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善悪二刀  作者: 生姜寧也
終章:覇道遊戯編

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156/166

第156話:馬脚

 静寂。目の前で起こっていることは本当に現実なのか。プロがあまり育っていないこの国において、二高のAチームはそのまま、現有戦力の中でもトップクラス。その彼らが、四人がかりで、たった一人の一年生に掠り傷一つ付けられないまま投了した。しかも相手は全力とは程遠かった。手加減した上で遊んでやっている。それが素人目にもハッキリわかる内容だった。まあ真実、こんな試合など鉄心にとっては貴族の遊興以外の何物でもないのだが。

「…………あっ! しょ、勝者、六高選抜チーム! ば、番狂わせどころの話ではありません!! こ、こんな事態を一体、誰が予想していたでしょうか!?」

 司会が大慌てで決着を告げる。ちなみに美羽は当然ながら()()()()()を予想していたので、お小遣いを全て鉄心の勝ちに賭けていた。今頃は配当が凄まじい事になっているだろう。ちゃっかりしているというか、やはり大物であった。


 ――――そして、そこで事態は動いた。


「物言いだ! 今の勝負、不正である!!」

 マイクを使った大音声。観衆の目が一斉に、そちらに向いた。声の主は、王弟ウィリー・ディゴールその人だった。姉と袂を分かつように、スタジアム反対側の貴賓席に座っていた彼が、このタイミングで物言い。場内が一気に剣呑な雰囲気となる。運営スタッフたちも、王族が試合に介入した例は今まで見たことも聞いたこともない、と緊張感を高めた。

「そこの者、薊鉄心は、平良一門が序列四位。先の学園防衛で功を立てたが、同時に女王からの特権に浴し、学園に留まっている不届き者である!」

 二重アゴをタプンと波打たせ、

「その目的こそは、国内で擾乱じょうらんを起こすこと! 即ち外患である!」

 決然と言い切った。

 ザワザワと場内が揺れる。

「本当なの?」

「でも確かに、あの強さ。平良の一門なら納得はいく」

「けど苗字が違うじゃねえか」

「そもそも学園防衛をしてくれたんなら、良い人なんじゃないの?」

「いや。さっきの戦い見ただろう? 魔王と言われても納得してしまうぞ? 少なくとも俺たちの思い描く平良の姿じゃない」

「でもただちに外患と言える根拠はないわよ」

 喧々囂々。憶測が憶測を呼び、善悪も全く定まらない。

「静まれ!」

 ウィリーが鶴の一声。そして、闘技場のセンタービジョンを指さす。

「今から、外患の証拠を見せてやる!」

 その声に合わせて、モニターに映ったのは……二枚の写真。一枚が人間の死体、後頭部の銃創を写した物だと分かった途端、女性たちから悲鳴が上がる。そしてもう一枚、コンクリについた焼け跡。

「これは鑑識の結果、全く同じ武器を使ったものと判明している。そしてこの死体は、薊鉄心が通う六高の臨時教員。薊との正式決闘の末、殺された者だ!」

 どよめきが起こる。

「もう一枚、このコンクリートの写真の方は、先日の痛ましい集団失踪事件の被害者たちが最後に集まっていた倉庫の床についた痕跡を写したものである!」

 その二つを繋げれば、鉄心がベックスを撃った武器と同じ痕跡が、腐敗貴族集団失踪の現場に残されていたということ。理解が及んだ民衆から、徐々に驚愕の表情に変わっていく。ウィリーはニヤリと頬を緩めた。趨勢が自分に傾いた、と思ったのだろう。だが、事態は彼の思惑とは真逆に進んでしまう。

「キャー!! 哄笑面の死神!! 腐った貴族に鉄槌を下してくれた救世主が、あの人!?」

「学園防衛も全力でやってくれたんだよ!! この国に正義を取り戻してくれた人よ!!」

 民衆の中に何故かマイクを持った一団がいた。その彼女たちが大声で鉄心を讃えているのだ。エミールやミラたち、彼のクラスメイトだった。事前に私服で紛れこみ、美羽から御守りとマイクを渡され、待機していたのだ。つまりサクラである。

「ア・ザ・ミ! ア・ザ・ミ! ア・ザ・ミ!」

 遂にはわざとらしいコールまで始めてしまった。そして群集心理とは単純なもので、最近馴染みとなった「哄笑面の死神」や「救世主」という単語に惹かれ。更には若い少女たちが権力者に物申すという構図がセンセーショナルで、味方になってやりたいという心の動きも合わさる。

「な、何が正義なものか! 人をたくさん失踪させた大罪人だぞ!」

 ウィリーが正論を吐いた。だが、人とは正論で生きているワケではなく、往々にして感情で動いているものだ。

「散々、弱い者イジメしておいて……法が役に立たないから、死神が正義を執行してくれたんじゃん!」

「今更、都合が良すぎるんだよ! 自分たちがやられたら、法を持ち出して!」

 奇しくも、鉄心がイザベラに吐いた言葉とほぼ同じ内容だった。まあそれだけ腐った特権側の普遍的な性質ということなのかも知れない。彼女らの弁を聞いた観衆から、ワアッと歓声が上がった。そうだ、そうだ、と異口同音に広がっていく賛意の輪。

