表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
善悪二刀  作者: 生姜寧也
第1章:学園防衛編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

21/166

第21話:殻を破る

 感覚を忘れないうちにアウトプットの練習が始まる。当然、鉄心は手を出さない。

「横手に辿り着くまでフラットなイメージです。電流が電線をただ流れていると思ってください。横手の部分まで来てようやく電球に電気を流し込ませるイメージで……もう少し、もう少し我慢して」

 もしかすると槍穂の部分以外にも外送氣が出来るデバイスはついているのかも知れない(目立たない小さなものとか)けれど、今はややこしいので無視する。

 二度失敗をして臨んだ今回が三度目。日本には三度目の正直という言葉もある。

「大丈夫。大丈夫だから。十分に才能はある。出来ない道理なんてないから。落ち着いてごらん。いくら失敗しても付き合うから。大丈夫だよ」

 三度目を始める前に、鉄心はメローディアにそう声を掛けて肩を優しく撫でた。あえて敬語も使わなかった。それが逆に真摯さの表れだったし、彼女の心にもより沁み込んだ。

 果たして、三度目。

「来た!」

 輝いた。彼女の髪色と同じ、金色の眩いばかりの光だ。鉄心と二人で顕現させた物の三分の一程度しか帯は伸びていないが、それでも、結実であった。辛酸と研鑽の日々が、ついに目に見える形で結実したのだった。メローディアの瞳には涙が浮かび、後から後から頬を伝って、床板を濡らした。あれだけ泣いた後だったが、まだこれだけの涙が残されていた。何とか姿勢だけは保っていたが、やがて立っていることも困難になり、ゆっくりと膝を落とした。名槍が鈍い音を立てて床に落ちる。今だけは、少しだけ乱暴に扱ってしまう事を許して欲しい。ペタンと内腿で座り込み、両手で顔を覆って泣き崩れた。

「出来た! 出来たじゃないですか!」

 鉄心も我が事のように喜色満面で駆け寄る。メローディアはすぐさま彼の胸の中に顔を埋めた。もはや三歳児とその親かという頻度で抱き合っているが、共に過ごした時間は一日にも満たない二人。オリビアあたりが見たら「いや、仲良くなって欲しいとは願っていたけど、なんだコレ?」といった趣旨のコメントを残すことだろう。 

 と、そこで黄色い声が聞こえた。シェルターの入り口から数人の侍女が駆け寄ってくる。そしてそのまま抱き着かんばかりに主人へ殺到すると、口々に祝いの言葉をかける。おめでとうございます。よかったですね。ようやく報われましたね。中には涙ぐむ者まで居た。メローディア自身が彼女らへ光臨が上手くいかない苦悩を直接打ち明けたことはないが、それでも常に近くで仕えていれば察せようものだった。「盗み聞きなんて行儀が悪いわよ」と苦言を呈するメローディアだが、涙に掠れた声で、威厳など全然なかった。

「ようやくメローディア様にも春が」

 最も年嵩の侍従長などは感慨深げにそんなことまで言う。アタッカーの才能が芽吹いたことを春と表現しているハズだが、未だ名残惜しそうに鉄心のシャツの裾を摘まんでいるメローディアの様子を見ると、違った意味も含んでいたのではないかと邪推されてしまう。

「さあ、アナタたち。食事の用意が出来たのでしょう? 彼は大袈裟ではなく私の人生を救ってくれた恩人よ。最高級のおもてなしをお願い」

 収集がつかなくなりかけた室内を、鶴の一声でまとめ上げる辺りは、やはり人の上に立つ人間の才覚もキチンと受け継いでいるのだなと、鉄心は妙に感心してしまうのだった。



 夕食会は立食形式が採られた。庶民で平凡顔の鉄心にもテーブルマナー云々で嫌な思いをさせることがないし、また彼が好きな物が分からなかった為、幅広い料理を取り揃えられるこの形式を選んだ模様だ。ピザやパスタの主食から、フルーツの盛り合わせ、高級魚のソテー、キャビアの乗った合鴨ロースト、果てはワギュウのステーキまで焼きたてを用意してくれていた。肉の食べられない主人に配慮し、普段はそれらが食卓に並ぶことはないのだが、今日は鉄心のために、わざわざ後から買い出しに出た者が見つけてきたらしい。文化交流が活発化して以来、日本の高級食材もデパートなどの然るべき場所へ行けば普通に買える。折角日本人の鉄心をもてなすのだから、という計らいだった。

