第100話:同盟締結
例の何でも出てくる四次元マントの下から、真鍮のドアノブを七個ほど取り出したメノウは、そこに魔力をこめる。淡く光り、すぐさま収束し、変哲のないドアノブに能力が備わった。
メノウの根源「鉱物や金属に対する探究心、収集欲、価値認定」という鉱物・金属関連の想念。意外とショボいのかと鉄心は考えかけたが、金銀・宝石へのそれらも含むと聞けば、むしろかなり強力であると認識を改めた。
「なるほどな。餓魔草を入れていた箱も、アンタお手製の金属だったワケか」
美羽の手の中で忽然と消えた不思議な金属の存在を鉄心は思い出す。
また、この鳥人のユニークが形を変えられる事。そして今しがた受け取った真鍮のドアノブに権能を与えられる事。この辺りを鑑みれば、金属のスペシャリストと評するのが妥当だろう。
「メノウさんは、カラスさんだったんですね」
微笑む美羽。光り物ではない金属にも精通しているので、釈然としない、とメローディアは思ったが、口には出さなかった。
「しかしそういう事なら、俺のハゲしメタルにも触れるのか?」
メノウにだけ情報を出させるのはフェアではないので、鉄心もハゲしメタルの事を話していた。
メノウは少しだけ、その髪の束を見て、
「いや、やはり私自身が作り出した金属ではないから、干渉は難しそうだ」
そんな結論を出した。が、同時に彼も自身のオリジナルが作れるということは、鉄心と同じことが出来る可能性がある。少し肝が冷えた彼は、己の慢心に臍を噛んだ。新たな力、自分だけの金属、それに舞い上がり、相手も同じことが出来る可能性というものを考慮していなかった。
(なんたる未熟……)
鉄心は胸中で、先程の自分を殴り飛ばしてやりたい欲求と格闘する。が、反省は後と、すぐに気を取り直し、前を向いた。
「とにかくこれで新たに同盟は結び直された。裏切ることのないよう」
「いや。オマエさんだろ、裏切ったのは」
サファイアの的確なツッコミ。味方であるメローディアと美羽ですら、白い目で鉄心を見ていた。
「まあ、私とサファイアはアザミではなく、ミウ様についている、と考えてもらいたいがね」
メノウも釘を刺す。形無しの鉄心は視線を横にやり、
「そこのデカブツも持って帰るんだろ? ユニークは持てるのか?」
拗ねたように言いながら、ゴシュナイトの遺体をアゴでしゃくった。
「ああ、問題ない。私は殆どのユニークの拒絶反応を無効化できるからな」
メノウが軽く請け合う。それどころか恐らくは。対象にしか触れないドアノブを作れる点を鑑みれば、拒絶反応を起こすトリガーを設定することも出来るのだろう。いやはや、と鉄心は舌を巻いた。
「ではな。後ほど、残りの四層連中の特徴などをまとめた資料を送る。速達の書留郵便だから、キチンと受け取ってくれ」
「……」
「……」
「……」
その俗っぽさに、今度は人間組の三人が閉口する番だった。
美羽の持つノブを使って、シャックス邸へと戻ってきた。鉄心の部屋から旅立ったハズだが、戻ってきたのは、あの防音室だった。いわゆるリスポーン地点として設定されているからだ。自分も使う時は、一つは自室にでも置いておくのが良いか、と鉄心。
「……美羽」
メローディアが気遣わしげに隣の少女の名前を呼んだ。鉄心も振り返って、その顔を見る。それは随分下にあった。彼女はその場で、へたりこんでしまっていたのだ。先程までは気丈に振る舞っていたが、いざホームに帰ってくると、一気に反動が出たらしい。
「だ、大丈夫です。気が抜けただけですから」
助け起こそうと伸ばされたメローディアの手を掴むが、まだ膝に力が入らない様子。見かねた鉄心が、傍にしゃがみこむと、軽々その体を抱き上げた。そして、すぐに部屋のソファーに座らせる。
そこで全員に沈黙が下りた。鉄心とメローディアは何と声をかけたものか分からず、だが一人にするのも悪手と思い、半端な距離で見守っていた。そして美羽も美羽で、自分の感情に整理をつけられないでいるようだ。
「……何となく、ですけど」
それでも、訥々と話し始めた。
「ただ事じゃないレベルの氣、魔力なんだろうなあ、って薄々は感じてましたから」
そこまで言って、鉄心を見る。
「だって平良の上位序列者の全力の戦闘を余裕で支えられる量を供給できるなんて」
更に言えば、仮にも封印が施された状態で、だ。確かに尋常なことではない。
「……魔族、魔王だったんだね、私」
口にしてしまうと、彼女自身、途端に現実の事として胸に突き刺さった。
「美羽……でも、アナタも、先代の魔王も人の姿をしていたって」
