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7話 市内での買い物

2月11日 七星海色


「早く早くお兄ちゃん! 約束したばい。今日市内に行くって〜〜」


 服装良しっ! メイク良しっ! 荷物良しっ! あとはお兄ちゃんだけ。そんな2月11日の朝10時。昨日は遅くまで飲んでいたのか眠そうなお兄ちゃんを叩き起こす。昨日酔って気分が高揚しているうちに頼んどいてよかったっ♪ 


「……海色ちゃんは市内に何しに行くの?」


「あ、唯さんおはよう! でも秘密、、ですっ! 学校の先輩と買い物に行くんですけど、市内までお兄ちゃんに車を出してもらおうって思って」


 最初は緊張したけど唯さんはいい人だった。ほんと、お兄ちゃんにはもったいないぐらいよ。「それなら私が呼んできてあげるね」と唯さんが子供のように笑ってトテトテと二階へ、お兄ちゃんの部屋へ消えていく。一呼吸空けて「おいっ!」とか「やめてーー」とか、お兄ちゃんの悲痛な声が聞こえてくる。昔から寝起きが悪いからなぁ。全く困ったお兄ちゃんだ。


 まあ、それでも何とか叩き起こした、、、貰った兄を着替えさせ身だしなみを整え、そしていざっ! と車に乗り込む。4人乗りの軽自動車だ。鉄道の発展していない田舎では車は移動の生命線、一家一台なんて普通よ。ちなみに七星家はこの軽自動車と軽トラとお父さんの趣味のバイクの3台持ちだ。


「……ふわぁあ。ねみぃ......で、その先輩とはここで待ち合わせしてんのか?」


「うん、一応ね」


 車から降りて待つ。集合時刻は11時だから今でちょうど5分前ね。ウキウキとはやる心を抑えながら待っていると11時ジャストに有朱会長はやって来た。時間ぴったりなのはなんか有朱会長ポイなって勝手に思う。会長はお兄ちゃんにペコリと頭を下げて車に乗り込む。


「お久しぶりですわ、海斗先輩」


「おう、有朱は今生徒会長してるんだって? 海色に聞いたぜ」


「ハハッ、そうです。海斗先輩みたいに皆を楽しくまとめたりは出来ないんですけどね」


 ブルルン、と車のエンジンが掛かって発進する。市内までは一つトンネルを抜けた一本道だ。お兄ちゃんは助手席に座った唯さんと楽しそうに談笑している。お兄ちゃんは昔からそうだ。生徒会長してたときも、誰にでも優しくて気さくにぶつかって。私だけに見せる顔なんて無くて、家でも学校でも、わたしの前でも他の女の子の前でもおんなじ顔......それがちょっと不満で......って違う違う! 


 だけどチラッと見える兄の横顔、唯さんに向けるその笑顔は私が見たことがないもので、、、ああそうか。お兄ちゃんはようやく一緒に居て心から笑える人を見つけたんだね。そう、それが私でもお母さんでも、お父さんでも無かったって、単純なことじゃない。


 そっと上を見上げる。私にもいつか、そんな人ができるのかなぁ......



「ほい、着いたぞ。長崎駅」


 車を走らせること1時間ちょっと。お兄ちゃんが長崎駅のパーキングに車を停める。


「ありがとう! でも、あれ? お兄ちゃんも降りると?」


「当たり前だろ? 俺らだけ車内放置はないぜ。まあ、昼食ったら唯と一緒に別行動させてもらうけどよ」


 行こうぜ、とお兄ちゃんが予約してるんだという店の方へ私達を案内してくれる。こういうところ、鉄平に似てるなって思う。……逆か。鉄平がお兄ちゃんに似てるんだ。「海斗兄! 海斗兄!」って昔から慕ってたもんなぁ。さりげない優しさとか、こういう行程とか予め準備してくれてるところとか。


