第164話:エピローグ
静寂。ただただ場の全員が、その少年の姿を目に焼き付けていた。血の海の中、泰然と立ち、刀についた血を振り払う。勝った。誰かが呟いた。助かった。生きている。一語一語、確かめるように続く言葉たち。それを聞いた者も同じようなことを口にして、それを聞いた者がまた続く……そしてやがて。
「勝った!! 勝ったんだ!! 人類の勝利だ!!」
「助かったんだ!! 生き残った!!」
「アザミテッシン!! ありがとう!!」
声は奔流となって会場を満たす。再びテッシンコールが起こり、本人は苦笑気味。両刀を鞘に納め、銃もホルダーになおす。そして舞台の上を探し、マイクを発見すると、ゆっくりと拾い上げた。
「あ、あー。聞こえるかな?」
激戦の中でも運良く潰されなかったらしく、機能は生きていた。救国の英雄の声に、指笛を吹いて囃し立てる群衆。
「今しがたゴルフィール、いや世界を救った者だ。名を薊鉄心という」
あえて敬語は使わない。これからの事を考えると、やや不遜に聞こえるくらいが丁度いい。
「王弟からの告発にもあったが、先だって内部から国の膿を排除した、哄笑面の死神ってヤツも、正体は俺だ。なんか中二くさくて恥ずかしいから、出来たらあの呼び名はやめて欲しいところだが」
まばらに笑いが起こる。
「で。このままじゃあ、殺人罪で捕まってしまうワケだが……ブタ箱生活は御免蒙るので、この国を支配することにしたんだ」
今度はどよめき。周囲と不安げに顔を見合わせる者も多くあった。
「ああ、勘違いしないでくれ。恐怖政治を敷こうとは考えてない。ただ次の女王に俺の妻を推して、逮捕されないようにしようと思ってね。まあ実際のところ、俺を捕らえるなんて人間にも十傑にも無理だけど」
掌を上に向けて、舞台の上の死屍累々を示した。鉄心としては諧謔のつもりだったが、改めての凄惨な光景に観衆は息を飲むばかりで、とても笑えたものではなかった。
「その妻ってのが……メローディア・シャックス公爵。そこのサイクロップスや、街中の魔族たちを討って人々を守った、もう一人の英雄だ」
そこで今度は大きな拍手と、観客席の中にいる本人に向けての熱いコール。母エリダのようだ。いや、彼女以上だ。そんな惜しみのない賛辞が会場中から飛び交う。「ご結婚おめでとうございます!」という声は女性から多く聞かれただろうか。
「ノエル現王とは禅譲で話は着いているからな。まあアックアの失態はあったが、トータルで見れば悪くない王だったかもな。お疲れ。あとはゆっくり休んでくれ」
前任者をテキトーに労いつつ。
「あとは、そうだな。十傑の呪でハゲしめられた人も多いようだけど。国として早急に手は打とうと思う。具体的にはウィッグや植毛関連だな」
先んじてラインズが企業に指示を出していた件だ。力技インサイダーで、カネがシャックスに流れる仕組み。鉄心は髪を失った人々を見上げる。可哀想に、とでも言いたげな顔をしていた。美羽もメローディアも、その他人事丸出しな様子に毎度ながらビックリする。
「……これから俺はこの国を、いや世界を、妻たちと協力して永年統治することになると思う。文句がある場合はいつでも来てくれ。そうだな、今日と同じチーム対抗の殲滅戦をやろう。俺を倒せれば、位を禅譲してやるよ」
凄絶な笑み(本人はやはりジョークのつもりのようだが)を浮かべて無理ゲーを平然と提案してみせる鉄心。
――この日、昇り龍は天を割り、覇王となった。
事後処理は上を下への大騒ぎだった。当然、鉄心と乱獲派の戦いに関しては、国内はおろか世界中に中継されていた。各大国は魔界や魔族の秘密、十傑の死体の情報共有をゴルフィールに迫ったが、鉄心が挨拶に向かうと伝えると、一様に押し黙った。マスコミもまた、空前絶後の事態に取材を願ったが、鉄心は取り合わなかった。待ち伏せなどをすると、警察(掌握済み)にしょっぴかれるため、彼らも下手なことは出来ず。大会に関しては、鉄心たち六高抜きで後日行われることとなったが、あの凄まじい戦いを見せられた後では、客も選手自身も身が入らなかった。ちなみに、あの乱獲派との戦闘映像はブルーレイとして行政の外郭団体が正式に発売しており、飛ぶように売れているそう。グロい場面はモザイク処理されているそうだが。
