第163話:最強の証明
匣の中で観客が次々に悲鳴をあげる。事前に聞いてはいたが、美羽としては確認せざるを得ない。匣を全て透明に変えると……見渡す限り、大豆のように無毛の丸頭。太陽の光を浴びてテカテカと輝いている。
「う、うわあああああ!」
「な、なんだこれええ!!」
「いいぞ。俺以外も全員ハゲろ!!」
「きゃああああ! 私の、私の髪が!!」
まさに阿鼻叫喚。観客席の異変を目の当たりにした乱獲派の動揺は如何ばかりか。なにせ意味が分からない。事態が意味するところが分からない。
「人間が」
「次々とハゲしめられていく……!?」
「どうなってるんだよ……!?」
金、黒、赤。様々な色の髪が、観客の頭部を卒業し、巣立っていく。そこでマイクのハウリング。音に全員が上を振り仰ぐ。貴賓席の窓が開いており、そこからノエル・ディゴールが顔を見せていた。
「皆さん、落ち着いて下さい。今現在、皆さんをハゲしめているのは、あの十傑の三人が放った呪いの技です」
高らかに言い放った。泡を食ったのは、当の三人衆。
「ち、違う!」
「俺たちがそんな事をして何になる!?」
「無秩序にも程があろう」
だが当然、そんな声は観客たちの悲鳴に掻き消される。まあ届いたとしても誰も信じないだろう。こんな摩訶不思議な技に説明がつくとしたら、連中の仕業以外にないのだから。
勿論、これも鉄心の仕込みである。美羽、メローディア、ノエルの三人は例の御守り(鉄心の血と髪を封入した物)を持っているので無事。クラスメイトたちも同じく無事。メノウ、ローズクォーツ、そして乱獲派の三人も呪を受けるほど鉄心と力量がかけ離れてはいないので無事。
更にマルハゲドンの波動は、鉄心を中心に同心円状に伸び、グランゴルフィールの街、更には国中へと広がっていく。サリー教諭、入院中の田中たち三人も御守りの効果で無事。静流も同じく。ラインズは無敵。オリビア、善治たちも御守りを持っているので無事。その他の者達は、国中、余さずハゲしめられていく。
「祈りましょう。彼が、人類の救世主たる薊鉄心が、非道の魔族たちを討ち滅ぼしてくれることを」
女王が締め括ったと同時。ハゲしめられた観客たちは、一様に鉄心へと縋る。
「テッシン! テッシン! テッシン!」
コールは地鳴りのように。怒り、無念をもぶつけるような気迫。女王は胸が痛んだ。予め鉄心に頼まれていたスピーチとはいえ、魔族に罪をなすりつけ、元凶たる彼の方を援護、あまつさえ逆に正義側に仕立てあげるなど。政治は様々吞み込まないといけないとは言え、こんな恐ろしい事態は初めての経験(以前もあったら逆に怖すぎるが)である。感情が処理しきれないでいた。美羽も同感で、観客たちから目を背けてしまった。
メローディアとメノウ、ローズクォーツも別の意味で足を止めてしまった。もう助太刀など必要ないからだ。これが成ればもう終わり。乱獲派はゲームセットである。
「……いや、落ち着こう。観客がハゲしめられようが、僕たちには毛ほども関係がない」
「う、うむ。そうだったな」
あまりに非現実的な光景に度肝を抜かれていたが、そもそも戦闘の芻勢とは無関係である。気を取り直した彼らはゲートの開放を待つ。そしてそれは10秒とかからず。
「来たぞ! ワシの最高傑作! 百鬼夜行! とくと味わえ! 薊鉄心!」
ゲートが開く。溢れ出した魔族たち。ドラゴン、マンティコア、サイクロップスら、大型魔族も。腐敗狼やナイトメアの中型も。おびただしい数のネズミたち小型も。一斉に宙に解き放たれた。そして、
――――それらは一瞬で息の根を止められた。
扉の更に奥、魔界の果てから凄まじい速さで伸びてきた極彩色の枝が、百鬼夜行の参加者全ての背後から迫り、その体を反発の力で押し出す。その先には鉄心の匣が待ち構えており、内面に這ったハゲしメタルの束との間で魔族たちの体を挟殺にかかる。ちょうどベックスのユニーク・斬金鉈を葬ったのと同じ構図だ。ただ闇が生まれる前に、魔族たちの体は自壊。壁に投げつけたトマトのように破裂した。
送り出す魔族が居なくなり、役目を終えたゲートはやがて緩やかに消えて行く。残ったのは夥しい量のハゲしメタルと、グチャグチャになった死体の山。やがて匣も消え、競技場には血の雨が降る。その真紅の空を悠々と泳ぎ、ハゲしメタルは鉄心の下へ。もはや指輪では収まらず、主の両腕に巻き付いてしまった。それでも毛は余り、残りは鉄心の傍でトグロを巻いて落ち着く。
「これは、収納を考えないとな」
