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善悪二刀  作者: 生姜寧也
終章:覇道遊戯編

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第131話:盗聴役

 庭に面した部屋の窓を開け、手招きしてやると仔虎は「みゃん」と嬉しそうに鳴いて、駆け寄ってきた。

「よし、止まれ」

 まあ既に美羽が抱き上げてしまっているので、この小動物を警戒する意義は薄れてしまっているが。それでも鉄心は示しをつけるように硬い声で命令した。

「両手を後ろに……」

 捕虜にさせるような格好を念頭に置いていたが、今のローズクォーツは猫と同じ。芝生の上で腹を見せて、前足をワチャワチャと動かし、必死に頭の後ろにつけようとするが……

「テッちゃん、もういいんじゃない? 可愛いだけだよ?」

「……ローズクオーツ、もういい。ジャンプして入ってこい」

 お許しが出た途端、ピョンと跳ね、窓枠に飛びつく仔虎。そのまま前足の力だけで自重を持ち上げ、中へ滑り込んでくる。芸を見せたつもりもないのだろうが、美羽は「上手、上手」と褒めそやした。

「みゃ~ん」

 鉄心の傍まで歩いてきて、つぶらな瞳で見上げる。う、と小さく唸った鉄心。

「や、やめろ。小賢しい手を使いやがって。いつまでその姿でいるつもりだ?」

 軽く後ずさる夫を見て、二人の妻は半笑いになる。不世出のアタッカーが小動物の庇護欲ビームで追い詰められる姿、これを笑わずして何を笑うのか、と。

「多分、テッちゃんに撫でて欲しくて、その姿になってるんだと思うよ?」

「ええ……」

 困惑顔の鉄心とは対照的に、ローズクォーツは我が意を得たりとばかりに鳴き喚く。みゃーみゃーと、高く甘えるような声色。

「まあ撫でるくらいは良いんじゃないかしら? 結構な情報をもたらしてくれたワケだし」

 メローディアも消極的ながら賛成のようだ。

「流石にその体躯で、さっきのような身体能力は発揮できないでしょうし。何か隠し玉があっても、アナタが油断しなければ後れを取ることはないでしょう」

 とのこと。鉄心は黙考する。確かに彼女の言う通り、ローズクォーツの情報は値千金の価値があったし、今後もスパイをさせる目論見なら飴は絶対必要だろう。また後半の言も尤もで、逆に言うと、この虎娘はそこまで無防備を晒してでも鉄心からの褒美が欲しいという事なのだ。

(まあ美羽ちゃんですら抱き上げたのに、俺がいつまでも日和ってるのはダサいか)

 鉄心がしゃがみ込む。ローズクォーツが期待に目を輝かせ、彼を見上げた。ハゲしメタルだけすぐに発動できるよう、右手は空けて。左手でそっと彼女の頭を撫でた。

「みゃ~ん♪ みゃ~ん♪」

 とても幸せそうだ。そのまま、その場に伏せる。背中も撫でろということらしい。少しだけ背骨の浮いた曲線を掌でなぞる。またも気持ちよさそうに目を細めて、甘く鳴く仔虎。撫でる鉄心の方も、温かくフカフカの手触りに、少しだけ頬が緩んでいた。

「ろ、ローズちゃん。私も撫でて良い?」

「みゃ~ん♪」

 了承(?)を得て、美羽が反対側からしゃがみ、お尻の辺りを撫でる。尻尾がじゃれつくように彼女の手首を撫で返す。

「ふふ。くすぐったいよ」

 流石に小動物を実家で飼っているだけあって、美羽は慣れた風である。と、そこで。メローディアもそっとしゃがみ込み、脇腹の辺りを撫でようと手を伸ばすが……

「みゃ!」

 ローズクォーツは素早く身を翻し、鉄心の方へ逃げてしまった。

「アナタ! さっき援護射撃をしてあげたのに!」

「みゃ~?」

「くっ!」

 示し合わせたような二人のやり取り。美羽も鉄心も思わず笑ってしまった。

 それからニ分ほど虎と公爵の追いかけっこが展開されたが、収拾がつかなくなる前に鉄心が両手をパンパンと打ち合わせた。

「そろそろ防音室に移ろう。メノウたちも待ってるハズだ」

 その言葉に妻二人は表情を引き締める。ローズクオーツの方は三人から離れた。そしてすぐ、その仔虎の体がムクムクと膨れ成体へと変化し始める。顔の部分も、口が小さくなり、鼻が釣り鐘型に。体毛が逃げていくように頬から後頭部へ。真正面から見てしまった鉄心は、「お、おお」とドン引きしていた。やがて変態が終わり、元の半人半獣の姿をとった。すっくと二本足で立ちあがる。いつの間にか足も人と同じくらい長くなっていた。そしてその身には衣類は一切まとっておらず、(乳房のような膨らみはないが)人と似た形の乳首が二つ、胸の左右についている。それらは薄い体毛に覆われており、まさに動物のものといった様相で、鉄心の情欲を刺激したりするものではないが、

