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善悪二刀  作者: 生姜寧也
第1章:学園防衛編

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第28話:遅れてきたヒーロー(前編)

 ゲート出現日が予報と大幅にズレた事、そしてよりにもよってその日に鉄心が学校に居なかった事、これらは間違いなく不運ではあるが、それでも大きな被害が出る前に駆けつけられたのは、不幸中の幸いだった。美羽とのデート先が、色気の無い話ではあるが、件の学校近くの日本食スーパーだったのだ。昨夜からの礼にと美羽が手料理を振る舞いたがったからだが、本当に何がどう転ぶか分かったモノではなく、畢竟ひっきょう、万事塞翁が馬ということか。

 新たな敵の登場に、狼たちは一様に鼻白んだ。勘の鋭さも野生の獣のソレか。瞬時に標的を定め直した。闖入者の少年は無理。少女たちは格好の餌であったハズだが、少年の術で守られている以上、やはり無理。となるとシールド一枚破れば大量の餌が手に入る大きな箱へ。実に14体もの十層魔族が足並みを揃えて、シールドへの体当たりを敢行した。

「っぐうう」

 屋上のサリー教諭の顔が歪む。ハンマーで後ろ頭を殴られたかのようだ。だが、それでも、膝を折るわけにはいかない。サシならまだしも、14体もの隊列となれば、もはや残っている教員全員で当たっても勝ち目は薄い。しかも生徒を守りながらなど……控えめに言って地獄絵図の未来しか見えない。だから、通すわけにはいかない。身命に代えても、である。

「薊くん! もたない! 早く!」

 サリー教諭の催促の通り、鉄心は校庭の中央辺りまで疾駆し、メローディアに合流した所で、何事かを話しこみ、なかなか狼の群れに対処してくれないのだ。

 ちなみに、この時の二人の会話は以下のようなものだった。



「良いですか、メロディ様。今からあの狼たちを一掃します。ですので、終わったらそっちの車椅子の子たちを校舎まで連れて行ってあげてください。保健室に解毒薬があるハズです」

 病院はもちろん、学校や公共施設などには魔族の毒を中和する解毒薬が備えとして置かれている。もちろん、全ての魔族の毒の解析が済んでいるワケではないが、十層・腐敗狼の毒は特効薬が普及して久しい。

 車椅子に乗る少女の膝に、覆いかぶさるようにしている補助役の女子。呼吸も浅い。一刻も早い治療が望まれる。車椅子の少女が「お姉ちゃん、ごめん」と繰り返しながら、涙声で手を握っている。同じ学年のリボンなので、双子の姉妹ということか。メローディアは二人を痛ましげに見つめていたが、やがて顔を上げ、鉄心の言葉にコクンと大きく頷いた。

 狼たちの連携は大したものだった。全体の八割ほどが一斉にラインを下げ、そこから助走をつけて突進。残りの者たちは二体ペアとなり、片方がシールドの手前で待ち構え、もう片方は走り込んで来てその背を踏み台にして高く飛び、二階の辺りに体当たりをかます。この波状攻撃が数度続き、ついに、

「ダメ!」

 シールドが崩れた。サリー先生は咄嗟に柵から身を乗り出し、下へ手を伸ばした。何の意味もない行動と切って捨てるには、あまりに強い想いが篭っていた。奇跡でも何でも良い。校舎の窓ガラスへと殺到し、今まさに砕かんと飛びかかる、あの狼たちを……

「躾のなってない駄犬だな」

 阻める者がこの場に一人だけ居た。

 邪刀がドス黒い氣を帯び、聖刀は淡く光る。思わず目を瞑ったサリー先生が、その目をもう一度開けた時には、魔獣たちは既に血まみれとなり、一匹残らず地面にむくろを晒していた。何が起きたのか全くわからなかった。

 無理もない。その一挙手一投足を見守っていたメローディアでさえも、同じく何が起きたのか全くわからなかったのだから。ただ全身に鳥肌が立ち、足から力が抜け、名槍を杖のようにしていた。不意に、いつかの昔日、母が言っていた言葉を彼女は思い出した。いわく、「平良を我々と同じ人間だと思うな」と。その意味が骨身に沁みて分かった。先程、自分が死に物狂いで戦い、負傷者まで出してしまって、ようやく倒せたのが1体。14体を瞬きの間に鏖殺おうさつせしめるなど、とても人の身に成せる業とは思えなかった。

