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善悪二刀  作者: 生姜寧也
終章:覇道遊戯編

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151/166

第151話:決戦前夜

 乱獲派。穏健派。鉄心陣営。平良一門。教師陣。王侯貴族。警察。様々な立場の様々な人間の思惑が錯綜する、その三日間が過ぎ去った。



 穴倉のごとき密室から、薊鉄心、松原美羽、メローディア・シャックスの三人が帰還した。決戦に向け、儀式を完遂した彼ら。魔族化という強烈な武器を引っ提げて、さぞや、気力充溢、戦意高揚、といった面構えかと思われたが……

「腰が。腰が死んじゃう。整骨院とか行ってる余裕ないかな?」

「我慢しなさい。アナタは寝転がっての体位が多かったのだから、私に比べて全然マシなハズよ?」

「いや、それはメロディ様が後ろからされるのがお好きなだけで、私に八つ当たりされても」

「そ、それはそうだけど……顔を見合わせると恥ずかしいんだもの」

「大丈夫ですよ。どうせテッちゃんはおっぱいしか見てないですから」

 赤裸々なトークに、鉄心も(当事者であるにも関わらず)口を挟めないでいる。おっぱいしか見ていないってワケでもない、と思っていても藪蛇が怖いのだろう。

「それで……儀式は成功、ということで良いのよね?」

「はい。私の感覚だけが保証になってしまいますけど……あ、いや。そうだ、あとで光臨を出してみて下さい。実感できると思います」

「ああ、それは良いアイデアね」

「おっぱい忍者さんも、あとで色々使ってみてね。私から氣を満タンに貰ったとき以上の出力があるハズだから」

「……」

 藪を突かなくとも、しっかりイジられてしまう鉄心だった。決戦前日がこんなに緩くて良いのかという話だが、まあそれだけ美羽やメローディアも肝が据わってきたという事だろう。もしかすると、もう既に母になっている可能性も十分にあるのだから、戦う前から日和っていられない、と。

「氣……いやもう俺たちも魔族になってしまったワケだから魔力と呼んだ方が良いのか。とにかく、その魔力の確認が済んだら、改めて陣営の全員と最終調整をしないとな」

 おっぱい忍者が仕切り直す。実際、部屋の外に出られなかっただけで、メールでの連絡は取り合っていたワケだから、あらかたの進捗は把握しているが。

 まず、サファイアの読みは恐ろしいほど正確だった。昨夜、平良和奏が気付き、ゴルフィール王室に連絡が入った。その報を受け、ゴルフィールの探知班(静流が班長である)が精査したところ、こちらも発見。遠く離れた日本から先に探知されたということで、班員たちは面目丸潰れだと嘆いたものだが、その和奏を遙かに凌ぐ千里眼を陣営に収めているのは鉄心たち。心強い限りであった。

 次にサリー。前代未聞のエントリーを無事に通したと報告があった。即ち、四人一組の対抗戦において、薊鉄心ただ一人で登録せしめたのだ。伝統や形式にうるさいお偉方に詰められ、彼女の胃は無事炎症を起こしたが、まあ大事の前の小事、と鉄心は割り切る。またラインズに関しても、上首尾とのことで、適ハゲ適所の采配となった。

 そしてオリビアが連れ帰ってきた平良の二人。この事実により、鉄心+平良二人(うち一人は現役の序列上位者)の布陣が出来上がり、ノエルや静流も周囲を落ち着かせる材料とした。そのノエルだが、ゲート確認の事実は、ミーシャ・ゼーベント(救国の英雄クリスの母)を始めとした一部の信頼の置ける相手としか共有していない。ウィリーに秘するのは勘繰られないかと鉄心が訊ねたところ、前回の鉄心が防衛した学園のゲートの際も教えていなかったとの回答。信頼を置いていない事を隠しもしない、その状態こそがデフォルトのようだった。

 かくして、鉄心たちが儀式に邁進する間も、情勢は動き、メンバーは滞りなく仕事をしていたのだった。そして今から彼らが向かうのは、残念ながら整骨院ではなく……シャックス邸内、お馴染みとなった防音室だった。先頭の鉄心がドアを開けると、中で待っていたのは、