「……どうした海色。お前まだ体調良くないのか?」


「――ッ!? う、ううん! もう良かと!」


 エヘヘという作り笑いと腕に力を込める。お兄ちゃんは「あっそ。じゃあいいや」と気にする様子もなくまた唯さんの隣に戻る。もう、、、ちょっと暗い心配してくれてもいいんじゃない? なんて思ってみたり。そんな事を考えていた私に有朱会長がふと話しかけてくる。


「……兄弟姉妹っていいなって思うのよ。昔から」


「有朱会長?」


「私もね、一人じゃ抱えきれんものが多いのよ。重すぎて重すぎて、誰か一緒に持ってくれたらなっていつも思ってたわ。でも、私はいつも一人......だからああいうお兄さん、羨ましかって思うばい」


 会長の目は兄ではなく私を見ていた。私の内側にあるドス黒い何かを射抜くように、もう分かってるんだからって咎めるように見据えてくる。その目に私は思わずごくりとつばを飲む。


「……七星さん。好きな俳優さんっている?」


「――はい!?」


 またまた急な質問に面食らう。兄弟姉妹の話をしていたと思ったら急に“好きな俳優”なんて。私は「わかりません」と答える。あまり気にしたことがなかった。だってそれは遠い遠い世界のことだったから。


「へぇ、珍しかね。でも七星さん。世の中の女の子って、この俳優が好き! ってなるもんらしか。でもそれってその人のどこを見て“好き”なんて言っとうと思う?」


「……うーん、、やっぱり“顔”なんじゃないですか? ほら、周りに居ないとか......」


「でもそれってその人の外面しか見てなか。内面まで見たら“好き”のランキングには入らんのよ」


 何が、言いたいんだろう。でも不思議とその言葉は何の抵抗もなくスッと私の胸のうちに入ってきた。心の中に温かい何かが流れ込んでくるよう、そんな感覚。


「……つまり、中身まで加味したら私達のために色々してくれて、そして一番好いてくれとうのは家族、何じゃないかしらって......そう思うのよ――」


 会長はその言葉の後に『――近すぎると気づかない大切さがあるの』と付け足した。私は目を見開いて息を呑む。遠いものはよく見えない。けど、近すぎるものはその距離ゆえに気づかない。


――当たり前のようにそこにあって、当たり前のような世界を一緒に生きていける存在......


 会長の言葉の真意は分からないままだった。それが有朱会長自身に向けられた言葉なのか、私に向けられた言葉なのかも分からない。でも、前を歩くお兄ちゃんとの距離が少し縮まった気がした。お兄ちゃんがいるのが当たり前で、出ていってからは当たり前じゃなくなって距離は遠くなって、でもお兄ちゃんはお兄ちゃんなんだって。


「……近すぎて気づかない、か」


 その言葉を噛みしめるようにつぶやく。いつかこの言葉が私の心の奥、深い深い海の底にある今や錆びついた扉を開ける鍵になる気がしたから――覚えておこうと。



 お昼ごはんを食べ終わったらお兄ちゃんたちとは別れる。私と会長は買い出し、お兄ちゃんと唯さんはデートらしい。ブンブンと雑念を振り払ってチョコレートの買い出しに集中する。


「……いったいチョコはどのくらい必要なのか。検討もつかないわね」


 激安スーパー、という学生の味方のような大型店のお菓子コーナーで私と会長は額にシワを寄せる。季節が季節だから、かな。お菓子コーナー、特にチョコ菓子には『ショコラ彗星と一緒に!』だとかの売り文句が添えられている。


「村の人口は1500人ちょっとやけん、その半分暗いって考えるのが妥当、ですよね?」


 私も計算する。バレンタインデーなんて馴染みない高齢者の方たちもいるんだ。“手作り”にしてしまうと時間も無いし、それだと参加率は下がる。それならやっぱり一番いいのはチョコ入りの小袋を作って「はいこれ、旦那さんにあげてください」とまあこんな感じで女性の方に預けること。


「……ならこういうお徳用パックを何個か買って中身を混ぜる感じでどうです?」


「いいわね。じゃあこのチョコ詰め合わせが30個入りだから......25袋と!?」


 案外多くなるその量に有朱会長の目がギョッと驚きの色に染まる。私もその総量を考えてみると桁違いすぎて笑いがこみ上げてくる。……それに『お徳用詰め合わせ1袋』が25......つまり種類を増やすとなると必然的に全体量はその数倍、、100袋近くなる。一つ500円としても50000円だ。まるでお年玉じゃない!!


