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善悪二刀  作者: 生姜寧也
第1章:学園防衛編

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第16話:追及

 何か大きなチャンスが欲しい。変わるキッカケ、覚悟を抱くキッカケ、強くなるキッカケ。

 甘ったれていると見る向きもあるかもしれない。だが、冷静に考えれば哀れな境遇である。本来であれば、それらは外部からのキッカケなどに依らずとも、親が導いてくれるのが普通だろう。もちろん、最終的に覚悟を定めたり、鍛錬をするのは彼女自身なのは間違いないが、親のサポートが有るのと無いのとでは天と地である。光臨にしても「上手くいかないんだけど」と訊ねれば、精神的・技術的なアドバイスをくれたハズである。魔族の討伐に関しても、易しい相手を見繕って、練習をさせてくれたハズ。野生の猫ですら子に狩りの指南はするのだから。そしてその実績を以て権威主義派の貴族連中を上手くあしらう処世術も授けてもらえたハズだ。ハズ、ハズ、ハズ。享受できたハズの、零れ落ちた機会の数々。

(誰かに甘えたくもなるわよ)

 母が子に与える程の量や真摯さまでは求めないが(そこまでロマンチストではないつもりだ)、ほんの小さな、ターニングポイントくらい当てにしてもいけないものか。

 


 そのキッカケになり得ると期待した薊鉄心からのすげない返答に、メローディアは下唇を強く噛んだ。

「どうして? 私が公爵だから? 王位継承権があるから?」

「あー、そうじゃなくて」

 鉄心は視線を宙にやり、軽く後ろ頭を掻いた。

「王位継承権とかは、さっきはノリで言っちゃいましたが、本気で気にしているワケじゃないんですよ。所詮、俺からすると他の国の政治問題ですし」

 オリビアあたりが聞いたら、いや気にしろよと全力のツッコミが入りそうだが。

「だったら!」

「相手が悪いんですよ」

 激しかけたメローディア。やはり余裕が無い。これくらいで感情を乱すようだと、ますます鉄心の中で、戦力外の評価が覆しがたいものになっていく。戦力の選定は冷酷なくらいで丁度良い。情に絆され、力の足りない者を連れて行く方が残酷な結果を招くことを鉄心は嫌というほど知っている。

「今回の予報では第六層が一体くるようです。あとは十層も数体。予報は平良たいらも噛んでいるので確度は高いかと」

「六層!?」

 先の大虐殺事件では七層が三体襲来したが、その更に上の脅威である。

 ちなみに魔族は居住する階層の数字が若いほど手強い。第一層に住むグレートワン、即ち魔王から順に数えるからだ。また層が一つ上がれば、純粋な戦闘力の桁も一つ上がるとされている。つまり四年前に猛威をふるった七層三体と、六層一体なら、どっこいどっこい位の計算になるだろうか。

「そんな……ゴルフィール中の精鋭を集めないと」

 青い顔でそんなことを言うが、鉄心は苦笑するだけだった。その余裕ありげな態度を見て、幾らか落ち着きを取り戻すメローディア。

「そ、そうだったわね。日本から援軍が来てくれているのよね。何人来てくれたのかしら」

「まあ……うん、俺ひとりですね」

「……」

 この世の終わり、といった表情だ。そしてキッと目に力を込め、言い放つ。

「やっぱり私も戦うわ。見栄を張っている場合ではないでしょう。猫の手も借りたいハズだわ」

「はあ」

「何なの、その気の無い返事は。七層の魔族ですら、母とクリス・ゼーベント様が二人がかりで相打ち、というレベルなのよ? それより上の六層だなんて」

 やはりメローディアには絶望的な戦いに思えてしまう。伝え聞いただけで、実際の現場は見れなかったが、母のグラン・クロスがゼーベント公爵の背中ごと七層の魔族の心臓を貫いていたとされる。そして母も戦いが終わった後に病院へ搬送されたが、傷が深く助からなかった。凄絶な相打ちと評する他ない。

 母ですら二対一で刺し違えた相手の更に格上……勢い込んだはいいが、自分などが出て行っても犬死するだけなのではないか。弱気が顔に出たのか、鉄心は諭すような表情になる。

「お分かりいただけましたか? もう知らぬ仲でもなくなってしまいましたし、流石に万歳玉砕はさせられませんよ」

 それに、もう直截に言ってしまうなら、足手まといなのだ。

 だが、メローディアは納得がいかない。仮に今回が彼女のターニングポイントでなかったとして、それ以前の問題だ。

「それにしてもアナタひとりだけなんて……我が国のアタッカーも何人かは来てくれるのでしょうけど、それでも日本からの応援が、そんな……」

 うわ言のようである。

「やっぱり無茶よ。アナタも死んでしまうわ。予報はいつ? 今からでも間に合うなら、更に応援を要請しましょう?」

「……」

「まさかアナタが母やゼーベント様より強いという事はないでしょう? どこの所属か知らないけれど、騙されているのではなくて? 捨て駒にされているのではなくて?」

 マシンガンのように放たれるメローディアの言葉を、鉄心は瞑目して聞いていた。

(め、面倒くせえ)

