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善悪二刀  作者: 生姜寧也
第1章:学園防衛編

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第12話:模擬戦

 模擬戦は二人一組となって行われる。特段の取り決めがあるわけでもないのだが、男子同士、女子同士で組むことが常で、更に相手も殆ど固定化している。これが強豪の第二高校などであれば、クジ引きで毎回違った相手と戦い、対応力を磨き合い、常に上を目指すシステムになっているのだが、まあ今は余談だろう。

 全員ペアを作り、グラウンド上で等間隔に並んで、それぞれの相手と対峙する。鉄心の相手は先程のシリウスである。

「……お前、俺の妹が分かるか?」

 テメエの妹なんぞ知るワケねえだろ、と鉄心は一瞬思いかけたが、目の前に聳える長い顔に、どこか見覚えがあった。

「…………あっ! 競走馬の」

「人間だ!! どこまでもコケにしやがって」

 対峙する前から半ギレだったが、いよいよ怒髪天を衝きそうな様相である。実はこのシリウス、妹のイザベラとは(この年頃の兄妹にしては珍しいレベルで)非常に仲が良い。家では兄にべったりの妹で、兄も兄でそんな妹が可愛くて仕方がない、という状態だ。その妹への優しさの十分の一でも他の者へ向けてやることが出来れば、彼も人として大きく成長するキッカケとなりそうなのだが、今は論じても詮無きことだった。

「それでは、模擬戦を開始してください」

 リグスの掛け声とともに、シリウスは腰に佩いた両手剣を抜いた。少し離れた所で同じように対峙するペア、ジーンとライドにそっと目配せをする。彼ら全員、両手剣が得物のようだ。

 アタッカーの魔導具は大きく汎用武器コモン固有武器ユニークに分かれる。というより、大半(90%以上)がコモンで、ユニークを持ち、かつ十全に扱える者は全体のうち極少数である。この学校では「グラン・クロス」の二つ名で通る十字槍の持ち主、メローディアだけとなっている。鉄心の持つ双刀・邪正一如じゃせいいちにょもユニークだが、当然秘匿されているので、クラスメイトたちは知らない。彼の得物はコモンシールドを発現させる銀のブレスレットだと認識されているし、そうなるよう立ち回ってきたのだから。

「覚悟しろ! 平民!」

 シリウスが袈裟斬りに剣を振るう。鉄心は盾も展開せず、サイドステップで避けた。当然、訓練用に刃を潰した剣だが、それでも氣は通るので、殴られれば通常のモノより更に痛い。そのままシリウスは横に縦にと、中々の剣捌きを見せる。

(基礎は意外にしっかりしてるな。それだけ予想しやすいということでもあるが)

 役に立つかは知らないが、一応はクラスの練度も見ておこうと思い、敢えてけんに徹している。が、そのうち、ひっそりと距離を詰めていた隣のペアが状況を変える。金髪碧眼のライドが、ジーンと鍔迫り合いを演じながら、近づいてきたのだ。頃合いで、弾かれた拍子にたいが流れたフリで、鉄心の横腹に剣を突き立てようとした。渋々匣を展開し、その刺突を受け止めるが、右斜め前方からライドへ追撃するジーンが斬りかかる。しかし当然のように目測を誤り、このまま振り下ろされれば鉄心の肩口を捉える軌道だ。更にジーンの横、本来の訓練相手であるシリウスが鉄心の左足側から逆袈裟に斬り上げてくる。真横、右斜め上、左斜め下からの同時攻撃。騎士道精神を冒涜している点に目を瞑れば非常に良い連携である。

 鉄心は迷わず左前に踏み出す。右手で受け止めていたライドの剣を後ろに逸らしながら、ダンと大きく踏み込み、シリウスが斬り上げようとしていた剣を思いっきり踏みつけた。当然、足裏に匣を展開しており、鉄心の方に痛みはない。だが完全に力負けたシリウスの腕は軋み、体が右側に傾いで引っくり返った。腕で振り上げる力と足で踏み下ろす力、覆すのはまず不可能ゆえ当然の帰結だった。またジーンの剣は振り下ろされたが、鉄心の踏み出しにはついていけず、ただ空を切って地面を叩いただけだった。カーンという間抜けな音が辺りに響く。いつの間にか、剣戟の音はこの四人組以外からはしなくなっていた。みんな手を止め、四人の攻防を固唾を飲んで見守っていたのだ。メローディアに至っては、自分の戦いなどそっちのけで、最初から鉄心の動きだけを見ていた。

