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善悪二刀  作者: 生姜寧也
終章:覇道遊戯編

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第137話:新たな居場所

 ノエル女王からの返信を夫に見せたメローディアは、伺いを立てるような瞳で見上げた。メールには概ね当たり障りのない文章が並んでいたが……四年前のことに関しては幾らか踏み込んだことが書かれていた。いわく、執政者としての対応の不手際、それにより失われた全ての命に対して申し訳ない想いを今なお抱き続けているといった趣旨の文面。そして直接会った時に、エリダの思い出と共に語り合おう、といった文言で〆られていた。

「……」

「……」

 薊鉄心とノエル・ディゴールが邂逅する、そしてそこから手を取り合うためには。鉄心の胸中に渦巻く女王への悪感情、そこに折り合いをつけなくてはならない。遺恨はアックアの大虐殺に端を発する。鉄心の中には、ゴルフィールの貴族連中が適切な行動を取っていれば貴一は死んでいなかったという考えが今も根強く残っているのだろう。

「鉄心……」

 メローディアも気持ちが全く分からないワケでもない。彼女とて、何か一つ違えばエリダは生きていたのではないかと、そんな考えても詮無いことを、それでも考えずにいられない日々を幾つも超えてきた。鉄心には口が裂けても言えないが、平良の到着がもっと早ければという逆恨みにも似た黒い感情さえ抱いたこともある。

「メロディ様、大丈夫です。話を聞くだけですから」

 心配で曇る妻の顔を、鉄心は輪郭をなぞるように撫でた。まあ心配させているのは他ならぬ彼自身なのだが。

「……明日、15時から。すぐ時間を取って下さったのは陛下なりの誠意だと思うの」

「ええ。分かってますから」

 おばの擁護に回るメローディアに、鉄心は苦笑する。実際、アックアの件を匂わせるような文をメローディアの私信に混ぜたのは、向こうの出方を試す意図も少なからずあった。その上で、ノエルは正しく真意を読み取り(恐らく無理を押して)翌日には予定を組んできたのだから、まずは第一試験クリアということになる。

「さてと」

 鉄心はメローディアの机から離れる。そしてベッドに腰掛け、物思いに耽っている美羽の傍へ。

「聞いての通り、明日の15時に会合を開くことになったから」

「……うん」

「不安?」

 鉄心の質問に、美羽は曖昧な笑みを浮かべる。この会合では、美羽の出生の秘密まで話す予定だ。流石にここを秘したまま、十傑と王弟の蜜月を信じてもらうのは無理があるという判断だった。美羽のコンセンサスも得ている事だが、理性と心の足並みが揃っているかどうかは、また別問題。加えて、実は今回の会合にはオリビアと静流も呼ぶ手筈となっている。オリビアについては職業柄、王侯貴族の暗闘や駆け引きについての知識・経験が豊富なため、助言を請う目的から。静流に関してはもう黙っているのも忍びないという美羽の要望と、いざ何かの時に探知班に顔が利く人間の協力を取り付けておきたいという鉄心の思惑から。

 まあ一国の行く末を左右するほどの巨大な権力闘争の渦の中心に、否が応にも立っている状態なワケだから、彼としては使える駒は全て使いたいのだ。また、類が及ぶ可能性もゼロではない以上、何も知らせていないのは逆に危険、という事情もある。

 そういった諸々を勘案し、熟考を重ね、決断した。

「……テッちゃん」

 隣に腰掛けた鉄心に、美羽はすかさず身を寄せた。メローディアも椅子を立ち、反対隣に座る。大事な時は、いつもこうして三人で一つになって、体温を通わせ合う。それが暗黙のお約束になりつつあった。

「もしさ。人類が敵になってしまったら……みんなで三層に隠れ住もうか」

 鉄心が名案を話すかのように、しみじみと言うものだから、メローディアがクスリと笑った。そのまま鉄心に便乗して、

「それも良いわね。メノウたちの屋敷の近くに丸太小屋でも建てましょうか。DIYなんて初めてだからワクワクするわ」

 なんて、冗談とも本気とも取れない話をする。美羽にも二人の思いやりが伝わったようで、楽しそうに笑んだ。

「そうですね。時々、ゲートを開いて食べ物とか調達して……ママにひっそり会いに行ったりして……」

 美羽もノリかけたのだが、そこまで言葉にして、急に勢いがなくなってしまう。

「ママ……私の正体を知っても変わらずに接してくれるかな?」

 しょんぼり俯きながら、絞り出すように言った。鉄心たちのことを大事に思っていないワケではないが、子供にとって親が変わらず在るか否かは、また別種の重大事項なのだ。

 鉄心とメローディアは両側から美羽を抱き締める。

「大丈夫だよ。あんなに大事にしてくれてる人だ。信じてあげなきゃ」

「そうよ。きっと大丈夫。彼女のアナタを見る目、とてもとても優しくて、正直、私は羨ましく思ったくらいよ?」

 亡きエリダとの日々を懐古してしまうくらいには。

「そう、ですよね」

 美羽が少しだけ笑う。

「うん。そして俺とメロディ様は何があってもキミの味方だ。でも何もないと信じてるよ。何事もなく受け入れてくれるって信じてるよ。一人で信じられないなら、三人で信じよう」

