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善悪二刀  作者: 生姜寧也
終章:覇道遊戯編

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142/166

第142話:値千金

 王弟ウィリーが防音室の扉に向かってきているのに気付き、ローズクォーツは速やかにその場を後にする。本当は王弟が去った後も今しばらく残るであろうカーマイン&ターコイズの話を聞いていきたかったが、やむなし。気配を殺したまま、スルスルと階下に下り、使用人たちが働く調理場を抜け、裏口から外へ出た。

(ヤバいっス。まさか二層も動いてるなんて。ターコイズのヤツ、そんなこと一言も言ってなかったっス)

 まあ実際はガチガチに隠していたワケでもないようなので、ローズクォーツがその気になれば、いつでも覗いて知ることが出来たのだろうが。今まであまりにターコイズの目的や活動に興味を持たなさすぎたということ。

(とにかくテッシンに知らせるっス。なにか良からぬことも企んでいるみたいっスからね)

 屋敷の正門を一気に飛び越え、しかし着地は無音。流石の身体能力である。不可視の虎はそのまま風のように駆け、シャックスの屋敷へ。庭に下り立つと、幾つかの窓から中を覗き込む。その覗いた部屋の一つが、偶然にも屋敷の使用人の詰所だった。彼女たちは主不在の状況下で、露骨にダラけていた。ローズクォーツにも見覚えがある。ウィリーの屋敷でも主人が寝静まった後などは、家人たちがこういう空気感を醸し出していた。鼻を鳴らして匂いを嗅いでみる。鉄心の匂いもするにはするが、どうにも薄い。

「……うーん」

 彼女の勘と鼻だけが判断材料ではあるが、この屋敷に鉄心は居ない、と踏んだらしく。どうしたものかと思案する。そうして悩むこと数分。急にハッと閃いた。

(トリに会うっス。それでサメに会うっス)

 メノウに会って、サファイアに取り次いでもらい、鉄心が今どこに居るか捜してもらう。そういう算段を思いついたらしい。そして思いついた瞬間に、彼女は走り出していた。屋敷の塀を飛び越え、公道に出ると、車よりも速く駆けていく。数分とかからず、以前も訪れたメノウの拠点へ。

(このユーエキな情報を教えれば、テッシンが褒めてくれるっス!)

 虎というより健気な忠犬のような事を考えながら、メノウの部屋のチャイムを連打するのだった。



「ん? メノウ……オマエさんのアパートの前に誰か来てるぞ」

「は?」

 唐突なサファイアの言葉に、場の全員が固まった。

「…………アパートって人間界のか?」

 ややあって、鉄心が訊ねる。サファイアは瞑目したまま軽く首肯して、

「あー。これは……ローズクォーツだな」

 見てきたかのように言う。彼の能力はもはや千里眼の域か。

「どんな様子かも分かるの? 遊びに来たとか」

 美羽の呑気な推測にサファイアは苦笑する。流石のローズクォーツでも退屈しのぎにメノウの下を訪れることはないだろう。あるとすればシャックス邸の方だ。それも鉄心の言いつけを破ってまで、実行するとは思えない。

「実際の用件までは分からないが……ああ、なるほど。緊急事態だな、こりゃ」

「なに?」

「アザミ、ここに通してやってもいいか?」

「……アンタの判断では、それが良いんだな。分かった。ゲートを開いてやってくれ」

 鉄心としては緊急事態とやらの内容を知ってから判断したかったが、ぐずぐず問答をやっている暇もないほど急迫の可能性も考慮して、サファイアの選択に乗ることにした。

「了解」

 先程と同じように、魔人が何もない空間に手をかざすと、そこにゲートが浮かび上がる。ちょうど鉄心の正面くらいに出したせいで、向こうの景色が見えた。ゴルフィールの青空と、アパートの廊下の手摺だろうか、赤錆まじりの鉄柵がパッと映る。メノウのアパートがどこら辺に位置するのか、鉄心が反射的に推理を始める、その前に。人間の顔に、黄色と黒のメッシュの体毛。その縦長の瞳が鉄心を見つけ、爛々と輝いたかと思うと……次の瞬間には絵から飛び出してくるように、向こう側の彼女が現れた。

「テッシーン!!」

 匣も間に合わず、マトモに正面から抱き着かれてしまう鉄心。腕を広げて飛び込んだ際に、メノウの横っ面に猫パンチが当たってしまったのにも気付いていない様子(メノウはビキビキきているようだが)で、虎娘は愛おしい相手に全力で頬擦りし始める。

「お、おい! こら!」

 スキンシップは加速する一方で、ザラザラの舌に顔中を舐め回される鉄心。鼻や唇を舐められた時には、獣独特の匂いがした。

「いい加減にしろ!」

 ローズクォーツの顔を両手で掴む。指先が柔らかい猫毛の中に沈む。それを気持ち良いと感じるのは負けたような気がするので、鉄心はグイと乱暴にその顔を遠ざけた。もはや警戒しながら触れていたのがバカみたいで、大きく溜息をつく。

