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善悪二刀  作者: 生姜寧也
第3章:貪食臥龍編

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第108話:ワルツ

 だが。ロレンゾの意気込みも、イザベラの憎悪も、何もかも虚しく、事態は一層、彼らの願いとは相反する方向へと転がっていく。

 昼休み明け、貴族クラスでの実習に参加した鉄心。先の模擬戦では、三対一で圧倒されたクラスの面々は誰一人として鉄心の相手に名乗り出る事はなかった。その時に相手を務めたシリウスは、ハゲ呪術により頭髪を失って引き籠り状態。ジーンはアメジストのせいで、今は廃人のようになっている。監督をしたリグス教諭も同様だ。唯一無事なのは、金髪碧眼の少年、ライドのみ。だがその彼も再び剣を交える気概などあるハズもなく、近くのクラスメイトの背に隠れるようにしていた。

 ロレンゾとしても今更、模擬戦でどうにか出来る相手とも思っていないらしく、ただ俯くばかりだ。それどころか、鉄心が意趣返しに自分を決闘の相手に指名してこないだろうか、と内心で怯えを抱いていた。そして、そんな自分を何とか誤魔化そうと葛藤している間に、

「鉄心。一手、ご教授願えるかしら」

 メローディアが体操服のズボンの生地を摘まんで、スカートでやるように淑女の挨拶をした。様にならないのを分かった上でやっているようで、そこには鉄心にだけ見せる気の置けない茶目っ気が垣間見えた。

「ははは。いいですよ。光臨、どれくらい成長したか、丁度そろそろ確認したかったところです」

 鉄心が朗らかに笑って、誘いを受ける。

 周囲にどよめきが起こった。六高の不動のエース、メローディア・シャックスと。良くも悪くも入学からこっち、問題ばかりを起こしてきた、しかし実力は折り紙つきの薊鉄心のマッチアップ。嫌が応にも、場の注目を一気にかっさらう。レベッカなどは、その向上心ゆえか、かぶりつき席をイチ早く確保すべく、既に小走りで移動を始めていた。

「そうですね……折角ですから、勝ち負けも競いますか」

 ふふ、と優しく笑う鉄心。彼が可愛い教え子を見やると、コクンと頷きが返ってきた。

「時間一杯の間に、俺の匣を一枚破れば、アナタの勝ちとしましょう」

「わ、分かったわ」

 実にシンプルだ。防御に徹する超一流のシールダーから、その盾を剥いでみせよ、というお題。

 両者の合意が成され、模擬戦の組み合わせが正式に決まる。二人が歩くとモーセが海を割るように、クラスの面々が道を譲る。そのまま広がって距離を取り、校庭の真ん中を取り囲むように移動した。簡易のコロッセオのようだった。

(やれやれ、見世物じゃないんだがな……まあ仕方ないか)

 鉄心はチラリと監督役の教師、サリーを見やる。本来は平民クラスを主に担当している彼女だが……リグスの穴埋めに来たベックスは死去、その件でラインズも警察に手続き等々を要請され不在、よって駆り出されていた。人手不足ここに極まれり、というヤツだ。なので多くのクラスが自習となっており、この戦いも実は平民クラスの者たちは窓から覗いていたりする。

 所定の位置につくと、メローディアは軽く腰を落とし、名槍を両手に、深く瞑目した。サリーは一瞬だけ視線を彷徨さまよわせる。他の生徒たちに、自分達の試合をするよう注意すべきか考えて、どうせ手につかないだろうと思い直し、かすかに首を横に振った。

「……それでは。模擬戦、開始!」

 合図と共に、メローディアが果敢に打って出る。本来は許されないユニーク武器の使用も、相手が鉄心ということで特別に今回だけ認可された。これで無様な敗北は御免こうむる、とばかり。

「はああああ!!」

 槍が主の髪を写したかのような金色の光を纏った。メローディアはそのまま愚直なまでの刺突を繰り出す。小細工ナシである。対する鉄心は宣言通り、匣一枚で迎えた。ガキッと嫌な音がして、槍の穂先が逸れる。力負け。

「まだまだ!!」

 今度は斬りかかる。十字槍の横手で引き裂くように。だが手応えは微妙なところ。傷をつけられたかどうか……透明な匣の表面では判断がつかない。

(そう。そういう所も厄介よね)

 不可視の盾は、神出鬼没という点が最も脅威的なのは間違いないが。敵対する者に自身の攻撃がどれくらい効いているものか、今で何割ほどの破損率なのか、そういった情報を与えないという利点も決して小さくないようだ。以前に決闘した時は、あわよくば傷をつけられるかもというレベルですらなかったのでメローディアは気付かなかったが。

「ふっ!!」

 九層で手応えを掴んだ燕返し。肩の筋肉が収縮し、振り下ろした槍が逆再生のように戻る。斜め下からの斬り上げ。ガキッと再び鈍い音。

「おおお!!」

 ギャラリーが沸く。金光の槍の神々しさに息を飲んでいたのだが、その美しさとは裏腹の獰猛なラッシュに興奮が呼び起こされたのだろう。ロレンゾですら、状況も忘れ、その美しくも荒々しい想い人の舞に見入っていた。

