第152話:優勝候補
ゴルフィール王国の南東、アックア地区にある第二国立競技場。選手や関係者のみに開放されている駐車場に、いま一台のスクールバスが止まった。即座に取材陣が取り囲み、カメラを向ける。お目当ては……
「出てきたぞ!」
記者同士で声を掛け合うが、後方に位置する者たちは人だかりで中々見えず、カメラを高く掲げてその姿を納めようとする。
「キャー!」
どこから紛れ込んだのか、一般人の黄色い悲鳴も聞こえる。職員たちが作る肉のバリケード、その中を悠然と歩く姿があった。銀の髪に、中性的な顔立ち。しかし瞳の力は強く、ややもすると怜悧な印象を受ける。ディアナ・ゼーベント。亡きクリス・ゼーベント公爵の娘である。
「公爵閣下のお通りです。道を開けてください」
そのディアナの後ろから、メガネに三つ編みの少女、グレース・リットーリオが続く。こちらも目元が涼しげを通り越し、取材陣たちを睥睨するかのよう。公爵家に仕える秘書の家系で、彼女もまた公爵ほどではないが、名のある貴族家の娘である。続く二人の男子は、しずしずと彼女らの後を追う。この四人が昨年の優勝チーム、王立第二高校のAチームとなる。正確には一人、昨年の三年生が抜けたが、代わりにチーム入りした男子もかなりの手練れ。昨年と遜色のない戦力を組むことが出来たと、ディアナは自負している。まあ何よりも、絶対エースたる彼女が居れば、高校生の大会なら無双状態なのだが。
建物内に入る。内部はマスコミも統制されており、必要以上に距離を詰めてくることもない。ふう、と小さく息を吐いたディアナ。ひたすら求道者である彼女からすれば、注目を集めることにメリットはない。
「……」
「……」
ディアナもグレースも無言で廊下を進む。大広間に辿り着いた。ここで今からトーナメントのくじ引きが行われるのだ。高校ごとに割り当てられている待機エリア、その中の「第二高校」と立て看板のある場所へディアナたちは移動する。腐っても公爵、自前の高級ソファーを持ち込んでいた。チームの男子は平民と中流貴族なのだが、彼らにも同じものを用意してやっている。彼女に差別意識はないようだ。まあそんなものを優先して実力以外の要素でメンバーを選考するようなチームが強いハズもない、ということか。六高などが良い例である。
その六高のエリアをチラリと見て、ディアナもグレースも絶句した。何を血迷ったか、東洋人の学生が一人ぽつねんと粗末なパイプ椅子に腰掛けているだけで、他のメンバーが見当たらないのだ。この対抗戦、四人一組のチームがデフォルト。更にアタッカー生徒数の多い第一、第二の名門校はBチームを選抜できる。現に二高もディアナたちAチーム到着前にBチームは先入りしており、総勢八名の大所帯だ。それに比べて、六高だけ一人というのは、逆に悪目立ちしていた。
「あれ……バカにしているのでしょうか?」
グレースが不快感を隠そうともせず、眉間に縦皺をいくつも走らせながら。
「いや、恐らくだが……あそこはクラスの殆どが消えたせいで、混迷の真っ只中。それでも不参加はマズかろうということで……まあ有体に言って、生贄にされたのだろう」
テキトーな人員を見繕って、一回戦負けだろうが六高も参加したという記録だけは残しておく、と。
「シャックスも落ちましたね」
「グレース」
「……不敬でした」
窘めはしたものの、ディアナとて同感だった。平民の一年生に、一人だけ報道陣用と同じパイプ椅子を宛がって、自分は雲隠れとは。
「おい、あれ見ろよ」
「マジで勘弁してくれよな。記念受験じゃねえんだからさ」
「まあ平民らしいと言えばらしいですわね」
「良いなあ。あれと当たったら、勝ち確じゃん」
案の定、周囲からヒソヒソ話が聞こえてくる。一年生の少年は、腕を組んだまま、死んだ魚のような目で前だけを見据えている。
「……」
何か。明確に何とは言えないのだが、ディアナは違和感を覚えた。改めて少年の姿を見る。黒い髪に、黒い瞳。アジア人だろうか。服の上からでも、肉体が鍛えられているのは窺えるが、黒い外套のせいで詳しくは分からない。凍ったような無表情からは、情報が読み取れない。ディアナは一瞬、彫像やマネキンではないかとさえ思った。もう少し観察しようとしたところで、
「お待たせいたしました。これより、第27回、全王立高校対抗戦、組み合わせ抽選会を始めます」
メインイベントが始まってしまった。壇上に司会者が現れ、それと同時、巨大なボードも運び込まれる。トーナメント表のようだ。
