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5話 黒羽有朱

2月10日 黒羽有朱


 私は自分のことが好きじゃない。理由は、、まあいくつかあるけど代表的なものと言えば誰も“黒羽有朱”を見てくれないってとこかしら。そう、例えば私が生徒会長をしているのはただ自分がしたいからなのだけど、先生も含め多くの人が「さすが朔太郎さんの娘だ」っていう評価をしてくる。


 ああ、黒羽朔太郎くろうさくたろうは私の父かしら。この街、空乃坂街の町長をしている元国会議員の父を持つ私は幼い頃からずーっと“完璧”を求められてきた。テストで100点はとれて当たり前、一番になるのは呼吸と一緒、外では黒羽の名に恥じない行動をするように、なんてね。


――ああ、そうか。皆私を黒羽の娘、町長の娘としてみてるんだ......


 そう、気がつくのに時間はかからなかったわ。だから私がやることすることはぜーんぶ正当な評価を受けない。“私がやること”は全て“黒羽がやること”になっちゃうんですもの。そんなときに相談に乗ってくれた相手が凛桜くんだった。同じクラス、と言っても各学年一クラスなのだから当たり前なんだけど。凛桜くんはこんな私の話を親身になって聞いてくれたわ。「こうしたらどうかな」とか「じゃあ俺が代わりにやっておくよ」とも言ってくれた。そうして私の代わりにやった仕事が評価されたとしても、その手柄を誇ったりせず「これ、有朱ちゃんの意見だから」と私を褒めてくれたりして。


――そして気づいたら好きに、、、


 ううん。そうはならなかった。黒羽の屋敷が婚約者を選ぶからお付き合いできない、というのもあるけど第一に凛桜くんの視界に私は“ただの友達”として写っているって分かったから、かな。幼い頃からたくさんの大人に接してきたこともあって私は“自分はその人にとってどういう存在か”が何となく分かるようになった。そしてもちろん、凛桜くんが誰を見ているのかだって分かっちゃった。それを知ったら、もう私が立ち入る隙間なんて無いでしょ?


 そんなこんなで時が流れ、今日は2月10日。今生徒会で進めているプロジェクトもそろそろ実行のときかしら......なんて事を考えながら優雅にお茶を飲んでいた時、突然コンコンとドアがノックされた。


「……はい。どなたかしら......?」


 私は会長の椅子に座ったまま生徒会室のドアにスーッと目をやる。がチャッ、とゆっくりドアノブが回りそろ~っとその子は入ってきた。


「ああ、七星さんだったかしら。ここに来るなんて珍しかことやなぁ。で、どがんしたと(どうしたの)?」


「お久しぶり、ですね。それなのに厚かましいかもですけど、実はあの......黒羽会長にお願いがあるんです......」


 この子は確か高校1年生の七星海色さん、だったかしら? 古くからこの街に住んでいる人は大体覚えているのだけど、話したことが無かったから自信はなかったのよ。七星さんの家も祖父、曽祖父、もっと前の世代からこの街に住み続けていたかなり古い家柄。良かった、知っていて。でも何の用かしら? 少し不安を覚えるけど、でもこのまま立たせっぱなしにするわけにもいかないわね。


「有朱でいいわ。私、あまり自分の名字が好きやなか(好きじゃないの)。やけん、名前で呼んでくれたほうが嬉しかよ」


 立ち上がって七星さんをソファーの方へ案内する。いつも思うのだけど、この学校は過疎地域の小中高一貫校なのにこういう備品に案外いいお金かけてたりするのよね......っと、まあそれは今は関係ないわね。軽く咳払いをして「何かしら?」と七星さんに尋ねる。七星さんは言いにくそうにしていたけど、ふぅーと深呼吸をしたら落ち着いた様子。そしてゆっくりと話し始めた。


「……今年の14日、空乃坂でバレンタインイベントをやりませんか!?」


「……えっ、、、」


 それはまあ想定外と言うか突拍子もないと言うか......。私はしばらく七星さんの言葉の意味を考えてみたけど、特に他意はなさそう。本当に言葉の通りって感じかしら。


「えっと、、、それはつまり“この街全体で”ってことかしら?」


「一応は......まあそのつもりです。あのっ、有朱会長は14日にチョコを配るんですよね? その活動をこの街全体に広げるってイメージです」


「……あれ? 私、14日のこと誰かに言ったかしら?」


 たしかに私は14日に校門の前で小学生にチョコを配ろうと思い、その計画を生徒会で練っている。でも、それを誰かに、それも七星さんが知るような子に言ったかしら? 七星さんはというと「ハッ!」と慌てて口をふさいで、その表情から血の気が引いているのがわかる。


「……まあいいわ。七星さんが誰から聞いたかは今問題やなか。気になるのはその目的、『何のために?』ってことなんやけど。七星さんはどうしてそのようなことを考えたのかしら?」


