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善悪二刀  作者: 生姜寧也
終章:覇道遊戯編

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145/166

第145話:愛縁の誓い

「魔王が人間と性行為をして、三日三晩、魔力を循環させれば、相手に人間の姿のまま魔族の性質を帯びさせることが可能である」

 美羽が読み上げる内容に、人間の二人、更に部屋の外で聞いている魔族二人も衝撃を受けているようだった。

 美羽はなおも続きを朗読していく。

「被験者A・男性31歳。性行為により魔族化。身体的特徴に変化なし。想念を与え続け、150年存命」

 メローディアが驚きに開いた口元に掌を当てた。

「被験者B・男性15歳。性行為により魔族化。身体的特徴に変化なし。魔族長の位を与え、人間界で圧倒的な力を披露させた結果、根源獲得に成功。想念を与え続け500年存命するも、発狂のち失踪。人間界での示威行為を止めたため、消滅」

 かなり剣呑な内容になってきた。

「被験者C・D。男性C(25歳)と性行為を行った直後、Cが女性D(23歳)と性行為。両者ともに魔族化。身体的特徴に変化なし。Bと同じく人間界で存在感を示させ、根源獲得。想念を与え続け、780年存命。両者とも自死を選び、消滅」

 美羽はそこで区切る。まだ続くのか、ここで終わりなのか。どちらにせよメローディアとしては、これ以上はあまり聞きたくなかった。

「ただのモチモチおばさんかと思ってたが、中々ヘビーな事してたんだな」

 鉄心も若干ひいているようだ。腐っても魔王ということか。と、思ったが。

「恐らく……我々が発生する前のことだな」

 メノウは目を伏せて言う。

「俺らが発生した時、魔王様もまた精神衰弱の状態だったんだよな」

 サファイアも続く。

「多分、孤独にも見送ることにも耐えられなくなってたんだろうな。だから自分と同じ時を生きる我々を歓迎してくれたんだ」

 そうなると、彼女は十傑が生まれる前、仲間を作り出そうと試行錯誤したということか。自死を許していたりもするので、いわゆる知的好奇心で実験動物を弄ぶような意図ではなかった可能性が高い。

「なんか、可哀想だね」

 シュンとした美羽。

「美羽はその頃の記憶があったりするの?」

 メローディアが問うと、先代と同じふくふく顔が左右に振られた。

「記憶の継承はないみたい。この部屋や家にどことなく懐かしさを覚えるくらいで」

 あとは、今の状況に役立つ書物の存在が何となく頭に浮かんだ、という程度らしい。記憶ではなく受け継いだ魔力に導かれて、というのは些かスピリチュアルが過ぎるだろうか。

「で、それをやるのですか? ミウ様たちは」

 メノウが核心を突く質問をして、夫婦三人とも黙り込んでしまう。正直に言ってしまうと、鉄心としては、やった方が良いと考えている。魔族とは言え、美羽は人間となんら変わりない生活を送っている。彼女と同じ存在になったとて、特段リスクとは思えない。かなり長生きになるようだが、まあそこも三人なら退屈せずに生きられるのでは(メノウたちも居るし)と考えている。そして何より、五日後に控える、人間界の命運を握る大一番。そこに備えすぎて困るということはないのだ。特に二層という実力未知数の敵と確実にぶつかる事を考慮すれば尚更。

「…………やろう」

 端的に、しかし決然と。

「本気なの?」

 メローディアはさっきの今で、とてもではないが決心がつかない。

「ハージュに会いに行った時より遥かにリスクは少ないですよ」

 あの時など、得体の知れない夢の中の声を訪ねて行ったのだ。それに比べて、今回は気心の知れた美羽が執り行う儀式だ。検証も済んでいるので失敗する可能性も低いだろう。ただそれでもメローディアの抵抗感も理解できる。リスクはなくとも自分の体、いや存在が変質してしまうと言われれば、然もありなん。

「それに美羽ちゃんと同じになるのが怖いというのは……何か、この子に対して……」

 鉄心は美羽の頭にそっと手を乗せ、優しく髪を撫でながら。メローディアも彼の言わんとしている事は、よく分かっていた。口では「家族」と言いながら、その家族と同じ病気になり、苦しみを分かち合うのは御免蒙ごめんこうむるとするようで。ひどく薄情な自分に自己嫌悪している最中であった。

「ええ、ええ」

 と少し苛立ったように重ね、

「分かってるわよ」

 と結んで黙ってしまった。

「……」

「……」

 実際、美羽も鉄心もメローディアを薄情だとは思っていない。美羽が逆の立場だったら、同じく即決は出来ないだろう。鉄心に関しては……

「アナタは、何故そうも迷わずに飛び込めるの?」

 メローディが訊ねた。鉄心はその彼女の目を真っすぐ見つめ返して答えた。

「守りたいから」

 片手でグッと、美羽を抱き寄せた。彼女を守りたい、という意味かと合点しかけたメローディア。その彼女を反対の手で引っ張り、胸の内に納めてしまった。二人を両手で包み込む格好。

