第126話:ラブレター
時は少し遡り、二日前、シャックス邸の防音室にて。
ローズクォーツからの突然のコンタクトについて、鉄心ら三人に三層の二人を加えた陣営全員で検討に検討を重ねた、その一部始終である。
まず。そもそも、どうやってメノウらにアプローチしたのかという疑問。それには本人が、
「私が人間界で借りているアパートのポストに手紙が投函されていたのだ」
と答えた。
「アンタ、アパートまで借りてんのかよ」
呆れたような鉄心の声に、微妙にバツが悪そうにするメノウ。また以前のように浮浪者を買収して、名義でも借りたのだろうか。
「まあそれは今は良いだろう。それより実際にその手紙を見てくれ」
誤魔化すように言って、懐から件の手紙を出してくる。人間三人が覗き込んだ。
『さんそうのトリへ。ぼくはローズクォーツ。とつぜんですが、ぼくには好きな人がいます。あざみてっしんという人です。バカ犬をいっしゅんでたおしていました。バカ犬はバカだけど、つよさはホンモノです。なのにむきずでした。この人こそ、ぼくのつがいにふさわしい人だと思いました。ぼくはてっしんに会いたいです。トリ、とりついでください。おへんじは、おなじポストにいれておいてください。あしたトリに行きます』
読みにくいが、何とか三人とも意味を取る。
「なにこれ、可愛い」
美羽が顔をほころばせるが、メローディアは不服そうだ。まあ自分の夫に粉をかけたいなんて言われれば、彼女の性格からして良い気がするハズもない。
「そもそも、アンタら魔族には性別の概念とか無いんじゃなかったっけ?」
鉄心がやや呆れ気味に。
「俺らもそう思ってたんだけどな。アメジストのヤツの酔狂だけじゃなくて、こういうのも居るってなると、自信がなくなってくる。むしろ俺やメノウの方がマイノリティの可能性もあるんじゃねえかなって」
問うた鉄心の方が気の毒になるような、弱々しい態度だった。性自認うんぬんは、その者のアイデンティティにも関わるデリケートな問題。三人も迂闊に触れづらい。
「まあ実際に会ってみないと、何とも言えないところではあるがな。やはり知能はそれほどではなさそうだから、単純にアザミの強さに憧れて傘下に入りたいという意図を、上手く表す言語能力が無かったのかも知れない」
「そ、そうね! 例えば弟子入りしたいとか、蓋を開けてみたら、そういう事かも知れないわ!」
メノウの言葉に息巻いて賛同するメローディア。ヤキモチ妬きの夫人が愛おしくて、鉄心は肩に手を回して抱き寄せた。三人で腰掛けているソファーが軋む音。
「で。会ってみないととは言うが……会っても大丈夫だと思うか?」
対面に座る、さんそうのトリに鉄心が問いかけた。
「そうだな……まずだが。この文面を見るに、アザミがゴシュナイトを討った時に、ローズクォーツはそれをどこかで見ていた可能性が高い」
「だな。全く気付かなかったけど」
一瞬たりとも敵意を向けられなかったということだろう。流石にそれが自分に向いて、明確な敵対行動を取られれば、鉄心なら気取れたハズである。
つまり、ゴシュナイトの仇討ちだとか、仲間意識だとか、そういう思考回路では彼女は動いていないということでもある。
「ゴシュナイトの死亡を他の二人にも報告してる=他の二人に対しては仲間意識があるということで、その場合は徒党を組んでくる可能性が高い。つまり罠だな」
一人だけ立っている(尾びれとソファーは相性が悪い)サファイアが、体を揺らしながら片方の可能性を示唆すると、
「逆に黙っている場合、これはもう我々、というよりアザミの側につくという決意表明に近いだろう」
メノウの方がもう一方の可能性を話した。で、結局。
「二人としては、どっちが濃いと考えてるんだ?」
という話に行き当たる。そして二人は間髪入れずに、同じ結論を言った。
「後者」
「後者だな」
人間三人は、目顔でその心を訊ねた。
「以前も言ったと思うが、基本的には四層の連中の知能指数は高くない。どう足掻いても、美人局だとか二重スパイだとか、そういう高度なことが出来るとは到底思えないのだ」
実際、三人も小学生が書いたような手紙を読んだ後なので、簡単に納得した。
「唯一、マシな知能を持ってるターコイズの野郎が指示したって可能性は残るが」
「それも素直に従うかどうか。現にゴシュナイトは単独行動していたところを、アザミに討たれている」
魔人たちが口々に言うが。
「それも、もしかしたらゴシュナイトは単独行動じゃなくて、ローズクォーツがターコイズの指示で御目付け役ないし監視についていたって可能性は?」
