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善悪二刀  作者: 生姜寧也
第1章:学園防衛編

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第19話:コーチ開始

 夕食は七時半~八時くらいになるとのことで、それまで先程の手合わせについての感想戦をする運びになった。ちなみに食事はいつもそれくらいなのか鉄心が訊ねるとメローディアは曖昧に笑うだけだったので、恐らく急遽一人分増えることになった皺寄せで侍従たちは今頃大忙しなのだろうと推察できる。

「しかし自宅にトレーニングルームですか」

 有事の際の地下シェルターも兼ねているのだが、居住性も低くない。ドーム型の天井には明かりが煌々と灯っているし、板張りの床もピカピカだった。冷蔵庫や保存食も完備している。折り畳み式のベッドも幾つかまとまって壁際に配置されいていた。一カ月くらいなら暮らせそうだ。

「平良や薊には無いの?」

「平良の本家にデッカい道場がありましたね。薊もそこに通わせてもらってました」

 吐いても許されなかった、門下全員かかり稽古の記憶が不意に蘇る。鉄心は慌ててかぶりを振った。

「さて。世間話はこれくらいにして、さっきの手合わせについて話しましょうか」

 鉄心としても早く終わらせて、帰って呪術を行う必要がある。正義によって必ずハゲしめなくてはいけない。

「ええ……結局私はスライディングで潜り込まれたということよね?」

「まあ簡単に言えば。閣下の靴にも砂をかけてしまいましたね」

「そんな事はどうだっていいわ。手合わせをお願いしたのはこちらよ?」

 首を横に振ると、柔らかい金髪が動きに合わせて優雅に揺れた。絵になるなあと鉄心。

「……まず最初から。先手を取られた後の対応は良かったです。基礎がよく身に着いている。励まれたのですね」

 またも褒められ、嬉しそうに笑うメローディア。

「ですが、胸を突く動きに逡巡がありました。対人戦闘の経験が浅い故でしょうか。まあ刃もついた本物の武器ですから、万一にも刺されば大怪我では済まないですからね。士道不覚悟と言いたい所ですが、根がお優しいのは人間としての美徳でもあります。あまり非情に慣れて欲しくないとも思います。極論、魔族相手にだけ容赦なく戦えればそれで事足りるのがアタッカーですから」

「魔族相手……」

「刺突は俺の盾の上を滑り、空振り。そのままスライディングで詰められチェックメイト」

「盾が見えないのも厄介だったわ。アナタの盾は透明なのが凄いわよね」

 言いながらも、メローディアは疑わし気な様子を隠そうともしなかった。恐らく実際に盾に当てた感触がおかしかったのだろう。何せ受けた後、形を微妙に変えて刺突を流したのだ。彼女からするとツルリと滑ったように感じられたハズだ。

 観念したように、鉄心はベルトから一本、聖刀の方を引き抜いた。

(結局引きずり出されちゃったな)

 情が理に勝ってしまう。

「お察しの通り、俺はシールダーじゃありません」

 鉄心が白い鞘から抜き放った業物は、蛍光灯の下で、更にそれより白く輝いていた。既に匣を展開している。

 鉄心はピョンと後ろに跳んだ。その展開した匣の上に乗ったのだ。ほぼ無色透明にまで調整されているため、パッと見は宙に浮いているかのようだ。

「す、すごいわ!」

 メローディアが近づいてきて、鉄心の足元にしゃがみ込み、目を凝らす。王位継承権まで持つ大貴族が平民の靴先あたりまで頭を下げてしまっているが、彼女は気にした風でもなかった。逆に鉄心の方が居心地が悪く(身分差うんぬんというより、女の子を跪かせているようで落ち着かない)、

「乗ってみますか?」

 と声を掛けた。自分のすぐ横に同じように透明のステップを作っていた。今度は鉄心の方が少し中腰になり、メローディアの手を取り、その匣へと導く。彼女はおっかなびっくり足を伸ばし、その上に乗った。

「かなりシッカリしてるわね」

 彼女としては、槍で突いた時のように衝撃や重みに形を変えるのかと思ったらしい。

「柔らかくすることも出来ますけどね。これは言わば、外送氣がいそうきの塊です」

 体の外、魔導具へと送氣することで、それらは力を発揮する。そして更にその魔導具を介して、外界へ氣を送ることを特に外送氣がいそうきと呼ぶ。だが実際は魔導具を持つアタッカーは余り使わず、装身具を持つサポートの人間が得意とする分野だ。ちなみにアタッカー側がサポートを見下す一因でもある。いわく、魔導具に選ばれなかったから無手(外送氣)しかない、という具合に。

