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善悪二刀  作者: 生姜寧也
第3章:貪食臥龍編

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第123話:邪刀復活

 鉄心は、乱暴に積み上げた死体の山を見やり、次いで生贄たちを振り返る。疲弊して最早声も出せない者、未だ啜り泣いている者、鉄心に媚を売るために美辞麗句を並べ立てる者、隙あらば逃げ出そうと機を窺っている者。様々いるが、その誰もが鉄心の据わった目と正面からカチ合うと、慌てて目を逸らした。また殴られたり斬られたりするかも知れない。そういう恐怖からの反射行動だったが、実際はもうそういうフェーズにはない。準備が完了したのだ。

「……」

 鉄心はツカツカと死体の山に歩み寄り、一番上のそれにブスリと邪刀を突き立てた。アタッカーたちの鍛えられた筋肉を掻き分ける、膨大な氣を纏った刀身。豆腐でも斬るように、すんなりと入っていく。そのまま二体目の死体の肉も突き進み、三体目へ。そこまで斬ると、次の山へ。そういったことを数度繰り返した。ひどい、と誰かが口走ってしまい、慌てて口を手で塞いだ。だが鉄心は聞いてもいなかった。一心不乱に作業を続け、やがて、

「出来た」

 と呟くと、血まみれの邪刀をそっと地面に突き立てた。その傍に自分も座り込む。座禅のように胡座をかき、手で何かの印を結んだ。

 事ここに至っては、鉄心の中には確信があった。繰り返しになるが……元々、ハゲ呪術と汗を使った呪術に掛けられた呪い。それが波及的に血を使った呪にも飛び火しただけのもの。つまり最初から弱い枷だ。今の状態、美羽から満タンまで貰い受けてきた氣と、人の死体という絶好の触媒と、そして有り余る憎悪。これらを備えた自分に破れぬ道理など、一片たりともありはしないと。

 憎悪を込めて対象たちから集めた血を、死体にたっぷり塗り付けた。氣はその死体を巡る。手でそっと邪刀の柄に触れた。

「……死ね」

 たった一言。だがそこに千の怒りと万の憎悪を込めた。脳裏に浮かぶのは、傷だらけになった田中たち。鼻を押さえながら震えている美羽。友のために立ち上がった少女たちも、更にその彼女らを守るため自己犠牲を選んだ美羽も、どちらも崇高な心根だ。何の力もない状態というのは、鉄心の人生において一度もない事なので、彼には想像するしかない話だが……もしかすると自分が未知の敵と戦うより遥かに勇気のいる行動なのではないか、と。

(オマエらが身分で命の軽重を量るなら、俺は心の美しさで量ろう)

 その基準で見れば、途端に天秤は逆転する。

「即ち、この場に居る貴族全員、その命に価値無し」

 トドメとばかり、グッと氣を流し込んだ。邪刀がドス黒い光を放つ。野を焼き尽くす黒煙のようだ。

 そこで、鉄心はバキンという音を聞いたような気がした。自分の中にあった鎖が引き千切られたような感覚。そしてそれを契機に、堰を切って流れ込んだ多量の氣で、更に邪刀が黒いオーラを増す。そして……

「邪刀……(のろい)!」

 鉄心の呼び声に、復活は成る。

 まずロレンゾの母が苦しみ始めた。氣の素養のない人間ゆえ、一番に効果が出たようだ。自身の喉を掻き毟るように両手を動かす。ゼッゼッと荒い息。

「母様!」

 駆け寄ろうとしたロレンゾ。しかし、その兄たち、父親、更には自身にも同様の現象が起きる。

「な……に……が」

 立っていられなくなり、ロレンゾが膝を着くと周囲にも同じような音が響いた。何とか目だけ動かして周りを見ると、

「なんだ……これ」

「体の……な……か……が」

 クラスメイトたちが喉や胸を押さえながら膝を着いていた。呼吸が苦しい。意識が遠のく。僅かに見えた鉄心の顔。悪鬼のような形相だった。開ききった瞳孔に、半開きの口元、鼻の付け根に僅かに寄る皺。明確な殺意をこの場に居る誰もが感じ取っていた。殺される。今の今まで、まだ心のどこかで、そこまではされないだろうという甘い見通しがあった。高位貴族の系譜である自分達に、本気で楯突くような人間は人生の中で一人も出会ったことがなかったから。どうせ鉄心とて、最後は金や権力に目が眩み、或いは大きな力との敵対に怯み、落とし処を提案してくるハズだと。

(間違っていたのか……)

 世の中には富も権力も興味なく、ただ己の朋輩の為だけに、リスクもリターンも計算せず動く人間が居るということ。

(いや、違う。僕たちなんて、僕たちの家なんて、()()()()()()()()()()()()())

 井の中の蛙、大海を知らず。所詮は狭いゴルフィール王国の狭い貴族社会の中での勢力図でしかなかった。

 ロレンゾの視界の端に、積まれた死体が映る。その中には公園に行く際に連れだったクーパー家のボディーガードの骸もあった。彼らや家の権力、自分を守ってくれる存在を取り払ってしまえば、ただの虚弱な17歳の少年が残るのみ。取り払える力を持つ者が現れれば、自分など一たまりもなかったのだ。その事に気付かされた途端、

