12話 絶望、そしてリスタート
2月14日 七星海色
ショコラ彗星が崩壊してそのエネルギーが街に直撃した、そのニュースはまたたく間に日本を駆け巡り、自衛隊のヘリが静かな空を引き裂くようにひっきりなしに飛んでいる。
「……明日帰るはずだったのになぁ」
お兄ちゃんが私の隣でポツリと呟く。ここは私達の通う学校、その全体がとりあえずの避難所として開かれていた。救助活動の指揮をとっているのは街の消防団の男衆と市内からヘリできた消防士、そしてその中心に立って指揮をとっているのは黒羽朔太郎町長。
「……奇跡、としか言いようがないな。これほどの惨事にもかかわらず未だ死者は0、か......」
「不思議ですわね、お父様。お父様の言う通りこれは“奇跡”以外の何物でもなかことですわ」
黒羽父娘の会話が聞こえてきて、私は思わず口角が上がるのを感じる。やった、と。あの夢で見たこと、『バレンタインデーにチョコをもらわなかった男は死ぬ』という未来はやはり本当で。だからこそ、私と有朱会長とで街の皆にチョコを配ったからこそ死者は0で済んだんだよ。奇跡、でもこれは起こるべくして起こった奇跡――。人の手で為された技なんだもん......。
バラバラと夜の静けさを引き裂くようなヘリの音がひっきりなしに聞こえてくる。雪で唯一の交通網が遮断されているから自衛隊やドクターヘリで移送するみたい。この先何があったかは、、、覚えていない。いつもこのタイミングで大切な人が死んで、それが辛くて忘れたくて......だからこの先、皆助かった先の未来に何が起きるのかは初見だ。でも、多分大丈夫、と根拠のない自信。うん、でももう鬼門は越えたはずなんだ。だから―――
だからもう、大丈夫......
「おいっ! こっちに手ば貸してくれ! “出血が止まらないんだ”――!」
……の、はずだったのに―――
私の頭は、一気に真っ白になる。まるでその瞬間世界が凍りついたように、私のやって来たことをあざ笑うかのように“その言葉”は私の時間を止めた。うまく息ができない、、、えっ......な ん で ?
嫌な予感がした。そう言えば、さっきからあの人に会っていない。私は一目散に助けを呼んでいる方へ駆け出す。そんな私に湊ちゃんと鉄平が呼ぶ声は聞こえていなかった。前しか、見えない......そんな私の目が捉えたのは、受け入れがたい現実だった、、、
「すらごと、、やろ......?」
呆然と立ち尽くすことしか出来なかった。そこは避難所のすぐ近く、体育倉庫だった。衝撃で跳び箱が崩れ、その下に人が下敷きになっていた。見覚えのあるミサンガ、腕時計。消防員の人達がゆっくりと跳び箱をどかす。そうして露わになったその顔は、私が一番好きな男の人の顔......
「いやっ、、嫌だっ――!!」
鷹咲凛桜先輩だった。目を見開き血の海の中で眠っている。消防団のオジさんが小さく首を振り、先輩の目をそっと閉じる。これじゃあまるで本当に眠っているかのようじゃない......。
「――なんでっ、、、下北さん!? なんでチョコ渡さんかったと!?」
私は先輩の横で体を震わしている下北景を問い詰める。周りが怪訝そうに見ていたが私は止まれない。『やめなさい!』なんて言われた声ももう頭に入っていなかった。だってそうじゃん!? 下北さんが先輩にチョコをあげていれば先輩は死なずに済んだ――! そう思うと無性に怒りが湧いてくるっ、、!
「……今は関係なか」
「関係あるばい! あんたが渡しとったら先輩はっ......先輩は......」
声にならない嗚咽が漏れる。涙でぐちゃぐちゃの目と動揺しまくりの頭にはもうこの場を冷静に捉える理性なんて残っていなかった。自分の言っていることの意味すら考えられなくて――
「それこそっ、、何ん関係があると!? 私は気持ちば伝えた! でも、、でも先輩は受け取ってくれんかった......その何が、今関係あるとね!!」
……誤算、だった。先輩がチョコを受け取らない可能性があったのに気づけなかった。私の体からドッと力が抜けていく。もう、何も考えられなかった。私は泣いているのか、それとも笑っているのかもわからない。自分がわからない、許せない、キライ、キライ大嫌い!! なんで、、救えなかったんだろう......?