苦笑する鉄心。大口を開けたまま固まっている乱獲派の三人に視線を戻す。
「なに、が」
起きたんだ、と続ける言葉すら上手く出てこないらしい。ただそれでもカーマインはまだマシな方かも知れない。渾身の技を破られたダイヤモンドは、プルプルと震えたまま目の焦点すら合っていないし、ブラックオニキスなどは何度も目を擦り、悪夢が覚めないかと試している様子だった。
「なあ、滑稽な獣どもよ。俺が本来の力の四分の一で戦っていたとも知らずに、希望を抱いちゃったりしてた、愚かな邪悪どもよ」
邪悪は間違いなく彼の方だろう、と仲間たち全員が思ったが口には出さなかった。
「……さて。特に恨みは無いんだけど、まあ邪魔なんでね」
両掌に正邪刀。腕にはブレスレットのように巻き着いたハゲしメタル。足のガンホルダーにはブラックマンバ。
「皆殺しで」
目にも止まらぬ速さで彼我の距離を詰めたハゲしメタルの束が、ブラックオニキスの眼前に迫る。磁石の反対極のように、筋肉質の巨体がピンボールのように弾けた。接触すらしていないのに巻き起こった惨事に、二層二人は動転する。金属の正体を探りたいが、そんな暇は与えられない。小型ゲートが開き、
「ほら、追加だ」
魔界で概念化したばかりの髪束が更に鉄心の下へ集結する。国民をハゲしめた端から向こうで金属化し、術者の下へ馳せつけるサイクル。近づこうとするダイヤモンドが左右から迫るハゲしメタルに交互に弾かれ、ハンバーグのタネのようになっている傍らで、カーマインは圧倒的不利をようやく悟り、小型ゲートを作り出す。二層へトンズラと決め込む気だろう。勿論それを許す鉄心ではなく、邪刀を鞘にしまい、代わりにブラックマンバをホルダーから抜いた。発生したゲートに向かって引き金を引くと、銃口から飛び出した黒いレーザーがゲートを真っ二つに焼き切った。そのまま扉は消滅。既に検証済みだが、予想通りブラックマンバの光線にはゲートキャンセラーの性能が秘められていたのだった。
「な! そ、そんなバカな!」
不測の事態に、更に重なる説明不能の現象。カーマインは狼狽え、そしてそのまま背後から迫る鎌鼬を回避することが出来なかった。ドスッと鈍い音がして、猿の首が地に落ちる。勢いあまり、ボールのように転々と跳ね、その通ったあとを赤く染めていく。
「く、くそがああああああ!!」
破れかぶれ、飛び掛かってくるブラックオニキス。ハゲしメタルを寸での所で躱し、鉄心へと肉薄する。自慢のユニーク武器『リサナウト』を振り下ろすが、
――ガキッ!
匣に阻まれる。舌打ちをして引き抜こうとする猪武者だったが、横合いから伸びてきたハゲしメタルに反発で弾き飛ばされる。残ったのは匣に刺さったままの戦斧。それを更に三方から匣で囲んだ鉄心は、ニヤリと酷薄な笑みを浮かべた。あとは斬金鉈と同じ運命。匣で出来たブースの中で、ハゲしメタルが蠢く。四方から反発の力を受けて、リサナウトはプルプルと震え始めた。
「てめえ! 返しやがれ!」
体勢を立て直したばかりのブラックオニキス。疾走するため足に力を込めようとして、その足が無いことに気付いた。聖邪刀・隠鎌。先程の濤刃の際には無かったオプションとして、邪刀・霞が付加されたバージョンである。もう邪刀も使って良いので、フル活用させてもらっている鉄心だった。そして匣の中では例の闇が発生。強靭なユニーク武器を飲み込んでしまった。
「あ……あ……」
絶望のあまり、単音しか発せなくなった猪型の魔人。心の折れる音を聞き、項垂れてしまったその後頭部に、鉄心がブラックマンバのレーザーを当てて楽にしてやる。そして最後、サバンナの王にして、現在は横トランポリンで遊んでいるダイヤモンド。聖刀を引き抜いた鉄心は、鎌鼬を作って、偏差射撃を行った。だが両手を顔の前にクロスして、致命傷を防ぐ獅子を見て、少し感心したような表情で、ハゲしメタルを下がらせる。両腕を切り裂かれ、プラプラと揺らしながら、それでもダイヤモンドは立っていた。
「……」
その精神力に鉄心は賛辞を送ろうかと思ったが、やめる。ただ真っすぐに走ってくる巨体に対して抜き胴の一閃で答えた。
「……これで……悠久の地獄が……終わる……最後は……悪くなかった」
ダイヤモンドは笑みすら浮かべたまま逝った。
見渡せば死屍累々。ゲートから出た瞬間に虐殺の憂き目にあった種々の層の魔族たちの細切れ死体。首のない猿の死体。地に頭を擦りつけるようにして事切れた猪。そして今しがた列に加わった獅子の王。
この場に立っている者は……薊鉄心、ただ一人であった。




