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9話 海色の決断

2月11日 黒羽有朱


 自分でもよくわからない。どうして私はバス停を逆方向に、それもこんな早足で向かっているのかしら。なんで私は七星さんと空知くんを二人っきりになんておせっかいをしたのかしら。


 最終バスの時間は刻一刻と迫っている。これを逃したら帰れない、そんな事はわかっている。でも足は言うことを聞かない。それどころか、どんどんもっと早くなる。


「キャッ、、!」


 ついにはもつれてコケる。それでも立ち上がり、また早足で離れる。なんでか、あの二人から距離を取りたかった。……これは嫉妬、なのかしらね。


 気づいたらそこは人通りの少ない場所だった。田舎の空乃坂だと感じたことはなかったけれど、市内のような都会だと道一本外れただけで街の陰と陽が変わる。その陰の部分に私は入り込んでしまったわけだ。


 早く出ないと、そう思ってクルッとUターンする、がそこには3人ほどのヤンチャそうな若い男たち。髪も染め、服装もダラーッと着崩している。正直関わりたくない。私は下を向き足早にその場を離れようとする。でも、そんな私の腕が急にガシッと掴まれた。突然のことに恐怖を感じる間もなく前につんのめる。恐る恐る振り返ってみるとさっきの男たちがニヤニヤとこちらを見ていた。その目に私に恐怖が一気に襲いかかってくる。


「あっ、あの、離してくれないかしら? 痛いのだけれど、、、」


「そっか〜。じゃあこれから俺らが癒やしてあげるぜ。もち、体でなァ!」


 ギャハハと下品に笑う男ども。吐き気がする......。でも、そう強く掴まれた腕を振りほどく事が出来ない。男の大きくゴツゴツしたてが不意に私の頬をグッと掴む。


「……姉ちゃんよぉ、こんなとこ一人で歩いとったらつまらんぜ(ダメだぜ)。俺らみたいな大人のお兄さんがいるけん、ばってん(それでも)一人で歩いとるっちゅーことはそういうことだよな? いいんだよなぁ?」


 男の手がゆっくりと私の体に触れる。他の二人は手下か何かなのか、ニヤニヤと男のすることを見ているだけ。怖い、怖い、、、私、汚されてしまうのかしら......


――黒羽の家の名も私自身も汚れてしまったら、、もう、、、


 恐怖で目をぎゅっと瞑る。こんなことなら気まずくても、邪魔でも七星さんと空知くんと一緒にいるべきだった――!


「――じゃあ、いただきまー、、、」


 男がベロっと舌なめずりをし、その手が今にも私に淫らな行為を行おうとしていたその時、カッ! と闇を切り裂くような眩しい光が私達を照らした。その光に手を止め、目を覆う男たち。逆光で見えにくいけど、誰か来てくれた......?


「――その汚い手で俺の友達に触らないでくれないか?」


 私を守るように立ちふさがる。その冷たい剣幕に男は手を離し、ジリジリと後ずさる。


「チッ、行こうぜ、、、」


 人の目があるのはマズい、と判断したのかしら。男たちは夜の闇の中に消えていった。それを見届け、私の体から一気に力が抜ける。膝からカクンと崩れ落ちる私を、彼は支えてくれた。


「おっと! ……大丈夫だった? 有朱ちゃん、、、」


「ホントにありがとう。でもどうしてここにいるのかしら? 凛桜くん......」


 支えてもらって近くなった顔。見間違えるはずがない、男の子の顔。凛桜くんはハハッとバツが悪そうに笑い、秘密だよ、とその唇に一本指を添える。


「親が旅行に行っていてね。それで息抜きに、、って思ったんだけど......ハハッ、気がついたらこんなとこまで来てた。……でも良かったよ。だって俺がここに居たから有朱ちゃんを助けることが出来たわけだし?」


「うん、本当に感謝しとーよ。凛桜くんが居なかったら私、もう笑えなくなってたかもしれん」


 凛桜くんが私にヒョイッとヘルメットを投げる。ああ、さっきの光の正体はバイクのハイビームだったのね。そして凛桜くんもフルフェイスのヘルメットを被り、バイクに跨る。


「乗りなよ! バス、もう出ちゃったよ?」


「何から何まで、、ホントに感謝してるわ」


 私もヘルメットを被りバイクの後ろに跨る。


「……どうしたの?」


「い、いえ、、何でも無いのよ......なんでも......」


 乗ったはいいものの躊躇して凛桜くんの腰に手を回せないまま固まる私を彼が不思議そうに見つめる。何を緊張してるんだろう。やっぱりああいうの、見せられたからかしらね。私は大きく深呼吸をし、ガシッとしっかり凛桜くんの腰に手を回す。柔らかい女の子の体と違って筋肉質で硬い凛桜くん......ああ、こんなに大きかったのね。普段は気が付かなかった匂い、ガタイの良さに言葉が出ない。きっと今、過去最高に距離が近くなっているかしら。


