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善悪二刀  作者: 生姜寧也
第3章:貪食臥龍編

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第106話:貪食

「ぎゃ、逆です」

 恐る恐る、しかし報告しないワケにもいかず、女子生徒は震える声で言った。ロレンゾたちは意味が分からず、逆とは、と問い返した。

「べ……ベックスは殺されました」

 場にいる誰もが瞠目する。にわかには信じがたい。

「は? あいつはユニーク持ちだぞ!? たかだかシールダーに負けるハズがないだろう!」

 思わず声を荒げたロレンゾ。メローディアの言う通り、余裕がなくなればすぐにメッキが剥がれる辺り、三流以下といったところか。

「あ、薊の方も五体満足ではないでしょう?」

 取り巻きの一人が、どこか縋るように聞いた。そうであってくれ、と。だが、報告に来た少女はブンブンと首を横に振った。

「む、無傷。平然と歩いてた」

 首筋に鳥肌が立っている。まあ無理もない。彼女が見たのは、鉄心が無表情のまま館を出てくる場面。そしてその後を、まるで従者のように付いて歩く二人の教員(明らかに鉄心に恐れをなしている様子だった)。そして開け放たれたドアの向こう、おびただしい出血を伴ったベックスの死体。

「……」

「……」

「……」

 彼女の怯えた様子が、報告が事実であることを雄弁に物語っていた。

「あ、あの。やっぱりあの男、噂されるように、平良の、あの、学園防衛の」

 少女が言いきる前に。

「ないない。あの家の人間が、仕事が終わった後まで任地に残るなんて聞いたこともない。そんなに暇じゃないよ、トップクラスのアタッカーは」

 取り巻きの内の一人が落ち着かせようと、少女の肩を撫でながら、現実的な言い分で噂を否定する。(さと)い者たちの間で、薊鉄心は先の学園防衛の英雄たる平良ではないかと、そう噂されているのだ。

「そうだよ、学校ここに残って一体なにがあるって言うの」

 もう一人の取り巻きも同調する。なにがある、と問われれば、魔王の転生体を魔族に渡さないように護衛しながら十傑と戦うという、人類全体にも資するような重大な役目があるのだが。まあそれを彼女らに推知せよというのは、あまりに無理難題が過ぎる。

「というか、第一、苗字も違うし、使う魔導具だって違うし」

 イザベラがそう締めくくる。平良の分家の存在は公には知られていない上、メイン武器まで欺かれては、こういう結論にもなるのも無理はない。その仮初めのシールダーとしての能力だけで超高校レベルなのもあって、魔導具まで疑ってかかれというのは難しい。ただでさえ人は自分の信じたいものを信じる傾向にある。彼女らにとっては、薊鉄心は自分たちの手に負えるレベルの相手でなくてはならないし、さもなければ平民相手に泣き寝入りなどという屈辱を甘んじて受け入れなくてはいけなくなる。

「けど……ベックスが殺られたのは事実なんだよね」

 取り巻きAが話を元に戻す。流石にあの化物じみた平良の者とは別人だろうが、それでもユニーク持ちを倒せる程の実力者、という事実は認めなくてはならない。

「ま、まあ。僕たちは正面切って殴り合うワケじゃない。ここに居られないように、変態のレッテルを貼って、学園中で追い込むんだ。流石に敵が学園の大勢となれば、向こうも手の出しようがないだろう」

 ロレンゾがポジティブな考えを述べる。もしここにメローディアや美羽が居たら「やめた方がいい」と言っただろう。大量の生贄を求めているサイコパスに、その大量で喧嘩を売るなど、愚の骨頂だと。ロレンゾとしては、まさか学園の生徒を大量に虐殺などあるワケがない、と高を括っているのかも知れないが。鉄心にそういう枠組みは通用しない。

「そ、そうですね。退学処分嘆願の署名も、もっと活発にやって」

「廊下ですれ違う女子生徒全員に汚物を見るような目で見られるようになれば」

 彼女らは龍の逆鱗に積極的に触れていこうと言い合っている状況なのだが……無知とは恐ろしいものである。

「とにかく、追い込めるだけ追い込もう。伯爵や子爵を敵に回したバカがどんな悲惨な目に遭うか、分からせてやるんだ」

 ロレンゾの声には使命感が滲んでいた。家の誇りを守り、愛しのメローディアの目を覚まさせなくてはならない。それが自分に課せられた役割だと信じて疑っていないようだった。

(待っていて下さい。必ずや僕が悪夢から救いだしてみせます)

 ロレンゾは拳を握り締め、覚悟を固めた。ここから数日が勝負だ、と。



 薊鉄心は警察署への出頭のため、その日は早退となった。取り調べは実に簡潔なもので、サリーの用意した(編集済の)映像記録もロクすっぽ検められることもなかった。むしろ警察は誓約書、同意書の署名と血判を調べ、裏が取れた時点で、鉄心の不起訴は確約、のような雰囲気だった。加えて、途中から駆けつけてきたオリビアが、上の方の人間に掛け合ってくれたのも、奏功したようだ。

