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善悪二刀  作者: 生姜寧也
第3章:貪食臥龍編

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第110話:四層の動向

 夫婦三人が自宅(シャックス邸)に帰り着くと、家人に「お荷物が届いております」と告げられた。その使用人は家主ではなく、鉄心の方に封筒を差し出す。宛名が彼のようだ。達筆な文字に、三人とも見覚えがあった。

「メノウさんだね」

「ちょっと時間かかったな」

 九層で別れてから数日経っていた。残りの十傑の情報をしたためて送る約束だったが、その割には少し遅かったような、とメローディアも訝しむような表情。まあ、遅れた理由を推測するのは後だろう、ということで。

「……取り敢えず、俺の部屋で見てみようか」

 そういう運びになった。

 鉄心の部屋に三人で入ると、郵便の封を開け、テーブルの上に中身を出す。クリアファイルが二つほど。一つは紙が入りすぎてファイルがこんもりと盛り上がっていた。その厚い方から、広げてみる。

「四層連中の能力や特徴みたいだな」

 鉄心が適当に摘まんだ一枚は、ゴシュナイトの資料だった。何の気なしに眺めると、少し興味を引く記述があった。

「あいつ……狂犬病ウイルスも持ってたのか。なんで噛む方向で攻めなかったんだ?」

「え? あら、本当」

 メローディアが鉄心の背に抱き着くようにして、彼の手元を覗き込んだ。

「やっぱり知能が低いというメノウたちの分析は正解なのかしらね?」

「まあ少なくとも、四層以上は知能があるというだけで、その指数には個体ごとにバラつきがあるのは事実のようですね」

 死してなお、悪し様に言われるゴシュナイトに、美羽は同情を禁じ得ないが、擁護の言葉が思い付かず、黙っていた。

「……他の四層の奴等も後で読み込んでおくとして」

 鉄心は残りの資料をパラパラと流しながら、

「二層は……ないのか」

 落胆した声を出す。彼にとって、その情報は一、ニを争うプライオリティを持っていたのだが。皆無とは想定外だった。口を曲げて、眉間に皺を寄せる。

 現状、四層相手に遅れを取る可能性はかなり低い。三対一となる事態さえ避けられれば、という所で彼は目算している。即ち二体相手でもどうにか出来るだろう、と。最悪は片方をハゲしメタルで寄せ付けないようにして、その間にもう一方を始末するという割と(こす)い手も使える。だが、二層相手に通じるか、そこは未知数だ。メノウたちよりも強い、とされる二体。可能性を論じるなら、鉄心よりも上の実力ということも有り得るのだ。故に鉄心は何よりも、その情報を欲したのだが。

「ふうむ。まあ後でメノウに鬼電するか」

 ド忘れでないなら、そもそも三層の二人も知らない、という可能性が大いにありそうだが。そうならそうと、確認が取れる。

「こっちの資料は……四層の残り三体の位置情報みたいだね」

 美羽がもう片方のクリアファイルの中を検め、報告する。それを持って、今度は美羽が横からくっついてくるものだから、鉄心は妻二人に体の半分以上を包まれる形になった。幾度と交わった体の感触に、鉄心の本能が加熱しそうになるが、

「……っ!」

 そんなピンクの(もや)が吹き飛ぶような衝撃が彼の脳を駆け抜けた。

 資料は地図となっており、二体が現状、隣国のバルゼン共和国を移動中と記されている。黒い丸と青い丸。ブラックオニキスとターコイズという名らしい。そして残りの一つ、ピンク色の丸が……

「ち、近い。これ、すぐそこよ」

 メローディアが鉄心の肩に両手を置いて、体を反らせる。窓の外を望んだ。瞬時には方角までは掴めていないだろうが、本当に目と鼻の先ということを示したいようだ。

「そ、そんな。じゃあすぐにでも?」

 美羽は逆に鉄心の体にしがみつくようにした。大きな胸が彼の腕でひしゃげる。

「いや……これがいつ書いたものか分からない。というか少なくとも今朝、或いはもう少し前だ。その時点で、ここが気付かれてるなら、とっくに襲われていないとおかしい」

 個体差は確かにあるのだろうが、基本的にはゴシュナイトと同レベルの知能と考えて良さそうな四層魔族。そんな猪武者のような輩が、ターゲットを見付けておいてダンマリというのは、いかにも不自然である。

「仲間の合流を待ってるという線は?」

「うーん。どうでしょう? ゴシュナイトの単独行動を鑑みれば、そこまで統率の取れた集団とは思えませんが」

 不安がる美羽の頭を撫でながら、鉄心が続ける。

「それに合流を待つにしても、こんなに近くに陣取る意味がない。まあバカだからという可能性も捨てきれませんが……こんな貴族の住宅街のド真ん中なんて」

「そう、よね」

「可能性として濃そうなのは、このサファイアの索敵が深夜辺りに行われたという線。つまり奴等は二手に別れて行動していて、そのうちのゴルフィール内に留まったピンク丸の一体が夜闇に紛れて、ここら辺を探したという……それをサファイアが捉え、地図に記したのではないかと」