「クソッ」

 制止しかけた時間から一早く抜け出したのはシリウスだった。あまりの痛みにうずくまっていた姿勢から、手元の砂を掴んで、鉄心の顔めがけて投げつけた。もちろんルール違反だ。これは模擬戦であって本物の殺し合いではない。魔導具と体術以外の使用は一切禁止である。これで鉄心の頭から慈悲が消えた。三人がかりに目潰し。実際あまりに悪辣だった。

 シリウスは砂塵を放り投げた後、激痛に苛まれ再び腕を抑えたが、ジーンとライドは剣を握り直し、右後方と前方から迫りくる。目潰しは顔には当たらなかったが、左腕でガードした分、鉄心にも隙は生じていた。

 右後方へ匣を展開、斬りつけてきた剣を受け止める。左腕は少し間に合わないと判断し、ジーンの刺突は丹田で受ける。こちらにも匣は張ったが、やや弱かったようで衝撃は完全には殺せなかった。

「ってえな」

 左腕を振り下ろし、腹の前に薄く張った匣に突き刺さっている刀身の背を思いっきり叩いた。いきなり前方へ突っ張っていた力が消え、ジーンはたたらを踏んで前にまろび出てくる。右腕を乱暴に振るうとライドの剣も弾かれ、つられて彼の体が伸び上がる。フリーになった右手で拳を握り、ジーンの腹を殴り返した。

「かはっ」

 体が九の字に曲がり、手から剣が離れる。それを蹴り飛ばし、まずは一人戦闘不能に追い込む。鉄心の二の腕にジーンの顔や首から汗がポタポタと落ちる。

「汚ねえな」

 振り払おうかと思ったが、ふと思い直し、スラックスの左ポケットから素早く呪符を取り出し、それに擦りつけるようにして汗を拭った。油断なく右後方と左前方へ視線を巡らせるが、ライドの剣は思ったより遠くに弾き飛んだようで、持ち主はそれを取りに行っているようだ。シリウスは未だ腕を抑えてしゃがみ込んでいる。剣も手放している。まだ余裕がありそうなので、呪符を小さく畳んで、ジップ袋に入れてポケットに突っ込んでおく。それが終わると鉄心はシリウスの髪を掴み地面へと押し倒した。ロクに抵抗できず、仰向けに倒れる彼の髪からゆっくりと手を放す。よく見れば何か握り込んでいる不自然な手の離し方だったのだが、周囲は誰も疑問に思わなかった。ジーンの汗を拭き取った件も、傍目からは紙ナプキンか何かにしか見えず、そんな余裕がある彼に恐怖の念を抱いただけだった。

 ギャラリーの誰もが目の前の光景に現実感を抱けずにいた。ライドは剣を拾ってきたが、鉄心の傍までは戻れずにいた。今更タイマン勝負で勝ち目など万に一つも無く、仰向けと俯せにそれぞれ倒れ込む二人の仲間を見るだに、足がすくむ。

「そ、そこまで!」

 リグス教諭が慌てて駆け寄る。そこで鉄心の冷たい瞳と正面から見つめ合ってしまった。実験動物を見るような無機質な目。三対一になった時点で止めるべき所を、今更ノコノコと貴族の生徒を守るためにやって来た似非教師に対する「見切り」だった。リグスは息が詰まるような錯覚を覚え、ビクリと硬直してしまう。それが引き金になったワケではないだろうが……

 ファサリという音を周囲の生徒は聞いたような気がした。リグスの正面に立つ鉄心の氷のような瞳が、今やすっかり驚愕に見開かれていた。何かが舞った。金色の塊が地面へボトリと落下し、その塊から離れた幾つかの金糸が遅れてユラユラと塊を追って落下していく。

「え?」

 誰が言ったか定かではないが、この場に居る誰もが、元凶である鉄心や、本人であるリグスですら、「え?」以外の言葉を発することは出来なかった。リグスは頭部にヒンヤリとした秋の風を感じ、それが皮膚へダイレクトに当たる違和感に、手を頭へとやった。残った髪の束を掴んだ。掴んでしまった。すると掴んだ先から抜け落ちていった。

「う……うわあああああ! 何だコレは! 何だコレは!」

 リグス教諭の絶叫に、みな弾かれたように彼から距離を取った。何か遠隔系の攻撃かも知れないと思ったのだ。

「で、伝染病とかじゃねえのか? やべえ! 逃げるぞ!」

 叫んだのは鉄心だった。率先して逃げ出す。ここら辺のクソ野郎ぶりは流石だった。鉄心の言葉に皆その可能性に行き当たり、蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。

 こうして薊鉄心は二時限足らずの間に貴族クラスを学級崩壊へと導いたのだった。

 

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