第14話:ファーストコンタクト
メローディアは着替えて、鉄心は自クラスでカバンを回収して、頃合いに裏庭で落ち合うことになった。ちなみにサリー先生が対応に追われていることもあって、1-3もホームルームはなく、連絡事項を書いたプリントだけ配られた。クラスメイトたちには、人と会う用が出来たと告げ、先に帰らせてもらう。美羽のどこか寂しそうな顔を見て、鉄心も少し居たたまれなかった。
裏庭に着いた時には公爵閣下は既にその場に居た。美しいウェーブのかかったブロンドの髪先を指に巻き付けては離し、手持ち無沙汰のようだ。近づいてくる足音に気付き顔を上げた。
「お待たせして申し訳ありません」
あまり悪びれた様子もなく、のんびりとした歩調だった。
「いえ、構わないわ。急に呼んだのはこちらだもの」
髪から手を放し、鉄心を正面から見据える。事と次第によっては、この美しい髪も無残に散るせることになるのだろうか。
少女は鉄心の爪先から頭の天辺まで視線を這わせ、やがて口を開いた。
「単刀直入に聞くわ。アナタ……本当に学生?」
「……学生証はありますが」
「そんなどうとでも用意できる物に意味が無いことは分かっているでしょう?」
意図が見えなかった。鉄心の正体を暴きたいのだろうか。エージェントだと確信が持てたら、次は予報について聞くのだろうか。聞いた後は……他の腐敗貴族と同じようにするのだろうか。
「時々私に視線を送っていたのは、護衛対象ということなのかしら?」
「……」
いずれにせよ、鉄心は判断に迷っていた。彼女はどこか確信があるようだった。或いは既に予報について知っている、もしくはある程度の濃い推測が立つ情報を持っているのだろうか。公爵という立場上、全然ありえることだ。
鉄心は彼女の瞳を見つめる。強い意志の光が見えた。貴族クラスの連中の、濁った悪意のある光ではなかった。どうも、言い逃れしても仕方ないように思った。話すまで帰さないという執念を感じる。それに鉄心の直感でしかないが、この少女には話してしまっても良いように思えた。
「……まあ、俺は腹芸が出来るような人間ではないのでね」
両手を上げて降参のポーズを取る鉄心。
「それに貴族的な腹の探り合いとか、そういうの好きじゃないんですよ。面倒くさくなる」
「あら、奇遇ね。私も大嫌いなの」
そう言ってメローディアは楽しそうに微笑んだ。それだけで、葉が枯れ始めた広葉樹だけが広がる殺風景な裏庭に、いきなり大輪の花が咲いたように錯覚させるほどだった。鉄心は知らないことだが、社交界で見せる笑顔よりも何倍も溌溂としていた。
「正直……あまりにやりたい放題だったから、逆に違うのかとも思ったのだけど、やっぱり今日の動きを見ていて、高校生とは思えなかったものだから」
「いや、高校生の年齢なのは、マジですよ」
「え!?」
少女の、ただでさえ大きな宝石かと見まがうような瞳が、更に大きく見開かれる。
「諸々あって、一年生で入りましたが、本来はアナタと同い年ですね」
「……」
思案顔のメローディア。
「どうかしましたか?」
「……アナタ、魔族を討ったことはあるかしら?」
「ちょっと質問の意図を測りかねますが」
「いいから答えてちょうだい」
「え、ええ。というか、本来はそっちがメインの仕事ですよ。今回も……あっ! まあいいか、もう。今回も俺が討伐まで任されてますし」
「アナタ……それ重要機密事項ではないの? 今回……やっぱり予報が出ているのね?」
「ええ」
「即答……アナタの上司は何を思って、今回の任務にアナタを当てたのかしら」
今頃オリビアはクシャミをしているかもしれない。そしてもしメローディアのこの言を聞けば、私のせいではありませんと強弁すること請け合いだ。
「私が言いふらすとは思わないのかしら?」
「……俺は腹芸は苦手です、と言いましたが、くみし易いとは思わない方が良いですよ。王位継承権もお持ちなのだから、長生きなさらないと」
口元にだけ張り付いた笑みに、メローディアはゾクゾクと背筋に悪寒が走り……少し置いて、おかしくなって笑った。それはもう、何か緊張の糸が切れたように、後から後から溢れるように笑った。