「大好きな子たちを守りたいから。その為に必要なら魔族になることも厭わない」

 そして鉄心は天を見上げた。家屋の天井しか見えないが、彼が見ているのはもっと違う場所だろう。

「……そして、きい兄が出来なかった分まで、優しい人たちを守りたい」

 鉄心が敗れ、美羽が乱獲派に奪われれば、恐らく大戦の再来となるだろう。そして鉄心さえ退けた十傑の連合軍には、平良でも敵わない。人間界に未曽有の混沌が訪れることとなる。そうなれば、どれだけの無辜の民が傷つくか。

「それに俺自身の矜持というのもある。きい兄を喪った時、田中さんたちに傷を負わせた時。無力感に苛まれて、恥ずかしくて、自分は何をやってきたんだと後悔した。そんな気持ちを後から味わうくらいなら。もっと備えておけば良かったと臍を噛むくらいなら……出来ることは全部やっておきたい」

 薊鉄心という不世出のアタッカーは、自身は無敗ではあるが、人生において喪失と向き合い続けてきた。長兄、次兄と亡くし、戦場の友も幾人か見送った。17歳という年齢を思えば、明らかに多すぎる。だが、それも必然。最強であるということは、常に看取る側ということに他ならない。

「……究極に至れば、もう後悔はしなくて済む」

 出来ることを全てやり、究極にまでなって、それでも負けるのなら仕方ないと言えるのだろう。

 メローディアはここに来て、いつぞや思い詰めた「アタッカーの何たるか」という問題に再び直面したような心地だった。覚悟の差、懸ける想いの差。九層攻略の時には、それに圧倒されるばかりだったが、今なら多少なり近づいている。

 田中たちが無為に傷つけられた時、これは、腐敗貴族の芽を摘める立ち位置にいながら、不作為の日々を過ごした己の怠慢が招いた結果だと自覚した。彼女もまた悔しかった。情けなかった。戦士として、自分は何を守りたいのか、守りたかったのか。

「…………そうね。覚悟を決める時ね」

 今、美羽と鉄心だけに任せるなら、それは妻として親友として、そしてアタッカーとして失格ではないか。そう、思えた。

 そんな彼女に美羽が愛らしい丸顔で笑いかける。

「私が言うのもなんですけど……みんな一緒ですから。どうなっても、みんな一緒」

 鉄心に抱き寄せられたまま、彼女はメローディアにも手を伸ばす。

「昨夜、私が勇気でなかった時、テッちゃんとメロディ様が優しくて素敵な言葉をかけてくれました。居場所があるんだって、嬉しくなりました」

 伸びてきた手が、メローディアの手と触れ合い、どちらからともなく繋いだ。

「我ら三人、産まれし日、時は違えども」

 おどけたように鉄心が唱える。

「なあに、それ? 知らないわ」

 メローディアは困惑気味。

「夫婦の契りを結びしからは、心も体も同じくして助け合い、優しき者たちを救わん」

 ええ!? と美羽。流石に改変しすぎである。

「もうっ! また二人だけ分かるヤツね!?」

 メローディアがむくれる前に、鉄心が説明した。桃園とは程遠い、殺風景な書架の間で。それを聞き終わると、メローディアはやれやれと笑った。先程までの気負ったり、思い詰めたりといった様子はキレイさっぱりなくなっていた。

「仕方ないわね。私もなるわよ、魔族。アナタたち二人だけだと、すぐ私を仲間外れにするんだもの」

「ええ~? 私からすると、アタッカー関連の話する時はテッちゃんとメロディ様だけの世界で疎外感ありますよ?」

 口では争っているようで、その実、繋いだ手は互いにキュッと優しく握り合っていた。

「ということは、鉄心が一番得をしているということ?」

「間違いないです。一人だけハーレムですし」

 仕舞いには夫に飛び火する。

「ズルいわよ、アナタ」

「そうだよ。一人だけ」

 鉄心は二人を抱き寄せていた両手を挙げて降参のポーズ。

「いやいや、そうやって二人が結託して俺を責めるとき、一人だけ集中砲火だからね?」

 結局、三人とも似たり寄ったりのようだ。それが分かって、互いに顔を見合わせる。ふっと美羽が噴き出して、メローディアが釣られて鼻から息を漏らし、鉄心が片側の口角を上げて微笑した。彼らなりに誓いを書き換えるとすれば、「死する時は必ず一緒」という文言が追加されそうだ。同じ悠久を生き、同じ日に果てるまで……きっとこの調子でやっていくことだろう。

 ちなみに、その頃、

「俺たち……空気だな」

「言うな」

 三層魔族たちは部屋の外で棒立ちしていた。

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