「……あー。美羽ちゃん、スウェットか何か……俺の部屋から持って来てくれる?」

 それでも流石に裸にさせておくのは、目のやり場に困った。

「ていうか、さっき着ていた服は人間界の既製品だったのね」

 メローディアを始め三人とも、てっきり魔力で作り出しているとか、そういうご都合主義的な物だと思っていたのだが、アテが外れた。

「にゃはは。人間は面倒っスね。僕としてはこの格好が一番過ごしやすいっスけど」

 あっけらかんとした彼女には、やはり性の機微などは理解できている様子もないが、

「ダメよ。鉄心が新しい扉を開いてしまうかも知れないわ」

「ですね。吸えたら何でも良いみたいなところありますからね。テッちゃんは」

「……」

 この方面では、むしろ鉄心の方が妻たちからの信頼度は低いのであった。



 防音室に入ると、既に三層の二人は待機していた。サファイアなどはソファーベッドの上、白い腹を晒して寝そべっている。昨日、彼用にと鉄心が運び込んでおいてやった物だが、中々快適そうである。

「遅かったな」

「ああ、ローズクォーツのヤツが小さくなっててな。戻った時に服がなくて大変だったんだよ」

「へえ。動物体になってたのか?」

 サファイアが寝そべったまま訊ねる。ローズクォーツがコクンと頷いて返した。

「なるほど。誠意は言葉ではなく変態ということか」

 メノウから何とも凄まじいワードが飛び出し、人間三人は驚くと共に少し噴き出してしまう。だがよく聞いてみれば、然もありなん。あの動物体というのは本当に見たままの、つまり彼女の場合、仔虎レベルの力しか出せない状態だという。鉄心が警戒していた隠し玉や、油断を誘っての奇襲などは、そもそも不可能だったということ。40%の信頼度をもう少し、50%くらいには引き上げるべきかも知れないなと、鉄心も認識を改めた。

「さて。ある程度の信用を置くとして……ローズクォーツをどう使うかだが」

 メノウが仕切り直す。

「王弟さんの警護任務を続けながら、その動向を見守ってもらう。ついでに四層の残り二人についても動きがあれば報せてもらう。これが基本線だよね」

 美羽の言葉にローズクォーツ以外の全員が首を縦に振った。だがその当のローズクォーツが、

「えー。僕もうケーゴ飽きたっスよ。鉄心と一緒に居たいっス」

 不平を口にした。

(……これはやっぱりガチで何も考えてない可能性が高いな)

 自分のアドバンテージ(スパイ活動をしてやる代わりに何かを要求して交渉を優位に進められる)を早々に放棄しようとしている。恐らく何の裏もなく、言葉通り「飽きた」という、子供のような理由で。こうなると、先程の仔虎に変態した件も、信用が欲しかったというより、あの姿なら鉄心に撫でてもらえると考えての事という線が濃くなってくる。

「ローズちゃん。もし有用な情報を持って帰ってきたら、テッちゃんが膝の上に乗っけて、たくさん撫でまわしてくれるって」

「やるっス!」

 あまりに早い展開に、勝手に景品にされた鉄心すら追いつけない。ようやく何か言おうと頭を回転させ始めた頃には、

「決まりだな」

やっこさんたちに盗聴器を仕掛けられるワケだからな。これはデカイわな」

 三層の二人まで決定事項の空気だったので、鉄心も抗議するタイミングを完全に逸した事を悟る。まあ実際、リターンを考えると安いものではあるが。

「思ったんスけど、そんな回りくどいことしなくても、テッシンと僕で屋敷に乗り込んで、全員ぶち殺すってのはダメなんスか?」

 流石は四層魔族。脳筋の発想だった。

「まあ本当に最終手段だな、それは。人間界で悪事をしようとしたら、コッソリやらないとダメなんだ。後々、面倒なことになるからな」

 鉄心が噛んで含むように諭す。流石は人間界での悪事のプロフェッショナル、実感がこもっていた。

「それに四層の残り二体を叩くなら、確実に逃げられないように状況を整えてからだな」

「討ち漏らしたりすると、影に潜んでゲリラ的にミウ様を狙われる可能性がある」

 三層二人も脳筋作戦に否定的。

「私も正面突破を支持するワケじゃないけど……四層に行けば奴等のアジトがあるんではなくて?」

 メローディアの疑問。最悪は討ち漏らした後、そこまで追いかけていけば良いのでは、と。

「金色。四層はメッチャ広いっスよ。それに人間界でいう密林のような環境っスから、探し出すのはチョー大変っス」

 再びローズクォーツから新情報。

「正直、僕は魔界にいる間、ほとんど他の四層と会ったこと無かったっス。アジトも各自持ってると思うっスけど、僕は知らないっスね」

「それは……」

 追いかけて行ったら、比喩でも何でもなく、本当にゲリラ戦を仕掛けられる可能性大だ。

「じゃあやっぱり慎重に、二体とも討てる機を窺わないとだな。当初の予定通り、屋敷に張り付いて盗聴器役で頼むわ」

 結局、そういう形で落ち着いたのだった。

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