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善悪二刀  作者: 生姜寧也
第1章:学園防衛編

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第15話:メローディア

 メローディア・シャックスの人生は波乱に満ちていた。

 公爵家の長女として生まれ、何一つ不自由のない生活を送らせてもらった幼少期。母は少しだけ厳しかったが、代わりに父が優しかった。彼は伯爵家の長男でありながら、魔導の才能なく、逃げるように公爵家へ婿入りした人だった。苦労人だけあって貴族離れした心根の優しさがあり、そこを母が買ったらしい。

 今思えば、母は御しやすい男を望んでいたのかなとメローディアは推測する。自身が優秀なアタッカーであるため、そこに張り合ったり嫉妬したりするような男は鬱陶しいだけだったのではないかと。そこで父だ。名家同士の婚姻ということで各所に角も立たないし、相手方からすると無能な息子の使い道としては最大効率だっただろうし、母エリダは伯爵家に恩を売ることも出来たワケだ。こういう他意のある結婚というのは貴族間では珍しくないものだったが、当時のメローディアは当然知る由もなく、ただ純粋に愛されてスクスクと育った。

 転機が訪れたのは、七年前。メローディア十歳の時。ゲリラ的に出現した「はぐれゲート」から現れた魔族にその優しい父を殺された。相手は第十三階層、つまり最弱の魔族だったのだが、まだ練氣のトレーニングを始めたばかりの少女と、無才の父親には荷が重すぎたのも事実だった。

 そして最悪だったのが、その時の父の対応だった。何と幼いメローディアを置いて、自分だけ魔族から逃げてしまったのだ。父は他人に優しい人だったが、自分にも十分すぎるほど優しかったということなのだろう。

 しかし逃走は悪手だった。第十三階層の魔族はネコ科の肉食動物に似た体躯(しかし体色は黒ずんだ紫で死肉のよう)と同じように習性もそれらに似ており、即ち狩りを好んだ。逃げる相手の方をこそ追いかけ、齧りついた。その後の光景、そして「助けてくれメロディ」という最期の言葉を、メローディアは一生忘れることはないだろう。現に彼女は未だ肉を食べられない。

 魔族は駆けつけた母によって駆逐される。名槍グラン・クロスの一突きで、人間で言うと頸動脈の辺りが千切れ、血を噴いて絶命した。討伐を完了し、急いで父の傷の具合を見た母は、しかしすぐさま首を横に振った。既に事切れていた。

 家族で出かけた先で、母だけ花を摘みに行っている、ほんの少しの時間に起きた悲劇。本当に、恐ろしいほど、運が悪かった。

 そして同時にメローディアを苦しめたのは「父に見捨てられた」という現実だった。実際に起こった事だけ見れば、父が囮になり娘を助けた形だ。だがそれは、完全に結果論だった。極限状態では、その人の本性が現れる、という言説を考えると、メローディアは目の前が真っ暗になる思いだった。

 悲しみが怒りに変わるまでそう時間はかからなかった。赦し悼むより、嫌った方が楽だった、というのもきっとある。父との思い出の品を、ぞんざいに納戸へと放り込む娘を、母は少し悲しそうに見ていたが、何も言わなかった。負の感情は、時に生きる力になり得る。それでもいつかは彼を許せる日が来て欲しいとも思っていた。

 だがそんな願いとは裏腹に、メローディアは父のような人間を軽蔑するようになっていった。戦う気概も力も無い貴族は爵位を返上すべきではないかとすら考えるようになる。平民の改革派思想と近い。この思想に基づけば、見栄と権勢欲が渦巻く貴族の社交場などは、魔界を超える伏魔殿にすら、彼女には感じられた。自然と足は遠のいた。母エリダの実績に守られ(アタッカーとして公益に奉仕しているという大義は多少のワガママは難なく通させた)、女王の生誕祭など最低限の場に出るだけで済んでいた。



 しかし、四年前。アックアの大虐殺により今度は母を失った。

 母の仕事は知っていたし、心の中で覚悟は出来ているつもりだった。だが、全くの思い違いだった。控え目に言って号泣した。敬愛していたし、人生の目標にしていた。失うにしても、もっとずっと先だと思っていた。肉体が衰える頃に戦場で散るか、それより先に引退し、天寿を全うしてくれるやもとすら、甘い見通しと言われようと、夢想していた。つまり覚悟なんて丸っきり出来ていなかったということだ。心の上っ面で固めたつもりでいただけだった。

