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善悪二刀  作者: 生姜寧也
第1章:学園防衛編
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第1話:遅れてきた新入生(前編)

「おはよう鉄心」

「……おはようございます」

 モーニングコールに応じたあざみ 鉄心てっしんの声は地鳴りのように低かった。意識も未だ完全覚醒には至っていない。つまり、

「完全に寝起きだな。しかも爆睡後のヤツ」

 電話の相手は母親ほども年の離れた上司だが、存外フランクな話し方をするので、堅苦しいのが苦手な鉄心としては密かに「上司ガチャ」はアタリの部類だと思っている。

「爆睡どころか、こんな生活続けてたら永眠もそう遠くないっすよ」

「ハハハ」

「笑い事じゃなくて。行きがけの駄賃くらいのノリで任地近くの魔族まで始末させるのやめてって、前にも言わな……書かなかった?」

 その時は不測の事態で二体も相手することになり、着任が大いに遅れ、クライアントに鉄心が面罵されるという理不尽極まりない顛末に、怒りが収まらず、報告書というより陳情書の様相の文書データを送ったのだった。

「あったなあ、そんなことも」

 呑気な声音に腹が立つ。ちなみに今回も実は全然間に合っていない。今回の任務内容は学園への潜入ならびにアビスゲート出現時の学生および近隣住民の護衛、そして対象の討伐。先方としては入学式に合わせて着任し同級生たちと同じスタートを切って、ゲート出現まで目立たないよう過ごして欲しかったらしいが、初っ端から蹴つまずいた形だ。入学式典ブッチは鉄心ただ一人とのことで、バチコリ悪目立ちしている状況からスタートである。 

 鉄心の沈黙を不機嫌と解釈したのか、女上司は小さく咳払いし、閑話休題。

「まあ遅れてしまったのは今更どうにもなんないから……ここからは慎重に。正体を悟られないように慎重に。学生の域を逸脱するような力は出さない。二刀も隠して、シールダーとして、常識の範囲内で収まるように。何卒、何卒。無能な上司を助けると思って。ワンオペのテツの実力を今こそ」

「ワンオペのテツはやめて下さいって、マジで。本当むなしくなるんで」

 なんだかんだ、最後はジョークで笑い合って会話を〆る。

 通話の終わった携帯をベッドの上にポンと放って、鉄心は「まあ、人手不足なんよね」と独りごちる。結局それに尽きた。女上司は卑下したが、彼女は別に無能ではない。彼女もまた更に上層から無理難題を押し付けられている立場、つまり板挟みの中間管理職に過ぎない。人は増やしてくれないのに仕事だけは増えていく。

「あーヤメヤメ。朝っぱらから」

 考えても実りがない上、気が滅入る。



 低くも高くもない鼻梁に、薄くも厚くもない唇、愛嬌のある丸顔でもなく、シャープな面長でもない中間あたりの輪郭。唯一、綺麗な奥二重の目元だけはチャームポイントたりえるかもと密かに自画自賛する、薊 鉄心だったが、全体の印象としては非常に特徴の無い顔立ちである。その凡庸顔面を軽く手入れし、ゴワゴワと着慣れない制服に袖を通し、左手にごついブレスレットを嵌め、通学カバンを持ち、いざマンションを出て初登校。

 本当は土地勘をつける為にも歩いて登校しようかと思っていた鉄心だったが、イチャイチャ電話が思いのほか時間を食っていたらしく、市営バスに乗ることにした。車内は鉄心と同じ制服を着た女子学生が大勢乗り合わせ、華やいだ空気を醸成している。やや居心地の悪さを感じながら三駅。

「次は第六高校前。第六高校前。お降りの際はお忘れ物にご注意ください……いってらっしゃいませ」

 学生が大量に降りる駅なこともあってか、運転手は最後に一言付け足した。鉄心は少し日本人ぽい細やかさだなと思った。そして降りる際にチラリと運転席を確認すると案の定、同胞だった。

