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善悪二刀  作者: 生姜寧也
第3章:貪食臥龍編

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第120話:権力と暴力

「そう言えば、さっき父親がどうとか言ってたな?」

 匣にぶつかって、潰れたカエルのようになっている貴族たちに向かって、ゆっくりと歩を進めながら、鉄心は話を蒸し返した。

「丁度良い。ご挨拶に伺いたいから、居場所を教えてくれよ」

 この場合の()()()は額面通りの意味ではない。それくらいは恐怖に支配された頭でも理解できたらしく、彼らの内の何人かが小さく首を横に振った。

「……今はメロディ様が王城に出向いて国王に交渉を持ち掛けてる状態だ。すぐにもテメエらの家族がやってる悪事は公になるだろうな。家ごと消えても世論の反感もなさそうだ」

 反社会的組織との繋がり以外にも叩けば幾らでも出てきそうである。

「もう終わりなんだよ、お前たちは」

 突き付けられた破滅宣告。だが、子供の彼らには到底信じられない。今日、いや数時間前まで何の憂いもなく過ごせていたのだ。それがたったの数時間で跡形もなく崩れ去るなど、悪い夢や嘘としか思えない。だが同時に、目の前の少年の強さ、残忍さは、嫌というほどリアルで。だから混乱する。そして平常心を失ったまま、

「ま、まだ! こっちにはフィオット商会が!」

 取り巻きAが希望を口にする。何人か、彼女に同調するように息を吐いた。だが。

「……でも、ベックスでさえ瞬殺だったんだよ? あの商会にあと何人の手練れが残ってるか知らないけど」

 ライドが比較的冷静な状況分析を話した。先の模擬戦で曲がりなりにも鉄心と直接刃を交えただけはあるらしい。分かっているのだ。戦うという選択自体が悪手だと。

「じゃ、じゃあどうすんの!?」

 癇癪を起こしたA。

「なんとかここから逃げて、家族と合流するんだ。そして国外に逃げる。それしかないと思う」

 ライドが声を潜めるように言った。狙い通り、鉄心には聞こえなかったようだが、あまり意味はなかった。聞かずとも概ね分かるからだ。敵わないなら逃げる。それが道理だと。

「さて、そう簡単に逃げられるかな?」

 そう言って口端を歪めると、鉄心は右手を軽く振った。それは叩きつけるような動作だった。そして、その動きに呼応するかのように、ハゲしメタルに捕らえられていたままのイザベラがブンと振られ、そのまま地面へと真っ直ぐに。

「イザベラ!!」

 寸でのところで兄のシリウスが滑り込み、落下地点と彼女の体の間に入った。そのまま派手に荷に突っ込む。砂糖か何かだったのだろう、衝撃で潰れた袋からサラサラと白い粒が漏れ出てくる。あれだけ隠したがっていたシリウスの頭部、そこに巻いていたバンダナも外れており、パキケファロサウルスのようなハゲ頭がフルオープンになっていた。

「お兄様!!」

「大丈夫だ。お前こそ怪我はないか?」

「は、はい。お兄様のおかけで」

 そこで、腕の中のイザベラを強く抱き締めたシリウスが、キッと鉄心を睨んだ。妹への愛が恐怖を上回ったらしい。

「無抵抗の女の子に、こんな事して! 恥を知りやがれ!」

 吼えた。が。

「お前のその愚妹が、美羽ちゃんに対してやったこと、言ったこと、覚えてないの?」

「……!」

「お前らにとって、俺たち平民は何をしてもオッケーな存在だから関係ないって事なら……こっちも貴族には何してもオッケー理論になっちゃうワケよ」

 鉄心が軽く聖刀を振った。鎌鼬が乱れ飛び、不可視の刃で足首を斬りつけられた取り巻きAB。二人とも同じような姿勢で倒れこみ、痛みに呻く。

「こ、こんなことしてタダで済むと」

「何度も言ってるが、タダで済まねえのはテメエらの方だよ」

 今度はブラックマンバに持ち替え、その引き金を引く。ライドとその友人の足首が次々と撃ち抜かれ、前のめりに倒れこむ。光線が貫通して倉庫床のコンクリートを焼く、ジュッという音は彼らの絶叫に掻き消された。

「権力っていうのは、即ち背後の暴力を想定させるから、力を持つのであって」

 ハゲしメタルが鞭のようにしなり、派閥の内、五人を順に打った。服が裂け、皮膚も破れて、血が噴き出す。弱く当たった箇所でも内出血の酷い腫れが出来上がっていた。涙を溢しながら苦悶する少女たちの足首に更にもう一丁鞭が跳ねる。失神する者も出た。

