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善悪二刀  作者: 生姜寧也
終章:覇道遊戯編

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第129話:揺れる秤

「…………オーケー。取り敢えずは仮信用といこうか」

 鉄心は結局、ローズクォーツを迎え入れる方針で固めた。

「仮……信用? それはつまりお嫁さんという事っスか?」

「違うわね。家の外で飼われている、拾ってきた雑種犬くらいの扱いよ」

「んな!? 外は寒いっス! 僕は南国育ちっスから、寒さに弱いっスよ!」

「抗議するところが微妙に違う気がするよ、ローズちゃん」

 姦しい三人娘は置いておいて、

「アザミ、良いのか?」

 メノウが最終確認を入れた。鉄心は曖昧に頷いて。

「物は相談なんだが。アンタの金属で、俺たちに牙を剥いた時には締め付けるような首輪とか作れないか?」

「ふむ。そこまでの高性能は無理だが、スイッチを入れれば締め付ける金属くらいなら作れると思う。キミたち三人がそのスイッチを持っておくと良い。抑止力になるだろう」

 十分だ、と鉄心は薄く笑む。

 正直なところ、鉄心が居ない時に彼女が本気でメローディアや美羽を襲えば、金属が締め落とすより先に危害を加えられるだろう。なので首輪は気休め程度に考え、常に鉄心と二人の妻は行動を共にしておくのがベターだろう。だがそういった不便やリスクを負ってなお、このローズクォーツの立ち位置は魅力的だった。四層の二人と、叛意ありの王弟、両勢力を同時に睨める目など、正に値千金の宝石の如しである。

「それでは、私は三層の工房に戻って金属を鍛造してくる」

「アンタ、工房も持ってんのか。結構、魔族も楽しそうだな、おい」

 鉄心の苦笑まじりの言葉には答えず、メノウはゲートを開いて、そこへ消えて行った。

(まあ、今やメノウやサファイアには、かなり信を置いてるワケだしな。アイツらだって完全に裏切りの目が消えたワケでもないのに……それでも、ある程度は信用して預けないと、全部を一人では無理だからな)

 彼らにしても結局リスクを取って、積み重ねてきて、少しずつ、なのだ。ローズクォーツにも、それと同じプロセスを通ってもらえるか、はたまた途中で裏切られるか。

「テッシ~ン。せめて玄関に小屋は建てて欲しいっス~」

「……」

 まあ現状は大丈夫そうではあった。



 ゴルフィール中央警察署。

 リード刑事は短くなったタバコをデスクの上の灰皿に押し付け、弾むように立ち上がった。

 ベックスの検死写真と、自ら撮ってきた現場検証の写真。懇意の鑑識官に内緒で調べてもらった結果、90%以上の確率で同一犯と出たのだ。ついては、薊鉄心への任意での事情聴取の方針を固める。外套を引っ掴み、部屋を慌ただしく飛び出した。相方すら置き去りにし、彼の歩みは何人なんぴとにも止められない……かと思われたが。

 地下駐車場への階段の中腹、リード刑事を待ち構える者があった。

「どこへ行くんだ?」

 刑事部の貴族等関連犯罪対策部の長を務める男だった。リードの直属の上司というワケではないが、立場はかなり上の相手だった。

「とある嫌疑を調べるため、被疑者の宅へ向かう途中であります」

 これで引き下がるなら、わざわざデスク組がこんなカビ臭い場所まで出てくるとは思えないが。とにかくリードとしては、そう申告するしかなかった。被疑者について探りを入れられるかと思っていたが、相手のセリフは一足飛びのものだった。

「薊鉄心の逮捕は出来んぞ?」

「っ!?」

 リードは驚きに固まる。ほぼほぼ自分一人で見つけた銃創の手掛かり。そこに彼も辿り着いていたのか、と。或いは全くの別ルートで行き着いた可能性もあるが。いずれにせよ、リードは訊ねなくてはいけない。

「逮捕できない、というのは?」

「海外からゲート駆除のために招いたアタッカーは、特警の管轄だ」

 もっと言うと、その上。王室の預かりという形になる。それくらいはリードとて知っている。だがそれにしても。

「ゲートの駆除など、とっくに終わっているハズですが」

 一月近く前の特権がまだ生きているとは、とても思えないのだ。

「それともウチの国は、魔族撃退の功さえあれば、外国人に不逮捕特権付きで永住させるような法律をいつの間にか制定していたのですか?」

 皮肉げに言ったリードを、部長は静かな瞳で見つめ返し、

「特警の管轄だ」

 同じ言葉を繰り返した。特務警察。裏で勅命警察とも呼ばれるそこは、国王直属の警察機構である。軍が王立であることを思えば、警察は独立していないとパワーバランスが保てない。なので表向きは特務を遂行しているという説明がなされるが、実態は王による間接的な警察機構への掣肘せいちゅう。この特警と、目の前の男が所属する警察内の一部署(貴族等関連犯罪対策部)の協議の結果、()()()()()()()()()か否かが決まる。つい最近、それこそ腐敗貴族に大鉈が入った日も、彼らと特警との協議(実際には一方的な通達だろう)の末、一斉に逮捕状が下りたという顛末だった。

 そんな部署の長が、強いて繰り返すということは、即ち未だ薊鉄心はノエル女王の客分ということになるのだろう。

(女王が平良を子飼にした? いや、平良は権力には殆ど興味を示さないことで有名だ。協力関係というところか?)