「そうなりますよね〜......あの、今年ってショコラ彗星が接近してるとかで盛り上がってるじゃないですか。空乃坂も乗っかったら面白いんじゃなかって思ったんです。それにここは山の中腹で彗星もきれいに見えるやろうし......あのっ、どうですか!?」


 七星さんの圧に若干押されながらも私は冷静に考える。七星さんの言うことにも一理はあると思う。この空乃坂でイベントと言えば夏祭りぐらいだし、冬は農家も比較的時間があると聞いている。バレンタインデー、なんて老人方には馴染みが薄いイベントでしょうけど、これを機に一層夫婦仲を深めてくれたら、とも思う。たしかに結構魅力的かも......


「……考えてみるわ。考えてみるけど、でも如何いかんせん時間が無かね。今日が10日で本番が14日、か。確かにショコラ彗星とのコラボは魅力的ばい。でも、今からじゃ間に合わんとね(間に合わないかしらね)。もうちょっと早う言うてくれたら.....」


 でも面白い案だわ、と思っているのも確か。私はもうすぐ卒業するけど、次の代、もしくは七星さんが生徒会長になってやってみるというのも面白いわね。なんて、考えている私の手を七星さんがギュッと握る。


「――今年じゃなかればつまらんばい(ダメなの)!!」


「……なして、そこまで言うと?」


 七星さん自身が今年誰かに渡したいからカモフラージュのためにバレンタインイベントを提案している、とも考えられる。でも、それなら街全体じゃなくて学校だけでいいかしら。それに、それだけじゃ腑に落ちないほど七星さんの熱量は不自然だったわ。こんな子だったのかしらって不安に思うほど。凛桜くんから聞いてた感じ、おとなしい子だと思ってたんだけど......


「……上手く言えないです。でも、どうしても今年じゃないと、、、」


 七星さんの握りしめた手が膝の上でプルプルと震えている。ああ、この子はやっぱりこういうことを得意としているタイプじゃないんだわ、とそれを見ただけで分かった。相当の勇気を振り絞ってここに来て、そして私に進言したのね。


――でも、どうして? どうして、そこまで出来るの? 何が七星さんをそこまで突き動かしているの?


 なにかのために必死になった経験のない私はその理由がわからない。でも、ちょっぴり羨ましい。凛桜くんもそうだったけど、なにかに必死で打ち込む姿からは『生きてるっ!』って感じがするもの。


――私に出来なくても、黒羽なら何とかなるんやなか、、、


 正直、そういうのはキライだ。家の名を使って何かするとかひけらかすとか、ぜーったいにしたくないかしら。……でも、それが自分のためじゃないなら? 皆の、この街のためになるなら?


 黒羽有朱は空乃坂の町長の娘――ならばこの街のために何かして、そのために家の名前を使うのはいいんじゃないかしら?


 私は思わずフフッと微笑んでいた。きっとこれも「さすが黒羽の娘」という評価になるんでしょうね。でも、今回だけはそれでも良かった。七星さんの意見を自分の手柄、家の手柄みたいにするのは申し訳ないけど、それでも面白そうだなって思ったのは本当だもの。嫌悪感より好奇心が勝る瞬間って本当にあるのね。


「……分かったわ。七星さんが言うように私も14日に小学生にチョコを配ろうかなって思ってたの。でも、街の人皆分準備するってなると相当数のチョコがいるわね。そんな量、街にあるかしら?」


「それなら大丈夫です! 明日は建国記念日で学校もお休みですし、一緒に市内に買い出しへ行きませんか?」


「いいわね、それ。あっ、でも明日うちの車は出払っとるけん、市内へ行く手段がないわね、、、」


 空気を読んでくれない現実。よくあることだけど、こういうときって結構申し訳なくなる。私も盛り上がってたのに急に無理になっちゃった雰囲気はキツイ。でも七星さんは気にしてない様子だった。


「大丈夫です、有朱会長。今夜うちのお兄ちゃんが帰ってくるんです! だから車ならあります!」


「えっ、海斗さんが帰ってくるとね!? 確か正月も帰って来とらんかったばい、久しぶりね」


 海斗さんは私の2つ上ね。私が高校1年生のときの生徒会長だったからよく覚えているわ。そう、海斗さんが帰ってきているなら何も気兼ねなく市内に行ける......!


「じゃあ七星さん。海斗さんにお願いしといてくれる?」


「任せてください――!」


 七星さんがホッとしたように笑顔を見せる。つられて私も笑顔になる。そう言えば、初めての経験ね。誰かと買い物に行く自体久しぶりだし、ましてや後輩の女の子と一緒だなんて。


 こうして明日、14日のバレンタイン作戦のために市内へ買い出しに行くことを決め、その日は七星さんと別れた。


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