「海色ちゃん、もういいよ、、、」
「みーろ、ごめん。俺のせいばい......俺が咲先輩を殺した――」
「海色のせいじゃないさ。海色は“何もしていない”――」
ああ、そうだよお兄ちゃん。私は“何もしていない”、いや“何も出来なかった”。結局何も。
『もしこうなることを知っていたら』なんて後悔は生ぬるいんだって今ハッキリと思う。最も辛いのは『知っていたのに救えなかった』っていう後悔なんだ。その道を真っすぐ歩いたら死ぬ、そう知っているのに私はその背中に声をかけなかった。言ってしまえばそんな感じ。
最低だ。私はまた間違えた。何を? どこで? でも絶対にどこか間違えたんだ。私は、、、初恋の人を救えなかった......手を伸ばせば、きっと届いたのに。
『……うん、貰うよ。それにすごく嬉しい......と思う』
私に勇気があれば、きっと届いたはずなのに......
3月14日 七星海色
あれから1ヶ月が経った。世界はもう、あの夜を忘れてしまったようだ。ピポピポ、と信号が青になった音がして私はゆっくりと一歩踏み出す。
「イタッ、、、」
早足で歩く帰宅途中の人たち。その頭の片隅にでも、あの夜、私が初恋の人を失ったバレンタインデーのことは残っているだろうか。ううん、きっと残っていない。この世界のほとんどの人にとって2月14日はきれいな彗星と共に大事な人にチョコをあげた日。私達空乃坂の住人だけが被害者で、そして私はまだあの夜に囚われている。先輩の顔、鉄平にチョコをあげたときのこと、満ち足りた気持ち、その全部をぶち壊した先輩の“死”......
ボーッと私は歩く。ここは道か、人生か。まあどっちでも特に変わらないんだけどね。あの日から私は生きる意味を失った。初恋の人を失っただけで? そう思うかも知れない。けど私はあの夜を無かったコトにできた。止められたんだ。なのに、出来なかった。だから自分を責めた。
――なんで、なんで、、
そう何回も。鉄平も湊ちゃんもお母さんもお父さんも言ってくれた。『海色のせいじゃない』って。でもそんな言葉は聞きたくない。受け入れたくなかった。何かのせいにしないとおかしくなりそうで、それなら私のせいにした。私が鉄平じゃなくて鷹咲先輩に自分の手でチョコを渡していれば、、、
「でも、それだったら鉄平が死んじゃうのか、、、」
……どうすればよかったのかな?
あの後、空乃坂の住人は皆ヘリで市内へと運ばれた。空乃坂は封鎖された。理由は『彗星の未知の物質、放射線が残っている可能性がある』と。私達も隔離されて検査を受け、そして異常がなかった人は退院できた。
でも、退院したところで帰る場所なんて無い。お兄ちゃんは『家族皆で東京に来いよ』なんて言っていて、お父さんもお母さんもそれに乗り気。でも私は嫌だ。私が帰りたいのは過去、なんだから。
小さな後悔は重なって大きな過失を生む、なんてよく言ったものだよ。本当にそうなんだもん。私はきっと何度も間違えた。ああすれば、こうすればって何度も。それが積み重なった結果、先輩を救えなかった。
ショコラ彗星の事件はバレンタインデー後一時だけ話題になった。『奇跡的に死者一人で済んだ』と。
たった一人、されど一人。それは0に出来たんだ、、、私なら出来たんだ、、、こうなることを知って、悲劇を回避するために尽力して、それでも私は無力で......
――間もなく、2番線から諫早行きが発車します
誰かに、鉄平とか湊ちゃんに相談すれば良かったのかな? 一人じゃなく、皆でやればよかったのかな?
――おい、切符っ!!
