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善悪二刀  作者: 生姜寧也
終章:覇道遊戯編

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第158話:練達の二人

 メノウは己の失態を呪いながらも、それを表情には出さないよう努めていた。ノエル女王の鎖骨の辺りに腕を回して拘束し、喉元にバタフライナイフを突きつけているターコイズ。メノウの側からは、茶と青の体毛が生える顔と、ノエルの美しい顔が、対比構造のように隣り合って見える。

(参ったな……こういう時、アザミなら……)

 自分よりも強者の思考をトレースしようと思ったのだろうが、鉄心は恐らく秒で見捨てる。殺されたら仕方ないの精神で、普通にターコイズを攻撃するだろう。メノウとしても、それもアリと考えなくもないのだが。

(ミウ様が悲しまれるか)

 女王と彼女の洋館での様子を思い出す。それにメノウとしても、ノエルの禅譲は非常に重要だと考えている。このまま目の前の女王が死に、王弟も排除となれば(殺害か投獄かは知らないが)、継承は王子となる。彼が即位したところで、鉄心の恫喝で即座に降ろすことも出来るのだろうが、やはり影響力、知名度抜群の現王からの禅譲の方が民は受け入れやすいハズだ。将棋の駒ではないのだ。国民感情という要素も多分に考慮しなくては、スムーズな統治からかけ離れてしまう。特にこれから築く国は、世界は、魔族である自分たちと共存の道を模索しなくてはならない。だというのに、国内の支持すら怪しいようでは、お話にならないだろう。

「……」

 そしてターコイズ側の目的も、ノエルによる王位の禅譲だろう。傀儡となるウィリー(本人に利用されるつもりは微塵もないだろうが)を次なる王に就け、魔族の狩場拡大を睨んでいるハズだ。

「要求は一つ。アナタ方三層の三人、全員の撤退」

 この膠着状態で、ふてぶてしくも要求を表明してきたターコイズ。まあ現状は文字通り王手をかけているのは彼の方という認識だろうから、それも当然かも知れないが。

「……」

 彼の狙いは時間稼ぎである。よもやメノウたちがノーメリットで要求を飲むなどとは思っていないだろう。それくらいなら流石に、ノエルを切る。戦後のスムーズな政権移譲は理想だが、背に腹は代えられない、と。だから彼としては、この睨み合いを続け、どこかから隙を伺っている三層の残り二体を引き留めておく。尤も、アメジストは既にこの世に居らず、サファイアもゲート管理だけで手一杯なのだが、それはターコイズに知る由はない。故に今、自分が三層を引き付けているのはファインプレーであり、残りの乱獲派三人がさっさと薊鉄心を始末して合流するまで、時間を稼ぎ続けるのが最良と信じて疑わないのだ。

「ふふ。なるほどな」

 ターコイズの、そういった一連の狙いに気付いたメノウのクチバシから、小さな笑みが零れる。ターコイズは直通ゲートで、この一段高く奥まった場所にある貴賓席のブース内に飛んできたから知らないのだ。未だ薊鉄心は三層たちのオマケ程度の認識なのだろう。いくら待っても援軍など来やしないのに、と内心でほくそ笑むメノウ。トントン、と後ろ手で何かをノックするような動きを見せる。近くに潜んでいるローズクォーツへの合図だった。生憎、彼らにもプニプニ語は習得できなかった(恐らく魔王と魔王自らが眷属化した魔族の間でだけ意思疎通できる仕組みだろう)ので、本当に簡単なハンドサインだが。

(これはサメとの間で伝令をしろって合図っスね)

 ゲートをノックする仕草。即ち、鉄心たちが使う小型のゲートの出し入れを一手に担っているサファイアを指している。そろりと部屋を抜け出したローズクォーツは、廊下の突き当り、誰もいない事を確認すると、自前のゲートを開いた。



 鉄心には匣を習った師匠がいる。隠鎌かくしがまの着想を、父や兄から得て、師事したことからも分かるように、彼クラスに物を教えられるのは同じ平良一門をおいて他にはおらず、つまり、その師というのも近親者。具体的には遠縁にあたる姉代わり、平良蝶蘭のことである。

「……本当に平良というのはバケモノしか居ないのかしら」

 共に戦うメローディアが、呆れたような笑いを零す。

多段包匣ただんつつみばこ

 五層ドラゴンの羽を包んだ巨大な匣。それが瞬く間に増殖したとしか思えないスピードで、もう片方の羽、両足、肩、口部と多段展開されている。そしてそこから伸びた氣の紐は全て、体のあちこちに絡み付いている。

「ぐぎゃああああ!」

 戒められ、怒りを露わに吠える囚われの龍。その後頭部に大量のクナイが突き刺さった。更に大きな鳴き声を辺りに響かせ、しかし徐々に目から光が失われていき、やがて……

 ――ズーン!

