絵描きの願いはより昏く
都心の外れにある公園。
その日も今や定位置となったベンチに一人の画家がいた。
彼は一心にキャンパスに向かい、ただただ筆を躍らせ続ける。
人はそんな彼をどう思うのか?不審に思うだろうか。熱心だと感じるだろうか。或いは何も感じないのかもしれない。
興味が無ければ、関りが無ければ人は無関心なのだ。であるならば、彼に興味を示すのは何故であろうか。
「こんにちは、いいお天気ですね」
たまたま通りがかり目に留まったその画家に何を思ったのか、女性が話しかける。導入としては当たり障りのない日常のそれ。
「あぁ、こんにちは。本当にいい天気ですね」
聞こえてきた声にぴくり、と反応、躍らせていた筆を止める。彼は女性を見やるやにこりと笑った。
機嫌を害してないと理解た女性は「何を描かれているんですか?」となんとなしに尋ねてみる。
「これはですね、私が愛おしいと思ったモノを描いているんです。記憶の中のモノをこうして描けると、それはそれは満たされるんですよ」
「素敵ですね!もしよろしければ、私のことも描いてはいただけないでしょうか?」
優しげに答えた彼に安心したのか、女性はそんなことを言い出した。聞き様によっては自身のことを、彼の言う『愛おしいモノ』にしてほしいとも取れるが、幸いにして二人にその意図は感じない。
いや、感じなかった、であろうか。
「えぇ、えぇ、構いませんよ。ではそちらに座っていただけますか?楽にしてくださって構いません」
「はい、わかりました」
彼の筆は踊る。止まることなく、そして彼女の細部も見逃さんと真剣みを帯びた視線が彼女を捉える。
画家だから。そんな思いが彼女の意思の表層を支配している。
彼の筆は踊る。止まることなく、彼女の魂の在り方までも捉えんとするかのように。
僅か30分ほど、彼の筆は踊りを止める。優しく、そして意外と細かいタッチでモノクロの彼女の肖像画がこの世に生れ落ちた。
「出来ましたよ。いかがでしょうか」
「わぁ、素敵ですね!ありがとうございます!おいくらでしょうか?」
「いりませんよ。私も素晴らしい絵を描かせていただけましたから。それがお代ということでいかがでしょう?」
「いいんですか?ふふ、ではお言葉に甘えちゃいます」
家に帰った彼女はリビングに自身の肖像画を飾る。その絵を見て彼女は嬉しそうに笑顔を零した。
そしてもはや日課となっているSNSチェックに入ると、いつもは流している『消失』タグが気になった。
挙げられていた例は多岐に渡っていた。有名な画家の絵、若いアーティストの創作物、絶景と言わる景色が見れる旅館、そして特徴的な椅子に座って笑う少年。
彼女はその椅子に不思議と既視感があった。
はて、どこで見たのだろうか、と記憶を掘り起こす。自身の肖像画が視界に入る。
瞬間、彼女はその肖像画を破り捨てた。その表情は恐怖のそれ。
(あ、あの画家の、絵。あの描いてた絵、この、椅子の少年……)
SNSの日付を見ると、挙げられたのは今日の昼前。
あの画家と会ったのは丁度そのころ……。
(あ……あ……こ、怖い……)
彼は何と言っていたか。愛おしいモノ。形など示唆していなかった。
自分は何と言ったか。私も描いていただけないか?
その日、彼女は恐怖で寝られなかった。
それから数日、彼女の不安を他所に平穏ともいえる日常を過ごすと、彼女もまた心に余裕が生まれたのか笑顔を見せるようになっていた。
けれど彼女は見落とした。
SNSでは未だ、新たな悲痛な声が上がっていることを。
その日、彼女の恐怖はその息を吹き返すこととなる。
(誰かに……見られてる?)
ぞっとするほどの粘着質な視線。その覚えのある感じに彼女はリビングのある場所を見やる。
破り捨てた、肖像画が飾られている。
「や、やだ!なんで、捨てたのに……」
そして気づく。手が、動かない。足は動く。いや、動かなくなってきている。
徐々に肖像画はその線を色濃くしていく。同じくして彼女の体は彼女の意志から離れていった。
「あぁ、また『消失』の声があがりましたか……可哀そうに。愛おしいモノが無くなると、とてもとてもカナシイですからね」
画家の男のアトリエには彼の作品が飾られている。決して世に出ることはない。
「だからこそ、私は愛おしいモノは手元に置いておきたいんですよ。御覧なさい。ここは私の愛おしいモノで溢れています……」
そのアトリエの最奥に眠る絵画には色濃い輪郭で、画家に似た男と寄り添う妻の絵が飾られていた。
その後、誰もいないアトリエを警察が捜査し、SNSで叫ばれたそれらの絵が飾られていた。
それらには異常なほどに保存状態を保つ措置がされ、最奥の絵の裏には血文字で「愛が故」と書かれていた事が報道されることに。
SNSではこの怪奇現象を誰が言い始めたか。
―――見つけることが出来ない、描く恋慕。
ダイレクトにかくれんぼじゃないと駄目なら即アウトですね!