「しかし、急造コーチが結果出すとも限らんでしょうに。この料理の数々、買い出しまで行ってもらったみたいで、逆に申し訳ないですね」

「それは良いじゃない。最高の結果を出してくれたのだから。むしろ改めてもっと豪勢な食事に招待したいわ」

「いや、それは……コース料理とかになるんでしょう? 俺、苦手でして」

「そう言うと思ったわ。私も嫌いなのよね。食事は気楽にとりたいじゃない?」

 少し酒も回り(ゴルフィールは度数の弱い酒は16歳から合法である)饒舌に磨きがかかるメローディア。さっきから赤らんだ顔で鉄心の後をくっついて歩いている。

「それに、もしアナタが上手く指導できなくても、たぶん、彼女たちは私が人を招いたっていう時点で、これくらいの用意はしていたと思うわ」

「なるほど」

「滅多にない、どころか、母も存命の頃にたまの来客があったくらいで、私個人が人を招いたのはアナタが初めて……かしら?」

 後半は近くに控える給仕役の女性に訊ねていた。主人に話題を振られたが、黒子に徹したいらしく、軽く顎を引いて首肯するのみだった。或いは先程の大はしゃぎを省みて、自制しているのかも知れない。

「へえ。結構慣れているのかと思ってました」

 鉄心自身にも貴族に抱くステロタイプというものを、知らず彼女にも当てはめていた節があったことに気付かされ、ひとり反省である。

「全然よ。友達なんて居ないもの。あ! 男性に抱き着くのだって、誰にでもするワケじゃなくて、父以外では初めてというか、ああ、いや、忘れてちょうだい」

 酒の力も手伝って余計なことまでカミングアウトしてしまう。鉄心としてもどう反応して良いかわからず、結局、料理に逃げることにした。

「お、このステーキ美味い。なんちゃって和牛じゃないな」

 多少質を落としても物珍しがってゴルフィール人が買うものだから、まがい物レベルの肉を扱う悪質な業者もあるにはあるのだ。だが、これは本物の柔らかさだ。

「…………私も頂いてみようかしら」

 周囲に控えていた全員が、驚きに目を見開いた。唯一、事情を知らない(目の前で父を奪われたという事くらいは伝え聞いたが、食肉に支障が出る程のトラウマを抱えた所までは知らない)鉄心だけ、ああどうぞという感じで道を開けた。

「……」

「どうかしました?」

「変なことをお願いするのだけど、出来るだけ赤身の部分を切り分けて、食べさせてくれないかしら」

「え? 俺がですか? あーんみたいな?」

 コクリと頷いたメローディア。彼女にも際限なく甘えている自覚はある。これ以上して貰う厚かましさを恥じ入る気持ちもある。だが、彼が手ずから食べさせてくれたら、いけそうな気がするのだ。人生の悲願の一つが叶った最高の日、叶えてくれた人の母国の料理、それをその人と同じ食器で頂けたら。万が一にも嫌われたくない相手の前で戻すこともないだろう。ここまで揃っている状況で克服できなかったら、本当に人生で二度と食べる事は出来ないだろうとも思う。

「メロディ様って意外と甘えん坊ですよね」

 仕方なさそうに苦笑する鉄心。言いながらも手を動かし、ラードを避けて小さな一口サイズの赤身肉を切り取っていた。

「はい、あーん」

 侍従たちが固唾を飲む中、メローディアはパクリと一口で平らげた。ギュッと目をつむり咀嚼する。「美味いでしょ?」と声を掛けられ、目を開けると鉄心が笑っていた。その笑顔に、力が抜け、ストンと飲み込むことが出来た。気持ち悪さは全くなかった。今まで食べられなかったのが嘘のようだ。鉄心が美味しいという物を自分も美味しく味わいたい。そんな単純なことで、メローディアの七年の呪縛が解けた。

「ねえ、鉄心」

「はい」

「ありがとう。本当に、ありがとう。今日のこと、一生忘れないわ」

 鉄心は大袈裟に感じたらしく、キョトンとした顔。可笑しくて、メローディアはまた泣き笑いを浮かべるのだった。



 離れがたいメローディアは「泊って行けばいい」と提案したが、鉄心にも帰ってやる事があるので丁重にお断りした。侍従たちも流石にコーチとは言え、同年代の異性を一泊させるのは、万が一にも他に漏れれば醜聞になりうると反対した。実際、男女の機微を理解しきっていない無垢な主人が、夜中につい鉄心の部屋を訪れ、そのまま間違いが起きる可能性は低くないように思えた。気付いていないのは本人ばかりで、侍女たちの目には、もはやメローディアの鉄心への気持ちは丸わかりである。結局、また明日と言い合い、屋敷を辞した鉄心の背を見えなくなるまでメローディアは見つめていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