2話 幼なじみと親友
2月8日 七星海色
ある程度呼吸が落ち着いたところでずっと鳴り続けている目覚まし時計をパンパンと叩いて止める。時刻は6時半。起床時間はいつもどおりだ。夜も......22時には寝た。健康的な生活はしていると思う。
なのにここ最近の私の目覚めは悪夢とともにある。ストーリーは日によって違うのだけど、共通しているのは『バレンタインデーにチョコを貰わなかった男は皆、ショコラ彗星によって命を落とす』というエンディング。
あり得ない、なんてことは分かっている。全てがリアルな夢で『正夢か!?』とも思った。けど、チョコを貰えなかった男だけが死ぬ、なんてそんな不思議な現象にわかには信じられなかった。
「いただきます......」
「ちょっと海色? 顔色悪かばい。何かあったと?」
「ううん、何もなかよ。ちょっと、悪い夢見とっただけ」
いつものように朝ごはんを食べる。お父さんとお母さんと私の3人で。お兄ちゃん、七星海斗は一昨年から東京の大学に通っているため不在だ。ふとお味噌汁を見るといつもより少し多い。大方、お母さんがお兄ちゃんの分まで間違えて作ったのだろう。出ていって2年経つというのに未だに慣れないのも困りものだな、と思う。やっぱり、ショックだったのかな。ほとんどケンカ別れみたいな感じだったからな......
「そうそう。お兄ちゃんね、10日に帰ってくるって」
「ふーん」
正月に返ってこなかったお兄ちゃんをお父さんが叱責したって聞く。今回帰ってくるのもそれが理由なのかも。私は......お兄ちゃんにとって何なのかな。
私はお兄ちゃんとそこまで仲が良いほうじゃない。昔はべったりだったらしいけど、中学生から始まった反抗期の影響で距離を置くようになった。お兄ちゃんもそれを理解してか私に声をかけることも減った。それがお兄ちゃんがこの家から距離を置いた原因の一端かも、と思う。顔を合わせづらいな......でもしばらく会っていないと寂しくもなる。ふーん、なんて素っ気なく返事をしているが内心はちょっと楽しみな自分がいるんだ。
『……次のニュースです。今年のバレンタインデーはショコラ彗星の接近もあって、例年よりロマンチックな日になりそうです』
若い女性アナウンサーとゲストの芸人がチョコの話で盛り上がっている。朝なのにニュースと言うよりまるでワイドショーだ。それにしても“ショコラ彗星”か。この彗星がそう名付けられた理由は単純で、2月14日に地球をに最接近するから。この彗星の影響で世の中の多くの女性がバレンタインデーに色めきだっている。
「――ごちそうさま」
食べ終わった食器をシンクに戻し、私は自分の部屋へと戻る。今は7時。学校が始まるのが8時55分で家を出るのが8時半だからまだまだ余裕がある。私はベッドにドサッと倒れ込み、そっと目をつむった。
目をつむって考えるのは夢のこと。一度や二度ならまだしも、もう1周間は連続で同じ悪夢を見ている。その内容を信じたくはないけど、夢の登場人物も今話題のショコラ彗星もそのまま出てきた。これはなにかの予知夢、正夢なのだろうか。
考えても考えても答えは出ず、私は再び安寧を失った眠りの世界へと落ちていく。
「じゃあ行ってきます!」
8時半前、家を出る。お母さんが作ってくれたお弁当を鞄につめ、靴をトントンと均すように叩く。最後に玄関の鏡で身だしなみをチェック! シワのついたスカートをふわっと広げてガチャッとドアを開ける。中学はセーラー服で高校はブレザーなのがウチの学校だ。小中高一貫のくせに、制服は変えてくるのが家計泣かせなところ。玄関を出るともうそこで彼は待っていた。
「遅か、みーろ。一体いつまで朝飯食っとったんだ?」
「ひっちゃかましか、てっぺー! 間に合ったからいいやろ?」
空知鉄平がヒョイッと私の鞄を持つ。こういうなにげなーく優しいところは昔から変わらない、鉄平の良いところだ。ありがと、とお礼を言い私達は二人で学校への道を歩く。もうこの道を二人で登校すること10年目。会話は基本学校のことや昨日のテレビのことなど、他愛のない話ばかり。幼なじみの私達の間に変な遠慮や配慮はない。互いに言いたいことを言うし、話したいことを話す。
「……ほんで市内に大穴が出来たらしか。不思議やろ?」
「そんなこと聞いたことも無か。でもホントなら一度見てみたかね」
今日の登校中前半の話題は鉄平が昨日見たミステリー番組のこと。ショコラ彗星と関連があるのか、長崎市内で不審な穴がいくつか出来ているとか。鉄平はちっちゃい頃からミステリーとかに興味を持っていた。ミステリーと言っても探偵ものじゃなくてどっちかと言うと不思議系、伝承系のミステリーに。
「あのさ、てっぺー......」
「ん? 今俺のこと呼んだ?」
「……あ、いや、、、何でもなか......」
なので鉄平に最近の悪夢のことを相談しようかとも思ったんだけど、結局言い出せなかった。鉄平のことだから興味を持ってくれるかも知れない。でも、きっと信じてはくれないんだろうなって思う。だってあまりにも現実的じゃなさすぎるんだから。新作小説かなにかのネタに使うばい、なんて冗談を言って真面目に取り扱ってはくれないだろうなと予想がつく。だから飛び出しかけた言葉を無理やり押し込み、首を振る。それに、もし本当なら本当で巻き込みたくなかった。
田園風景と森が広がる空乃坂。その街で一軒のみある小さな駄菓子屋の前で湊ちゃんと合流する。
「おはよう! 海色、鉄平くん」