「ア・ザ・ミ! ア・ザ・ミ! ア・ザ・ミ!」

 コールに乗る人間は加速度的に増えていく。

「くっ!? なんだ、これは」

 ウィリーはあまりに民意を知らなさすぎた。法と秩序を持ち出せば、こちら側の味方になると思っていた。実際、国民も法や秩序は好きである。だがそれは、ちゃんと守られているのなら、という前提だ。弱い者から搾取するために、反社会組織と結託、検察まで買収して法と秩序を捻じ曲げるような輩が、自分を守る時にだけ、正常な機能を求めても総スカンに決まっている。ウィリーが思うほど、民衆は彼の道具ではないのだった。

「いやはや。本当、判で押したように同じ精神性なんだな、お前らは。鏡ってのは別に俺だけじゃない。皆そうだよ。自分がした事は自分に返ってくるんだ」

 貴族たちが法を捻じ曲げるなら、民衆だって法を無視する。超法規的に鉄槌を振るったヤツが居たって、それが何だ? 連中が先にやったことだろう、と。

「善悪は裏表だ。悪を穿てば、善。善を踏みつければ、悪。どちらも実際はただの暴力にすぎない」

 余裕の笑みを浮かべ、カツカツと闊歩した鉄心は、司会からマイクを強奪する。

「その王弟が動員した警察の中に、魔族が紛れ込んでるぞ! ソイツはハゲの分際で魔族と通じている! 腐りきってるんだ!」

 わざと幼稚で分かりやすい言葉を使う鉄心。ハゲている上に魔族と内通。分かりやすく悪である。

「ちっ! 引っ捕えろ! 女王も外患誘致罪の疑いがある!」

 ウィリーは状況の圧倒的不利を悟ったか、強硬策に出た。何をどう言おうと法治国家である以上、法の盾を使えば大義は通る。そういう判断だった。カーマイン扮するリード刑事は、女王へ殺到。鉄心が背中から抜いた聖刀を振るう。飛んでいく無色の鎌鼬はしかし、カーマインの拳に阻まれた。その両手にはグローブが嵌められている。ユニーク武器『ハヌマーン』。受けた攻撃をそのまま()()()して返すことが出来る。

「ふっ!」

 カーマインが振った拳から、鉄心の鎌鼬が飛び出す。そっくりそのまま返って来た。

「ちっ!」

 匣を張ってガード。ヒビが入るので、二重に張り直す。威力も鉄心オリジナルと遜色ないようだ。そしてその隙にカーマインは周囲のSPを蹴散らし、女王の数メートル手前まで肉薄。再び鉄心が飛ばした鎌鼬も、やはり拳で弾く。

「何度やっても無駄だよ」

 と、嘲るように言った瞬間、彼の背中に突き刺さる不可視の刃。

「なっ!?」

 背広から血が流れ、動揺とともに変化へんげが解けた。人間より、なお大きい猿の魔人。黄色い歯を剥き出しにして、醜悪に顔を歪めた。周囲の観客が悲鳴を上げて走り去る中、一人だけ立ち止まって真っすぐ魔人を見つめる少女、

「……させないよ」

 松原美羽が、手を翳していた。あそこから飛んできたのだろう、と当たりを付けるが。

「っ!?」

 再び飛んでくる。彼が避ければ女王に当たる位置関係だというのに平気で撃っている。拳で止めたカーマインは、しかしすぐさま横っ面に殴打を受ける。吹き飛ぶ体。一体何が起きたのか、空中で目を凝らすと微かな反射光を捉えた。匣である。巨大なそれに体側面を弾かれたのだ。鎌鼬と匣の惜しみない連打。美羽の無尽蔵の魔力が成せる業。彼らが考えていた以上に、そして鉄心が計算していた以上に、松原美羽はバケモノだった。

「ちっ! ブラックオニキス! ダイヤモンド!」

 このままでは落下点に鉄心が詰め、いわゆる着地狩りでジエンド。そうはさせじと、同盟の二人を呼ばう。闘技場に二つの小型ゲートが現れた。舌打ちした鉄心は、片側に鎌鼬を飛ばす構え。出鼻を叩いてやろうという魂胆だ。

「させるか!」

 空中で拳を突き出したカーマイン。美羽から受けた鎌鼬が飛び出した。鉄心は振り返り、練っていた氣を匣に作り替える。衝突。表面をキキキと削る耳障りな音が響いた。その音に紛れるようにして、ゲートが開く。中から出てきたのは黒い体色のイノシシ型の魔人と、薄黄の体色にタテガミを生やしたライオン型の魔人。

「三対一だね」

 無事に着地したカーマインがキキッといやらしく笑った。だが鉄心は、

「さあ、そいつはどうだろうな」

 そう不敵に笑い返す。その視線が僅かに上方にズレた。キラリと煌めく銀閃。カーマインの頭上に日本刀が浮かび上がっていた。

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