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善悪二刀  作者: 生姜寧也
終章:覇道遊戯編

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153/166

第153話:リビングデッド

 女王ノエルが座る貴賓席に視線をやった時のことだった。美羽は驚きのあまり危うく飲み物の入ったカップを落としかけた。なぜ? どうやって? という問いが彼女の胸中に吹き荒れているが、答えは一向に出ない。恐らく正確に答えられるのは、その視線の先の彼だけだろう。アレックス・リード刑事が貴賓席付近、SPに紛れるように立っているのだった。

(サファイアさんが見立てを誤った?)

 いや、ありえない。あの比類なき千里眼が、魔界四層と人間界ゴルフィール王国の座標を見紛うなど、ありえるハズがない。絶対にリードの死体は四層にある。

(なら答えは一つ。乱獲派の誰かの固有能力……擬態か、視覚操作か。もしくは本当にリードさんは生きていて、サファイアさんの目を欺く類の能力)

 やはり推測は立てられても、明確な答えは本人を捕えでもしない限り導き出せそうにない。とにかく、マズイ状態だ。十傑の力をもってすれば、あの位置は文字通り王手である。ノエルを人質に取られているに等しい。美羽の守りにばかり気を取られ、あちらが疎かになってしまっていたのか。

「ローズちゃん」

 小声で虎娘に呼び掛ける。生来の能力に加え、鉄心の邪刀・霞の効果も付与されて、ほぼ完璧なインビジブルと化した護衛、ローズクォーツ。返事はないが聞いているハズだ。

「テッちゃんにリード刑事の偽物が、ノエル女王の傍にいるって伝えて」

 姿は認識しづらいが、美羽には虎娘が頷いたのが空気の流れで察せられた。



 ノエル・ディゴールは小さく溜息をついた。今しがた、機密の回線から入った二つのメール。両方が悪い知らせだった。まず部下、これは王弟派に紛れ込ませているスパイなのだが、そこからの報告。王弟が対抗戦のイベント運営を任せている会社の素性だ。巧妙に隠されているが、フィオット商会の海外拠点が絡んだフロント企業だと判明したようだ。鉄心に手酷く痛めつけられたというのに、存外にしぶとい。いや、裏を返せば、甚大な被害を受けたからこそ、一か八かウィリーに乗ったという見方も出来るか。とにかく、これでこの対抗戦の最中、いずれかのタイミングで仕掛けてくることは確定。ほんの一瞬、女王の脳裏に浮かんだのは……本当に幼かった頃、王城の庭で蝶を追いかけて姉弟で走り回っている記憶。あの何も知らなかった頃の自分に、隣にいるその弟と遠い将来殺し合いをすることになる、と言ったらどんな顔をしただろうか。

「……感傷ね」

 そう言いつつも、次に浮かんだのは戴冠式の記憶。そしてアックアの忌まわしき記憶、夫への落胆、エリダの死、薊鉄心の強烈な瞳。まるで走馬灯のようである。無理もないのかも知れない。勝つにせよ負けるにせよ、きっともう彼女が王で居られる時間は、残り少ない。いや、もしかしたら勝敗の行く末すら見届けられない可能性もある。もう一つの報告、松原美羽が見つけたというリビングデッド。その正体は当然ながら十傑だろう。それが貴賓席の近くにいる。警察動員の中に、上手く紛れ込ませたようだ。

「……」

 ノエルの喉が鳴った。常に銃口を突き付けられているようなものである。鉄心に攫われた時と同じような緊張感。やはり己の無力を再認識させられ、女王は指を組んで俯いた。まあ本来は為政者に戦闘能力まで求めるのは酷な話である上、この国は魔族関連の災禍に襲われすぎている。同情の余地はある、と冷静な第三者が見れば、そう評するだろう。

 防弾ガラスに囲まれたブース内から、客席を見下ろす。この景色も見納め。すり鉢状になった一番底、闘技場では開会セレモニーが始まっていた。一通りの挨拶を終え、次の式次第。女王のお言葉、としてカンペの内容が司会によって代読される。当たり障りのない文章だったが、集まった観客から「女王陛下万歳」の合唱が起こった。先の腐敗貴族一掃により、好感度はかなり上がっているようだ。応えるように、ノエルも立ち上がり、ブースの中から手を振った。それがカメラで抜かれたのか、再び大きな歓声が上がる。