 まあ警察としても、何度も面倒をかけてくれるゴロツキが一匹、居なくなったのだから、感謝こそすれ、というのが本音のところだろう。オマケにベックスには身寄りらしい身寄りも居ないらしく、もっとキチンと捜査してくれ等とクレームが入る心配もない。とは言え、

「……本当にこれで帰っても大丈夫なんですか?」

 流石に日帰りとは恐れ入る。本当に日本の外は人命が軽いな、と苦笑気味の鉄心。

「ええ。ですが、くれぐれも書類なしでの決闘で、相手を殺めないように。それは我々としても逮捕せざるを得ないので」

 サリーと同年代くらいに見える女性警官が、釘を刺す。鉄心は少しだけ意地の悪い質問を思いつき、

「警察で俺を逮捕できるでしょうか?」

 などと訊ねた。

「……」

 やってきたオリビア経由で平良の四位という情報は入っているのだろう。女性警官は視線を書類に落とし、答えなかった。

 署を出ると、社用車に乗ってシャックス邸へと戻る。道中、鉄心は邪刀の復活に必要な生贄の話をした。死んでも構わない人間が大量に要る。その第一候補が学園の貴族たちだということ。最悪はこの国の勢力図を滅茶苦茶にしてしまうだろうこと。

「……まあ、よくも次から次に、それだけ問題を起こせるな? 一周回って感心するよ」

 彼がゴルフィールに来て三週間程度。たったそれだけの時間で、彼女の胃はボロボロだ。

「それで、その貴族連中だけで足りるのか?」

「そこが……分かんないところなんですよね。ハージュとキチンと意志疎通できれば良いんですが」

「そのハゲ呪術の魔精とかいう存在にも思うところが死ぬほどあるが……まあ、置いておこう」

 薊鉄心という少年は、いつもオリビアの常識を覆す存在だが、ゴルフィールに来てからは度が過ぎる。状況の変化についていけない。やはり自分もシャックス邸に住まわせてもらって、リアルタイムで問題に当たるべきか、と。そんな事を冗談半分に言ったオリビアに、鉄心は微妙な顔をした。新婚ホヤホヤの愛の巣に、上司が入ってくるのは……

「なんだ?」

「あー、いや。その、俺、嫁が出来まして」

「は?」

「……ははは」

「マジ?」

「マジっす」

「美羽くん、か?」

「美羽ちゃん……と、メロディ様」

「こあああ」

 謎の音を発したオリビア。重婚自体は、まだまだ有るところには有るし、鉄心はその最たる例、平良の一門に名を連ねる男だ。つまり、そこに驚いたワケではないだろう。問題は、この国の王位継承権持ちの公爵を知らない間に手籠めにしていたこと。この意味を分かっているのか、とオリビアは視線で問いかける。その流し目を助手席から受け止めた鉄心は、軽く肩をすくめる。

「こう言ってはなんですが……ひどく矮小な話に思えてしまいますね」

「な、どういうことだ?」

 一国の王位にも関わる婚姻が矮小とは。オリビアには理解が及ばない。

「多分ですが……俺は近いうちに、この国どころか世界を掌握してしまうでしょう」

「…………は?」

 思わず呆けたオリビアは、ブレーキから足が離れ、車がゆっくりとクリープで進む。

「まだ赤ですよ」

「あ、ああ。っとと」

 慌ててブレーキを踏み直したせいで、慣性で二人の体がカクンと前のめりになった。

「……」

「……」

「本気で言ってるのか?」

「マジっす」

 結婚報告と同じような返事。もしかすると彼にとって嫁も世界も価値として大差ないのかも知れない。

「……確かにトリプルというのは凄まじい事だし、十傑の二体と同盟関係……そうか、言われてみれば、キミは今や超大国の軍事力を単独で持っているような状態か」

 自分で話しながら状況を整理しているうち、オリビアは自ずと納得してしまった。

 加えて、メローディア(公爵位)を手にし、学校は裏から掌握に回り、街の暗部にまで爪を立てている。そしてついには、(オリビアは知らぬ事だが)魔王までも手中に納め、未知の金属は自家薬籠中の物とし、更なる向上にも余念がない。

 能力の一部を封じ込められ、大人しくなるのかと思えば、寧ろ足りない部分を補うかのように、ありとあらゆる物を呑み込んでいく。惚れた女の体も地位も、学園も街も、そして国も、行き着く先は世界さえも。手負いにした龍が、傷を治す為に栄養という栄養を貪るように喰らい尽くすをオリビアは幻視する。

(この少年はどこまで……)

 底知れぬ彼の深淵を垣間見た心地に、オリビアは悪寒のように背筋を震わせた。

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