「ならその後ろ盾より遥かに強い暴力が現れたら? 歴史が証明している。反転して、(かざ)してきた権力の分だけ地獄を見る」

 コツコツと鳴る鉄心の靴音と、少女たちの啜り泣き。逃げようとして何度も体が匣にぶつかる打音。

「さあ……行こうか。墓はないけど、地獄なら用意してやろう」

 そう言って懐から取り出したノブをポンと放り投げた。

 地獄の門は、そんな気軽さで、とても簡単に開いた。痛みと恐怖で思考が麻痺しているハズの貴族たちだが、その光景には流石に瞠目した。

「あ、アビスゲート!? 薊は魔族と繋がっていたのか!?」

 シリウスのその言葉は全員の代弁でもあった。トリプルユニークに、魔族まで従えているとなると、最早それは、

「魔王……」

 そのようではないか、と。

(本物の魔王はさっき散々バカにしてくれやがった美羽ちゃんなんだけどな)

 鉄心はフッと小さく鼻で笑うと、ハゲしメタルを幾つも走らせる。掴みやすい生徒から順に、捕らえてはゲートの向こうに投げ込んでいく。戻って来ようとする男子生徒がいたが、足と両肩をブラックマンバで撃ち抜かれ、泣きながら許しを乞う羽目になった。以降は全員が無抵抗のままゲートの向こうへ放り込まれていく。

 そんな中、ロレンゾは倉庫内の荷に隠れるように身を屈め、震える手で携帯を操作する。速く、速く、と気ばかりが急くが、ボタンの押し間違いなどが多発して、いつもより何倍も時間がかかった。だが、何はともあれ、電話が繋がる。

「と、父様! ぼ、僕です。助けてください! 今、例の倉庫にいて……はい、派閥の者も全員。アタッカーに捕らえられていて」

 客観的に見れば、ロレンゾの行動は鉄心から丸見えなのだが、平常心とはかけ離れた精神状態の彼には気付くハズもない。希望の灯台だけしか見えておらず、そこへ藻掻きながら泳ぐだけ。その途中、夜の海に獰猛なサメが潜んでいることも気付かないまま。

 鉄心はゲートの向こうへ目配せする。獰猛なサメ、サファイアが舌舐めずりした。息子から連絡を受けたクーパー伯爵は、使えるアタッカー連中をフィオット商会に要請するハズ。恐らく自家の自慢のガードも。そうして手薄になった隙に、サファイアの探知で居場所を特定させ、家族連中も捕らえる。そして援軍に駆けつけるフィオットのアタッカー部隊も贄に追加する。つまりこの総取り作戦のために、ロレンゾの連絡はわざと見逃されたのだった。

「そいつらと同じ魔力、人間的には氣か? それを辿れば、親族を見つけるのも、まあ出来なくはない」

 事前にこのような言質もサファイアから取っておいた。つまりオールグリーン。実行段階へ移る時だった。首尾はどうだ、と目顔で訊ねた鉄心にサファイアが頼もしく笑う。

「んじゃ、残りの収容は任せるわ。あとゲートを開いてくれ。なるべく対象に近くて、かつ見つからない場所に」

「サメ使いが荒いな」

「そう言うな。こっそりメノウより多く食わせてやるから」

 まあ実際問題、メノウよりはるかに実働は多い。報酬に差があってもおかしくはないだろう。

「約束だぞ。忘れんなよ?」

 釘を刺しながら、言われた通りのロケーションにゲートを開けたサファイア。鉄心はマントを羽織り、ジョーカーの哄笑面を着けた。マントはメノウの予備を、哄笑面は何故かシャックス邸にあったものを拝借している。

「んじゃ、行ってくるわ」

 コンビニに行くような軽さで、生贄の追加をさらいに向かう。逆に生徒たちの回収に赴くサファイアは、悲鳴や命乞いの言葉を浴びせられ、煩わしげ。

 ゲートの向こうへ消えた鉄心が戻ってきたのは三分後。大漁だった。全員気絶しているが……クーパー伯爵、その妻、長男、次男の揃い踏み。ハゲしメタルで捕まえたまま、どんどん放り込んでくる。その光景を見たロレンゾが、

「父様! 母様! 兄さんたち!」

 悲鳴にも似た声を上げた。それでも彼の家族たちは起きない。薬か何かを盛られたのだろうか。

「なんで、こんな、こんな酷いことが出来るんだ……?」

 事ここに至って、まだそんな認識なのか、と鉄心は呆れ返る。

「お前が始めた事だろう? アタッカー相手に喧嘩を吹っ掛けておいて……自分が負ければこうなるに決まってるだろう」

「だって!! お前が!! お前が、僕のメローディア様を……」

 話が通じていない。髪を振り乱して、駄々っ子のように振る舞う様子は……いや、まさに駄々っ子そのものなのだろう。精神の成長が年齢に追い付いていない。

「俺に復讐する為に無関係な美羽ちゃんを狙ったのか?」

「そうだよ!! お前と仲の良いあのデブを拉致して、お前を無力化した後、あのデブはウチの下男にでも与えて、オモチャにさせようと思っていたんだ! いや、ホームレスの群れでも良いか? お前の目の前で、ボロボロに汚してやって、それで僕がやられたことの復讐にするんだ! どうせあんな平民のデブ、一人や二人」

 ロレンゾがセリフを最後まで言い終わることはなかった。鉄心の拳がその頬に深くめり込んだからだ。華奢な体がピンボールのように弾けとんだ。

 

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