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善悪二刀  作者: 生姜寧也
終章:覇道遊戯編

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第147話:儀式の準備

 ゴルフィールは朝の10時を迎えていた。

 シャックスの屋敷、防音室に発生したゲートから、オリビアは日本へと旅立った。鉄心の()()()を叶えるためである。本当は彼自身が行くのが筋であるし、スムーズなのは重々承知だが、彼は彼で時間がないのだ。

「行ったわね……単身、平良に乗り込むなんて、本当に度胸があるわ」

「いえいえ。平良はマトモですよ? オリビアさんは父さんたちとも面識ありますし、無下にされる事はないです」

「ああ、そうだったわね。身近な平良がアナタだから……」

 鉄心も対応さえ間違えなければ割とマトモなのだが。まあ厳つい面を知りすぎているメローディアからすると、そう思えないのも無理からぬことか。

「俺たちも出ましょう。スーパーと薬局です」

 改めて鉄心が目的地を口に出して確認する。二人もコクンと頷いた。庭に出ると、今日は珍しく自転車を引っ張り出してくる三人。同棲が始まって少し経った頃、使うかも知れないと買ってみたものの、無事ガレージのモニュメントと化していたのだが、本日遂に日の目を見るようだ。鉄心が自転車にまたがると、二人がケラケラと笑う。

「なんか普通の学生みたい!」

「何故かダサく見えるわね」

 不世出のアタッカー、人類最強の戦士、オン・ザ・バイシクル。そのギャップで笑ってしまうのだろう。特に二人は、鉄心が圧倒的な力で十傑すら退けたシーンなども鮮明に覚えているので尚更か。

「メロディ様が提案したんでしょうに」

 若干、不貞腐れて言う鉄心に、妻たちは笑いながら謝る。そして次にメローディアが自転車にまたがると……

「「ぶふっ!」」

 残りの二人が同時に噴き出した。今度は、麗しの令嬢、お姫様の美貌と気品、オン・ザ・バイシクル。或いは、鉄心よりもギャップが酷いかも知れない。シミひとつない、白い陶器のような足が、ペダルを漕いで車輪を回している。こんな作業は下々の者にやらせないといけないレベルの人が。

「なにも可笑しなことはしていないわよ」

 メローディアも、先程の鉄心と同じく不貞腐れたような言い方をするので、二人で半笑いのまま謝る。そして最後に美羽が自転車にまたがった。

「……」

「……」

「な! なんですか!? そのホッコリしたような目は!」

 今度はギャップによる笑いは起きず。普通の高校生の女の子が自転車に乗っている様子以外の何物でもなかった。眼鏡の女子高生、少しオシャレしてみた装い、オン・ザ・バイシクル。正直、日本の街中にいくらでも居そうな。これでも仮にも魔王なのだが、やはりそういったオーラや威厳は一切感じられないのだから仕方ない。まあ先代からして、ママチャリに乗って近くを通っても誰も気にも留めないだろう見目形だった。ある意味、魔王とは人間種族の平均を体現した姿をしているとも解釈できるかも知れない。

「もう! 行きましょう!」

 プリプリ怒りながら、先頭を走りだす美羽。裏門から抜け、敷地の外に出た。それを追いかけるメローディアはニット帽を目深に被り、鉄心も似合わないキャップで顔を見えづらくした。そう、別に三人はサイクリングデートがしたくて、リムジンという選択肢を蹴ったワケではない。正門前を張っているマスコミ(学園再開の件でもメローディアのコメントを取りたいのだろう)が数を増し、非常に面倒くさい事になっているのだ。よって後部座席に誰も乗っていないリムジンが正門から出るのに合わせて、裏口からひっそり外出という作戦をとらざるを得なかった。メローディアは家主の自分がコソ泥のような真似を強いられることに納得はいっていないようだが。

 貴族街の坂道をゆっくりと下っていく。そして坂のふもと、貴族街への入り口前の道、クリス通りに行き当たった。付近の歩道に三人して自転車を止める。大して目を惹くような店もない場所ゆえ、ここにシャックスのリムジンを止めていたら、さぞ目立っていただろう。そういう意味でも、自転車は正しい選択だった。予めサファイアに書いてもらっていた地図を見ながら、人家の間を進んで行く。

「あ。アレじゃないかしら」

 メローディアが赤レンガタイルの瀟洒な一軒家を指さした。地図と照らし合わせて、鉄心も頷く。三人で近寄り、外壁を検分。すぐに黒い影のようなシミが幾つかのタイルに付着しているのを発見した。