見た目がそうであっても、恐らく美羽は数百年は軽く生きるだろう。いや、先代の転生が太古というのだから、百の単位ではきかないのかも知れない。それは美羽には十分に化物に思える。そして。
「本当のお父さん、お母さんを殺してしまったのは……」
美羽が全て言い終わる前に、
「それは違うよ、美羽ちゃん」
「そうよ。アナタが望んで呼び寄せたワケじゃないんだから」
二人が真っ向から否定する。そこまで背負わせては潰れてしまう。二人ともそう直感していた。二人、頷き合い、ソファーに座る美羽を左右から抱き締める。自然と美羽は中央に押し込まれ、三人並んで団子のようになる。
「何だかVIP席みたい」
弱々しくも笑ってくれるので、二人も嬉しくて笑った。
まだ割り切って受け入れるには時間がかかるのだろうが、ひとまず笑えたなら、というところだ。
「自分でもゲンキンだなあって思うけど、差し迫っての命の危険がないっていうのが大きいのかな」
四層の魔の手からは鉄心が守ってくれる。魔王の魔力も体に害はないらしい。本当の両親についての罪悪感は未だ整理がつかないけど。美羽の現在の胸中は、そういった様相だった。
「メノウさんたちも味方になってくれたし……で、良いんだよね?」
信用できるか、と問うていた。鉄心は小さく頷く。彼らの話は筋が通っているし、美羽の中の膨大な魔力は誰よりも鉄心が知っている。まさか平良の一門以外にこれほどの総量を誇る人間が居るとは、と内心で何度も驚嘆していたものだったが。魔王と聞けば、イヤでも納得せざるを得ない。
あとは美羽への彼らの忠誠心だが、そこにも嘘は無さそうだった。それこそ、これまでメノウは鉄心と敵に近い立場で対峙するという極大のリスクを何度か取ってきた。あのうちの一つでも、鉄心が「やっぱ殺すわ」と言い出していたら。メノウの金属に干渉する能力も、鉄心相手では非常に相性が悪い。聖刀にしても邪刀にしても、それらを媒介に氣を放って攻撃する戦法を主とするためだ。恐らくは高い確率で、鉄心に屠られていただろう。つまるところ、少なくとも美羽関連については本気も本気。命懸けの忠義があると見て間違いない。というのが鉄心の結論だ。というより、これくらいの信用に足る要素がなければ、彼がみだりに情報を開陳するハズもない。
「現状はパートナーシップとして計算してるよ」
優しく笑いかけ、美羽の疑問に肯定を返してやる鉄心。
「……そう言えば、アナタもノブを貰っていたわね? あれは何だったのよ?」
メローディアが鉄心の外套を見やりながら。そのポケットは真鍮のドアノブでパンパンだ。
「まあ、少しね。緊急用ですよ」
と曖昧に笑って、はぐらかす。今の状況で殺人および死体遺棄の画期的な算段を話すのは憚られる。落ち着いたら、追々。そういう心算だった。実際、あの状況下で咄嗟にあの取引を持ち掛けられるのは、人非人と思われても仕方ないレベルである。
「兎に角……この状況を受けての結論だけど。あっちのサファイアに四層たちの動きを逐一チェックしてもらって、そこを見て、臨機応変に対応という形で考えてる」
また単独行動する個体があれば、メノウたちに美羽を預けて、鉄心が強引にでも始末しに行くという手も考えないでもないが……どうだろうか。信用すると言った、その舌の根も渇かぬうちだが、鉄心としては別種の心配があるのだ。即ちメノウたちが美羽を魔界に連れ去ってしまう、という類の。
(ただ静かに暮らしていたという話だから、それを再現すべく、連れ去って奥地にでも隠居されたら敵わねえ)
魔族しか行けないような場所、というのもあるのかも知れない。
「四層が残り三体、ね」
メローディアが相手方の戦力を確認するが、鉄心の胸中には、もう一つの懸念が渦巻いている。即ち、二層の二体。魔王(一層)が目下、転生中かつ、こちらの手中ということは、残る十傑はそれだけ。その二体が敵となるか、味方につくか。今のところ、メノウたちから注意喚起を受けていない事から、静観を決め込んでいるのではないか、と鉄心は推測する。だがもし美羽が魔王の生まれ変わりと知られれば、どうなることやら。
(あとでメノウに二層に関しても聞いておくべきだな)
忘れないよう手帳に記そうとして、
「あ。オリビアさんとも情報共有しとこうか?」
メモ欄に先に書いてあった上司の名前を見て思い出す。独断で再び魔界に行ったこと。ハゲ呪術の魔精と会い、新たな力を手にしたこと。そしてメノウらと正式に手を組んだこと。美羽が魔王の転生体であること。
「私の出自は……」
ただどうやら、第三者にそれを知られるのは、まだ美羽も心の準備が出来ないらしい。自分でも受け入れきれていない状態、無理もない。「分かった」と鉄心は請け合い、携帯を手に取るのだった。