 実際、そのピンク丸が住宅街の中で機を窺いつつ、長らく潜伏しているのは難しそうだ。連中の異形は目立つ。多くの人間の目がある場所は逆に避けるハズだ。第一、そんな状態があれば、地図を送るより早く、サファイアたちが電話で危機を報せてくる事だろう。

「ていうか、そうか。この地図の注釈のような物があるんじゃないか?」

 鉄心が独り言のように呟き、クリアファイル内の残りの書類を漁る。すぐにそれらしき物が見つかった。

「えーっと」

 美羽がメガネのズレを直すようにツルを押し上げ、

「二体は現在、バルゼン共和国内の国道を移動中。トラック車両を使用中の模様。奪ったか盗んだか、入手経路については不明」

 文字を読み上げる。

「残りの一体、ローズクォーツに関しては、午前八時までグランゴルフィール北部、貴族住宅街にて魔力を確認。様子を見ていたが、九時頃に移動。王城の方面へと向かった。特に問題を起こす気配もなく、捜査活動に戻ったとの見方が出来る」

 ふうむ、と鉄心が唸る。純粋に八時まではこの近辺を捜索、九時からは王城方面を捜索という計画だったのだろうか。いやしかし。貴族の朝は優雅に遅めだが、使用人たちはそれくらいの時間にはバリバリ活動している。見咎められない、というのは些か妙ではないだろうか。鉄心は資料を替え、先程の四層魔族についてまとめた物を見る。

<ローズクォーツ。女性型の魔族で、虎のような毛皮を纏ってはいるが、容姿は人間に程近い。根源は不明。固有の能力も不明。ユニーク武器は刀を使うが名称なども不明>

 と、あった。

「不明ばっかりじゃないの! 駄目シャーク!!」

 メローディアが叫ぶ。全員の代弁ではあったが、まあ仕方がないのかも知れない。彼らいわく、静かに暮らしていたと言う話なので、あまり他の魔族、十傑との接点はなかったのではないかと。

「じゃあコイツ独自の能力で自分の姿を消すだとか、気配を感じにくくさせるだとか、そういう事も有り得るのか」

 不明というからには、そういった可能性も考慮しなくてはならない。

「けど、そもそも……私たちが気取られる可能性ってどれくらいなのかしら」

 メローディアが根本的な疑問を口にする。

「まあ俺が平良だとバレたなら、その平良がわざわざ残って一緒に行動しているメロディ様と美羽ちゃんは真っ先に疑わしくなるでしょうけど……武器も変えてますし、生徒としては目立つ行動も取ってませんからね」

 潜入任務のために弄した細工が、思わぬ形で活きている。ただ、目立つ行動云々に関しては、新妻たちは大いに首を傾げるところだった。というより、派手に立ち回った結果、現在学園において、鉄心=学園防衛の平良、という噂が流れている状態だ。四層の連中が一体どこまで学内の情報を掴めるのか。その術を持っているのか、その発想に至っているのか、という点は未知数ながら、一つ懸案事項ではある。

「というか、生徒全員、見張られたりするのかなって思ってたんだけどね。四層がこっちに探しに来るって聞いた時には」

 美羽が苦笑混じりに言った。確かに本気度としてはそれくらいしても良さそうだが。

「人海戦術を採るには、あっちの人手が足りないでしょう。いえ、まあ人ではないけど」

「そうですね。見張るにしても精々が怪しい幾つかのグループ、くらいか」

 メローディアと鉄心が口々に。

 実のところ、ターコイズたちも見張るには見張っていたのだ。ただし鉄心たちとは別のグループ、腐敗貴族連中を。実際、目の付け所としては、かなり妥当だ。寄付金と引き換えに、学園で幅を利かせている上、裏の人脈とも繋がりがあるので人や物を隠すのもお手の物。金や利益の匂いに鼻が利き、いかにも独占と隠匿を企てそうな性質も相まって、まあ第一候補とするのは全く間違いではないだろう。四層きっての知恵者、ターコイズはそう考えたのだった。だが数日見張っても、特に何もなかったものだから、すわ国外へ出たかと早合点して周辺国へ行ってしまったという、そういう事情があった。

 そして会議は続き、

「……ピンク丸をやっつけちゃうっていうのは?」

「うーん。そこも二層次第なんだよなあ。俺一人で行動している間に、漁夫の利でキミを掻っ攫われたら目も当てられん。或いはこっちに目星がついてなくても、裏で四層連中と繋がってる可能性も否定しきれないし。そうなると最悪は二層二体と四層一体を同時に相手する可能性もあるから……」

 指針を決めあぐね、三人でウンウン唸るのだった。

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