 シールダーも二種類あり、実在の盾の魔導具に適性がある者と、装身具(鉄心の場合はブレスレットで偽装)から外送氣し、非実在の盾を作り出す者とに分けられる。先の言説によれば、前者の方が魔導具に選ばれている分、上等という評価になる。だがこれは全くのナンセンスである。極めれば確実に後者の方が強い。不可視で、剛柔自在の氣の塊を生み出せるのだから。そして鉄心はその優れたシールダーの盾を疑似的に匣で作り上げているのだ。

 そこら辺の事情を訥々と説明する。意外、ということもないが、メローディアはあまりシールダーのことについては知らないようだった。まあ自分に関係のない分野まで通暁している人は想像以上に少ないので、彼女だけを責められない。プロスポーツ選手だって他の競技についてはルールすら知らないなんてこともよくある。

「なので、正確にはシールダーにもなれる剣士といったところですかね」

「凄い。本当に凄いわ。シールダーとしてだけでも、十分に超一流なのでしょう?」

 目を輝かせるメローディアだが、鉄心の方は面映ゆそうに微笑するだけだった。

「まあ……身内にもっとヤバいのが居るんでね。その人のはマジで全く無色透明ですからね。俺のは実は目を凝らせば見えちゃうんですよね」

「え? 本当?」

 先程もジッと見つめたが、彼女には全く分からなかった。

「目に氣を集中させるイメージで」

「……」

 めつすがめつ。どうしてか息まで止めているようで、メローディアの顔がみるみる赤くなっていく。やがて「プハー」と大口を開けて、自身が乗る匣の上に座り込んだ。そのまま俯いて更にジッと数秒試したが、やはりダメだったらしく、顔を上げた。彼女のその動きだけで察せられるが、「ダメね」と口頭でも申告された。

「うーん。気になってたんですけど……閣下は」

「私も気になっていたわ、その閣下ってヤツ」

「へ?」

「コーチなのだから、そう畏まる必要は無いわよ。メロディで良いわ」

 メローディアはすっくと立ち上がり、柔和な笑みを向けてくる。

(もうコーチ確定なの?)

 という鉄心の疑問はその笑顔の美しさの前に立ち消える。

「私も鉄心と呼んで良いかしら?」

「え、ええ。構いませんが」

 契約成立とばかりに手を差し伸べてきて、握手させられる。しっとりとした細い指に少しドギマギしてしまう鉄心。

(あれ、これってコーチ承諾の握手? これからよろしく的な?)

 自分の美貌も武器にした、あれよあれよの間の掌握劇。こういった手管、本人はあまり好きではないが、不得手かと言われると決してそんなことはなかった。むしろ鮮やかな手並みだった。

「で。ゴメンナサイ、話の腰を折ってしまったわね。何を言いかけていたのかしら?」

 そして疑問を差し挟まれる前に話題をスッと変えてしまう。やはり鉄心より上手うわてである。

「え? あ、ああ。そうそう」

 まんまと話題転換の思惑に乗ってしまう鉄心。

「光臨槍、あまり思わしくないんじゃないですか?」

 今度はメローディアが息を飲む番だった。手玉に取れるのは余裕がある時に限る。途端に暗澹とした表情に変わる。

「……何故、そう思うの?」

「いえね。グラン・クロスはアレでいて、外送氣も大事だったりするんですよね。なのに、あまりお詳しくないというか、ハナから関係ないと思っている感じでしたら」

「え!?」

 驚きのあまり、声が裏返って、少し羞恥に顔を赤らめる。ひとつ咳払いを挟む間、メローディアは質問事項をまとめる。

「鉄心はグラン・クロスを知っているの?」

「え? あ、あー。以前お母さまが使われているのを拝見したことがありまして。なので割と的確なアドバイスは出来ると思いますよ」

「本当!?」

 少女のように目を輝かせ、期待に両手を握り込んでいる。

(しかし学園でのクールっぷりが嘘のような百面相だな。今の姿が本来の彼女なんだとしたら)

 心にかかった暗雲を取り除いてあげたい。少なくともその手伝いはしたい。鉄心はそんな事を思ってしまう。自分の使命のことだけ考えておくのが無難だろうに。あと数日でこの地を去り、もしかしたら一生会うことも無い相手かも知れないのに。しかし、またも情が理に勝つ。彼はそれを愚かさや弱さとは思いたくない。

「それでは、レッスンと行きましょうか。メロディ様」

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