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善悪二刀  作者: 生姜寧也
第3章:貪食臥龍編

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第119話:名乗り

 王女が手ずから淹れた紅茶が湯気を立てる。白いテーブルの上に白い陶器のカップ。琥珀色の液体だけが浮いているようで、少し目の錯覚を起こしそうな光景。美羽はつい顔を上げ……ノエル女王のニコニコ笑顔を正面から見てしまう。しまった、とまた頭を垂れるが、

「もう。畏まらないでも大丈夫と言っているでしょう?」

 女王の不満げな声に再び顔を上げた。逆に不興を買ったかと心配になった美羽だが、そこでメローディアの援護が入る。

「おば様、さっき王弟殿下とすれ違いましたの。それでこの子は……」

「ああ。それは」

 どちらも皆まで言わないが、美羽の萎縮の原因は正しく共有された。

「ごめんなさいね、ウチの愚弟が」

 ノエルが眉をハの字にして美羽に謝る。それで更に美羽は小さくなって、滅相もないですと首をブンブン振った。

「けど私は、少なくともこの場では、礼儀作法にとやかく言ったりはしないわ。本当に楽にして頂戴」

「は、はい」

 完全に普段通りのメンタルは無理だが、いくらかは緊張の糸を緩めた美羽は、はにかんだように笑った。

「ふふ。可愛らしい子よね。美羽ちゃん、だったかしら?」

 ノエル女王が優しい笑みを浮かべるが、美羽は逆にハッとして青ざめた。まだ自己紹介すらしていなかった。とんだ無作法に、

「あ、あの、わた、ワタクシ、松原美羽と申します。日本から来て、メロディ、メローディア様のお宅で同居させていただいている者で」

 慌てふためきながら名乗った。また振り出しに戻ったかのような狼狽ぶりだ。

「ええ。聞いているわ。ワタクシのことも勿論知っているでしょうけど、改めて」

 ノエルは胸に手を当て、

「ゴルフィール王国、第25代国王、ノエル・ディゴールです」

 美羽がハッと息を飲むほど真っ直ぐな瞳で自己紹介を返した。

(カッコいい)

 これが王という存在か、と美羽は感嘆する。自分のような学生相手でも、逆にゴルフィール以上の大国の為政者相手であろうと、全く同じように名乗るのだろう、と。きっと万人に対してそうなのだ。それは覚悟、そして為してきた事への誇りと自信があるから出来ることだ。ふと、美羽は鉄心のことを思い出す。彼は逆に殆ど万人に自分の素性を秘するが、名乗った時は、相手を必ず殺すという不動の覚悟を伴っている。不思議なもので、それはこの目の前にいる、海千山千の王にも全く劣らない、いやむしろ凌駕する程の強さを持っている。そして「優しい人を守りたい」と言った時の輝きもまた、この女王をしても届かないような……

(わわ、失礼なこと考えてる)

 しかしそれだけ、鉄心という特異で強烈無比な個に慣らされている、とも言える。女王を見くびるワケでもないし、カッコいいというのも本音だが、普段もっとヤバい人に愛されていると思えば、かなり気は楽になったのも事実。

「ふふ。少し落ち着いてくれたかしら?」

「は、はい」

「紅茶も冷めないうちに御上がりになって?」

「ありがとうございます。頂きます」

 カップを持ち上げ、そっと口をつけると、芳醇な味わいと、気持ちが落ち着くような心地よい薫り。美羽の人生史上、間違いなく一番上等な紅茶である。

「美味しいです。ありがとうございます」

 ふくふく笑う彼女はとても愛らしく、ノエルも政務の疲れが癒されるようだった。

「ふふ。アナタは十傑に狙われているとメロディから聞いていたから、大丈夫なのかしらと心配していたけど……」

 心配しているという建前を使って、さりげなく探りを入れてきた女王。やはり強かな面もキチンと備えてある。

「おば様。心配なさらずとも、こちらから話しますわ」

 メローディアが牽制気味に。あらやだ、とノエル。

「クセになってるのよね、もう。ああ、いやだいやだ」

 子供のように繰り返す女王に美羽が笑みを濃くする。

 メローディアは一口、紅茶で喉を潤してから、宣言通り、今回の来訪の目的を話し始めた。



 ドサッと大きな音がして、ジェームスの体が後ろ向きに倒れた。首の切断面からは噴水のように血が噴き出ている。

「…………は?」

 集まった生徒たちの誰もが、未だ状況を理解できないまま、


 ――――ガチンッ!!!


