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善悪二刀  作者: 生姜寧也
終章:覇道遊戯編

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第159話:策士、策に溺れ

 サファイアの周囲には幾つもの水晶が並んでいた。その一つ一つに彼の仲間が映っている。鉄心、メノウ、ローズクォーツ、メローディア、薊善治、平良蝶蘭、ノエル女王、そして魔王ミウ・マツバラ。誰がいつ、どこに移動するのが適切か。常にゲートを出せるように気を張りながら、監視しているのだ。もちろん、彼の二つの瞳だけでは不可能。それを補うのが、魔力の瞳。サファイアが握り込んでいる杖の持ち手には幾つもの目がついていた。これらが()()()()()()()ユニーク武器『カドゥケウス』、彼の千里眼を支える相棒。

「しっかし、キツイ」

 今もまた善治と蝶蘭を北区へと飛ばした。ここから王城にいる人々の避難誘導などを行うには、ニ十分はあまりに少ないが、そこはサファイアの管轄外。善治たちが上手くやるだろうと丸投げである。そして間髪入れずに、メローディアを鉄心たちの居る競技場へ送るためのゲートを生み出そうとした、その時だった。

「ん?」

 部屋の入口付近に自分の物ではないゲート。魔力の瞳がゲート発生の直前を捉えていた。貴賓席から繋がる廊下、その奥で発動したローズクォーツの物のようだ。果たして、扉を開いてやって来たのは、黄色と黒の体色をした人懐っこい虎。

「マズイっスよ、サメ! 女王を人質に取られてるっス!」

「知ってるっつの」

 サポート特化の十傑は伊達ではないのだ。全ての状況を彼は把握している。なので、既に対策も練ってある。あとはどう伝えるかが問題だったのだが、こうしてローズクォーツが知恵を借りに来たのは幸運。いや、メノウの差し金か。

「ローズクォーツ。今から言う事をよく聞け」

 そうしてサファイアは腹案を授ける。神妙にしていた虎娘は、しかし聞き終わると同時。

「いけるっス! サメ、頭良いっス!」

 彼女的にも手応えアリの策のようだ。

「あとはトリとどうやって共有するかっスけど……」

「いや。手段がねえ。だが大丈夫だ。アイツの思考は大体分かるからな。俺が思ったように動いてくれるだろう」

 サファイアからすれば、仮にも数百年単位で同居している相手だ。性格、思考回路、丸っと把握済みである。

「サメがそう言うならそうかもっスけど……もし失敗したら?」

「まあそん時は……国葬だな」

 サファイアとしても、穏便な国主交代が望ましいのはそうだが。まあ背に腹は代えられない、とメノウと同じ覚悟をしていた。確かに彼が言うように、お互いツーカーのようだ。

「うう……魔王様が悲しむっス」

「じゃあ成功させてこい」

「……間違いないっスね。失敗しなきゃ良いっス!」

 持ち前のポジティブ思考が戻ってきたローズクォーツ。自分の顔を包むように両掌でピシャンと打った。生憎、体毛が邪魔して人間がするように小気味いい音はしないが。それでも十分に気合は入った。

「行ってくるっス!」

 ゲートの向こうに消える虎の尾を見送る暇もなく、サファイアは再び戦況に視線を戻すのだった。



 おぞましい金切り声が響きわたる。地獄の門が今、美羽が見上げるその頭上に開かれた。はぐれゲートにしては大きすぎる門構え。当然、観客たち全員が気付いた。折角(鉄心の奮闘もあり)彼らの心も応援、祈りの方向へシフトし、小康状態になっていたというのに。

「う、うわあああ!」

「ゲートだああ! 逃げろ!!」

 先程と同じように席列から抜けようとして、ゴチンと頭をやる音がそこかしこで響いた。学ばんな、とメノウは呆れ気味だが、人間の本能がさせることは理屈ではないのだ。

「……っ」

 美羽も匣の補強に忙しい。魔力が無限=万能ではない。維持する集中力までは無限ではないからだ。

 ゲートが開く。ぬうっと現れたのはサイクロップス。その後から十三層のチーター型の魔族が数体。

 鉄心の鎌鼬を寸での所で躱したダイヤモンドが目を見開く。最終的に10を超えるはぐれゲートを生み出した彼だが、流石に最後の方はカスカス。七層を誘い込むほどの魔力は込められなかった。ならこれは一体……

「そうか! ゲートブースト!」

 カーマインが閃く。美羽のいる、この競技場内に設定したそれは、彼女の力で想定外に育っていたのだ。

「……天祐は我らにあるようだな」

 猿魔人は醜悪に笑う。このはぐれゲートの事だけではなく、もう間もなく解放の時を迎える本命の巨大ゲート、これも育っているハズである。

「ふっ。魔族が天運頼みってのも、みっともないがな」

 ダイヤモンドが自嘲気味に応じるが、彼の好きな混沌深まる展開でもあった。対する鉄心の表情は変わらない。このイレギュラーが、本当に彼らに利するのかは、まだ定まっていないと考えていた。