「……ここで殺されたって事なのかな、あの刑事さん」

 少し眉根が寄っている美羽。束の間の接触、しかもポジティブなものではなかったにも関わらず、感傷的、同情的になってしまうのは、彼女の生来の人の良さゆえだろう。

「警察に通報するのは……現実的ではないわね」

 この付着した血液からDNA鑑定で、リードのものと判明させることは出来るだろうが……匿名で通報してもイタズラだと思われ、マトモに取り合ってもらえないだろう。さりとてシャックスの名前を出すのは避けたい。四層側が人除けの術を使って一切の証拠を残さなかったのだから、通報したメローディアの方が下手をすると疑われる。しかも死の直前に、リードが彼女の屋敷を訪れていることを思えば、尚更のこと。

「上手く王弟側の失点に出来れば良いんですが……」

 やはり物的証拠の山(つまり遺体)を丸っと四層に隠匿されているのは厳しい。本当にここには僅かな血痕しか残されていない、ということを確認するだけに終わりそうだ。

「あとは女王様が、上手く手を回してくれることを祈るしか」

 美羽が言うように、鉄心がノエルにした()()()は、その件だった。まあお願いとは言うが、ノエル自身を守るためにも働くカードとなりえるので、利害一致といったところだが。

「そうね……陛下にも働いていただかないと」

 メローディアの言葉には険があった。おばと呼ばず、敢えて敬称を使っていることからも窺える内心。美羽の眉根はますます寄り、そっと顔を伏せた。いつか時間が解決するのだろうか。もしくは女王が退位し、ただのノエル・ディゴールとなった暁には姪に赦しを乞うのだろうか。いずれにせよ、生じた溝が埋まるのは、今日明日の話ではなさそうだ。

「行きましょう。急がないと」

 鉄心が切り上げを宣言する。二人も否はなく、連れ立って自転車を止めた場所まで戻った。そこから更に十五分ほど漕ぐと、お高いスーパーと日本資本のドラッグストアが隣り合って建っているエリアに。先に後者の方へ入る。整然とした商品棚の間を奥まで進むと、マムシやスッポン、マカなどの単語が踊る一角。メローディアは帽子を被り直した。一ヶ月前の自分に、近いうち、男とこんなコーナーへ来ることになると言っても絶対に信じないだろうな、などと現実逃避ぎみな事を考える。美羽も俯き加減。彼女の方は自分だけ帽子を被ってこなかったことを後悔していた。

「一日二本くらいのペースで飲むとして、六本。予備も考えると十本くらい買っとくか……どれが良いんだろう?」

「し、知らないわよ。どれでも良いから、さっさと買って出ましょう」

 メローディアの小声に、美羽もコクコクと頷く。微苦笑の鉄心は居並ぶ中から一番高いものを十本選んでカゴに入れた。ちなみに会計の前に妻たちは離脱、彼は周囲の性豪を見るような視線に一人で耐える羽目となった。「役得税ということで我慢して」とは美羽の言。

 併設のスーパーでは冷凍ミールを大量に買い込んだ。加えてタンパク質補強の目的で、鶏むね肉もパック買い。ウェットティッシュ、ティッシュ箱も自転車の前かごに入る分だけ購入した。

 帰り道、美羽とメローディアは居たたまれない気持ちに襲われていた。今から三日三晩のセックス合宿、その準備品を衆目の前に晒しているという状況。冷静に考えれば、露出プレイの一種のようである。

「なんかエロいよね。すれ違う人たちは誰もこの買い物の意味は分からないだろうけど、俺たちの方から見たら、何も知らない人たちに……」

「やめなさい!」

「テツ野郎!」

 デリカシーの欠如。彼女たちも同じような事を考えてはいたが、言わぬが花というヤツである。それを軽々に踏み越えれば女性陣の反発は必定だった。タジタジの鉄心は両手を挙げて降参のポーズ。それすらもメローディアに、危ないから両手で運転しろと注意されていた。

 家に帰り着くと、メローディアは家人を集めて、三日間の休暇を言い渡した。全員が浮かれる中、侍従長だけは意味ありげな視線を三人に向けていて……玄関へ下りる前、

「お世継ぎ様のお世話も安心してお任せくださいませ」

 とメローディアに耳打ちしていた。そして主人が真っ赤な顔で口をパクパクさせているうちに、さっさと出て行ってしまった。

「侍従長さん、なんて言ってたんですか?」

「……」

 実際、全く誤解というワケではない。目的は力の獲得なのだが、手段はそれそのものだからだ。なにせ、先代が実験した時はマトモな避妊具などない前時代。つまり避妊ナシのデータである。それに接吻が良い例だが、粘膜の直接の交合で魔力の授受がなされている公算が高い以上、今日からの三日間は、太古から連綿と続いてきたスタイルとなるワケで……

「~っ! エロ忍者!」

「ええ……?」

 役得税の追徴がなされた。

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