 リード刑事は穴が開くほど部長の顔を見つめるが、眉一つ動かない。流石は王侯貴族相手に渡り合ってきた、海千山千のネゴシエイター。表情から何かを読み取るのは早々に諦める。

「なら、行くなということでしょうか?」

「逮捕は出来ないが、キミの捜査権を私の権限で剥奪することもできない」

 淡々とした声音で返ってくる。リードは思わず顎に手を当てた。これはどういうことだろう。自分に何を求めているのか。

「…………秤が揺れているんだよ」

「え?」

「乗り間違うなよ。これは私なりの誠意からくる忠告だ」

 それだけ言うと、部長は一段上がり、リードの肩を叩いてすれ違う。

「ちょ、ちょっと。それはどういう意味でしょうか?」

 リードは訊ねるが、答えは返ってこないまま、部長は階段を上り続け、やがて見えなくなった。彼の言う、誠意。それにはリードも心当たりがある。以前、全くの別件だが捜査に協力したことがある。その際に、借りが出来たと言っていたが、今それを返してくれたということだろう。

(つまり……かなりデリケートな位置にいるのか? 俺は)

 秤が揺れている。これも間違いなくヒントだ。秤。天秤。両の皿が揺れるのは……軽重が定まっていない時、だろうか。

 迷いながらも、階段を地下へおりていく。強制的に捜査を止められたワケではない。つまり未だ皿はたゆたい、趨勢すうせいは決まっていないということ。しかし女王の皿に拮抗しうる皿となると……

「ウィリー王弟殿下、か?」

 王弟は腐敗貴族寄りの人間だ。となると、現在は王宮内での立場が悪くなっていることだろう。起死回生の一手として、哄笑面の死神ないし、それに与する者を確保したい、と考えていてもおかしくない。世間では英雄のような扱いでも、所詮は未成年者略取・誘拐の犯人。投獄して後から罪をでっちあげ、例えば女子生徒に乱暴していた等とフェイクを流せば、英雄はたちまち地に落ちる。世論とは巨大な感情のうねりであり、真偽はさほど重要視されないものであるからして。

「しかも薊を姉が庇っているとなると」

 薊鉄心が哄笑面の死神であった場合、もし拿捕できたなら、彼を庇護下に置いている現王まで失脚させる道筋が立つ。

「乗り間違うな、か」

 愛車に乗り込み、キーを回す。この車に乗った事すら、間違いとなりうるのだろうか。

 部長が誠意と言ったが、リードにも筋を通したい相手がいた。いわゆる腐敗貴族なのは間違いないのだが、かつて借金苦にあえいでいたところを、徳政令のような形で救ってもらった相手。もちろん、その貴族としては駒になりうる警官に恩を売ったに過ぎないのだろうが。そこから細々と縁が繋がり、その貴族の遠縁の女を嫁にした(既に鬼籍に入っているが)なんて事情もあり。その上、エリート組でもないリードは何かあった時の保険要員という立ち位置だったらしく、特に悪事を手伝わされたりということもなかった。つまりフィオットと掛け合い借金をチャラにしてくれ、伴侶まで紹介してくれた大恩だけが残っている状態である。

「何かあった時の保険ってことなら、今だろうな」

 自身は収監され、孫娘も帰って来ない。かの恩人の人生最大のピンチと言えよう。保険とは、こういう時に真価を発揮することを期待して掛けるものだと認識している。

 正直に言うと、リードとしてはこの国の為政者がノエルでもウィリーでも、はたまたその二人以外でも、それはどうでも良いのだ。ただ己の筋を通し、かつ未来の勝者陣営に恩を売っておけば、政争終結後、旗本として列せられるだろう。まさに一石二鳥。そう、この男、警官などやっているが、正義を行動理念とはしていない、いわゆる不良刑事であった。

「乗り間違えるなって事なら、どっちにも乗れるようにしておくべきかね」

 ウィリーが勝てば万々歳。ノエルが勝つなら、職分によって捜査していただけと言い張るのみ。まあその場合は恩人には申し訳ないが釈放は諦めてもらおう、という都合の良い思考をしていた。恩を返すための努力はするが、命を張ってまでという気概はない。実に中途半端で、それをリード自身も自覚しているが、このメンタルがこそが、長いものに巻かれつつ世を渡っていくコツだとも思っている。

 車は高速道路に乗る。貴族街のある北へ続くその道を、ひた走った。

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