美羽が率直な疑問を差し挟むが、魔人たちの前に鉄心が否定する。
「いや。それなら、わざわざあの場に隠れて覗いていたことを手紙には書かないんじゃないか? 怪しまれるだけだからな」
「そうそう。本当に色仕掛けで罠にハメる気なら、余計なことは書かねえ方が良い。今みたいに、なんでゴシュナイトについていたんだ? って疑念を持たれるだけだからな」
「それに監視だけなら兎も角、有事の際は共闘するつもりでついて来てたなら、ゴシュナイトが戦っている間、全く敵意や殺意を出さないでいるのは無理よ。そして少しでも漏れていたら、鉄心が必ず気付いていたわ」
あの狡猾で慎重なアメジストですら、ブラックマンバでの射撃を察知されていた。それくらいに超一流のアタッカーの感覚は鋭敏だということ。
「ふうむ」
鉄心が全員の話を聞き終えて、顎に手を当てた。
「まあ……会ってみるか。仮に罠だったら、そん時は総力戦だ。あっちは三体。俺が二人は殺るが、一体はメノウとサファイアに任せたい」
妥当な配分だろう。ただし二層が乱入してきた時は、どう転ぶか鉄心にも分からない。なので、
「美羽ちゃん、明日一日、匣の練習をしよう」
美羽に白羽の矢を立てた。驚いた表情で固まる彼女に、鉄心は続ける。
「例の二人組に襲われそうになった時、発動できたんでしょ? 自慢じゃないけど、俺の匣は難易度の高い技だ。それを見ただけで完コピできるなんて、天才以外の何者でもないよ」
今まで有り余る氣(魔力)だけにフォーカスが当たっていたが、実際はそれを操る技術にも非凡なものがあったのだ。そして鉄心の匣を自在に出せるのなら、少なくとも防御面に関しての心配は格段に減る。美羽自身とあわよくばメローディアまで、守りに割くリソースを戦いに向けられるとなれば、とても助かるというのが鉄心の本音だ。
「う、うん。やってみる」
美羽としても自分がずっと鉄心の足を引っ張っていることに対して、当然思うところはあったワケで。つまり渡りに船の提案だった。
「総括しよう」
メノウが落ち着いた声音で場の注目を集めた。
「まずローズクォーツの誘いには乗ってみる。割と高い確率で彼女の単独行動と思われるが、もちろん最大限の警戒態勢を敷いて当たる。具体的には待ち合わせ場所を常にサファイアが監視し、他の魔族の気配があればすぐにゲートを開いて三層から駆けつける。ミウ様は明日一日でアザミの技をある程度修め、有事に備えていただく。金色は……待機か」
「し、失礼ね! 私は、私は……美羽の作る匣に入りながら、破られた時はグランクロスで防衛に徹するわ」
活躍の場が無さそうなことに内心で消沈しながらも、メローディアは自分の役割をキチンと見定めていた。ただ同時に、美羽にまで戦闘方面で抜かれてしまうと立つ瀬が無いなと焦りも覚えているようだ。
「待ち合わせ場所はどうすんだ?」
サファイアの言葉に一同、考え込む。
「ここ、公爵邸は使えないだろうな。マスコミと言うのだったか、人が多すぎる」
メノウが首を横に振りつつ。確かに、昨日の今日で、貴族街にはマスコミが大挙して押し寄せている。実は今もひっきりなしに鳴るインターフォンに家人が対応し、取材申し込みを断り続けているのだ。腐敗とは無縁とは言え、被害者らと同じクラスの高位貴族となれば、撮れ高としては上々という腹積もりらしい。
「人々から貴族への敬意がどんどん失われているわね。まあ今回のような不祥事が貴族全体の首を絞めているのだから自業自得なのだけど」
良い貴族も居る……ではダメなのだ。特権階級であれば、全ての人間が範を示せるくらいでなくては。メローディアはそこまで考えて頭を振った。今は置いておこう、と。
「学校、あたりが適切かしらね」
「俺も第一候補で考えてました」
しばらくの間、休校が言い渡されたせいで、取材班は貴族街にターゲットを切り替えたという経緯がある。なので今は逆に、もぬけの殻ではないか、と。
更に言うと、学校という、ある種の閉鎖空間が上手く隠れ蓑となってくれることを期待している。ベックスの時もそうだったが、警察の手に渡る前にワンクッション、隠蔽の余地がある。教師という社会的信用の高い職業の人間をアリバイ証言に使えるのも大きい。多少のドンパチをやっても、外部に漏れる前にいかようにも出来るだろう。
ここら辺の説明を鉄心が行うと、全員、異論はないようだった。
「よし。じゃあ明後日だな。あとでラインズにも連絡しておこう」
というような議論と結論があり、現在、この二日後の午前11時前に至るのだった。