ウィッグ・植毛関連についても、事前の根回しが効いて、即座に十分量が市場に供給されたことにより、国内にハゲ特需を生んだ。ラインズも仲間が大量に増えて凄く嬉しそうにしていたが、とても不毛だとメローディアは思った。王弟派の貴族は悉く追放。また彼と通じていたフィオット商会もお取り潰しとなった。直接の罪状は、対抗戦当日の恣意的な運営(王弟の指示によってモニターをジャックしたことなど)に関与したというものだったが、叩けば幾らでも余罪が出てくる連中。全員、累積で極刑に近いところまで持って行けと鉄心は指示している。平良の二人の活躍もあり、街中の人的被害は殆ど無かったが、それでもゼロではなく、被害者たちには手厚い補償を出した。穏健派の魔族たちとの協力関係は、流石にまだ明かすには時期尚早という判断で、秘したままとしてある。
目まぐるしい日々が過ぎ去り、以上のような対応が完了したのは、あの決戦の日から実に三ヶ月が過ぎた頃だった。トップダウンで物事が決まる故に、もっと早く済むと思っていたが、やはり政治は面倒が多い。今までの気ままなサイコパス暮らしとは無縁の世界に、ストレスを溜めることも多々あった鉄心。やはり表舞台に出る選択は取るべきではなかったかと後悔しかけて、しかしメローディアを娶る以上、避けては通れないと思い直したり。なんだかんだ愚痴りながらも、妻や仲間たちと協力してやり遂げた。
そして、今日、このハレの日を迎えた。
グランゴルフィールを南北に走るエリダ通りを、一台のパレードカーがゆっくりゆっくり進んでいく。車両の上のステージ、その中央には鉄心。彼の左にメローディア。右に美羽が立っている。通りに集まった国民はゴルフィールの国旗をパタパタと振りながら、祝辞を贈っていた。自分では適性がないと鉄心は思っているようだが、実は国民人気は高い。信賞必罰が国民からも非常に分かりやすく、外国にも毅然とした対応をする強いリーダー。まあ勿論、王はメローディアなのだが、実質のリーダーシップは鉄心が握っていると国内外からは認識されている。
「……ここまで、大変だったよね」
沿道に向けて笑顔を浮かべながら、鉄心は二人の妻のお腹を軽く撫でる。少しだけ膨らんできただろうか。あの儀式の日、或いは戦いを終えた後、貪るように交わった日のどちらか、正確には分からないが、メローディアと美羽、二人仲良くおめでたとなったのだ。
「ええ。けれどお母様に良い報告ができるわ。まあ私を王位に就けたいとか思っていたワケではないでしょうけど」
エリダが今際の際に愛娘に願った事は、もちろん誰にも分からない。ただきっと、健やかに育ち、愛する者を見つけ、幸せになって欲しい。月並みだが、そういうことを願っていたのではないか、とメローディアは思っている。そしてそれは現実となった。血を流し過ぎたことに、ほんの少しの後ろ暗さはあれど、世界中に自分は幸せ者だと胸を張って言える。
「鉄心、愛してるわ」
メローディアは夫に顔を近づけ、彼の唇の左半分にそっとキスをした。沿道の国民が指笛を吹いた。
「私も。今度、本当の両親の墓参りに行って報告しようと思うの。産んでくれてありがとうって。魔王として生きることになったけど、それでも幸せだからって。最強の旦那様も紹介しなくちゃ」
丸い顔に人懐っこい笑顔を浮かべて。
「テッちゃん、愛してるよ」
美羽は背伸びして夫に顔を近づけると、彼の唇の右半分にそっとキスをした。またもギャラリーが湧く。鉄心が妻二人を両腕に抱くと、カメラのフラッシュが一際激しく瞬いた。
パレードカーはゆっくりと中央区の噴水広場に到着する。エリダ通りのちょうど真ん中、ここが今や世界の中心である。これから富も人材も技術も、世界中から集まってくるナンバーワン都市へと成長していくだろう。そのど真ん中の広場に、大きな白い布を掛けられたオブジェが聳え立っていた。予め待ち構えていた女性三人が、そのオブジェの前に歩み出てくる。先王ノエルと、オリビア・ケーヒル、松原静流、という面子だった。静流と美羽だけ互いにピョンピョン跳ねながら手を振り合うという可愛らしい動きをして、周囲を和ませる。
そして、三人が布の端を持つと、一斉に引いた。現れたのは鉄心、美羽、メローディアの三人の銅像だった。おお、とどよめく観衆。巨悪を倒した鉄心、街を守ったメローディア、激戦の会場で一人の死傷者も出さなかった守り手の美羽。そして三人が一致団結して行っている善政。その感謝として、国民有志により建立された物だった。
「うわ、もう出来てたのか」
「かなり面映ゆいわよね」
「あ、でもテッちゃんの似てるかも」
「ええ? どれどれ?」
「似てるわね。鼻の下が伸びてて、助平な顔をしてるわ」
「うわ、本当だ。作り直させるか」
「あははは」
夫婦三人、睦まじく笑い合う。
魔王と聖王、そしてその二人が愛した聖邪の王。きっとこの銅像は、幾久しく大切にされていくのだろう。彼らの永い永い命が尽きる、その日まで。
<了>