 その巨体が地面へと倒れ伏した。

「いやはや。蝶蘭は敬老の精神があるな。俺のような枯れ木が折れたりしないよう、至れり尽くせりだ」

 土煙の向こう、御高祖頭巾を被った薊善治が合流してくる。

「謙遜も過ぎればイヤミですよ」

 こちらは平良の装束に身を包んだ蝶蘭が、半笑いで返す。謙遜、まさにそれであった。先程、善治は一人で六層マンティコアを討っていた。彼が数年前に引退した身などと言ったところで、

「うおおおおお! 平良だ! 平良が来てくれた!」

「これで助かる! ああ、ありがとうございます! 日本の友人!」

 この群衆は絶対に信じないだろう。もちろんメローディアも全く信じていない。あの息子にして、この父あり。謙遜、というより異常なまでのストイックさが厳しい自己評価を言わせるのだろう。

「しかしまあ、そのハゲしメタル? この世の終わりみたいな武器ですけど、凄まじいですね」

 メローディアも、何気に雑魚を五体ほど蹴散らしていた。グラン・クロスだけでなく、過保護な鉄心が持たせたハゲしメタルも猛威を振るったのだ。パスが繋がっていれば使えるとハージュは言っていたが、ここまで随意に動いてくれるとは、メローディアにしても予想外だった。

「なんだか、自分の実力じゃないから、少し気が引けるのだけれど」

「いえ。身内の力だろうが、貰い物だろうが拾い物だろうが、戦場では関係ありませんよ」

 百戦錬磨の善治が言うと、説得力が段違いである。そして、そういう事を気にしていられる時点で、自分は甘ちゃんなのだろうと彼女は思う。ただ以前なら、それを深刻に捉えすぎただろうが、今は少し違った。甘い理想は持ちつつも、同時に、最愛の男に褒めてもらえる成果を出したい。その為なら多少は目をつぶる。そういう柔軟さ、バランス感覚が備わってきた。

「しかしまあ、向こうさんも総力戦ですねえ。ドラゴン一体、マンティコア一体、腐敗狼八体……」

 本来、少数の雑魚魔族が気紛れにポップする文字通りのはぐれゲート。だが今日に限ってはオールスターゲームの様相である。百獣の王、二層ダイヤモンドの固有能力は流石の威力だ。

「……オリビア、大丈夫? だいぶ息が上がってるわよ?」

 メローディアが、少し離れた位置でへばりかけているアラフォーを気遣う。そう、実はこのはぐれゲート殲滅戦は全国中継されている。オリビアが超高性能のカメラを抱えて帯同しているのだ。次期王のメローディアが日本の友軍と背中を預け合って戦い、命懸けで国民を守る。これを報道しない手はない。つまりはプロパガンダなのだが、嘘を報じているワケではないので、メローディアとしても心は痛まない。まあアラフォーの肺は傷んでいるワケだが。

「だ、だいじょう、ぶ、です。私がやら、ない、と」

 息が荒すぎる。三人の表情が少しだけ綻ぶ。そんな彼らの周りでは平良コールと、シャックスコールが巻き起こっていた。それもキチンとカメラに納めているようだ。実際、幾つもの修羅場をくぐってきた度胸と、鉄心サイドの思惑をキチンと汲んでいる者となると、この大役はオリビア以外には頼めなかった。

 と。メローディアの持つ無線機に入電。

「公爵閣下。次、およそ二十分後です」

 静流の報告。次のゲートの出現時間が出たらしい。あくまでも予測値だが、今のところ全問正解である。これだけの魔族を送り込むには、さしものダイヤモンドでも事前観測されないほどの小ささで展開するのは不可能だったようだ。

「静流?」

 なおも何かあるというような沈黙が流れ、メローディアが問いかける。すると、もう一拍あって。

「出現予測地点なのですが……第二国立競技場」

「な!?」

「それって!?」

 傍で聞いていた平良の二人も目をみはる。そして悪い事は重なるもので。

「そしてもう一つ、同時刻に北区、王城前にも二つのゲートが出ます」

 ここまで一度も無かったゲートの同時多発、それがこのタイミングで起こってしまった。彼らは知らぬ事だが、あの混沌をこよなく愛するライオンの仕込みに違いなかった。予め、油断したあたりで炸裂するよう計算していたのだろう。

「……公爵閣下。行ってください」

「え?」

「そうですね。王城の方は俺と蝶蘭で守ります。だから閣下は愚息の下へ」

「……」

 夫と妹分を守りたい、という感情面からだけでなく、きっと戦力配分としても合理的なのだ。メローディアは魔族化したおかげで、人々の彼女への想念が力となる。そして、もちろん街中にも人は多いが、一箇所により多く、メローディアを注視している人間がいるのは、かの競技場である。

「老いぼれや病人には構わず、未来を掴んできてください」

「ちょっと、善治さん。病人だけど私も未来ある若者ですよ!?」

 本当の親子のような掛け合いに、メローディアは軽く笑んで、

「分かったわ。ありがとう」

 南東、アックアを向いた。

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