 母の死後、あらゆるものを相続した。

 まずは財産である。シャックス家は資本家兼大地主である。ゴルフィールには大昔から貴族制度があり、それぞれ領地を持っていたのだが、大戦期にそれらの秩序が滅茶苦茶に壊れ、終結と共に再編が成されるのだが、その際にシャックス家は戦前と変わらない、いやそれより多くの土地を得た。中央集権体制が敷かれている為、名目上、統治権があるワケではないが、実質上は自由に運営できた。

 財産運用に関してはメローディアがすることは殆ど無かった。不動産所得は寝ていても勝手に入ってくるし、企業に貸しつけていた資本も長期運用かつ、大虐殺事件を経てもなお、安定株として健在だった。部下たちが邪な考え(相続のドタバタに乗じて幾らか金や情報を持ち逃げしようという)を抱く者が殆ど居なかったのも大きかった。ゼロではなかったので、その事にメローディアは心を痛めたが、それでも概ねは平和裏に当主交代が成されたと言っていい。「エリダ様にはお世話になりましたから」と言って恭順してくれる者たちが多かった。死してなお、母の偉大さに守られていた。

 ついで、家宝グラン・クロスである。かねてより槍術を習い、練氣を高め、母の立ち会いの下、実際にグラン・クロスに氣を通し、操る事もしていた。だから母の死後、名槍はつつがなくメローディアに引き継がれ、特に拒絶反応などもないことから、槍自身も新たな持ち主と認めてくれたのだろうと考える。だが、どうしても槍本来の力を引き出せない。母が使っていた時は、氣が切っ先まで漲り、それが限界まで引き延ばされると氣の刃が起こり、リーチも刃渡りも何倍、何十倍にもなった光臨槍こうりんそうが顕現するのだ。氣の光でキラキラと輝く、荘厳にして美麗なるシャックスの誇り。母に初めて見せてもらった時、完全に心を奪われた。家にどんな宝石もあったが、それらが全て霞んだ。いつか自分も母から受け継いだ時、この輝きを放てるようになるのだと、信じて疑わなかった。だが、それは未だ実現していない。グラン・クロスは凄く性能の良い槍のコモンと同程度の力しか発揮できていない。母の足元にも及んでいない。

 そして、最後に相続できなかったもの。母の実績により通っていたワガママ。即ち、貴族の社交場にも少しずつ顔を出さざるを得なくなった。ごくごく自然の摂理だった。雑音を黙らせる実力がないのなら、批判されないよう、和を乱さないよう、立ち回る必要がある。だが先述のようにメローディアはこの手の会合の場でしか存在価値を示せない輩は嫌いである。自身の美貌や地位に邪な視線が向けられるのが耐え難き屈辱だった。「力のない女は男の商品だ」と言われているような気がした。母と同じく、出席せずとも大っぴらに陰口を叩かれない女性たちは、みな戦場で、己の力のみを恃みに存在価値を示しているのだ。

 貴族も一枚岩ではない。貴族は貴族という生まれだけで特別であると主張する、いわば大戦期前の権威主義の流れを汲む者たち。貴族は命を賭して公益に奉仕するからこそ特別なのだと主張する、大戦期から続く実力主義的な思想を持つ者たち。概ねこの二分構造だ。当然、後者の方が真にたっといが、前者の方が数が多い。水は低きに流れやすい。ただ前者に与する者たちも内心では後者の尊さを理解し、羨み、頼りにしている自分の浅ましさには気付いている。故に対外的に後者を否定できないし、その劣等感からより一層、外見ばかり装飾する。

 メローディアは今現在その両者の中間に居る。亡き母の力と志を継ぐことを期待している者からは、そろそろ失望を抱かれ始める頃合だ。その叱責を免れているのは、忸怩たることだが、権威主義者たちの数の力のおかげだ。彼らはまさにメローディアを自分たちの傘の下に招き入れたいのだ。こちらに上がってこいと引っ張る力と、共に堕ちようと引き摺る力。

 強くならなければ。自分の道を自分で選べるくらいに。そう願い、グラン・クロスを繰るも、結果が伴わない日々を、メローディアは一人で耐えていたのだった。 

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