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善悪二刀  作者: 生姜寧也
終章:覇道遊戯編

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155/166

第155話:片手間(後編)

 メローディアはソファーに体を沈め、ようやく人心地ついていた。朝から方々を駆けずり回り、病院やレベッカの家など数か所を訪問していたのだ。突然、公爵がやって来るという謎イベントに硬直する者ばかりであったが、事情を話すと、感謝されたものだった。

「ウチの社員たちまでは手が回らなかったわね……ごめんなさい」

 彼女がやっていたのは、端的に言うと御守りの配布である。鉄心の髪と血を封入し、まじないをかけた物。一昨日の夜だったか、美羽が儀式の合間に読み耽っていた、先代の著書。多岐にわたる魔力や技の記述、その中に呪術へのレジスト方法を発見したのだ。術者の血と、呪に関連の深い物があるとモアベターということで、御守りの内容物が決定。量産し、配っていたのだが……入院中の田中、浜垣。運良く見舞いに来ていた上原。レベッカも対抗戦へ応援に向かう前に捕まえることが出来た。サリーとオリビアにも手渡し。ラインズは必要がない。静流は美羽から貰っている。女王にはローズクォーツが可能ならば届けるという手筈になっていた。

「もう宜しいので?」

 善治が話しかけてくる。メローディアは自分の腕時計に視線を落として、小さく溜息を吐いた。これ以上、この作業に時間は割けそうにない。

「ええ。あとはサファイアからの連絡を待ちましょう」

 もう少し。もう少し近づいてくれば、はぐれゲートの出現時間、場所も嗅ぎ取れると言っていた。はぐれとは言え、通常のそれより規模の大きい物になると予想される。恐らく更に近付けば、人間のサポート班でも探知できるのでは、とのサファイア談。

「……」

 現在は平良二人とシャックス邸で待機中だった。時間が経つにつれ、緊張はいや増していく。もし……同時に複数、特に三つ以上出てこられたら。その時は自分もソロで動かなくてはいけなくなる。知らず、メローディアの手が震えていた。自分は母のように勇猛に戦えるだろうか。託してくれた鉄心の期待に応えられるだろうか。

(アックアの二の舞になってしまったら……)

 思い詰めた表情の公爵に、蝶蘭が何か言葉を掛けようとした時、テレビの中でどよめきが起こった。対抗戦を映し出している、その画面の中。匣に乗った鉄心がハンドサインを送っている。夫婦三人以外には解読不能のプニプニ語で綴られるそれは、会場にいる美羽への指示だった。だが一番最後、カメラの方にも視線を向けた鉄心が、素早くジェスチャーを紡いだ。

『頑張って』

 メローディアはグッと拳を握った。簡単な言葉だが……本当に、夫は欲しい時に声をかけてくれる。選んで良かった、選ばれて良かった。彼女の胸の内に、一瞬で気炎が灯る。その表情の変化を見て、蝶蘭は下手な激励の言葉を引っ込めた。

「今のって……テツがアナタに?」

「ええ」

 満面の笑みを浮かべるメローディア。愛の力の、なんと偉大なことか。独り身の蝶蘭には羨ましい限りであった。



 戦況は、ワンサイドゲームとなっていた。それ自体は大方の予想通りなのだが、ワンサイドを敷く方、強いられる方が真逆なのだ。観客の混乱と興奮は、大きな渦のようになっていた。

「っ!」

 アポロンの矢が放たれると同時、鉄心が軽く手を振る。小さな鎌鼬が飛び、矢の切っ先に当たった。矢を地面に叩き落とした後、霧散する。飛ばした後の鎌鼬の制御は、鉄心にとって長らくの課題ではあったのだが、遠隔で掻き消せるようになったようだ。魔力量のみならず、術への理解度も格段に上がっている。儀式期間中、徐々にプニプニ語が読めるようになってきた鉄心は先代の本を読み漁った。そこには数々の発見、気付きがあった。それだけで、このクラスのアタッカーはすぐにアウトプット出来てしまうのだ。

「ふっ」

 飛び込んできたカトラス使いの二刀を横合いから鎌鼬を当てて、はたき落とす。カランと音がして、地面を跳ね転がった。地を這いつくばるようにして得物を拾うグレースに、鉄心が嘲るような笑みを浮かべていた。鉄の棍棒を持ったまま、匣の牢屋に閉じ込められている子爵家の次男、ガイウスは芋虫のように体をくねらせ、何とか状況を打開しようとしているところをカメラに抜かれ、会場の溜息を誘っていた。ディアナの卒業後は次期エースと目されていた、寡黙でミステリアスな青年。その無様な姿に、女性ファンたちは俯いて沈黙してしまっている。

「なんなの!? なんなの、このバケモノは!?」

 グレースが遂にヒステリーを起こしてしまった。カトラスを落とした時点で、追撃されれば終わっていたところを、敢えて見逃された屈辱。観客から浴びせられる失望の視線。鉄心がさっきから一歩も動かずに三人をあしらっているという事実。