 バイクは夜の道をブンブンと走っていく。冷たい夜空の風が私の髪を揺らし、その凍てつく寒さが体温を奪っていく。だから、


「……あったかい、、、」


 もっとくっつく。ギュッと強く抱いて、凛桜くんの暖かさに触れる。そのトクトク音を立てる心音が聞こえてくるほど近く。でも、私の胸を伝って凛桜くんが感じるであろう心臓のビートはきっと彼のものよりももっと早くて......


 やったわ、凛桜くんの興味を一瞬でも奪えて嬉しい......なんて思う私はやっぱり最悪な女ね。知っている。だって中学の時に彼が転校してきて以来、ずっと見てきたから。最初はまんべんなく皆に向けられていた凛桜くんの興味。それが中3のときに一人の女の子にしか向かなくなったのだって、知っている。


 七星海色、なんであなたなの? 私のほうがずーっと長く凛桜くんのそばにいて、ずーっと好きなのに、、、なのに凛桜くんはあなたを、あなたしか見ていないかしら。


 だから空知くんと二人きりにしてあわよくばくっつかないかな、なんて。そうしたらもう七星さんと凛桜くんが結ばれることはなく、きっと凛桜くんは私の方を向いてくれるかしら......


 こんなことを考えるなんて最悪、私。別に七星さんが悪いってわけじゃないのに、七星さんも私と同じで純粋な行為を凛桜くんに向けている。話を聞いているだけでも分かった。でも、でもあの子は良い子だ。だって今日二人でお買い物をしてお出かけをして、すごく楽しかったから、、、


 だから私は退かなきゃいけない。凛桜くんが好きなら凛桜くんの自由にさせてあげるべきだ。私に彼を縛る権限はない。そしてそれは黒羽の名を使っても出来ない。


「……凛桜くん、ありがとう。大好きよ、、、」


「……えっ? ごめんエンジン音で聞き取りづらかった!」


 知ってるわ。だから今言ったんじゃない。返事が聞きたいわけじゃないわ。ただ、私の中でけじめを付けたかっただけだもの。


――これでいい、これでいいんだ......


 バイクの後ろで良かった、頬を伝っていく涙を見られないで済むもの。

 今が冬で良かった、小さく震える体を寒さのせいに出来るもの。


……バイクはスピードを上げ、空乃坂へ続く一本道を駆けていく。



2月12日 七星海色


 もう悪夢を見なくなってから3日目の朝だ。これは順調に最悪の未来を回避しつつあるんじゃないかなって思い、自然に頬が緩んでしまう。でも、昨日のことを考えるとなんか憂鬱だ。


 あのあと、あの公園から逃げるように私はお兄ちゃんの車に戻り、そして100袋近いチョコを回収して空乃坂へと戻った。その帰り道、暗い山道をボーッと見ながら考える。まだ心臓はトクットクッと小刻みにビートを刻んでいた。お兄ちゃんに断って窓を開ける。流れ込んでくる冷たい風が火照った私の熱を冷ましていく。


 『海色のことが好きだ――』なんて。鉄平の気持ちに私は気づいていなかった。困惑半分、嬉しい半分ってとこなのかな。相手が誰であれ自分のことを好いてくれているのは嬉しい。でも鉄平は私にとっては幼なじみで、そんな好きになるとか付き合うとか、今以上の関係になるなんて想像できなかった。理由は......分からない、と言うか曖昧。たぶん“てっぺーはてっぺーだから”なんだろうな。


 ベッドに入り目をつむると鉄平の顔、表情、息遣い、仕草が走馬灯のようにマジマジと私の頭の中を駆け巡る。思わずガバっと布団に深く潜り込む。私が好きなのは鷹咲先輩、、、のはず。なのにならどうして私はきっぱりと鉄平の想いを断ち切れなかったんだろう。どうして、逃げちゃったんだろう。


 ここに来てまた逃げ続けていた問題に直面する。そう、バレンタインデーの日、私は誰にあげるのか、だ。鷹咲先輩にあげる、てっぺーにあげる、それとも......