 と凄まじい音がして、全員もう一度鉄心の方を振り返る。確かに掛かっていた手錠、足枷があらぬ方向へ打ち曲げられ、残骸が散らばっている。足枷の鎖部分はバラバラになり、輪っかの一つがキンキンと音を立てながら跳ねる。打ちっぱなしのコンクリートの上を走り、シリウスの靴先に当たって止まった。

 ようやく頭が働き出す腐敗貴族たち。その眼前には既に解き放たれた化物がいる。

「ど、どうやって」

 と聞かれても。手錠と、足枷の間にハゲしメタルを差し込み、反発させれば勝手に弾け飛んでいったまで。鉄心にとっては、もはや人間界の金属など豆腐に等しい。

 ゆっくりと立ち上がる。静かだが、その瞳には殺意と憎悪の炎を湛えていた。美羽への愛情に反比例するように、目の前の連中への情が燃え尽きていく。

 女の子に優しくしよう、といつだったか考えたことがあったが、それはやはり()()()()限定ということで良さそうだ、と認識を改めた鉄心。なにせ同じ女が、ただ一度ぶつかって恥を掻かされる引き金となった、そんな些細な事で。美羽を人質のターゲットに据え、その過程で体と魂を汚された(もちろん誤認だが)と知れば、大喜びで笑い者とする。救いようがない。守るべき女とは到底思えない。

「お、おい。まさか、ジェ、ジェームスはお前が殺ったのか?」

 ロレンゾが震える声で訊ねた。

「お、お前は一体なんなんだ」

 シリウスも同じような声音で訊ねた。

 鉄心は背中側のベルトに差した聖刀を、悠然と抜き放つ。貴族たちがハッと息を飲んだ。例の平良の得物だった。蒼白な顔で自分と刀を見つめる連中に、鉄心は改めて自己紹介をする。

「薊鉄心。平良一門が序列四位……まあもう実質トップだが」

 すっと瞳孔が開いた。薬物中毒者のように理性の光が見えないその瞳に、女子たちは「ひっ」と小さな悲鳴を上げた。

「まあ覚える必要はない。お前たちはどうせ明日の朝日は拝めないからな」

 その言葉に、男連中は一瞬たじろぎ、しかしすぐにヘラヘラとした笑みを浮かべた。

「お、俺たちはそれなりの爵位のある貴族だぞ? 何かあれば……と、父様たちが」

 なるほど、と鉄心は嘆息した。この期に及んで、自分たちはその身分ゆえに特別な存在だと思い込んでいるようだ。

「おい、そこの駄馬」

 鉄心はイザベラの名を呼んだ。彼女はコンプレックスを刺激され、一瞬で頭に血が上りかけ……自分へと銃口が向いているのを見て、瞬間冷却された。

「ジェームスを殺したのは、どっちの武器だと思う?」

 片手に聖刀、もう一方にレーザー銃。

「えっと……」

 イザベラは怒りも忘れ、つい素直に指をさした。遠距離攻撃しか考えられず、ブラックマンバの方を。

「ハズレだ。正解を教えてやろう」

 そう答えながら、ブラックマンバをホルダーにしまい、右手を高く掲げた。薬指に極彩色の指輪が嵌まっている。そこに目掛けて、ジェームスの傍でトグロを巻いていたハゲしメタルが戻っていく。全員がその光景に呆気に取られ、何も言葉を発することは出来ない。

 いや、一人だけ大きな悲鳴を上げる者があった。

「わああああ!?」

 イザベラだ。戻っていくハゲしメタルのうち、幾らかの束が彼女の手に巻きついたのだ。そしてそのまま、グイと上に引き上げられると、あっと言う間に、上空3メートル以上の高さにまで持ち上げられていた。

「なんだよ、これえええ!!?」

 叫ぶ声も、少し遠い。

「正解はそいつだ。ハゲしメタル。まあ3つ目のユニークという認識で良い」

 貴族たちに動揺が走った。鉄心の言が事実なら、史上初のトリプルという事になる。

「は、ハッタリだ!! あの銃は偽物かも知れないし!!」

 まあ確かにブラックマンバはまだ撃っていない。ブラフに持っている模型などの可能性もゼロではないだろう。尤も、それでもダブルは確定で、その時点でこの場に居る全員でかかっても指一本触れられないレベルの化物ということになるのだが。叫んだ少年も、判断能力がマヒしているようだ。

「そうか。そんなに真贋が気になるなら……」

 言い終わる前、目にも止まらぬ早さで、再び小銃を抜いた鉄心が、そのまま引き金を引いた。黒い光線が真っ直ぐに一秒だけ飛んだ。それだけで、

「え? あ、ぐああああ!! いてえ! いてえよ!!」

 少年は悶絶しながら、その場に倒れ伏す。足の甲を焼き貫かれていた。だが出血は僅か。靴に開いた穴から、少量滲んだのみ。

「すげえだろ? 焼かれたところが、そのままくっつくんだ。縫合の代わりになってくれるから、簡単には失血死しない。拷問にも対応した優れモンのユニークだ」

 誰もが鉄心の言葉を聞きながら、心は恐怖に支配されていた。

 そして、ついに。

「う……うああああ!! お母様、助けてえええ!!」

 一人の少女が倉庫の出口へと走り出し、それが呼び水となった。後は全員が我先にと続く。

 が。

 先頭の少女が透明な匣にぶつかると、他の者たちも同じような形で止まった。そして後続に圧死させられないよう、その内側にも透明な匣が遅れて張られ、そこに後から走り込んだ連中がぶつかった。二重底のような格好だ。水槽のガラスに貼りつくカエルでも見るように、鉄心が一つ、つまらなさそうに鼻を鳴らした。

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