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善悪二刀  作者: 生姜寧也
第1章:学園防衛編
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第2話:遅れてきた新入生(後編)

 教室内を見渡すと、クラスの七~八割程度は既に登校しているようだった。黒板の上に掛かった丸時計を見ると、八時十二分を指していた。三十分からホームルームなので少し時間がある。

(あ、しまった。どこに座れば良いか聞いておくんだった)

 サリー先生から貰った紙袋の中に、それらしい案内が無いかゴソゴソと探していると、やや遠くから大きな声が掛かった。

「ねえ、キミ、薊くんだよねー?」

 顔を上げると廊下側の中列から後列の辺りに友達グループらしき一団がまとまっており、全員がこちらを見ていた。ちなみに当然のように全員女の子である。というより、この教室に今いるのは全員が女の子だった。先程の大声により、気付いていなかった女子まで前を向いて鉄心を認識した。総勢二十名以上の視線が一挙に鉄心に集まる。物凄い圧だ。この調子だと残り全員が登校してきても、男子の援軍は相当少ないだろう。というより、考えたくない事だが、

「ウチのクラス、男子キミだけだから」

 という運命のイタズラってヤツも考慮しなくてはいけなかった。



「えー、それでは改めて自己紹介をお願いします」

 チャイムと同時にサリー先生が来てホームルームが始まると、鉄心は黒板の前に立たされた。まるきり転校生の扱い、というか晒し首である。

「はい……日本から留学の為にやってきました。薊 鉄心です」

 知ってるー、とあちこちから声が上がる。先程は一発で名前を言い当てられて驚いたが、タネが分かると何と言う事はない。入学式にもオリエンテーションにも出なかった、クラスに一人しか居ない男子生徒の名前は薊鉄心。授業開始日の今日、間抜け面でどこに座ろうかキョロキョロしている男子が居れば、確かにソイツは高確率で薊さんとこの鉄心くんだろう。

 ともあれ。よろしくお願いしますの一言で自己紹介を終わり、ようやく獄門台から解き放たれる。

 ちなみに鉄心の席は先程声を掛けてきた日本人女子のグループのほぼ真ん中あたりにポツンと配置されていた。もしかしなくてもクソ邪魔では? という懸念があったが、グループメンバーは中々に気さくで優しかった。左隣の席の松原は一時間目の先生が来るまでの少しの間に、お菓子を二つもくれた。少しふくよかな体、丸い顔に黒縁メガネを掛けた愛嬌のある子だった。久しぶりに日本の菓子を食べたもので、鉄心は少し生家を思い出した。製菓で生家というワケだ。

 右隣の田中は人にあだ名を付けるのが好きらしく、鉄心のあだ名は目出度く「テッちゃん」に決まった。他のメンバーも口々に繰り返し、グループ内ですっかり定着してしまった。鉄心自身も悪意のある物でもなし、センスが悪いわけでもないので放置を決め込んだ。ワンオペのテツよりは百倍マシだとも思う。



 一時間目の授業は「練氣」だった。「マナクリエイト」とも呼ばれるが、どうもこの学園では前者で統一しているらしい。日本文化の流入からこっち、「日本かぶれ」とも言うべき人が急増しているらしいゴルフィール王国。たぶん「練氣」という漢字の格好良さに釣られてしまったのでは、というのが鉄心の推測である。

 氣は魔導具を操る為のガソリンのようなもので、魔導具を操れる才のある者は教わらずとも、体内に練り上げることが出来る。メカニズムは実の所あまり解明されていない。恐らくは未解明の脳部位が生成、精練、循環まで行っているのだろうと言われているが。

 ただメカニズムこそ分かっていないが、効率の面、総量の面で明確に個体差があることは実証されている。ゆえに優れた個体の模倣をすれば向上が可能という理論を基軸に、研究が進められている分野だ。

 教員はフェルナンド先生。彫りの深い顔立ちにロマンスグレーのナイスミドルだった。彼の指示で各々氣を練る。氣それ自体は主に体内を巡るものなので、可視化できるものではない。なので専用の計測器を使って氣の総量と、循環スピード(速いほど効率良く展開されているとされる)を測る。

 鉄心に抜かりはなかった。練氣の授業で計測があるだろうことは想像に易く、家を出る前に高校一年生の平均数値を調べてある。総量の方が180程度。循環効率の方は毎秒20程度。ちなみに基準になっているのは計測技術が劇的に向上した当時の、つまり四半世紀ほど前の世界最強アタッカーの値だ。先程の高校一年平均の十倍ほどのスコアを記録した化物である。

 だが今の鉄心の目標はその化物に近づくことではない。むしろ真逆。

(180ってことは……このくらい。循環の方は自信ねえなぁ。兎に角ゆっくり、ゆっくり)

 瞑目し、体内へと意識を向ける。しきりに首を傾げている様子は、周囲には奇妙に映った。

「おお」

 器具を頭蓋、丹田の順に当て、コードで繋がれたPCの画面で数値を確認したフェルナンド先生が感嘆の声を上げる。

「総量212、循環は……48! 凄い! 超高校級だよ!」

 小躍りせんばかりの勢いだ。クラスの女子生徒たちも歓声を上げる。

(やったコレ)

「大型新人だよ! こういう戦力を待ってたんだよ! 今年の全学対抗戦、行けるぞ!」

 紳士然とした見た目とは裏腹に、かなり熱い先生だったようだ。もう一つ言えるのは、鉄心の正体や使命を知らされていない教員と見て間違いない。サリー先生もそれらを知っているのは数人と言っていた。思わず天を仰ぐ鉄心を他所に、話はどんどん進む。

「実際アタシらよく知らないんだけど、その全学対抗戦で良い成績残せたらどうなんの?」

 お調子者の田中が手を挙げながら誰にともなく訊ねる。ゴルフィール人のクラスメートたちは当然知っているらしく、その中の田中に似てお調子者っぽい子(エミールという名だったか)が「それはね」と勿体つけながら答える。

「国から褒賞として特別予算が与えられるの。私たちに直接影響ある所としては……」

 そこでもう一度溜めて、ミラは松原を見る。

「食堂メニュー半額、毎日スイーツひとつ無料」

 瞬間、鉄心の視界は真っ暗になった。松原の豊満な胸に顔を掻き抱かれたからである。

「テッちゃーん!」

 もう優勝が決まったかのような喜びようだった。

「あはは。女子高のノリで男子にもやっちゃったよ」

 力が緩んだので胸から顔を上げると、松原は照れ臭そうに笑っていた。多少ポチャポチャしているが、やはり可愛らしい顔立ちだ、と鉄心は思う。

「給料アップ。給料アップ。給料アップ」

 念仏のように唱えるフェルナンド先生。それも特典の一つらしい。

 


 こうして教室は狂喜と欲望の坩堝と化し、薊鉄心は入学式をすっぽかした準問題児、「遅れてきた新入生」から一躍、六高のエースストライカー候補へと祭り上げられる運びとなってしまった。

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