 そこからメローディアの連撃。それを躱し、いなし、応じるようにステップを踏む鉄心。まるで舞踏会の様相だ。だがその最中にあっても、

「……」

 息の上がるメローディアと対照的に、鉄心の方は涼しい顔のまま。まるで試験官だ、とメローディアは内心で思った。ならどこかに合格への道筋があるのだろうか、とも。

 その時、不意に、ほんの一秒だけ匣に乳白色の色が着いた。ギャラリーの内、目敏い者たちが「え?」と小さく声を出し、己の目を擦った。もちろんメローディアも見逃してはいない。

(ヒント、ね)

 匣の中央からやや左下、傷が幾つか走っていた。先ほど渾身の斬り上げを当てた箇所だ。

(いえ、違うわね。初撃も弾かれた後、そこを斬りつけるように食らいついた。ニ撃分、ダメージが溜まってるんだわ)

 それを敢えて教えてくれた。それ即ち、ここに打てば勝機アリということ。が、既に匣は再び透明に戻っている。ここから、見えないあの傷を正確に……

「……」

 と。鉄心が今度は前に出てくる。意表を突かれたメローディア。防御に徹してくれるのではなかったのか、と。

 飛び込んできた鉄心を槍の柄で受け止める。透明の匣と衝突。力比べになれば、倒されてしまう。という寸での所で、鉄心はアッサリ引く。メローディアが前方にたたらを踏んだ。このままでは槍の穂先が地面を噛んでしまう。咄嗟にメローディアはグランクロスから氣を循環させ、体内に戻した。

「あっ」

 洞窟内で訓練はしていたものの、成果を上げきらなかったものが、この土壇場で最高の形で結実したようだ。槍は持ち手が半分以下にまで縮んでいた。彼我の距離を鑑みれば、完璧なリーチに。

「……っ!?」

 鉄心が手の位置を動かそうとしている。傷をつけた箇所から動かされたら……

「させない!!」

 短くなった槍を、もはや剣のように逆袈裟に斬り上げる。ニ撃目と全く同じ箇所へ。前に出過ぎていた鉄心は回避が間に合わない。受けるしかない。


 ――――ガキーン!! 


 鋭く大きな音。今までのいわおでも斬りつけていたかのような鈍い音とは明らかに違う。何より、今度の斬り上げは()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それの意味する所は、即ち。

「お見事」

 鉄心が再び匣を乳白色に変える。左下から大きくヒビが入り、中央まで続いている。その匣中央には当然グランクロスが喉笛に食いつくように突き刺さっていた。完全破壊は出来なかったが、左下からの損壊は大きく、十分に()()()と表現して良い具合だ。

「俺の負けですね」

 言葉とは裏腹に優しい笑顔で、嬉しそうに鉄心は言った。瞬間、あまりに速い二人の攻防に、瞬きすら忘れて魅入っていた観衆が、時間を取り戻す。と、同時。観衆の一人、赤髪をお下げにした少女が、パチパチパチと拍手を始めた。レベッカ・アンダーソンだった。もちろん鉄心たちがサクラを頼んだワケではない。彼女はただ己の内から湧き上がってくる興奮を、称賛を、形にせずには居られなかったというだけの事だった。メローディアの成長に、そして的確に指導戦をコントロールした鉄心の力量に。

 その拍手は、伝播する。貴族クラスの何名かも。派閥なども一時忘れ、ただ美しい花と、底の知れない黒子とのダンスに対しての自然な感情の発露だった。アンマッチなハズなのに、光と闇のように背反するような二人に見えるのに、惹きつけられて仕方ないのだった。

 拍手は校舎からも。自習という名のボーナスタイムを、学内屈指の好カードの覗き見に費やしていたサポートクラスの面々だ。或いは遠目には、金色の槍のコンビネーションを、蝶のように舞いながら躱す鉄心の姿の方が印象的だったか。黄色い声を上げている者も多くある。それはさながら、あの学園防衛の日に「平良の人」に向けて浴びせていたモノと同種のような。

 メローディアは荒い呼吸を整え、大きく天を仰いだ。光臨はもう出せそうもない。僅か数分の攻防で、氣がすっからかんだ。ここまで込めて、ようやく一太刀。それも彼が修復や張り直しをしない前提。更にはあの飛び出しで、槍の短縮を触発してもらえたのも大きかった。鉄心の指導の的確さには相変わらず舌を巻く。つまり言うなれば、補助輪つきでようやく自転車に乗れたようなものだが、それでも一歩は一歩。

「さ。戻りましょうか、メロディ様」

 鉄心の声に、メローディアは空を見上げていた視線を下ろす。すぐ近くに彼が居た。優しい笑顔。メローディアは、その首に抱き着き、そっと唇を重ねた。感謝と尊敬と恋情と。色んな感情が渦巻いていたが、結局「大好き」という一言に収斂しそうだった。

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