大月湊が白い息を吐きながらブンブンと私達に手をふる。ツインテールが冷たい風にゆらっと揺れたかと思うと、駆け寄ってきた湊ちゃんが私の腕にギュッと抱きついてきた。
「わっ! どうしたと、湊ちゃん、、」
「いや〜、海色氏の体温で温めてもらおうかと思いましてね、、」
なんて冗談を言いながらグイッとその顔を近づけてくる。距離が縮まる度にその胸が私の腕にギューッと押し付けられる。……なんか、得体の知れない敗北感を覚えた。鉄平は気まずそうにどっか遠くを見てるし、湊ちゃんは距離が近いし。でも、これが私達の日常だ。3人で学校に行き、授業を受けて2人で帰る。鉄平の部活がない日は3人で帰ったりもする。そんな変わらない日常。だからこの中に私の悪夢、なんて非日常が割り込む隙間はどこにもなかった。フフッと笑い飛ばすように息を吐き、私も普段どおりの笑顔を向ける。
でももし今夜も同じ夢を見たら、、その時は神剣に考えようかな......。
2月8日 大月湊
私はこの街の生まれじゃない。だからいつもの3人組の中で私だけ付き合いが短いのだ。海色や鉄平くんはこの街で生まれて幼なじみとしてずっと一緒に暮らしてきたけど、私の生まれは東京だ。中学生になったタイミングで父が死に、母の実家があるここ空乃坂に帰ってきたというわけ。
元々母の実家、つまり私にとってもおじいちゃんとおばあちゃんの家があったこともあり空乃坂は初めて来る場所ではなかったけど、それでも転校初日は緊張した。そんな私に初めて声をかけてくれたのが海色だった。
『はじめまして、大月さん。私は七星海色っていうの。突然なんだけど大月さんって何月生まれ?』
『えっ、、私? 私は8月だけど、、、』
『そうなんだ! だってさ、てっぺー。ププッ、またアンタと相性バッチリな子じゃなか〜』
あとから聞いたところ、鉄平くんが昔引いたくじの“運命の相手”が11月生まれらしく、そして偶然にも11月生まれが同じクラスにいないらしい。だから私にも誕生月を聞いた、と。
『フフッ、、アッハッハ! 変なのっ、、そんな理由で?』
『ひ、ひっちゃかましか! こんな狭い街に生きる俺にとっては一生の問題ばい!』
それが私と海色、鉄平くんの初めての出会い。あの時声をかけてくれたおかげで初日から友だちもでき、クラスに溶け込めたのだと思うと二人には感謝しか無い。現にそれから4年経とうとしている今でもこうやって一緒にお昼ごはんを食べる仲なんだから。
「――でな、ヤバいのがその女、好きな人見つけたらとことん追いかけるらしいばい。えすかー」
「ハハッ、なにそれ。でもさ、海色も見習ったら? 海色いつまで鷹咲先輩のこと片思いのままにしとくのよ。勇気出して、告っちゃいな!」
基本この3人の会話を回すのは私か鉄平くんだ。そして話題を持ってくるのは鉄平くんが多い。今の話、“東北地方のとある村のストーカー幽霊の噂”についても鉄平くんが読んだ本に乗っていた話らしい。
そして海色は基本聞く側だ。私達がこうやってイジることも多い。だってその反応が可愛いんだから。
「……む、無理ばいっ! だって振られたらと思うと勇気でんよ、、」
箸を咥え、もじもじと下を向く海色。海色が鷹咲先輩に恋をしているのは転校して来て部活を見に行こう、となったときから知っていた。バスケ部の見学に行った時、エースの鷹咲先輩を見る海色の目の中には漫画のようにハートが見えた気がしたから。あ、この子はこの先輩が好きなんだな〜と知り、それからはずっと応援している。でも海色は勇気を出せないまま毎年バレンタインデーも先輩の誕生日も過ぎてゆく。それがまた見ていて歯がゆいんだ。
「あーあ、また咲先輩かよ。俺も咲先輩みたいに身長高くてバスケ上手かったらモテたかもしれんのになぁ」
「どうあがいてもてっぺーは無理ばい。諦めんね」
あーあ、とからかうようにそっぽを向き海色の反応を楽しんでいる鉄平くん。でも私には分かる。鉄平くんはきっと海色のことが好きなんだろう。でも、好きな人には好きな人がいて、そしてその人に自分は遠く及ばない。誰よりも長く一緒にいた自信があるのに、選ばれることもない......その視界の中にはいない。
なんて、ちょっと悲しいかも。理由はあくまで私の妄想だけど、それでも鉄平くんが海色を好きなのは本当だと思う。そんなのずっと見てきたから分かるよ。二人と違って過ごした時間も短く、それでも二人を近くて遠いところから見守ってきた私だからこそ分かるんだよ。
「まあまあ、ふたりとも。そういやもうすぐバレンタインデーだけど、今年こそ海色は先輩にチョコあげるの?」
「なに!? 俺には最近くれんのにか!?」
憤慨する鉄平くん。その反応は予想通りだったけど、私は見逃さなかった。海色が“バレンタインデー”という単語に一瞬表情を暗くしたことを。
先輩に渡すことへの不安? 鉄平くんにあげてないことへの申し訳無さ?
ううん、きっとどれも違う。私は昔からちょっと勘が鋭い。だから何かは分からないけど、それでもきっと今海色はなにか悩んでいるって分かった。なんだろ......私に相談してくれたら良いのに。
「おーい、じゃあ数学の授業始めるばい。まずは小テストからな〜」
ガラガラと教室の扉を開けて入ってきた教師の一言で昼休みが終わり、結局私は海色に悩みの理由を聞くことが出来なかった。
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