「ごほっ!? か……はっ!?」

 喉の奥からせり上がってきた何かを、口が勝手に吐き出していた。乾いた土の上に広がる赤。血だと認識すると同時、激甚な痛みが全身を襲う。現実感を見失うほどの、正気を保っていられる事が奇跡としか思えないほどの。

「あ……が……う、あ」

 彼の周りも全く同じ状況らしく、激痛に呻く声が、そこかしこで上がっていた。本当に凄まじい痛みは、悲鳴を出すことすら許されない、ということを今際の際で学んでいる最中である。

「たすけ……たすけて。全部あげる。謝る、謝るから」

 イザベラの取り巻きBが言葉を発する。どうやら呪術の耐性が、この中で一番強いらしい。鼻や耳からダラダラと血を流しながら、それでも懸命に言葉を紡いだようだ。

「……お前の母親、メロディ様に無礼を働いたことがあるらしい。母親を差し出すなら、考えてやっても良いぞ」

 鉄心のその返答に救いの光を見たように、Bは何度も頷いた。それが唯一の生還の道だと信じて疑っていなかった。

「あげ……ます。好きに、して良いから……だ、から」

 媚びるような笑み。激痛の中でもそんな表情が出来るのか、とサファイアは人間の生き意地の汚さに舌を巻いた。

 鉄心の目からスッと温度が消え、もう一度、邪刀に氣を送り込む。今度はこのBの顔をグシャグシャにしてやろうかという怒りを込めて。すると、

「が、あああ!? ど、どうし……て」

 少女の腕から血が吹き出した。血管は今や、体内をのたうち回るミミズのように、彼女を蝕んでいる。

「逆なんだよ。バカが」

 正答とは真逆だった。まあ確認程度の話でもあったし、この土壇場で母を守る選択をされれば、少し後味の悪い思いをすることになっただろうが、杞憂だった。まだしも兄妹で抱き合い、絶命しているキーン子爵家の二人の方がマシかも知れない、と鉄心はそちらに目をやる。激痛に浮かんだ脂汗のせいか、シリウスの頭皮がテカテカと輝いていた。そして再び視線を戻した時にはBもまた、顔中の穴から血を流して事切れていた。

 鉄心は最後に、虫の息となっているロレンゾを見た。もう視力もないのか、虚空に手を伸ばし、何かを掴もうとしている。親の手か、武器になるような物か、はたまた……ついぞ触れること叶わなかったメローディアの体か。

「お前が掴むべきだったのはな……そのどれでもねえんだ。誰でもないお前自身を掴まなきゃいけなかったんだよ。親の力でもない、家の力でもない。これだけは人に誇れる自分、クーパーは関係ない、ただのロレンゾとして揺るぎない何かを持った、そんな自分を掴まなくちゃいけなかったんだ」

 もうきっと聞こえてはいないだろう。ドプドプと流れ続ける血が、急激に彼の体温を奪い、顔が真っ白になっていく。

「サポートの子達を一度でもキチンと見たことがあるか? 将来を自分の力で切り拓くために、一生懸命、努力を重ねている彼女たちを」

 ロレンゾの呼吸が止まった。

「メローディアは間違いなく腐敗貴族よりも彼女たちの方にこそ敬意を抱いている。そんなことも……そんなことも知らない、分からないヤツが落とせるほど安い女じゃねえよ」

 鉄心は最後に全員の死体を見渡した。

「来世は試しに平民に産まれてみろ。案外、歯食いしばって生きるのも楽しいもんだぞ」

 それで鉄心はもう、彼らを振り返ることはなかった。サファイアに目配せすると、彼は軽く瞑目して(まさか貴族たちに黙祷したワケでもないだろうが)、ゲートを開いた。

「ちょうどミウのお嬢と金色の方も終わったらしい。ゲートは人目につかないよう、王城の外、茂みの中に出しといたぞ」

「助かる。飯はメノウと一緒に分けて食ってくれ」

「おう」

 それでサファイアとも別れ、鉄心は人間界に戻った。ゲートの先は本当に茂みの中らしく、チクチクとした枝葉の感触に苦笑する。

「だ、だれ!?」

 鋭い声には、しかし鉄心は聞き覚えがあり、街頭に照らされた金髪に、振り返りながら笑んだ。メローディアは美羽を庇うようにしていたが、振り返った顔に警戒を解く。

「いやはや、サファイアはすげえな。ドンピシャだ」

「鉄心……」

 マントについた葉を(はた)きながら植え込みを抜け出した鉄心。妻たちと合流すると、そのまま歩き出す。リムジンはすぐ傍に止まっており、全員で乗り込んだ。

 少しの沈黙。そしてその後、

「終わったの……ね」

「……はい」

 そんな短いやり取りだけが車内での会話だった。

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