6話 兄と彼女と妹
2月10日 七星海斗
正月に帰れなかった理由は居心地、かなって思う。正月に実家に帰らなかったせいで親父にグチグチ言われ、結局2月に帰省することになったけど正直乗り気じゃなかった。その理由はやっぱり海色だ。妹の反抗期が始まってから、俺の居場所が家から消えた気がした。いや、被害妄想かもしれん。でも何かと家が海色優先になって、そのせいで俺は自分の好きなことができなくなった。だから逃げるように家を出て、田舎から出たくて東京に行ったんだろう。
行ってみて思ったけど東京はやっぱり凄い。福岡もすげえとは思ったけど、やはり国の首都はレベルが違う。人の量、建物の数、そして何より東京にはなんでもある。よく出身地はゲームの初期ステータスのようなものだ、なんて言われるけどホントにそうなんだなって思った。実際俺が長崎で、空乃坂で過ごした18年よりも濃密で忙しい人生を東京人は送っているんだろう。だから歩く速さから話す速さ、食べる速さまで全部が俺を置いていく。ついていくので精一杯だった。
それでも必死で努力して友だちを作り、バイトを掛け持ちして学費を稼いだ。努力には相応の対価が着いてくるものらしく、なんと彼女まで出来た。それも東京の大学に通う彼女だぜ? 俺が田舎者だと知ってもバカにせず、逆に「なら私が案内してあげるっ」なんて言ってくれる優しい子。
そんな彼女と過ごす正月のほうが気マズい妹と過ごす正月よりいいと思った、ただそれだけ。
だからこそ妹から通話がかかってきた時は「何かやらかしたか?」と勘ぐったし、内容を聞いた時は更に困惑した。母さんからLINEで「海色が体調崩した」とは聞いていたから一応心配してみたけどさ。
『……そう言えばお前、体調悪いらしいな。大丈夫か?』と。俺は正直『は? 兄貴には関係ないんだけど。てかなんで知ってんの? キモッ』ぐらい言われるんだろうなって覚悟してた。なのにアイツは、
『うん、良くなってきとるよ』なんて素直に昔みたいに言ってきた。意外すぎて戸惑ったっていうか、なんか懐かしくて嬉しかったっていうか。俺がいない2年の間に海色の反抗期が終わっていたのはありがたかった。……まあよくわからない最後の『唯さん連れてきなよ』はありがた迷惑ってとこだけどな。
「……たのしみだね。私、今から緊張してきたよ」
「別に結婚の挨拶でも何でも無いんだからさ、唯は気楽にしとけよ。はぁ、でも緊張してるのは俺の方だぜ全く。家族に付き合ってる人紹介するってはずかしいったら、なぁ?」
唯、俺の彼女の一色唯は俺の言葉に飛行機の隣の席でクスクスと笑う。やっぱ好きな人って家族とはなんか種類の違う“好き”だよなって感じるね。唯を見てると海色とはまた違った『守ってやりたい』って感覚になる。
「何笑ってるのよ海斗くん。変なの〜〜」
唯の笑顔とほのかな期待を抱いた俺を乗せ、飛行機は長崎空港に着陸しようとしていた。
「はじめまして、海斗くんとお付き合いしてます、一色唯です。同じ大学のゼミで知り合いました」
「あらあら丁寧にどうもぉ〜。ささっ、上がっていきね」
まずは第一関門突破、か。俺はホッと胸を撫で下ろす。ふと唯に目をやると唯も肩の力を抜いて、目があった俺にニコッと微笑んできた。久しぶりに帰る我が家がなんか全く知らない家のような気がする。……ってなんで家に入るのに俺が緊張してるんだ。
「たっ、ただいま」
若干上ずった声でそう言い、俺は唯を先導するように玄関を上がりリビングへと向かう。その途中で二階の自室から降りてきた海色とバッタリと会った。心臓が変に脈打つ。妹相手に緊張するなんて、な。
「……お兄ちゃんじゃん。おかえり〜〜」
でも、そんな緊張は必要なかったんだ。海色はまた昔のように、とはいかないまでも俺に笑ってくれた。帰ってくるなオーラを醸し出していた中学生の時と違い、もう高校生なんだもんな。なんて変な哀愁に浸っていた俺を無視して海色が唯に興味を示す。
「あ、紹介するわ。お前に一応報告はしてたけど顔見せんのは初めてだもんな。ほれっ」
俺の後ろにひっそりと隠れていた唯がワァッ! と海色の前に飛び出す。ちょっとビクッて驚いている海色。そんな海色の手を取り、唯が挨拶をする。
「一色唯です。あなたが海斗くんの妹さんね?」
「はっ、はい。……あの、海色って言います」
