第124話:3章エピローグ
翌日、当然ながら貴族界には激震が走った。クーパー伯爵家を筆頭に、多くの貴族家の子息たちが行方不明になるという前代未聞の事態。中でもその伯爵家など、当主やその妻、息子たちに至るまで全員が消息を断ったというのだから、さあ大変。上を下への大騒ぎである。更には哄笑面の死神に攫われたなどと、世迷い言じみた噂まで流れる始末で、情報も錯綜しっぱなしだった。
そして事件はマスコミにより、一般も知るところとなる。秘せるレベルの規模でもなく、下手な隠蔽は得策ではないという判断は女王が下した。また、主だった腐敗貴族(大半はあのクラスの生徒の家だった)の悪事も白日の下に晒される事となった。マスコミにリークした存在が居るという噂だったが、これは鉄心が匿名で各社に送ったものだった。一族郎党、皆殺しとまで息巻いていたが、肝心の美羽がもう十分に仇は取ってもらったし、後は法の裁きに任せようと進言。被害者である美羽にそう言われては鉄心も頷くより他なかった。
さて、その被害者の話だが……美羽以外の二人はというと。病室に見舞いに訪れた鉄心たちに向け、
「いやあ、本当、歯が折れたくらいで済んで良かったよ」
そう言って気丈に笑う田中。奥歯の一本が折れ、頬も腫れた状態だ。笑顔を作ったせいで、腫れた部分も引っ張られ、激痛が走ったらしく、「いたっ!」と声が出た。
「本当にごめんなさい」
メローディアが頭を下げる。特権に浴す貴族の一員として、同輩の暴走を止める義務が自分にはあった、と。彼女はそう考えている。そもそも教室内で最も位の高い自分が、率先してクラスの膿に向き合っておかなくてはいけなかったのに、自分の事で手一杯で、不干渉でいた。更にはロレンゾの前でも構わず、鉄心と睦み合い、それが彼を刺激し、引き金を引かせる直接的な原因となった。
自分の不徳、不明の責任が、全く関係ない心優しい少女たちに降りかかった。情けなくて、恥ずかしくて、頭を下げる以外にすることがないのだ。勿論、腐敗貴族に代わり、賠償を惜しむ気もない。言い値を贈ろうと考えている。
「俺からも……本当に申し訳ない。事態を甘く見た俺の判断ミスだ。二人には全く関係のないことで、こんな目に遭わせてしまった。深くお詫びします」
鉄心もメローディアに倣って、深々と頭を下げた。彼としても、金と権力だけはあるクソガキという生き物を侮っていた。
「……二人に全く責任がないとは言わないけど。私たちは友達を守っただけだから」
浜垣が静かに言った。カッコいい、と鉄心もメローディアも掛け値なしに思った。力がなくても勇気と情だけで、自分より遥かに体の大きな人間に立ち向かっていける。それは自分達アタッカーよりも尊く眩い心根ではなかろうか、と。
そしてやはり同時に自身に対する怒りで、鉄心は歯噛みする。こういう優しくて清廉な人間を守りたいと願って志した道ではなかったのか、と。なのに色事にかまけ、油断を生んだ。怒りのあまり、己の頬を殴りつけたい衝動と必死に戦っている。
と。
「テッちゃん……」
隣の美羽にそっと手を握られ、鉄心は何とか気持ちを落ち着かせる。美羽の立場は微妙なラインだ。鉄心への復讐のために狙われたというのだから被害者ではあるが、愛する夫と姉(メローディア)を責める気もない。それに自身とイザベラの一悶着(これも美羽が悪いワケでもないのだが)も無関係ではないだろうと思えば、なおの事である。
「お金で解決というのは好きではないのだけど、取り敢えずこれだけ」
メローディアが小切手を見せる。鉄心と共同出資、八百万円分である。それが二人分。また、怖い目に遭わせた詫び&呼びに来てくれた功績も合わせて、上原にも幾らか渡す手筈だ。
こんなに受け取れないと恐縮する二人に、どうにかこうにか握らせ、三人は病室を後にする。一階の売店で新聞を二誌ほど購入し、リムジンに乗り込んだ。早速広げて読んでみるが、
「どの記事も糾弾一色ね」
二社分も買う意味はなかった。
「はい。腐敗貴族どもが如何に嫌われてたかっていう」
失踪にも「ざまあみろ」、フィオット商会との黒い繋がりの露見には「告発者は英雄」といった論調だ。またそれを受けて女王が事実確認とその後の処分まで即座に済ませたことも、非常に高い評価を得ている。まあ告発者(鉄心)に情報を渡したのはノエル自身なのだから、迅速も何もないのだが。
「でも、女王陛下が直々に不正を告発した方が良かったんじゃないのかな?」
美羽の素朴な疑問。だがメローディアが首を横に振る。
「内輪だけで処理すると、今まで知ってて放置してただろうという疑惑の声が大きくなるのよ。だから哄笑面の死神というミステリアスな義賊を使って、民衆を王家へのヘイトより、彼への興味や憧憬へ向くように誘導するのがベターなの」
