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善悪二刀  作者: 生姜寧也
終章:覇道遊戯編

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136/166

第136話:尽きせぬ欲求

 魔界二層。アフリカのサバンナを思わせる、丈の短い草が広がる平原。その奥にはブッシュが茂り、フロアを二分する様相だった。そしてそのブッシュの中に木造りのロッジがポツンと建っている。二層カーマインの住居である。三層のメノウ・サファイアが仲良く同居しているのとは対照的に、こちらは独居用のようで、二人しかいないハズの二層魔族は互いに距離を取っていることが窺えた。

 そして今、そのロッジの中で、家主カーマインと四層ターコイズが相対していた。家屋と同じく木製の椅子に腰掛け、猿の魔人はクチャクチャと何かを咀嚼している。木のテーブルの上には皿があり、その上に乗っている人間の腸を燻製したスナックを摘まんでいるようだ。

「オマエも食うかい?」

「いえ。私は元来、草食なもので」

「ああ、そうだったね」

 黄ばんだ歯を見せ、ニカッと笑うカーマイン。この男(?)、かなりの変わり者で、回収した人間の体の一部を調理して食べることを趣味としている。魔族は概ね、死体から想念や肉の本質・概念だけ抽出して栄養とするのだが、この男は肉そのものを食らう。栄養摂取効率はかなり悪く、知能の低い最下層(13層や12層)魔族が理性も分別も無く食らうのならまだしも、およそ知性のある十傑が強いてそれをするのは酷く悪趣味。と、ターコイズは内心では思っているが、口には出さない。

「猿真似は本能みたいなモノでね。人のすなる調理といふものを……ってな具合に」

 また一つ、細長い指で器用に摘まんだ燻製を美味そうに頬張った。

「それでカーマイン殿」

「ん~?」

「九層の捜索ですが」

「ああ、行ってきたんだっけ?」

「ええ」

 哄笑面の死神なる危険な存在を知り、もしかすると未だ帰らないゴシュナイトもその鎌に刈られてしまったのではないかと考え、ブラックオニキスを伴って捜査に向かったのだ。

「どうだった?」

「壁にゴシュナイトのユニークがぶつかったと思しき痕をいくつか発見しました」

 鉄心らを中々見つけられず、癇癪を起こして壁に八つ当たりしていた時にできた痕だろう。

「交戦の痕か。あのアザミとかいう平良のガキと戦ったんだと思う?」

「わかりません。ですが正直、ヤツ単体でゴシュナイトを倒せるとはとても思えません。いくら平良の上位とは言え」

「まあ大戦期より落ちてるだろうからね、奴等も」

 平和は戦士をスポイルする。という一般論が、こと薊鉄心には当てはまらないことを彼らはまだ知らない。

「三層に負けたか、或いは三層とアザミの連合に負けたか。いずれにせよ、タイマンで勝てるほどの力は無いでしょう」

 実際、完全な的外れというワケでもない。三層と鉄心の同盟関係は事実で、哄笑面の死神などという神出鬼没の振る舞いが出来たのも、メノウらのゲートありきのこと。そういった協力関係がつまり鉄心の戦闘能力をボカす隠れ蓑となっているようだ。期せずして彼らに吹いている追い風。加えて、

「しかし三層の三人が敵に回っているのは厄介この上ないな」

 こんな勘違いもしている。なにせ彼らはアメジストが討たれた事も知らないのだから無理はない。そもそも、鉄心がアメジストを単独撃破した事実を知っていれば、前言の評価にはならないだろう。

「……本当に誇り高き十傑が、人間などと、しかも我らの仇敵たる平良と組むなど、あることなのでしょうか?」

 ターコイズは未だ信じられない気持ちがある。だが状況証拠からして、それ以外は考えにくいのだ。

 四層は全員、抱き込んだ。二層の二人とも(微妙に目指す位置はズレているものの)協力関係。グレートワン・魔王は既に崩御。となれば必然的にゴシュナイトの死体を隠したのは三層、哄笑面の死神にゲートを貸し与えたのも三層、となる。哄笑面の死神とやらもメノウあたりの変装かと疑ってもいたが、今回リードから手に入れた資料で薊鉄心と(ほぼ)確定した。

「まあ我々も、あの殿下と組んでるしねえ」

「利用してるだけです」

 即座に否定するターコイズ。やむを得ず仮初の同盟を組んではいるが、やはりプライドは傷ついているらしかった。

「しかもあの王弟は、学園防衛の後も薊鉄心が学校に残っているという情報を出し渋ってくれましたからね。あれをもっと早くに知れていたら……」

「うーん。あれは出し渋ってたとか、交渉カードにしようとしてたとか、そういう感じじゃないと思うよ。単純に下々への興味が乏しいから、アンテナを張ってなかったっていうオチだと思う」