 四年前の「アックアの大虐殺」の折、災害支援に定評のある日本が、いの一番に復興のための手を差しのべ、ゴルフィール国王陛下も「第一の友好国」と明言するほどに両国は蜜月を深め、その流れで資本も人も流入し、今日に至る、よってこの国には結構日本人が居るのだ。



 バス停の目と鼻の先に、ゴルフィール王立第六高校はあった。茶色がかった臙脂色の化粧レンガの外壁タイルは、どこか歴史ある洋館を思わせるものの、建物自体は比較的新しいようだった。校舎中央にあるノッポの尖塔に据え付けられた大きな古時計もアンティーク調というだけで、こちらも恐らく近年作だろう。

 校舎端から伸びる渡り廊下の先には前面がガラス張りのテラスもある。カウンターやテーブル、イスと揃っている所を見るに、食堂として使われているようだ。校舎にしてもテラスにしても中々オシャレな学校だ、と鉄心の第一印象は悪くなかった。そこから少し離れてグラウンド、その更に外れに訓練場。訓練場だけはどこの学校も似たり寄ったりで、コンクリートの打ちっぱなし外壁に半球形の屋根。頑丈さを第一に作られているので独自色のような物は出しにくいし、出す必要もない。

 施設の遠望はそれくらいにして、鉄心は校舎内へと進む。途中で女学生たちがチラチラと彼の顔を検めるようにしていた。もちろん鉄心の雑魚顔面に見惚れるなんて甘い展開ではなく、男子生徒が少ないので純粋に物珍しいのだ。

 現状、魔導関連の職業従事者の男女比は8:2で圧倒的に女性が多いとされている。学園生も概ねその比率になっているのだが、学校ごとで多少の偏りはあり、この第六高校は実に約9:1の割合となっている。

(魔導感応力は女性の方が高い)

 定説だ。実際鉄心の職場もほとんどが女性職員で構成されているし、出向先、任務先も、知る限りはそうである。



 1階の職員室に寄り、諸々の注意事項を受ける。担任のサリー・マクダウェル先生は落ち着いた雰囲気の人だった。外に跳ねたボサボサの癖毛と丸眼鏡が野暮ったい。

「じゃあ、こっちが教科書ね」

 白無地の紙袋を渡される。米俵のように重たかった。

「で、こっちが選択授業に関する注意とか、諸々。入学式の後にやったオリエンテーションで詳しく説明したんだけど、薊くんは自分でよく読んでおいてね」

「はい」

「……」

「……」

「……クラスは分かる? 1-3だから」

 首肯した鉄心は渋々自分から核心に踏み込むことにした。確認しておきたいことは一つしかないのに、鉄心もサリー先生も何となく言い出しにくい空気感だった。しかし仕事にも関わる以上、このままというワケにもいかない。

「あの、先生は俺のこと、どれくらい聞いてます?」

 途端、丸眼鏡の奥の眠たげな瞳に緊張が走った。周囲を油断なく見渡し、誰も自分たちの会話に聞き耳を立てていないのを確認してから、それでもなお、聞き取れるギリギリの声で答える。

「凄腕のアタッカーエージェント。予報を受けて前入り。事情を知っている教師は数人のみ。なるべく穏便に過ごせるように協力せよとの命令」

 いつの間にか内緒話の距離まで近づいていたサリー先生の瞳が、鉄心を値踏みするような胡乱げな色を帯びた。そうは聞いているが、本当にこんな幾らでも替えが効く醤油顔の少年ひとりで大丈夫か、とでも言いたげな。それに対して鉄心は肩を竦めるだけに留め、

「了解です。これからよろしくお願いします」

 とだけ返し、職員室を辞した。

 そしてそのまま三階まで階段を上がっていく。内観は日本の学校と大差ない、無機質で簡素な作りだ。廊下を進み「1-3」と書かれたプレートの掛かった教室の扉の前に立った。そこで鉄心は少しだけ自分が緊張と高揚を覚えていることを自覚した。色々あって高校進学を選ばなかった彼にとって、たとえそれが仮初であったとしても、初の高校生活である。

(普通の人生への無意識の憧れか)

 自嘲しそうになるのを堪え、鉄心は目の前の扉を開けた。

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