「父さん! 蝶ねえ!」

 平良の精鋭二人だった。鉄心を見ると、蝶蘭の方は優しげに笑った。

「テツ。久しぶりね。元気にしてた?」

「うん。蝶ねえも調子良いみたいだね。良かった」

「ふふふ。最近はね。アナタの顔を見に、わざわざ海外に行けるくらいには調子良いわよ」

「たはは、勘弁してよ。このヤマが終わったら一回、帰省しようと思ってたんだよ……」

 鉄心は姉貴分から視線を外し、父を見た。

「ああ、そうしろ。沙織もうるさいからなあ」

 ふ、と笑う善治に、鉄心も苦笑を返した。最近、電話で話したこともあって、余計な挨拶は無し。実に父子らしい距離感である。ただそれでも、

「来てくれてありがとう。もちろん蝶ねえも」

 親しき仲にも礼儀あり、である。

 と、挨拶が終わったあたりで、蝶蘭が細長い顔を軽く傾けて、鉄心の後ろ二人を見やる。

「ああ、紹介するよ。俺の妻、松原美羽ちゃん。魔王だね。そしてメローディア・シャックス公爵。次期ゴルフィール国王だね」

「…………オリビアさんから聞かされてはいたけど」

 蝶蘭のみならず、善治も半信半疑なところもあったのだろう。だが、実際にこうして目にして、鉄心本人からも同じ内容を告げられ、いよいよファクトと確定してしまったのだ。だが、まだ頭が追いついていないのだろう。まあ無理もない。当事者の鉄心たち三人ですら、この一月足らずの時間は激動という言葉で表すに余りある。だが紛れもない現実だった。美羽の出生の秘密を知り、公爵を一廉ひとかどまで育て上げ、二人まとめて嫁とし、魔界と人間界の両獲りに王手がかかっている状態。加えて全員が魔族化しているという新情報まで暴露すれば、最悪、蝶蘭はまた臥せってしまうかも知れない。

「あ、あの。私、松原美羽といいます。お、お義父さんと……お義姉さん、ですか? よろしくお願いします」

 美羽が鉄心の斜め後ろに立ち、ペコリと頭を下げた。モチモチで愛らしい少女の姿に歴戦の猛者たちも頬を緩め、こちらこそと返す。その様子を見て、メローディアも美羽の反対側に立ち、

「メローディア・シャックスよ。そちらの美羽と共に、鉄心と夫婦の契りを結んでいるわ。どうぞよしなに」

 堂々と言い放った。チラリと蝶蘭を見やるその視線に、首だけ振り返った鉄心が苦笑する。手をヒラヒラと振って、そういうのではないよとヤキモチ妬きの妻を安心させた。鉄心と蝶蘭は、親戚同士で幼い頃から共に育った間柄。もちろん、そういう関係でも恋心を抱くケースもあるだろうが、二人は違う。お互い、姉と弟に近い感情らしかった。メローディアはホッと胸を撫でおろす。

「しかしいきなり重婚か。沙織に話したら二時間くらいギャンギャン言いそうな話だ」

 ようやく立ち直った善治。鉄心はそのセリフを聞いて、ゲンナリした表情を見せる。容易に想像がつくのだ。逆に実母である来未(くるみ)などは「まあ! 二人もお嫁さん? 今夜はお赤飯ね」などと言って和やかに笑うだけだろう。穏やかなのに意外に肝が据わっているところは、美羽に似ているかも、と鉄心は今になって気付く。

「その、私、えっと。テッちゃんに相応しくないかも知れないですけど……」

「どうして? ハゲしめジャンキーの変人に、こんな可愛い子がお嫁さんに来てくれるのに……ねえ? 善治さん?」

「ああ、間違いない。全く卑下することはないよ。しかも公爵様と重婚などと、僥倖にも程がある。むしろ、ウチが支度金などお渡ししなくてはならんレベルだ」

 近親二人が全力フォロー。まあ鉄心としても同感なので、口は挟まなかった。

「でも私……魔王ですし」

 しょんぼり言った美羽。

「……実際、それは本当のことなのか?」

 二人は、ここへ来る際もゲート経由でサファイアと会っている。だがそれでも中々どうして、である。

「ええ。美羽は鉄心の技を数時間の鍛錬でコピーしてみせたわ」

「そんな……」

 反射的に蝶蘭の瞳に浮かんだのは怯え、或いは反感。そのように、美羽には感じられた。アタッカーとして血の滲むような努力の果てに習得した技を見ただけで模写してしまえる。無力感、脱力感だけでは収まらない感情が湧き起こっても不思議ではない。ただ美羽の視線に気付いたのか、蝶蘭は取り繕うように笑って、視線を逸らした。

「……当日は匣を張ってもらおうと思ってるんだ。会場全体に」

 鉄心が話を進めた。善治が驚いて、ソファーの上で仰け反る。

「それほどの大きさ……一人でか?」

「うん。多分お釣りがくるくらい」

 無尽蔵の魔力。人の生きたいという願望を源とする正真正銘のチートコード。更に当日は、乱獲派が闖入してくることが予想されるワケで、観客の生存本能は煽りに煽られる。まず間違いなく、枯渇することはないだろう。

「だから会場の観客は心配無用なんだ。二人に頼みたいのは、はぐれゲートの始末。市街地の防衛だ」

 色々と思うところも、疑問点もあるだろうが、取り敢えずは任務の話となれば、二人ともシリアスな表情で頷く。

「ゲートはサファイアが繋いでくれる。全部終われば世界中に向けて種明かしする事になるだろうから、気兼ねなく使って欲しい」

 市街地に出た瞬間は、はぐれゲートと見分けがつかないせいで、彼らまで魔族かと疑われる可能性もあるが、捨て置けということ。

「委細承知よ」

 蝶蘭が請け合い、

「……四年前の借りを返さないとな」

 善治が静かに、しかし万感の覚悟を込めて。蝶蘭も、鉄心も、貴一の献身を知る妻二人も、強い瞳で頷いた。

 


 そして……最終打ち合わせを終え、決戦前最後の夜は静かに更けていった。

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