第154話:片手間(前編)
「それでは予め両校の合意があったため、本試合は四対四の、えっと、六高は一人しか居ませんが、その一人の薊選手が了承しているため、メンバー全員参加の殲滅戦の形式で行われます」
司会の注釈に、またも会場がどよめき、そして失笑が巻き起こる。ルールすらロクに理解していないのだろう。本当に入学して間もない外国人が迷い込んでしまったという風情だ。情の深い者は更に憐れんでいるらしく、両手を組んで祈るようなポーズを取る姿がチラホラ。せめて痛みや苦しみが少ない負け方をするように、と。
「あのガキ……ディアナ様をコケにしやがって……!」
平民でありながら、チームの一員に加えられている三年生の男子、ロッド・エディスンが、奥歯をギチリと鳴らす。
「まあ端的に言って不愉快ですね」
グレースもメガネの弦を指で押し上げながら。もう一人の二年生男子(こちらは子爵家だとか)も顎を引くように頷いた。
「可哀想に、という気持ちも失せましたね。この国で公爵閣下にナメた真似をすれば、どうなるかを教育してやるのが彼の為でもあるでしょう」
「はい。徹底的に痛めつけて、衆目の前で恥を掻かせてやりましょう。良い薬になるでしょうから」
ロッドが酷薄な笑みを浮かべる。特権階級ではないが故に、実力で選ばれているという自負が、平民の彼を逆に貴族のように振舞わせているようだ。なんとも度し難い話である。ディアナはただ黙って、自分のスーツの確認をしている。これは大会参加者全員が着るもので、全身を覆うそれは黒色をしている。中に魔鋼鉄を編み込んでいるのだ。これでユニークの攻撃を受けても、欠損するほどの怪我は負わない想定。その上からゼッケンを着込んでおり、衝撃の度合いで色が変わる(赤になれば失格)仕組みになっている。顔面への武器での攻撃は反則。安全を期してヘルメットを被る者もいる。もちろん視界が遮られるデメリットも大きいので、着用の有無は任意である。怪我をした場合は自己責任とする旨の誓約書に署名した状態で、全員この場に立っている。
「ディアナ様。俺とガイウス様が一気に左右から叩いて行動不能にします。動けなくなったところを、お二人が……」
悪趣味にも晒し者にしようと言っているのだ。グレースが眉根を寄せる。気持ちは分かるが、あからさまにやればディアナの品格まで疑われてしまう。
「ダメージは最小限で、体力を削りなさい。ヘロヘロになったところを、ディアナ様の大技で決めて頂きます。オープニングゲームに相応しい盛り上がりにして、格の違い、自分は所詮はスーパースターの踏み台でしかないと思い知らせてやるのですよ」
グレースの言葉に、ロッドが揉み手でもしそうな勢いで、激しく首を縦に振り。
「素晴らしい立案、流石です。大会全体のことや、下々のことまで考えておいでとは……これが上に立つ御方たちの深いお考えなのですね。感服いたしました」
その下々は彼も含まれるのだが、観衆と自分は違うという明白な差別意識を隠そうともしない。本当はこういう所をディアナが窘めないといけないのだろうが、やはりそういった方面に興味はないのだろう。放置されていた。
「さあ、それでは第一試合がいよいよ始まります。両校、準備は良いですね?」
司会の最終確認。ロッドとガイウスが、女子二人の前に進み出てスタートダッシュの構え。向かい側、10メートルほど先に立つ鉄心は腕時計に視線を落とし、何事か思案しているようだった。その態度がまた、ロッドとグレースの神経を逆撫でした。
「それでは……始め!」
ドラの音が響き渡った。
「っ!」
疾駆するロッド。その横合いから子爵家次男坊、ガイウスも殺到する。それぞれ剣と鉄棒を構えている。射程に入るか、というところまで一気に詰め寄り……そのまま派手に転んだ。何かに蹴躓いたという風で、速度も出ていたので、上体が宙に放り出された体勢。そのまま鉄心が立っていた場所に顔面からダイブした。当の鉄心は何もない空中に足を出し、更に上に足を出し、という動作を繰り返し、どんどん高い場所へ上っていく。透明の匣で作られた階段が視認できない観衆やディアナたちには宙に浮いているようにしか見えない。
「…………は?」
ディアナがようやく声を出したが、意味のある言葉は紡げなかった。鉄心はそのまま高い位置から観客席を見渡す。美羽と目が合うと、指を三本立てた。更に続けて簡単なハンドサイン。あの魔王のハウスで見つけた書籍に使われていたプニプニ語に対応したサインだ。指三本でプランC、ハンドサインで実行に移せの意を伝えていた。ちなみにプニプニ語は魔族化した後の鉄心とメローディアも、すぐに習得できたので、何らかの呪いも掛かっているのだろう。まあとどのつまり、流石に試合中の会場にまでは入れない虎娘の代わりに、メッセージ伝達を直接行った形だ。
「お、下りてこい!! なんだ、何をやってるんだ!! 反則じゃないのか!?」
自分の知らない、理解の範疇を超えている技を見たらすぐに反則などと言い出すとは、ゴシュナイトと同程度の脳味噌しかないのでは、と鉄心は溜息を吐く。美羽へのサインを送り終えると、鉄心は匣を徐々に仕舞っていく。高度が下がってきた事で、ロッドが再び息を吹き返す。
「なんか知らねえけど、維持は出来ないみたいだな! 畳み掛けましょう、ガイウス様!」
ロッドが剣を振り下ろし、ガイウスが腰を落として棒で突きを放つ。と、次の瞬間。ガキンとけたたましい音を立て、両者とも弾かれた。鉄心の右腕に嵌められたゴツめのブレスレットから白光を確認。
「シールダー……アタッカーの落ち零れの分際で!」
激高するロッドだったが、ディアナは驚愕のまま固まっていた。透明なシールド、しかもそれを段のように幾つも同時展開するなど。彼女は見たことも聞いたこともなかった。
鉄心が無造作にロッドとの距離を詰める。
(バカが! リーチの差も分からない素人め!)