 実はカーマインのこの推測の方が正鵠で、ウィリーも鉄心が学園に残っていることは最近まで知らなかったのだ。平良だろうが、屋敷の下男だろうが、彼にとっては平民は等しく「自分のために動く駒」にすぎない。金で雇った(実際に雇用したのは国だが)駒がその後、どこで何をしているかなど、わざわざ調べはしない。大騒動が起き、哄笑面の死神たりえる候補の精査をして、ようやく浮上したという体たらくだったのだ。

「……もう一つ納得しがたい事と言えば、イレギュラーの正体が……」

「ああ、魔王の生まれ変わりじゃないかって話?」

 ターコイズが言い淀んだ名前を、カーマインがあっさり告げる。

「ダイヤモンドは崩御前の姿を直接見たことあるからね。その彼が瓜二つと言うんだから間違いないんじゃないか?」

 美羽本人が聞いたら、またむくれそうな話だが。二層の片割れ、ダイヤモンドは先代の魔王を見たことがあると言う。その記憶と遠目に確認したミウ・マツバラを比べての評価。それなりの確度、と考えて良いだろう。

「それに、僕自身も相当な魔力を感じたよ。魔王と言われても納得できるほどの」

「……そうですね」

 ターコイズもそこは認めるところだ。だが、

「魔王が崩御したのは、もう何十年も前の話です。それが人間界で、人間のような姿で、なんて……」

 やはり同一人物とは思えないのだ。人間でありながら魔族でもあるという特殊な性質も、転生を繰り返すという生態も、彼らは知らないのだから無理もない。

「例えば魔王の魔力が憑依したとか、何らかの術によって人間に化けているとか」

 前者の方が正解に近いか。まあいずにせよ、真相はカーマインとしては然したる興味はない。彼が願うのは、たった一つ。

「利用できるなら魔王でも何でも良いや。僕はもっと食いたい。それだけだ」

 人の真似が高じ、仕舞には食い意地の汚さを完全にその身に再現してしまった。人間の年寄りの中にも「この歳になると食うことくらいしか楽しみが無い」などと言う者もいるが、実際、彼もその境地なのかも知れない。生きることに飽いても、腹は減り、舌は肥える。

 時々、自ら人間界に出向いて狩りをして、食材を調達しているが、それも年々厳しくなってきている。人間の科学技術は日進月歩。監視カメラの画質が上がり、インターネットを介した情報伝達速度は加速するばかり。探知班の練度も徐々に上がってきている。そういった先行きの中、降って湧いたゲート促進剤の少女。是が非でも手に入れたい。

「そうですね。それは私も同じこと」

 ターコイズの根源は知識欲。人間のことは見下しながらも、その知識・知恵には一目置いている。彼らより賢くなりたい。知識を得たい。そういう欲求に衝き動かされ、もっと多くの想念を取り込みたいのだ。彼の場合、食事は栄養補給であり、知識の充填でもあった。

 かくて利害が一致、二人は手を組むに至り、乱獲派を形成したのだ。そして今まさに正念場を迎えている。

「……万難を排してでも」

 松原美羽を手に入れる。それだけの力が自分たちにはあると信じて疑わない目をしていた。



 ゴルフィール王城。ノエル・ディゴール女王の私用PCにメローディアからのメールが届いたのは、午後6時頃のことだった。おや、と女王は首を傾げる。私用PCだが、まさか遊びの誘いではあるまい。となると……また厄介事だろうか。ふうと息を吐いて、自分の髪を掻き混ぜるように撫でつけた。以前から気にしていた白髪だが、ここ数日で更に増えたような気がしてならないノエル。気を取り直して姪からのラブレターを開いた。

「…………これは」

 簡単に要約すると「先日の茶会が楽しかったので、是非また開きたい。楽しみだ。待ちきれない」というような内容。もちろん額面通りの文意ではない。その心は……また緊急の話があるので、なるべく早く時間を作れという事だろう。

 そしてその貴族間特有の、長ったらしく無駄な装飾がついた文章の中に入り混じる「自身の母・エリダの命日が近づいている」「両公爵を始め、()()()()()()()全ての英霊に追悼と敬意を」といったセンテンス。

「恐らく……薊鉄心も来るということでしょうね」

 特にあの惨劇と絡めた書き方をしているということは、その話もしたがっているのだと推知できる。

 知らず、ノエルは手汗をドレスで拭っていた。淑女にあるまじき、という自律心も今は正常に働かない。

「過去から逃れることは出来ないものですね」

 祈るように、或いは赦しを乞うように、ノエルは両手の指を組んだ。

 

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