に不意を衝かれた鉄心は素っ頓狂な声を上げてしまった。教室中に大きな笑いが巻き起こる。鉄心は縮こまってやり過ごし、今度は声が裏返らないよう、二、三、咳払いをして(この時も少し笑い声がした)、ゆっくりと口を開いた。

「その……」

 今度は声が掠れた。再び教室中に笑い声が木霊する。先程のエミールなど、チンパンジーのように机を叩きながら品もなく大口を開けて笑っていた。もう鉄心自身も笑ってしまっていた。起点のサリー先生もここまで連鎖するとは思ってもみなかったらしく、教科書で口元を覆うもケタケタ笑いを隠し切れていなかった。

「あーもう! 事前に通達して住民たちに避難されるとゲートが全く違う場所に移動したりするから。そうなるとアタッカーの準備が間に合わず被害が甚大になる。ゲートの出現位置が確定している方が絶対に守りやすいから、知らずに過ごしてもらうのが、かえって被害が一番少ないんです」

 真っ赤な顔で捲し立てるように言い切って、ドカッと椅子に座り直す。無意識に立ち上がっていたらしい。横合いから松原の手が伸びてきて鉄心の背をさする。「どうどうどう」と狂犬を宥めるようなノリだ。

 そこでサリー先生が流石に収拾に乗り出す。パンパンと手を叩いて、

「はいはい。授業に戻りますよ」

 と仕切る。アンタが始めたんだろうと誰もが思ったが、ちょうどいい潮時でもあった。

「薊くんの言うように、ゲートを固定する為に必要なことだからですね。無辜むこの住民たちを囮に使うようで人道的ではないと主張する者も居ますが……準備を整えて待ち構えられるのと、突然現れて猛威を振るわれるの、どちらが被害が小さいかは自明の理。もちろん、自分の身だけ、自分たちの町が安全になるなら、他の町にどれだけ被害が及ぼうが知ったことではない、と考える輩は……そういう人面獣心の輩は、決して少なくないですから、だったら最初から知らせないのが一番という結論になるワケです」

 話の途中、サリー先生の瞳に憎悪の炎が一瞬だけ灯ったのを、少なくともゴルフィール人の生徒は見逃さなかっただろう。

 


 四年前にこの国で起きた「アックアの大虐殺」、これは彼女の言う人面獣心の輩が引き起こしたものである。

 当初、ゲートの出現予測が出たのは、ゴルフィールから遠く離れた大陸中央のルウメイ皇国の首都であった。通常、報告を受けた為政者たちは情報統制体制を敷き、自国のアタッカー隊、それで足りない場合は鉄心のような傭兵を雇って戦力を整える。しかる後は……神に祈りながら、粛々とゲート出現を待ち、迎え撃つ。間違っても避難行動などを取ってはならない。

 魔族の目的は人間の遺体を持ち帰ることではないか、と言われている。奴等に殺された人々の遺体はアビスゲートに吸い込まれていくからだ。用途不明なのが甚だ気味悪く恐ろしいが。とにかく、その推測に基づいて考えるなら、連中からするともし人間たちが避難していれば必要な素材がないのだから、他の場所にゲートを移すのは至極当然のことである。釣果が芳しくない釣り人がポイントを変えるのと同じことだ。即ち、釣り堀をそのままにしておいてポイントを変えさせないのが、予測地点の為政者たちの人類全体への責務である。お互い様の持ち回り制と考えれば分かりやすい。自分たちが今日平穏に暮らせたのは他のどこかの国がゲートを引き受けてくれたからに他ならない。なので自国が選ばれてしまった時には、今度は自分たちが世界に奉仕する番となる。

 そしてルウメイ皇国は魚を逃がし、世界を裏切った。まず最初に、我が身可愛さから皇帝一族、貴族といった国の中枢がクモの子を散らしたように国外へ逃げ出した。そしてそれを見た国民たちもゲートの出現を悟り、右に倣って逃げ出した。最悪である。僅かに残った住民のため、数名の誇りあるアタッカーが魔導具を構え、閑散とした住宅街を警邏する様子が偶然撮影され、「非国民」と題された(こんな高潔な人たちがルウメイ人であるハズがないという強烈な皮肉が込められている)その写真が賞を取ってしまうという不名誉までオマケされた。

 さまようゲートの方は遠く離れたゴルフィール王国の首都・グランゴルフィール南部のアックア通りに戸口を開いた。青天の霹靂であった。第十一層の魔族が五十体以上、第七層の魔族が三体と、未確認ながら第五層の者まで一体居たとも噂される、近年では最悪レベルの行軍を受けた。何の準備もしていないグランゴルフィールは成す術もなく、死の街へと変えられてしまった。日本からの援軍(とある怪物一族の親子)が到着し、魔族を皆殺しにしたのはゲート出現から四日が経過した後だった。死者は二十万人を数え、今も行方不明者の殆どが見つかっていない。

 ルウメイは世界中から糾弾され、大規模な経済制裁を受けることになった。更にこの経済制裁を理由に、ゴルフィールへの賠償金も全体の二割程度しか未だ支払われていないという不誠実も批難に拍車をかける。ゴルフィール内のルウメイ国籍企業の資産差し押さえ、ルウメイ人の国外強制退去などの強硬措置を取り、国交断絶も宣言したが、それくらいでゴルフィールの怒りが収まる筈もなかった。こうして両国の間には溝と呼ぶのも生温いレベルの軋轢が横たわることとなった。

 ここ二十年ほどは魔族の襲来が散発的になっており、小康状態と評する向きもある。そうすると大戦期の連帯感や高潔さが薄れ、今度は人同士で争い合う。経済制裁を受け、デフォルトまで追い込まれ、最貧国の仲間入りをしたルウメイの醜態が抑止力となり、第二の彼らが産まれない事を世界は願うばかりであった。

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