シールドが強力だろうが、相手は無手。剣とのリーチ差は埋めようもない。ロッドは嘲笑を浮かべたまま、剣を振り下ろす。リーチ差など、届かなければ何の意味もないのに。
「は?」
ガツンと何かにブチ当たった剣の柄。そこから一ミリも動かないのだ。
……鉄心がしたことは、ひどく単純である。振り上げた剣の、その柄の下に匣を張っただけ。従って横に動かせば、剣を下ろすことは出来るのだが。
「な、なんだコレ!? 何しやがった!?」
混乱に陥った(ただでさえ悪い)オツムが視野狭窄を起こしてしまっている。そして鉄心は極小の鎌鼬を作り、スッと投げた。関節の動きを邪魔しないよう、僅かに魔鋼鉄が途切れている箇所。膝小僧の横側。数センチもない隙間へ。釘を打ち込まれたかのような激痛に、ロッドが大声を上げた。そして膝が落ちたところで、鉄心の強烈な右ストレートが顔面に突き刺さる。ボキッと凄い音がして、逆に仰向けで倒れた。
「……」
「……」
「……」
鉄心以外の全員が沈黙してしまった。美羽だけが「あ~あ」という顔。あれだけ吠えて、この程度で済ませてくれているのは寧ろ鉄心にしては優しい方なのだが。ロッドは気絶してしまったのか、そのまま動かない。
「……ロッド・エディスン選手、せ、戦闘不能と判断します。救護班が入りますので、両校ともこれより一切の戦闘行為を禁じます」
司会が職分を思い出し、言葉を紡いだのを皮切りに。火が付いたようにワアッと歓声が上がる。番狂わせも良いところ。しかも顔面への拳での攻撃(武器を使っていない以上、反則ではない)で戦闘不能に追い込むなど、よほどの実力差がないと起こらない事態だ。
「何者だ!? あの一年!」
「誰だよ、記念受験とか言ってた奴は!?」
「透明のシールドだけじゃない? 何をやったの?」
「分からない。分からないが……これはヤバいぞ」
「まさかディアナ様まで?」
「ジャイアントキリングだ!」
「いや、流石にそれは無いだろう。二年連続の覇者だぞ?」
観客は大盛り上がり。逆に、二高に賭けている者達は青い顔をしている。鉄心は我関せずの構えで、再びチラリと腕時計を見た。救護班は即座に駆けつけ、担架にロッドを乗せると、そのまま走り去っていく。
「お、お待たせしました。試合再開です」
再びドラ。しかし今度は二高の選手たちはその場に固まったまま、攻めてこない。余裕のない表情で、鉄心の一挙一動に神経を尖らせている。そこへ無造作に歩いていく鉄心。
「ふう。公爵ともあろう者が、あんな駄犬を飼ってるとはね。クリス様は勇敢な戦士だったが、娘の教育は上手くなかったみたいだ」
息を吐くように侮辱。グレースの頭に瞬間的に血が上り、
「きさまああああ!!」
駆ける。得物はカトラスの二刀流のようだ。メノウを彷彿とさせるが、スピードも迫力も比較にもならないレベルだった。鉄心へと連続で斬撃を入れるが、キンキンと匣が甲高い音を立てるだけで、ヒビはおろか、鉄心の歩みさえ止められない。移動しながらの匣は超難易度なのだが(一歩進む都度、張り替えているようなもの)、儀式により飛躍的に内蔵魔力量が増した今の彼なら朝飯前。
「……」
その鉄心の進む先、ディアナが弓を構える。父から受け継いだユニーク武器『アポロン』、そこに矢をつがえた。