戻れるなら、戻りたいな......先輩の笑顔、好きだった声、その全部が残っているあの時間に。
――キャッ! 危ないぞ! キキーッ、、、!!
あれ......? なんかうるさい、、眩しい......?
気がつくと、私の足はもう地面を踏んでいなかった。為す術なくグラッと傾いて落ちていく体。耳をつんざくようなブレーキ音、それとともに私を照らす電車のハイビーム。ああ、私はホームから身を投げたのだと気がつくのに時間はかからなかった。そして同じく、それを受け入れるのにも時間はかからなかった。
ゆっくりと私にも“死”が近づいてくる。本来こうあるべきな“死”が。そうだよ、事前に知るなんておかしいんだよ。避けられる“死”なんて、、残酷な希望と同じ。もがいてもがいて、それでも届かないんだから。
走馬灯っていうのかな。死ぬ前に見えるっていうアレがぐるぐると私の頭を駆け巡る。本当にあったんだ、、それと、ありがとう。
――死ぬ前に先輩の笑顔が見れたから。
結局私の本当の思いってなんだったんだろう……まあいっかどうせ死ぬんだし。
何を間違えたんだろう……まあいっかどうせ死ぬんだし。
でももし、今度生まれ変わることが出来たら......そしてそんな世界でまた先輩と会えたら。その時はまた私に恋をさせてくれますか......?
きっともう十分、もう意味なんて無い。だから、、、
痛みなんて無かった。真っ白な光で覆われた視界が一瞬のうちに暗転する。“死”って、それだけなんだ。そんな簡単に人は死ぬんだって。
後悔は山ほどある。過去に置いてきた後悔が、たくさん。整理できなかった思いもたくさん。でもそれは全部過去に、あの夜に、空乃坂に置いてきたから。だから今の私には何もなくて。
『――じゃあ、それをもう一回......取りに行こう?』
ハハッ。……もう一回、があればね......
『――お返しにあげるよ。だから、もう一回......!』
何を......言っているの......?
『――だって今日は3月14日、ホワイトデーだよ?
* * * * *
「……ろ、、みーろ、、、みーろ!」
鉄平の声が聞こえる。私の名前を連呼している声。あれ......? てことは私、もしかして助かったのかな......ぼんやりとした視界の中ボーッと考える。でも、おかしい。病院の緊急治療室にいるのなら鉄平と、そして湊ちゃんの声が聞こえるはずがないし、それに私の目に映る色は無機質な白のはずだ。なのにまだ薄らいでいる私の視界には何やら鮮やかな昼の日差し、リアルでカラフルな景色で、、、
「……なんで、泣きよーと?」
「えっ......?」
その言葉に私は自分が泣いていたこと、涙で視界がぼやけていたことを知った。グイッと拭うと世界は鮮やかな色を取り戻し、私の中にギュッと入り込んでくる。それは、暖かな昼のひととき――。
「大丈夫? 海色、どっか変だよ?」
「……アハハ、、何の話だっけ?」
私の顔を心配そうに湊ちゃんが覗き込む。ここは、天国? でもそれならどうして二人がいるんだろう。そう、まだ思考が追いついていない私の額を呆れ顔の湊ちゃんがパチンッと弾く。
「もーう! ちゃんと聞いときなよ? って私が言えた口じゃないけど。……そうそう、鉄平くんのいつものミステリーよ。市内に出る、ストーカー女の幽霊の噂......!」
ああ、そうか。窓から吹き込む“2月”の冷たい風が私を包み込む。鉄平も、湊ちゃんも、鷹咲先輩も、皆いるんだ......ここは、
「……それってまるで、私のことみたいね?」
その言葉を聞いた二人が同時に顔を見合わせ、そして同時に口を開く。
「それ、今言おうとしてた!」「――してたばい!」
過去に置いてきた忘れ物を取りに行こう。もう二度と、繰り返さないように。間違えないように。これがラストチャンスだ。私の大切なものをみーんな取り返して、そして最後にあの星空の下、笑っていられるように......!
「二人に話したかことがあるの......」
……2月8日 七星海色
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