「……七星さん、カゴを持ってきてくれないかしら? 多分入らないわ」


 積み上がったお徳用詰め合わせを買い占めんとする私達。まるで業者みたいだ。それに多分かごを増やしたところで入り切らないんじゃないかな、、、


「うーん、、、とりあえず取り置きしてもらいましょう。それで後でお兄ちゃんに車回してもらって回収するってことで、、そうでもしないと私達では......」


「……それもそうね。じゃあ、私は伝えてくるわ」


 そう言って納得した様子の有朱会長が店員を捕まえ、何か言っている。それを聞いた店員が私の方、というかお徳用チョコ詰め合わせの方を二度見三度見して目を丸くする。そりゃそうね。こんな量を女子高生が買い占めていったら訳分からないもん。きっとこのあとTwitterで呟くんだろうなぁ。


『ちょww 女子高生がチョコ100袋買っていったんだがww 男多すぎワロタww』


 みたいな? 

 くだらないことを考え一人で心の中で笑っているところに有朱会長が戻ってきた。どうやらOKはもらえた様子。私はとりあえずホッと胸を撫で下ろす。あとは明日にでも全家庭に配れば大丈夫! 男性に渡してしまったら効果がないから女性に預けて、14日に渡してもらう。ただどうしても家族構成とかの関係で渡せない人もいるから、その人には黒羽家の使用人の方が回ってくれるらしい。鉄平には私、鷹咲先輩にはとある子から渡してもらう計画。良かった、これできっと皆救われる―――


「……じゃあまだ時間もあることだし。せっかくの市内、二人で買い物して行かん?」


「いいですね! 私もこの機会に買いたい服とかあったんです〜〜!」


 たまにはいい、よね? 私と有朱会長は長崎駅周辺の商業施設やブランド店を見て回る。チョコレート代は有朱会長が黒羽と交渉して経費で落とせたらしい。だから目一杯、、、楽しんでやるんだ!


『これ、似合うかしら?』

『こっちもいいですよ!』

『あら、新作が出てるわね』

『う〜ん、、美味しいです!』


 時間が過ぎるのはあっという間だ。普段授業を受けていると長―く感じる1時間もこういう時はまるで加速でもかかっているかのようにさっそうと過ぎていく。時計を見るたびに進む時間にまだ帰りたくない、って願っちゃう。湊ちゃんとは何度か市内に来たこと会ったけど、有朱会長とは初めてで......でも価値観も世界も違う有朱会長とのお買い物は新鮮で楽しくてっ――!


 夕暮れ時までしっかり堪能してしまった。冬は夜になるのが早くて、街明かりが夜の闇に映える。シンシンと雪まで降ってきた。


「あら、雪が降るなんて珍しいわね」


 明後日にはもっとすごい雪が降る、なんてきっとここを歩いている人達は知らないんだろうな。有朱会長も。私達はブラブラと夜ご飯を食べるための店を探して駅周辺を彷徨さまよう。


「お兄ちゃんから20時くらいにパーキング集合ってLINEがきました。私達も急がんとですね!」


 今は19時ちょっと前だ。店に入る時間を考えるとあまり時間はないかも。やっぱりゆっくり食べたいし。そう思いながら二人でキョロキョロと店を探していると不意に誰かが私の肩をトントンと叩いた。つい反射的に振り返る。


「て、てっぺー......?」


 そこに少し顔を赤らめて立っていたのは鉄平だった。でも、どうしてここに……?

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