「そうなんだ! 可愛い名前ね。ってアレ? もしかして海斗くんとは“海”繋がりな名前なのかな?」
「……そうです、ね。あの、空乃坂は高台の街だから海は見えるけど、山の中だから海はなくて。それで海好きの両親が、、、」
海色が一生懸命に唯と話している。妹が少し緊張シイなのと人見知りなのは知っている。だから早めに挨拶を切り上げさせて3人でリビングに向かった。そこには親父と母さんが座っていた。食卓に並んでいるのは寿司だ。出前だけどかなり豪華なんだな......普段と違う豪勢な食卓に目を奪われている俺に親父が重い口を開いた。
「……海斗。なにか言うことはないのか?」
「……悪かったよ。正月帰らなかったこととか、勝手に家を出たこととかさ」
場の空気が重くなる。予想はしてたし“やっぱり”、って感じだ。唯もどことなく困惑した様子だし、母さんも難しい顔をする親父と俺との間でゆらゆら揺れている。海色は......我関せずと黙っている。我が妹ながらなかなかに賢いやつだ。
「反省しているならよか。父さんもそう責めるつもりは無かばい。ただ一つ、お前に聞きたかことがある」
「……何だよ、聞きたいことって」
俺は思わずつばをゴクリと飲み、親父の言葉に身構える。そんな俺に親父が放った一言は、
「今、幸せか――?」
「……幸せだよ。東京は空乃坂とはまた違ったいいとこだし、こうやって大切な人もできた。俺は幸せだ」
正直予想していなかった質問だったけど、俺は本音で答えた。親に良い格好をするなら「長崎で家族で過ごしていたときのほうが幸せでした〜」と答えるべきなんだろうな。でもあいにく俺は嘘がつけなかった。唯の前では特に、だな。
真っ直ぐに親父を見つめる俺の目を受け止め、親父が「はぁ」と息を吐いた。
「……それならよか。お前が幸せなら、父さんも母さんも海色も嬉しか。それが一番ばい」
座れよ、と親父が向かいの椅子を俺に勧める。俺は唯と顔を見合わせ、そしておずおずとその椅子に腰掛ける。俺は親父の目の前、唯は母さんの目の前だ。親父は唯をチラッと見て、そしてガバッと頭を下げた。
「ありがとう......! 正直、君のことを私達はあまり知らない。でも、海斗が東京なんて遠いところで幸せに、充実した日々を過ごせているのはきっと君のおかげなんだろう。だから、本当にありがとう。そして、これからも息子をどうかお願いします――」
「あっ、いやいやお義父さん! 顔を上げてください。私も、、海斗くんといて毎日充実してるなって、心から思ってます。だから海斗くんを産んで、こんな優しい人に育ててくれたお義父さんとお義母さんには私こそとても感謝してるんです......」
俺は二人の間で恥ずかしいっていうかむず痒い気持ちを必死で堪えていた。親父も親父で何こっ恥ずかしいこと言ってるんだ! って感じで、唯も唯で真面目に返事してるんだよ! って。
でも、悪い気はしなかった。何より、
「あらあら良い子ねぇ。それに聞いた? “お義母さん”ですって」
母さんの言葉に唯が顔を真っ赤にする。きっと無意識だったんだな。でも俺も親父も母さんもそれが嬉しかった。唯に『お義父さん』なんて言われてすっかり上機嫌になった父さんが俺のグラスにビールを注ぐ。
「呑め呑め! 今夜はひっさしぶりの家族団らん、そして海斗が将来の奥さんを連れてきた記念すべき日やけんな!」
俺は家で久しぶりに笑った。家族と食う飯が美味いって感じたのはいつぶりだろうか。海色ともギスギスせず、親父とこうやって酒を酌み交わす。そして隣にはこの世で最も大切な人――。
きっとこうやって人は大人になっていくんだろう。
「……ホント、男の人って単純ばい」
「海色には分からんさ。分かるとしたら海色が本当に好きで大切な人と巡り会うた時ばい」
どこかムスッとしている海色。でもその表情はだんだん柔らかくなっていって、そしていつしか満面の笑みに変わった。たったそれだけで俺がここ数年敬遠していた家に帰ってくる理由になるよマジで。
「ただいま、海色」
「何言っとるのお兄ちゃん。さっき玄関で言ったばい。もしかしてもう酔っとると?」
そういうのじゃないさ。改めて、久しぶりにあったお前にそう伝えたかっただけなんだっつ―の。
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