「こんな一年が居るものか! シャックスめ! 替え玉を使いやがったな! 継承権三位の簒奪に飽き足らず! 薄汚い血筋の……」

 本性を現したグレースが、しかし最後まで言葉を紡ぐことはなかった。急に凄まじい速度で距離を詰めてきた鉄心に、首根っこを掴まれ、宙に吊り上げられたからだ。それと同時、両手のカトラスにも匣がぶつけられ、拾ったばかりのそれらは再び地面を飾るモニュメントと化した。

「あっ……そんな」

 実況をすべき司会者も、先ほどから役に立たなくなっていた。見たまま実況すれば侮辱罪に当たりそうなくらいの、一方的な蹂躙劇。

「は、放せ!」

 ディアナがアポロンの矢を放つ。渾身の氣が込められ、銀に光り輝くそれは、鉄心の頭めがけて真っすぐに飛んでいった。武器での顔、頭への攻撃は反則。そんな事すら失念していた。そして……そんな反則で負けさせてくれるほど、鉄心は甘い男ではなかった。

「っ!?」

 鎌鼬に弾かれた矢がクルクルと舞って、遙か彼方の地面に鏃を突き立てた。ディアナに対して一瞥も無いまま、いわゆるノールックでハエでも払うように。実力差がありすぎる。これでは亡き父はおろか、この国の歴代の戦士たち全員でかかっても傷一つ付けられないのではないか。そんなことを考えてしまい、ディアナは自身の呼吸が浅くなるのを感じた。

「あ……ぐあ……やめて、死んで……しまう」

 さっきまでの威勢はどこへ行ったのか。グレースの喉から弱々しい命乞いが聞こえてくる。鉄心はパッと手を離してやる。そして思い切り、頭を上から踏みつける。

「ちょうどシャックス邸の方角だ。死にたくなければ謝れ」

 酷い、と観客の中の誰かが言ったが、鉄心を知る者達からすれば、否である。彼の前で家族を侮辱して殺されていないだけ、運が良いまである。まあ先に相手の家族(クリス)を侮辱したのは彼の方なのだが。

「ディアナ様……たすけ……」

 その声がリーダーに届く前に。寿司詰めにされていたガイウス、その匣の包囲が一段狭まり、息も出来ないほどに圧迫される。匣を三回タップした子爵家の御曹司。降参である。

「ガ、ガイウス選手、ギブアップです。薊選手、直ちに包囲を解いてください。これ以上の攻撃は失格となります」

 司会がようやく仕事をした。鉄心は何も言わず、四方の匣を解いて、次代のエース()を解放した。比較的優しい倒し方なのは、彼が無口ゆえ余計なことを言わなかったからだろう。

「ディアナ……さま……」

 ディアナの耳にも残り一人となったチームメイトの声は届いている。だが体が震えて、矢をつがえる事もままならないのだ。

(殺される……助けないと殺される)

 流石に鉄心とて、この場で学生を殺める気はないのだが、まあそうとしか見えないのも仕方のない事である。何人も平然と殺めてきた人間特有の()()を纏っているのだ。このままグレースの頭を踏み潰すビジョンが明確に見えてしまうのは、ディアナだけでなく観客の誰もが、そうだった。

「ぐあっ!?」

 ガイウスのタップを見て、真似をしようとしたグレースの両手に匣が落ちる。ピクリとも動かせなくなった。口もマトモに利けない。

「部下が謝れないんなら、オマエが謝れ。ディアナ・ゼーベント」

 この人は改めて凄いな、と美羽はドン引きしていた。恐らくグレースが一番苦しむ選択。自分の舌禍が龍を怒らせ、そのツケを主に払わせる。こういった、人の心を折るための最短ルートを見つける天才であった。優しい人たちへの実直な誠意と、この捻じれ曲がった性根はどうやって彼の中で共存しているのか。妻の美羽にも未だ分からない。

「あ……あ……うわああああああ!」

 ついにディアナが臨界点を迎えた。矢を一気に二本つがえ、放つ。ありったけの氣を込めたそれらは、真っすぐに鉄心を目掛けて殺到し……彼が手を振った瞬間、ピタリと空中で止まった。

 透明の匣に徐々に乳白色がつくと、全貌が明らかになる。ディアナの全力を寸分たがわず読み切り、ちょうど鏃が刺さって、しかし割れない程度の強度で展開されているのだ。

「あ……」

 膝から落ちたディアナ。天狗の鼻はへし折られ、翼をもがれ、地を這う姿に、試合前の威光はどこにも見当たらなかった。

「申し訳なかった。シャックスを侮辱した言葉は撤回して謝罪します。だから……投了させて下さい」

 かくして井戸を飛び出した蛙は、出会い頭に大龍に喰い殺されたのだった。

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