「……」

 観客の熱が収まるくらいのところで、ちょうど国歌斉唱が始まった。闘技場の中央に歩み出てきた、この国で一番人気の歌姫。そちらに観衆の目が移った、その瞬間、ノエルの傍に気配があった。そしてそれはすぐさま消えた。近衛の誰も気付かない速さと存在の希薄さ。彼女が去った後、ノエルの手には小さな手紙とお守りが握らされていた。伝書鳩ならぬ伝書虎。チラリと客席の美羽を見る。今はつまり彼女はローズクォーツの護衛なしの状態なのだが、嬉しそうにディーバの歌声に聞き入っている。大物だ。優しく可愛らしい性根がゆえ見誤るが、その実、紛れもなく魔王の器なのだろう。精神面だけではない。あれで鉄心と同質の匣を七重に張って自ら要塞と化している。そう、実際の所、敵方が無理矢理に美羽を攫おうとしても、もう叶わないのだ。あれを七どころか十でも重ねられるのだから。コピー元の鉄心ですら追いつけない程の多重展開、それこそが美羽の単独行動を鉄心が許可した理由である。いやむしろ、あれは甘美な罠である。標的が一人でいるのをチャンスとばかり飛びかかれば、攫うどころか触れることも出来ないまま、自分たちだけ正体を白日の下に晒す事となる、そういう罠だ。ただ敵方もそこを勘付き、ノエルの方に王手をかけたということ。両陣営の次なる指し手の如何で、状況は大きく変化するだろう。

「長らくお待たせいたしました! それでは、ただいまより大会のオープニングゲーム、第二高校AチームVS第六高校選抜チームの試合を始めます。両校の選手が入場してきます。どうか盛大な拍手でお迎え下さい!」

 司会が高らかに宣言すると、観客はヒートアップ。

「さあ! 早速、今大会の本命中の本命! 昨年優勝の第二高校Aチームの登場だ! 不動のエース、救国の英雄クリス・ゼーベント様の忘れ形見、ディアナ・ゼーベント様を戴き、現在二連覇中! 今年も完全優勝が期待されています!」

 先頭を歩くディアナの姿が見えると、地鳴りのような声の奔流が巻き起こった。続くグレースにも声援が送られる。両者とも黄色い声の方が多そうだ。女性の強さと独立の象徴のようになっているのかも知れない。ただ裏で賭け事をしているのは男性の方が多いようで、「頼むぞー!」といった露骨な声援(?)も混じっている。

 そして今度は反対側のエンドから鉄心が入場してきた。観衆の間に、最初はさざ波のように困惑が広がる。他のメンバーは後から来るのだろうか。六高のエース、メローディアはどこへ行ったのか。皆が皆、周囲の者の顔を見た。何か事情を知ってはいないか、と。

「六高は、このテッシン・アザミ? 選手一人となります。一年生ながら選出された……えー。非常に将来性のあるシ、シールダーとの情報が……入っています」

 司会の言葉に、場内にドッと笑いが起こる。入学したてのアジア人が一人。しかもシールダーなど、武器にすら選ばれなかった人間。記念受験にしても酷い話である。

「おいおい。見世物にしたって、レべルが低すぎるだろ」

「ボコボコにしてやれー! 公爵様ー!」

「これ、腐敗貴族関連で選手が集まらなかったって事だよね?」

「うん。それでも不参加はマズいから、どうでも良い子を出したって感じでしょ」

「可哀想すぎる」

「おーい! ガキ! 死ぬ前にギブアップしろよー!」

「ぎゃはははは!」

「こんなカスみたいなオッズじゃ、儲けにならんぞ……」

 十人十色の反応だが、共通して言えるのは、今から惨劇が起こると予想していること。その予想は全く正しいのだが……まあ、始まれば分かることである。

 リーダー同士、ディアナと鉄心が闘技場の中央に歩み出る。ここで握手をするのだが、大抵の相手チームのリーダーは、その栄誉(ディアナは身分だけでなく、実力もスーパースターなのだ)に熱病のようにポワポワとするものだが。薊鉄心は、ディアナには目もくれず、闘技場から上を見上げ、観客席をグルリと睨んでいる。味方、敵、それぞれの配置をその目で確認しているのだった。

(マジで居やがるな。リード刑事)

 美羽の報告が、ローズクォーツ経由で上がってきていた。人への擬態、ネクロマンサー、幻術の類。様々な憶測は立つが、明言できるのは敵の刺客であるということだけ。

「キミ……正々堂々戦うという宣誓の意味もある。握手を」

「え? あ、ああ。これは失礼」

 鉄心は声を掛けられ、ようやく目の前のディアナに気付いたかのようだった。その態度に、グレース、そして残りの二人のチームメイトも額に青筋を立てんばかり。鉄心はおざなりに握手をすると、すぐに踵を返して所定の位置へ向かった。恐ろしく真剣な表情をして。

(なんだ? 私に気圧された風ではない。もっと何か別の物を見ているような……)

 ディアナの失着は、きっと政治に無関心であったこと。現在、実質的に家を取りまとめているのは未亡人である母と、その補佐をする祖母ミーシャ。跡取りの彼女は、強さを極めることにしか興味が無い。せめて少しでも、四年前の惨劇の際に暗躍した薊家という存在を知っていれば、というところだが……まあ言っても詮無いことであった。

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