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3話 初恋のセンパイ

2月8日 七星海色


「ただいまぁ、、、」


 家には誰もいない。お父さんはJAの寄り合いに参加して留守。お母さんは市内の病院に勤務する看護婦だから帰りは遅い。なので今この家にいるのは私一人だけだ。別に『寂しい』とかはもう特に無い。お兄ちゃんがいたときも会話はあまり無かったし、何より話し相手が欲しいなら部屋の窓を開けたら良いだけだもん。


 隣は鉄平の家で、私の部屋の向かいが鉄平の部屋なんだから。


「……まあ、てっぺーは部活でまだ帰って来とらんのやけど」


 ボーッとリビングに入るといつものように置かれている夜ご飯。今日はラップがかかった焼きそば、か。レンジでチンッと温めて簡単に食べられるやつだ。両親とも不在の時はこうなることが多いかも。まっ、別に困ることはないけどね。私だって簡単なサラダぐらいなら作れるし、物足りなければ取り置きしてるお菓子でも食べればいい。……その分ダイエットはしなきゃだけど。


 ふと時間を見るとまだ17時前だ。高校は帰宅部なおかげで帰ってくるのが早くなった。夜ご飯にはちょっと早いし、一人でやることも特に無い。なら、


「歩く、かぁ......」


 ダイエット、健康、暇つぶしなど多様に丁度いい。制服を脱ぐのもめんどくさかったので荷物をソファーにポンッと置くだけ置いて再び家をあとにする。


 家の外は冬らしい寒さ。湊ちゃんと歩いている時は会話に夢中で気づかなかったけど、やっぱり寒い。タイツにして良かったなと心の底から思う。歩くコースは特に決めず、ただブラブラと気ままに歩く。突発的なウォーキングなのにコースを決めるなんて私にそんな計画性のある行動は似合わない。そう、自分でも思う。


 私の中でウォーキングの良いと思うところは二つある。健康などを除いて、だけど。

 ひとつは頭を空っぽに出来る、落ち着けるってこと。でも今日に限ってはその空っぽが敵だった。頭を空っぽにすると“最近のあの悪夢について”が頭の中でぐるぐると回るのだ。正直なところ半信半疑、だ。鉄平みたいにミステリー好きなら食いついただろうけど私に真偽は判断しかねる。そう諦めて私はポケットからイヤホンを取り出し両方の耳に押し込む。


「――♪〜」


 聞こえてくる流行りの音楽。これが市内では、東京では流行っているらしい。田舎民の私からすると正直画面の向こうの世界の話なのでよくわからないけど、それでもぐちゃぐちゃしている今の私の頭の中を書き換えるにはちょうどよかった。


 ふたつめはいつも通らない道をいつもと違う時間に通るため、運命チックな出会いがあるところだ。近所のおばちゃんの散歩にばったりとか、捨て猫を見つけたりとか、幼い頃だったらてっぺーと不思議な神社を見つけたこともあったっけ。あれ、そう言えばあの神社、最近行っていないけど......どこだっけ?


 そう、運命チックな出会い……。例えば意中のセンパ――


「――海色、、ちゃん?」


「たっ、鷹咲先輩!?」


 ほら、こういう風に。なんて冷静ぶってるけど内心とーっても緊張していた。だって運命チックな出会いなんてあくまで妄想の話で、それが現実に起きたら怖いよ! ……夢が現実に、なんて恐怖でしか無いんだから。先輩の涼しそうな表情と対称的に私の心臓は驚きと嬉しさと緊張とで三重奏を奏でていた。そんな忙しい私に先輩が爽やかな笑顔を向ける。あ、これだけで死ねる――なんて。


「海色ちゃんって帰り道こっちだっけ?」


「違います。今ちょっと歩いてて。エヘッ、先輩は塾帰りとかですか?」


「ううん。俺も受験勉強の気晴らしに外歩いてただけ。そうだ、せっかくだし一緒にどう?」


 そんなの断れるわけがないよ。私はコクコクと壊れた人形のように頷き、先輩の隣に立って歩く。制服姿のままの私と違って先輩はホントにウォーキングしているんだろうな、だってジャージ姿だ。バスケ部のジャージを上手く利用してる。


「……先輩って国公立でしたっけ?」


「まあ、一応ね。他県の大学を受ける予定だよ」


 鷹咲先輩は頭がいい。その上バスケ部エースという運動神経の良さにカッコいい顔なんて与えられ過ぎなんじゃないか、と思う。これが私の好きな人、片思いしている先輩だ。でも先輩はあと数ヶ月もすればお兄ちゃんのようにこの街から出ていってしまう。先輩も湊ちゃんと同じで元々は他県の人なのでこの街に愛着はないのかも知れない。私や鉄平のように空乃坂で生まれ、そして死んでいくんだろうなってざっくり考えている人とは違うんだろう。