 精神論、根性論の類。こういう時に必要なのは整然とした論理などではないのだ。

「そうよ。もし万が一、億が一、何かあってしまったら、私も一緒に泣いて怒るわ。そして諦めずに認めてもらえるよう直談判するの。アナタが出来なくても、私と鉄心で、何度でも」

 メローディアも心強い言葉をかけ、美羽を抱く力を強めた。

 美羽は小さく涙を零した。味方がいる。ここにも家族がいる。最悪の想像はしたくないけれど、それでも自分にはそんな場合でも、帰る場所がある。そう思えば、胸の内から勇気が湧き上がってくるのだ。

「ねえ、テッちゃん……」

 縋るような瞳の中に僅かな情欲。自分の居場所が確たるものであるという証を欲するような、そういう交わりを美羽は求めていた。メローディアも空気にあてられて、目に妖しい光を宿す。鉄心は立ち上がり、美羽とメローディアの間に割り込むように座り直す。そして両手で二人の乳房を同時に愛撫していく。右、左と首を振って交互に口付けを交わした。

「明日は昼近くまで爆睡することになりそうだ」

 美羽の肌着の下に手を差し入れながら、鉄心が囁いた。



 そして迎えた翌日。案の定、遅めの朝食を通り越して朝昼兼用となったが、美羽はそれでも腕によりをかけてご馳走を作った。ゲン担ぎのカツ丼(大盛)にシーザーサラダ、しじみの味噌汁。また、失われたタンパク質を補充するべく、鉄心のメニューだけ冷奴も追加、メローディアの分は脂身の少ないササミカツに変更といった具合に、手間暇を惜しまない献身っぷり。昨夜、心に寄り添ってもらった二人への、せめてもの恩返しでもあった。

 食事を終えると、少し早いが三層へ移動した。屋敷へ赴くも、メノウとサファイアは眠っているようだった。実は、敵方の夜襲に備え、昨日眠る時に彼らに不寝番を頼んだのだった。魔族は人間ほど睡眠を必要としないとは言っていたが、気を張りすぎて疲れたのかも知れない。

「色んな人に支えられてるなあ」

 美羽は申し訳ないやら、ありがたいやら。二人の寝室にペコリと頭を下げた。

「けれど、よく考えたら今までも凄く危険な橋を渡ってたのかしら」

 メローディアが廊下を歩きながら、深刻そうな声音でそう言った。

「美羽のことや鉄心のことがバレたのが具体的にいつだったのか分からないけど、普通に全員夜は寝ていたものね」

「ああ、そういうことですか。恐らくですが、露見はごく最近……というか、失踪事件を受けてからじゃないかと思います」

「え? どうして、そう言い切れるの?」

「美羽ちゃんが攫われそうになった、あの1分程度の別行動、街のチンピラごときがその隙をつけたんですから、当然ヤツ等が知っていたら利用しなかったハズがない」

 鉄心としては自身の不明を改めて実感するが、今となっては、あんなチンケな相手でまだ良かったという話だ。本当に汗顔の至りとしか言いようがない。

「つまり、あれくらいの段階ではマークされていなかったということね?」

 鉄心は首肯し、

「そして辿られても仕方ないという覚悟の下、邪刀を復活させた後は、そういう前提で居ましたので、俺はここ二日ほど熟睡はしていませんでした」

 むしろ寝入ったフリをして、連中の行動を誘発しようとしていた節すら彼にはある。この間、セックスもしていなかったのが、その証拠だ。そして逆にバレているだろうと確証が出た夜に、不敵にも妻二人を貪って眠ってみせるのだから、鉄心という男は相変わらずである。まあ彼としては寧ろこのタイミングで掛かってくれたら楽だったというのが本音のところ。夜襲にしても必ず総力戦で挑んで来ただろうし、そうなると四層の三人のうち、一人はこちら側のスパイなワケで、つまり挟み撃ちの体制に出来る。そういう青写真を描いていたことを話すと。

「テッちゃん凄い。策士だ。とても昨夜、私のおっぱい吸いながら窒息しかけてた人とは思えないよ」

 美羽が感嘆の声を上げるが、微妙に褒められているのか判断しかねるセリフに、鉄心は無言で肩をすくめた。

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