 そして、現れた七層魔族は即座に眼窩に熱を溜め込んでいく。熱線放出の予備動作である。美羽は慌てて射線上の観客席の匣を三重にする。とはいえ、自分の方向に飛んでくる熱線を見れば、それだけでショック死してしまう者もいるだろう。咄嗟に透明の物ではなく乳白色が着いたものを展開した。そこで美羽は、ハッと気付く。直線の先、終点には強化ガラス張りの貴賓席があった。マズイ、と慌てて匣をもう一つ張るのと、熱線が飛んで行くのは同時だった。

「ダメ!」

 強度が足りない。いくらかは威力を殺せたが、熱光線はガラスを焼き、室内にまで達する。その室内では、ターコイズと女王が直撃コース。タンと床を蹴り、女王を抱えたままシカの魔人はバックステップを取るが、

「ふっ」

 その隙を逃すメノウではなかった。いつの間にか、鞭状に形を変えたユニーク『千変』を振るい、ターコイズの持つナイフに絡みつける。

「ちっ!」

 しくじった、と彼が内心で悪態をついた、その時。

「ターコイズ! こっちっス! 女王を!」

 救いの声。いつの間にか部屋へ侵入して潜んでいたのだろう。ターコイズの目の前には、黄と黒の縦縞の体毛をたたえた、同層の仲間の姿があった。安堵と共に、女王をパス。彼の方は一刻も早くメノウの戒めを解こうと、魔鋼鉄の鞭が絡みついた腕に視線を戻しながら、

「ローズクォーツ! まだ三層の残り二人が見当たりません。女王は一旦、四層に隠してきて下さい!」

 指示を出す。とにかく、大切なカードを自分たちの陣地へ隠してしまおうということ。仮にこの場に残りの三層魔族が集結しても、女王を押さえておけば交渉の際に役立つだろう、と。ただまあ、そんな青写真は、

「……」

「ローズク……ぐっ!?」

 自分の胸に深々と突き刺さったローズクォーツの一太刀で潰えたのだと、彼がそう気付いたのは、すっかり致命傷を受けた後だった。

「なっ……バカな……いつの……間に、寝返って……」

「いつの間にも何も、元々強い剣士と出会えるという条件で協力していただけっス。その条件は満たされたので、もう関係は破棄っスよ」

 シカ魔人の背を蹴って、愛刀を一気に引き抜く。傷口から大量の血が噴き上がった。そのままドンと俯せに倒れ伏したターコイズが、手から離れたナイフを掴もうとしたところで、メノウがそれを蹴って床の上を滑らせた。

「く……あ……」

 辞世の言葉すら紡げず、ターコイズはそのまま息を引き取った。

「すごいっスね」

 ローズクォーツがいきなり意味不明なことを言い出したので、メノウは怪訝な表情をする。

「サメの言った通りだったっス」

 三層の洋館に知恵をもらいに行った際、ローズクォーツがサファイアから受けた指示は以下のようなものだった。

『いいか。戻ったら室内に潜伏して機を待て。もうすぐ「はぐれゲート」が競技場に出るハズだからな。それが出現したら、そのタイミングでメノウにだけ見える角度から、オマエさんの存在を知らせろ。そしたら全部、察するハズだ。メノウがクソ鹿の動きを止める。そうしたらオマエさんは姿を現して、味方のフリして女王を受け取れ。彼女の安全を確保した後、背後から……殺っちまえ。策士ぶったあの野郎が間抜けヅラしてくたばる姿をここから拝んでやる。ああ、楽しみだ』

 セリフままである。後半の方は私怨が混じっていて、ローズクォーツはついていけないテンションだったが。ちなみに、彼がターコイズを毛嫌いする理由は、一度だけ会った時に、自分と同じ青系の宝石を名付けにするなと言われたからという、非常に下らないものだったりする。後から発生したクセに、あの態度には殺意を覚えた、とのこと。

 かくして三層で孤独な戦いを続けるサファイアに一時の癒しがもたらされたワケだが……今はそんな場合でもなかった。

「トリ、あれは……」

 ローズクォーツの視線の先、破れたガラス窓の向こうに巨大な飛翔体。

「ああ、五層の変異種だ。ツインヘッドドラゴン」

 名の通り、翼をはためかせて上空にホバリングするドラゴンの頭は二股に分かれていた。体躯それ自体も、通常個体の二倍近くあるだろうか。そして、双頭にはそれぞれ口があるワケで、そこから恐らく別々に魔力塊を吐き出せるのだろう。一丁でも貴一を葬った、その強力な武器が二刀流。平良の上位序列者でも三~四人以上で当たるべき相手と見ていい。サイクロップスのみならず、あんな個体まで呼び寄せてしまうとは、改めて魔王の能力の出鱈目さにメノウは身震いした。

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