 だから気持ちをなかなか伝えられない。先輩と後輩、選手とマネージャー。近いはずなのに、どこか遠く感じちゃうから......。


「……ッ、、、」


……今もそうだ。先輩と一緒に歩けているのにうまく会話もできず距離も詰めれない。真ん中に人が入れそうな距離を開けてウォーキングなんて、それは“二人で”って言えるのかな......? そう(うつむ)く私の上からふと声がした。先輩の声だ。


「海色ちゃんはさ......金曜日どうするの?」


「金曜日って、、バレンタインデーですか!?」


「うん。誰かにあげる予定......あったりする?」


 突然先輩にそんなことを聞かれてテンパる私。いろいろなことが頭の中をめぐる。去年は、、誰にもあげてない。一昨年も、その前も。本命って思われるのが嫌でやめたんだけど、でもそれってよく考えたら私、鉄平のことを異性として意識してるってことに――!?


「……ちゃん? 海色ちゃん?」


「あっ、はい! ごめんなさい、ボーッとしちゃって......アハハ、、」


 危ない危ない、つい考え込んでしまった。でも、バレンタインデーか......。毎年あげたいなて思っている人はいる。でも、毎年勇気が出ない。チラッと横目に先輩の姿を捉える。こんな近くに、いるのにな......


「……予定は、、、わからないです」


「そっか」


 少し驚いたように、それでいて少し嬉しそうに微笑んで先輩の足が早まる。私も慌ててギアを上げる。それにしても今の質問といい表情といい、どういう意図があったんだろう? もしかして先輩もあの悪夢を......


「あの、、鷹咲先輩。先輩もし――」


 言いかけた口をハッと閉じる。私ったら、血迷ったの!? 高校生にもなって悪夢なんて恥ずかしいし、それにこんな突拍子もない話、ぜ―ったいに変な子だって思われちゃう。先輩にこんな相談できるはずがないよ――!


「――もしも、私が先輩にチョコあげたら受け取ってくれます?」


 慌てて変なことを言わないようにしたら本音が出ていた。……イヤもっとダメじゃん!! 顔が真っ赤になっていくのが自分でも分かる。慌てて「ち、違うんですぅ!!」とブンブンと手を振り否定する。


「あの、アレって言うか、つい聞いちゃっただけなんですっていうか、、あのっ――!」


 ああ、何を言っているんだろう、私。テンパって滅茶苦茶。これじゃあ夢の相談をしなくても変な子だって先輩に思われちゃう、、、私は少し落ち込む。でも先輩から返ってきた返事は、


「……うん、貰うよ。それにすごく嬉しい......と思う」


「……あっ、、、」


 それは思っていた反応と違った。私は思わず下を向き、先輩から目を逸らしてしまう。沈黙が場を支配する。先輩は今、どんな顔をしているのだろう。気になるけど、見れない。私がずっと気にしていたせいで渡せなかったチョコ、あげてたら受け取ってくれてたんだって思うとちょっぴりもったいなかったなって思う。でも、それを分かっていたとしても私は渡せたのかな。きっと直前で怖くなって渡せずじまい、そして今年もきっとそう......私に足りないもの、それは一歩踏み出す“勇気”――。


「……はい、着いたよ」


 先輩の言葉に我に返る。気づいたらそこは私の家だった。結局先輩と歩いているつもりだったけど、私は送ってもらっちゃってたってことか。


「ありがとうございます」


「ううん、気にしないで。じゃあまた明日」


 そう言って先輩はまた歩き出す。私はその背中に何も声をかけることは出来なかった。「また明日ですね」とか、「バレンタイン楽しみにしててください!」とか。普通恋する女の子なら言いそうなものなのに。勇気が出ないことだけじゃなくてきっと、私は今の関係を失うことが怖いんだ......


 鉄平と湊ちゃんと3人。その中で私は先輩に片思い。……この関係が多分皆にとって居心地が良かったんだと思う。だから私は動けない、いや動かないんだろう。私にとっていい結果は先輩と付き合える未来なのかこのまま仲良く出来る未来なのか......。


 悩み悩み、そして決断を先延ばしにしてるだけ。そしてそれはきっと、これからも――。



ピピピッ、ピピピッ、ピピピッ......


「――ッ!! ……はぁ、はぁ、はぁ、、、」


 だから私の未来は変わらない、いやむしろ悪くなっているんだろう。ひどい内容の悪夢。過去最悪の結末を迎えた悪夢の疲れがドッと体にのしかかり、私にベッドから出る気力は沸かなかった。変な汗とだるさが私を布団に縛り付ける冬の朝、私は人生で初めて学校をサボった。

 

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