 聖邪刀・檻匣おりばこ。邪刀・檻は特定箇所に対象を閉じ込める呪いの技であるが、抜け出そうと内側から触れると干渉を起こす。ちょうどユニークを主以外の人間が持った時の拒否反応に似ている。その拒否反応を無視し続けると、今の狼たちのように傷だらけのズタボロにされて、仕舞には絶命まで至る。だが当然、檻の中で大人しくして内側から触れなければ、何も起こらない。文字通り対象を閉じ込めることが主目的の技だからだ。だが、それだけでは勿体無いと考えた鉄心は檻の一面だけわざと開けたままの不完全な物を作り出せないかと試行錯誤した。そして数え切れない程の失敗を重ね、ついにそれを成功させた。そして、その開いたままの面へ匣を押し込むことにも成功した。これで新技の完成である。触れただけで傷つく内壁の部屋へ閉じ込めた相手を後ろから押して、壁とサンドイッチにするという寸法の、残酷ながらも効果的な新技。ちなみに匣を四つ作って四方を囲んで同じ事が出来るかと言うと、操作が難しいとのこと。三方を囲んでくれる檻を作って、一方を匣にして押し込む方が遙かに楽だと言う。四つ動かすより二つ動かす方が手間が無いということだろうか。ここら辺は鉄心本人の感覚による所も大きいので他人が推し量るのは難しいが。また彼は、いずれ檻だけで同じことが出来ないかやってみたいとも考えている。ただ一度作った檻を徐々に小さくしていくコントロールが非常に難しいとのことで、現状は檻と匣の合体技を使うことにしている。もっともこれらは、野球で例えるなら、155キロのカットボールやツーシームを投げられる人が、もっと良い握りはないかと模索しているようなもので、凡夫にはまず155キロのそれらを投げられない、という類の話だった。



「平良だ!」

「平良の人だ!」

 口々に声が上がる。校舎を覆っていた乳白色の膜が剥がれ、窓から恐る恐る様子を窺っていた生徒たちが教室内を振り返り、他の者達にも伝える。そして聞いた者達が窓に張り付き、というような事を繰り返すものだから、校舎の二階と三階には東から西まで全ての窓にギャラリーが犇めいた。

 鉄心は内心で溜め息。サリー先生が限界(あれ以上維持していたらブッ倒れかねなかった)だったから、敢えてシールドを壊させたのだが、同時にブラインドの役割をする物も無くなってしまった。結果、彼の頭部、巻きつけた御高祖頭巾に小さく刺繍された平良の家紋も見咎められてしまった。鉄心も頭では分かっている。こういう時の為に個人の不利を承知で家紋を見せるのだ。戦場にあって、一騎当千のつわものの旗印が味方に与える勇気の程は筆舌に尽くしがたい。それに「平良の誰かは二刀を使うぞ」と情報が出回った所で、それくらいで負けるような者は一門には要らないという事でもある。

(ただ、まあやっぱ嫌だけどね)

 いち戦士としては自分の情報はなるべく秘匿しておきたい。特にこの世界でもインターネットが一般家庭へ普及してきている昨今。慎重に慎重を期したいというのが鉄心の個人的な思想だ。

「キャー! 忍者よ! 忍者! ジャパニーズ卑劣漢!」

「忍者! 私も初めて見たよ! 凄い!」

「見せて、見せて! 本当だ! 和装と頭巾だ!」

 極度の緊張からの反動と、助かる見込みが強くなった故の解放感か。黄色い声援に気を良くするでもなく、鉄心は傍のメローディアの目を見る。

「メロディ様。さあ今のうちに」

「あ……」

「どうしました?」

「私……お母様やアナタのようなヒーローになりたかった。でも……光臨すら出せなくて。あんなに練習したのに」

 戦闘が終わったと思っているのか。校舎の安堵が乗り移ったのか。今頃、恐怖が湧いてきたのか。

「メロディ様。反省は後です」

「出来なくて……生徒にも怪我をさせてしまったわ。私、は」

「メロディ!」

 両手で肩を掴み、真正面から目を見つめる。

「いいか? 今キミは分岐点に居る。ここでグジグジしていて、そっちの子を死なせる。これは最悪だ、ヒーローでも何でもない。だが、すぐさま行動して助けられたら、キミはヒーローになれる。当然だ。命懸けで敵を倒した上、誰一人死なせなかったんだから。文句ナシだ。違うなんて言うヤツが居たら、俺がブッ飛ばす」

 肩に指が食い込む。その痛みと、鉄心の強い言葉に、メローディアの目に力が戻ってくる。

「なってくれ。ヒーローに」

 マリンブルーの瞳から一筋、涙が頬を伝う。やっぱり泣き虫メロディ。だけど悔し涙は鉄心が拭う。彼の指が目尻から離れた時、もうメローディアは貴族の誇りを瞳にたたえていた。

「任せて! あと、グラン・クロス預けるわ。必ず返して頂戴ね」

 双子の姉妹を両肩に俵のように担ぎ上げ、走り出した。確かに槍まで持つ余裕はなさそうだ。ただその槍を振るって鍛えた腕が、守るべき者達を力強く抱いていた。

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