「ほら、降りろ」

 膝の上に向かい合わせで座られている状態の是正を求める。

「そうよ、降りなさい」

 呆気に取られていたメローディアも、ようやく我に返り、夫奪還に乗り出す。だがそこで、

「まあもう今更じゃないかな。さっきサファイアさんのお腹もポンポンしてたし。ローズちゃんだけ距離を取る意味ってない気がするよ」

 まさかの美羽の裏切り。

「にゃー!? サメのビチャビチャのお腹を触れるのに、僕のフカフカは触れないっスか!? どうなってるっス! 説明をヨーキューするっス!」

「……あー。説明が欲しいのはこっちもなのだが」

 オリビアの声はしかし、ギャーギャー騒ぐローズクォーツの大声に掻き消される。場がカオスに陥りかけたが、結局。

「チョー重要情報を持って来たっス! テッシンが僕のお腹もナデナデするまで話さないっス」

 という虎娘の一言で鉄心が折れることとなった。膝の上に抱っこして、後ろから腹に手を回し、サワサワと毛並みを撫でてやって、それでようやく事態が収拾。勝ち誇った顔で煽られたメローディアが、再び食って掛かりそうになった件は割愛とする。

「……改めて。コイツはローズクォーツ。さっき話していた、間者になってくれている四層魔族です」

 その腹を撫でながらではイマイチ真面目な空気にならないのは自覚しながらも。鉄心は虎娘の紹介を済ませる。

「いやあ、驚いた。人間の女だけでは飽き足らず、まさか魔族にまで手を出しているとは……」

「二刀流って、そういう……」

 オリビアと静流が口々に不名誉な濡れ衣を着せてくるが、話が進まなくなるので鉄心はグッと堪えて黙殺。

「それで。超重要情報ってなんだ?」

「んな~。ゴロゴロ」

「……」

 膝の上から突き落とすかと、鉄心が両手を伸ばしかけた時、隣に座るサファイアが代わりに答えた。

「猿型……恐らく二層魔族だろう」

「え?」

「アザミの言いつけを破ってコイツが訪ねてくるってことは、何かあったんだろうと踏んでな。ウィリーの屋敷を探知してみたんだが……」

 そこで二層魔族を発見したということだろう。

「ちなみに二層というのは、薊さんは」

 ノエルがおずおず話しかける。

「残念ながら刃を交えたことはないな。だから俺より強い可能性もある」

 首を横に振りながら。

「ちなみにメノウさんとサファイアさんも知らないんだよね?」

 美羽が水を向け、三層二人が鉄心の隣で頷く。代わりに、

「僕、知ってるっス。サルがカーマイン。ダイヤモンドっていうライオンも居るって聞いたことあるっス」

 虎娘が値千金の情報。それを聞いてオリビアはアゴをさする。

「そっちのダイヤモンドとやらまで動いているんだろうか?」

「分からん。だが、最悪の想定はしておいた方が良いだろうな」

 即ち四層二体、二層二体の連合軍。

「二層の地形はサバンナだという話を、いつだったか魔王様から聞いた覚えがある。つまり二層の方は最悪、取り逃がしても泥沼のゲリラ戦は避けられるだろうが」

 そもそも実力が未知数なので、取り逃がすも何も、負ける可能性さえあるワケだが。

「ちなみにっスけど。カーマインとターコイズは親密な感じっスね。ホモかも知れないっス」

 やめろ、と鉄心にアゴの下を撫でられる。ローズクオーツはゴロゴロと喉を鳴らして、

「あとはデンカが、タイコーセンっていうイベント? の場で女王とチャーシューメンの死神のミツゲツ? を暴くとか言ってたっすよ」

 もう一つ無視できない情報をもたらす。

「タイコーセン……対抗戦ね!」

 メローディアがいち早く適切に読み取った。

「それとチャーシューメンじゃなくて哄笑面だね。要するにテッちゃんのこと」

 美羽も補足を入れてやる。

「おお! そうなんスね!」

 ボケボケなやり取りの合間にも、ノエルやオリビアは口元に手を当て、頭をフル回転させている。やがてオリビアが半分独り言のような調子で、考えを口に出す。

「女王陛下の客分である鉄心が貴族へ大鉈を振るった。如何に民衆に嫌われている腐敗貴族といえど、殺人は殺人。立証できるなら、鉄心は大罪人だ。それと繋がっている陛下にも当然、累は及ぶ」

 そういうことだった。

「ちなみに、リードとかいう刑事が余計な事をしてくれて、鉄心=集団失踪事件の犯人もしくはそれに限りなく近い人物という証拠を握られてしまっているのよ」

 メローディアが説明を続ける。リードの来訪と資料の中身、そして彼は帰り道で四層に殺されたと考えられる事、当然ながら資料も向こうに渡ったとみて間違いない事。

 全て聞き終えた大人組は再び黙考に入った。

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