「はー……ごめんなさい。あんまりに、あんまりだったから。容姿か地位か、はたまた両方か、私に媚びて取り入ろうとする感情が一切見えない人は、家族以外会ったことが無かったの。どんなに澄ました風を装っても、ゼロは無理。居なかった。イヤでもそういうの敏感になってしまうもの、分かるのよ」
まとまりの無い言葉をひたすら紡ぐ。ひどく感情が揺れているようだった。淡々と脅迫しただけの鉄心からすると、予想外の方向への爆発で、「何だコイツ」という視線を隠しもしないのだが、それがメローディアには更に心地よかった。何という無礼。何という正直。
「ああ、本当に驚いたわ。こんな人も居るのね」
オリビアから彼女の境遇については聞いているので、鉄心にも察する部分はあった。とはいえ、別段、気を引くためにわざと慇懃無礼に振舞ったワケでもない。というより、鉄心は既にこの少女に対して若干面倒くさくなってきている。そして、そういう忌憚のない態度までもメローディアにとっては喜びに変わっている状態だ。
ようやく呼吸を整え、メローディアはもう一度姿勢を正した。
「お見苦しい所をお見せしましたわ。話題を戻しましょう」
鉄心は黙って首肯する。彼としてもまだシリウスにハゲ呪術をかけていない事が気にかかっていた。用事が早く終わるのは賛成だ。
「つまり、アナタは私の護衛を言いつけられたのではないのね? あくまで魔族の討伐という依頼で」
「いえ、一応は学生たちの護衛も言われてますね。ただ別段、どなたかを重点的にみたいな指示は受けてないですね。うちのクラスの……平民クラスの方ね、あの子たちは優先的に守ろうと思いますが」
この答えにもメローディアは笑いそうになる。
「たぶん、依頼者は貴族の方を確実に守って欲しいと思っているのではないかしら」
「それは知ったことではないですね」
「……ねえ。私の護衛ではないということは、裏を返せば、私が貴族の誇りによって殉死してしまってもアナタは咎められないということよね?」
今度は鉄心が泡を食う番だった。思わず彼女の美しい顔をマジマジと見つめてしまう。どうやら本気のようだ。
「私も戦いたいのよ」
「……」
鉄心は息を飲んだ。エリダの面影を確かに見た。身命を賭して人々を守った真に貴き人の面影を。
だが同時に思い詰めたような暗い翳が差しているのが気になる。悲壮な覚悟……戦場で生き急ぐ者と似た。
「何か無理をしていませんか?」
鉄心の言葉に、一瞬、メローディアは誤魔化すことを考えた。社交界で培った如才ない笑顔で、気のせいではないかしら、と煙に巻けば、もしかしたら、このシンプルな男くらい騙せるかもしれない。だがそれは酷く恥ずかしいことのように思えた。虚心坦懐に、どんな質問にも答えてくれた相手に、自分は言葉を偽るのか、と。
「……結果が、実績が、欲しいの」
やがて罪を告解するように絞り出した。
「それは魔族の討伐実績ということですか」
「ええ。示さなきゃいけないの。力を。誇りを。偉大なエリダの娘にして、シャックス家の現当主メローディア・シャックスとして、誰の顔色も窺わずに歩いていく為に」
言いながら自分でもシックリきたという感じだった。今まで、彼女はそこを正面切っては認められなかった。認めるのが醜い事のように思えていた。無辜の民を守るためにこそ、力は振るわれるべきという、純粋で美しい利他心を求めすぎていたように思う。
「自分の地盤固めのために戦う。アナタの嫌いなタイプの貴族かしら」
自虐的に笑う。もし彼に軽蔑されたら、シリウスやリグスに向けるような視線を浴びるのだろうかと思うと、メローディアは怖かった。だが、鉄心は力強く首を横に振ってくれた。
「いえ。逃げずに戦えるんなら、実はモチベーションなんて何でも良いんですよ。俺だって依頼達成で貰えるカネを否定しないですし」
そう言って鉄心はスラックスの尻ポケットを叩く。財布の中でチャリチャリと小銭が跳ねる音がする。
「守られる方も同様です。金持ちになりたくて医者になった人が、それをモチベに技術を磨き、人を助けていたとして軽蔑しますかって話ですよ」
「そ、それでは!」
「はい」
「私も戦っていいのね?」
「ダメです」
「ええ!?」
まさかの流れぶった切りである。