 鷹咲先輩も鉄平も、どっちも大事でどっちも生きて欲しい。私の望む未来には二人の存在が不可欠なの。だから、そのどちらもを救う方法を、そんな奇跡を起こさないといけないんだ――。



 ガチャッ、といつもの時間いつものようにドアを開けて外に出る。いつもの日差し、いつもの寒さ。


「……おはよう、みーろ」


 いつも通り、そこにいる君。「おはよう」そう挨拶をして学校に向かう。でも全部がいつものように、とはいかない。私達の間に会話はなかった。きっとお互いに何か言おう、って思ってたと思う。でも切り出せない。昨日あんな事があったんだから当然っちゃ当然だよね。


 きっと何か言わなきゃいけないのは私の方。私はまだ返事をしていない。断らなきゃダメ、なのに言葉が出ない。「あのね」の“あ”の字すら喉につっかえる。そして結局何も言えないまま湊ちゃんとの待ち合わせ場所に来ちゃった。


「おっはよ! あれ? ふたりもしかして何かあった?」


「えっと、何もなかよ! なしてそう思うん?」


「いや、二人が目を合わさないのって珍しいじゃんって思ってさ。まっ、何もないならそれでいいんだけどねっ! それより聞いた? 噂なんだけど黒羽会長がなんか空乃坂街全体でバレンタインデーイベントするらしいよ! チョコを配るんだってさ。でさでさ海色氏よ。明日一緒にチョコ作らない?」


 湊ちゃんがグイグイと距離を詰め、そっと囁く。「もちろん、海色の好きなあの人に、ね?」何ていうもんだから私はウッと心臓を掴まれたような感覚とともにむせる。


「ありゃりゃ、そんなに動揺するかね? ねえ、鉄平くん」


「……知らんばい。湊ちゃんがなんか言うたんやなか(言ったんじゃないのか)?」


「……やっぱ変だよ。どしたのさ二人とも」


 言えない......湊ちゃんに昨日のことを相談したいけどやっぱり言いにくい。「ほんと、何でもなか!」と強く言って湊ちゃんの背中を押す。


「そ、それより早う行かんと遅刻するばい!」


 足早に学校へと向かう。いつもは楽しいはずの3人も今は息苦しかった。壊したくなくて、でもきっと言ったら壊れてしまって......怖くて一歩踏み出せないのは相変わらずだな。



 休み時間、有朱会長に会った。どうやらバレンタインデーのチョコ配りは順調のよう。昨晩から今朝にかけて開封、そして再度3粒ずつくらいで詰め直したチョコの入った小袋を今日中に町中の人に配ってもらっている。会長には「明日でもいいんじゃないかしら?」とも言われた。でもそれはダメ。だって明日は大雪で誰も出歩けなくなるんだから。絶対に今日中に配りきらないといけない。


 あと私に出来ることと言えば最後に仕上げ。心苦しいけど放課後にクラスメートの女の子を呼び出す。


「あの、海色ちゃん?」


「えっとね、下北しもきたちゃんを応援したか(したい)ねって思うて、、、」


 下北ちゃんは同じクラスの女の子だ。私と同じで鷹咲先輩に片思いしている。だから好都合......なんだけど......

  

 心はチクチクと痛む。本当は自分でやりたい。きっとこれから長い人生を考えてみても今ほど私が二人いたら、なんて妄想にすがることはないだろうな。それでも、私は決めたんだ。


 バレンタインデー、2月14日に私は鉄平にチョコを渡す。それで私の気持ちを伝えるんだ。

……ごめんなさいって。そして鷹咲先輩には私と同じで先輩に片思いしている下北ちゃんにチョコを渡してもらう。正直利用しているみたいで申し訳ないし、好きな人に誰かがチョコをあげるなんて辛い......でもそれ以上に生きていてほしいから。


 ああ、あれが夢で良かった。夢だったから耐えられた。でももし今、現実で大切な人を失ったら私はきっと耐えられない。好きだからこそ生きていて欲しい。死んでほしくない。初恋の人にも、幼なじみにも。どっちも大切でどっちも好きだから――。


 でも私は選ぶ。それでも私が好きなのは鷹咲先輩なの......


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