子供相手のような目眩ましだが、これが中々どうして効果があるのだ。こちらの手法でも、今まで放置していた疑惑は別に消えてなくなるワケでもなく、女王の影が薄くなって、代わりに英雄が前面に出ているだけなのだが。
「……スケープゴートってワケだよ」
その英雄は渋い顔で新聞紙を丸め、自分の膝をポンポン叩いている。不貞腐れた子供のような仕草が可愛くて、新妻たちが頬にキスをした。
家に帰り着くと、三人は例の防音室へ入った。それと同時、何もない空間にゲートが浮かぶ。扉が開くと中から鳥とサメが現れた。どちらも上機嫌を隠しきれないようで、頬が緩んでいる。まあその顔が人間と同じような感情を示しているのかまでは、三人にも実際は分からないのだが。
「おう。ご馳走さまだぜ、薊の坊主!」
いや、実際にエビス顔という解釈で合っていたらしい。サファイアは兎も角、冷静なメノウですら、
「あんなに旨い物をたらふく食ったのは発生してから初めての事だ。感謝するぞ、アザミテッシン」
こんなことを言うのだから、相当だ。実は想念が沢山詰まった死体というのは特に味が濃いそうで、今回のように拷問を受けた後に、更に苦しめられて絶命したそれらは絶品なのだという。
「そっか、普段はゲートから出た魔族がすぐに殺しちゃうから」
もちろん恐怖はあるだろうし、死にたくないという想いも濃いだろう。だが今回のように媚び、怒り、絶望といった様々な感情を呼び起こす死をもたらせるのは人間同士だからこそ、なのだろう。
「……」
メローディアが一瞬だけ顔を曇らせた。ロレンゾを始めとして、鉄心の贄に選ばれた貴族達の中には、小さい頃から面識のある相手も少なくない。特段の情があった者は居ないが、それでも何の感傷もないと言えば嘘になるだろう。
「メロディ様」
美羽がそっと彼女の手を握る。
「……大丈夫よ。優しい子ね」
鉄心はメローディアのケアを美羽に任せ、メノウたちに改めて向き直る。
「それで……今回の件で四層の連中はどうなった?」
本題だ。恐らくは魔人たちも、その件で話があって来たのだろう。メノウとサファイアが顔を見合せ、まずはサメの口が開いた。
「隣国で行脚していた二体はゴルフィールに戻ってきたようだぜ。流石にこれだけの失踪事件だ。耳に入ったんだろうよ」
想定内ではある。それを押しても邪刀復活の方を選んだのだ。
「ゲートを使って向こうで殺めた事まで勘づかれてると思うか?」
「何とも言えねえ。俺の鼻は魔力や術式を辿るだけで、内心までは探れねえからな」
まあそれはそうだろう。そこまで出来たら凄すぎる、と傍聴する美羽たちも思った。
「……少なくとも哄笑面の死神とやらが実行犯というのは分かっているだろうがな」
まあそこは、これだけ騒がれていれば、嫌でも耳にするだろう。
「略取、誘拐までは断定されてるでしょうけど、このまま貴族たちが戻らなければ、隠し場所はどこだ、という話になって……」
メローディアも口を挟む。あれだけの数、しかも腐っても貴族ということで、警察も威信をかけて大々的に探すハズだ。にも関わらず、一人の痕跡も見当たらないとなれば、少なくとも四層連中はゲートを使った可能性を一番に考えるだろう。つまり、遅かれ早かれの話になってくる。
「そうなった時、哄笑面の死神の正体はメノウかサファイアか……或いは別の誰か、人間という推測になるだろうな。いずれにせよ、その近くに探し求めるイレギュラーが居ると示しているようなモンだわな」
三層が出張っている。彼らが直接ないし人間と組んでまで何らかの理由で貴族を排した。となれば、何かあるのは確定だろう。
「……」
「……」
少しの沈黙。そこにメノウがクチバシを開いた。
「あと、元からこの国に留まっていた一体、ローズクォーツなんだが……」
僅かに言いよどむ気配。鉄心が目で続きを促すと。サファイアが継いだ。
「奴さんから……コンタクトがあった」
「……は?」
「な!?」
「それって、宣戦布告!?」
美羽の言葉に、しかしサファイアは静かに首を横に振った。
「なんつーか」
「我々も困惑しているんだが……」
魔人が二人してここまで言い淀むということは、相当な事態だろう。メローディア、美羽、そして鉄心までも覚悟を要した。真剣な目で次の言葉を待つ。そして遂に放たれた一言。
「なんでも、アザミの番になりたいそうだ」
「……」
「……」
「……ん?」
なんだ、どういうことだ、と人間三人が顔を見合せる。
「惚れたんだとよ。嫁になりたいと言ってきてんだ」
「……は?」
「……へ?」
「はああああ!?!?」
これにて3章完結となります。少し長くなりましたが、お付き合い頂き、ありがとうございました。