「それでは、各チームのリーダー様は、順に壇上にお越し頂き、くじを引いて下さい」
案内もないが、前回優勝校の第二高校からのようで、ディアナがスッと立ち上がった。壇上を進み、金の装飾が施された抽選箱から一枚を引いた。司会に手渡すと、反対側から下りる。次は前回準優勝の第一高校のAチーム。そうやって前回大会の順位に則り、次々と欄が埋まっていき……
「第六高校。第六高校? 壇に上がってくじを引いて下さい」
もう最後なのでカードは確定している。引く意味もないだろう、とあからさまに面倒くさそうな顔をするアジア人の学生。
「一年、薊鉄心くん。早くしてください。皆様をお待たせしているのですよ?」
貴族の皆様を、と続けたくなるところを司会は何とか踏み留まった印象。平民の少年、きっとこの場にいる誰もが子羊だと思っている一年生、薊鉄心は一つ息を吐いて立ち上がると、すたすた壇上へ。抽選箱を両手で持つと、くるりと逆さまに引っくり返した。一枚、ポトンと落ちたくじを、開くこともなく司会に渡し、さっさと壇を下りていく。
「平民のクセにふてぶてしいヤツだな」
「シャックス様も何をお考えなのか」
「まあまあ。どうせイキっていられるのも今のうち」
「ええ。なにせ、第二のAチームと当たるんですものね」
そう、開幕の第一試合は、ディアナ・ゼーベント率いる、前回優勝の第二高AチームVS第六高チームとなったのだ。まあチームと言っても当然、鉄心ただ一人なのだが。
「……」
ディアナは自分でもよく分からないのだが、その対戦相手、薊鉄心に近づいていた。あからさまに胡乱で、「なにこの人?」と言いたげな視線が返ってくる。間違いなくディアナを知らない、眼中にもない態度だった。いくら外国人とはいえ、当代の国内最強との呼び声も高い実力者であり、王位継承権第4位を持つ公爵に、このような目をする人間が居るとは。ディアナは割とカルチャーショックを受けている。
「……対戦形式は? 勝ち抜き戦で良いか?」
他に四対四の殲滅戦もあるのだが、この場合だと四対一のリンチになることは必定。せめてもの武士の情け、勝ち抜き戦ならまだ見せ場も作れるやも知れないというディアナの優しさだった。しかし鉄心は礼も言わず腕時計に視線を落とした。少し考えた後(なにか虚空を見て暗算でもしている風だった)、首をゆるゆると左右に振った。
「殲滅戦で」
端的に答えた、その瞬間。ブフッと噴き出すような声が、あちこちから聞こえてきた。聞き耳を立てていた他の高校の連中が笑いを堪えているようだ。いや、堪えられていない者の方が多い。続いてククククと、くぐもった笑い声が聞こえてくる。こんなに愚かな人間が居るのか、と。六高の平民とはここまで無知なのか、と。彼らは愉快で仕方がないのだろう。平民特有の蒙昧に加え、メローディアたちからディアナの情報すら与えられていない哀れで滑稽な子羊。同情している体裁を保つために、声を立てて笑うようなことはしないものの、所詮は特権階級、一皮むけば腐敗の連中と大差ない悪趣味だった。
鉄心は淡々と歩いて、会場を後にした。誰よりも早く控室に滑り込むと、ロッカーを開ける。背中側のベルトに差した邪刀を抜いて、指先を切る。リードの時と全く同じことをするためだ。登録済みのシールダーとしてのユニーク(偽装のアトラク・ナクアだが)以外は露見させるワケにはいかない。ハゲしメタルとブラックマンバに邪刀・霞をかけるのだ。まあ実際、魔導具が一番強力な武器なのだから、普通の暗器を仕込むメリットは少なく、検査なんかはロクにされないという話だったが。ちなみにダブル・トリプルなんて想定にないシステムが組まれているのは仕方のないこと。
「……邪正一如も隠しとかないとな」
邪刀の力で邪刀を隠すというマッチポンプ感。ともあれ準備は完了。映像などで確認されるとすぐバレるが、どうせそういうのは、試合が終わってからの事だろう。そこまで騙せれば問題ない。
「……」
鉄心はポケットから携帯を取り出す。王弟が主宰するイベントで盗聴のおそれもある中、堂々と使う勇気はないが、
『頑張ってね、テッちゃん!』
『頑張りましょう、鉄心!』
妻二人からの、どうとでも取れるメール。もちろん児戯のような大会の事ではなく、その後の関ヶ原のことを指しているのだが……ともあれ、守りたい女たちからの激励を受け、鉄心も一つ、気を引き締め直すのだった。