 近所の世話焼きおばさんのようだ。しかも純粋に身を案じてくれているからこその言葉だけに、突っぱねるワケにもいかない。というより、もう自分の判断だけで進めるべきではないのかもしれない。鉄心は両手を挙げ、降参のポーズを取り、マシンガンをとめた。

「ちょっと、上司と相談します」

 カバンから携帯電話を取り出すのだった。



 きっかりツーコールで出たオリビアに現在の状況を説明する。メローディアに呼び出されたこと、どうも鉄心の正体に見当がついているらしく言い逃れるのも面倒だったから暴露したこと、暴露したらしたで戦闘に参加させろだの、そんな装備で大丈夫かだの、うるさくて敵わないこと、これらを簡潔に述べた。

「まあ公爵閣下には、遅かれ早かれ、お伝えする予定ではあったんだよ」

 鉄心と彼女の顔合わせがつつがなく済んだ後の話ではあったが。

「無礼な振る舞いはしていないだろうね?」

「まさか」

 秘密をバラしたら殺すぞ的な恫喝を遠回しにしただけである。

「イマイチ信用ならんな……」

 電話口の向こうからガサガサと音がする。デスクの上の書類か何かを漁っているらしい。

「あー……取り敢えず開示できる情報はこれくらいかな。うん、そうだな、これもか」

 一人で自問し、一人で答えている。鉄心が口を挟もうか迷っている間に、そのまま一人でまとめに入ってしまった。

「よし。今から以下の事をお伝えしてくれ」

 オリビアの言うには……ひとつ。平良たいらの名を出し、自分たちがその縁者であるという情報を開示。ひとつ。女王陛下お墨付きの人選であることを言明。ひとつ。それでも恐らく完全な信用には至らないだろうから、鉄心の邪正一如を見せるか、平良からの増援があると嘘を吐くかの二択。その選択は鉄心に委ねるということだった。当然だが、アタッカーにとって自分の魔導具、能力、戦闘スタイル等々の情報は重要機密事項となる。物によっては対策を立てられると致命的な能力というのもある。鉄心のそれらは知られてもメチャクチャ不利になることはないが、それでも秘すに越したことはないのだ。

(うーん、どうすべきなんだろうな)

 嘘も方便という言葉もあるが、来る来る詐欺を働いて、当日になってやはり鉄心一人しか日本人アタッカーが居ないとなれば、目の前のお転婆姫が飛び出して来やしないだろうか。

「じゃあ不安だけど後は任せる。くれぐれも粗相のないように。頼んだ」

 そう言って電話は切れた。 

 少し離れた所で待っていたメローディアが通話の終わった気配を察したのか、ゆっくりと鉄心の傍へ歩いてくる。

(ホント面倒な人に絡まれたらしいな。もはや当身でも食らわせて気絶している間に逃げるか)

 オリビアの最後の釘差しがなければ、鉄心は本当にその誘惑に乗ってしまっていたかもしれない。

「終わったかしら?」

「ええ、まあ」

 気付けば放課後、かなり時間が経っている。つるべ落としなどと表現されるように秋の夕暮れは短い。少し肌寒くなってきた。

「……薊というのは平良の分家です」

 平良家たいらけ。対魔族において世界最高戦力との呼び声も高い、バケモノ一家だ。本家のアタッカーは全員がユニーク持ち。病弱で殆ど戦場に出られない三女ですら、七層の魔族くらいなら単騎で倒せる。誰が言い出したか、「第二次平安時代」なんて謳い文句がネット上で流行ったこともあった。

「なるほど、それで」

 鉄心からは常に揺るぎない自信を感じていた。いざとなれば、どうとでもするという。

「女王陛下のお墨付きもあります。俺ひとりでは不安と仰るなら、それは陛下のご判断に異を唱えることと同義でしょう」

 これで丸く収めてくれたら言う事はない。だが、そんな彼の希望は淡くも消え去る。

 メローディアは目を爛々と輝かせ、

「分かったわ。そこに関してはもう何も言わない。だけどこんな好機、糧にさせてもらうより無いわね」

 カバンの外ポケットに入った白い手袋を取り出し、鉄心にパスするようにそっと投げた。受け取ってしまう。

「決闘を申し込みます。アナタを平良に列する実力者と見込んで一手ご教授願いますわ」

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