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11話 ショコラ彗星

2月14日 七星海色


「……うーんっ!! 寒かっ!!」


 ビヨーンとノビをする。朝の地面にはまだ昨日の雪が残っていた。踏むたびにサクッサクッと音がする。一面真っ白なんて生まれてこの方見たことがあっただろうか。360°、そこはまるで別世界に来たようで。現実世界だとは思えない美しさに思わず息を呑む。


 真っ白な雪、くっきり残る足跡、そして雪の中でこっちを見つめる狐、、、狐!?


「アハハ、珍しかことばい。よう見ると可愛いな〜〜」


 愛くるしい瞳の狐は人に慣れているのかノソノソと私の足元まで近づいてきた。私はそっとかがみ込んでその毛を撫でる。ふさふさ、ふわふわ......こりゃ天然のマフラーだなぁ、、、っといけない。あまりの気持ちよさに我を忘れるところだった。私はふとお弁当を開け、中から卵焼きを取り出す。


「ほれほれ、食べると? ……ってダメだっけ。餌あげたら、、、」


 すんでのところで思い出して手を引っ込めるも、狐はヒョイッと目にも留まらぬ速さで私の手から卵焼きを奪い取っていきました! ハッ、やってしまった......


「まあ、今回だけばい? 今日はバレンタインデーやけん、、、ってスト―ップ! これ、バレンタインデーにすると大変なことになるっ!」


 言いかけた言葉を慌てて飲み込む。ブンブンと首を振って否定。そう、これはバレンタインデーじゃなくて餌。というか、人間から狐へ食べ物を与えるのはバレンタインデーじゃない! よしっ、危なかった。


 私はお弁当を仕舞い、立ち上がる。狐はもう餌が与えられないことを知っているのかちょこんとそこに座り込んでいる。私は名残惜しくそれを見下ろし、手をふる。


「バイバイ、卵焼きは貸しにしとくばい!」


 サクサクっとまた白い世界を歩き始める。数歩進んだところで振り返ると、もう狐はいなかった。そんな朝の出来事、そしてあっという間に時は過ぎていき、放課後――。


「黒羽会長、寒い中何やってるんです?」


「見たら分かると? 小学生限定でチョコ配っとるばい」


 湊ちゃんが有朱先輩の持つカゴに興味を向ける。やっぱり先輩は校門でチョコを配っていた。夢の中だったらここで鷹咲先輩に告白するために待ったりしたけど、今回はそうじゃない。


「頑張ってくださいね! じゃあ私達は帰ります」


「気をつけて。まだ街中に凍っているところもあるけんね」


 特に有朱会長と話し込むこともなく私達は帰路につく。湊ちゃんと話すのは何気な―い会話。今夜のショコラ彗星見る? とか昨日の雪すごかったね、とか。私と鉄平の家から学校へはちょっと遠いんだけど湊ちゃんの家はその中間ぐらいに位置している。だから鉄平が部活だとか用事だとかで一緒に帰れない時は皆とちゃんと別れてからは一人になる。まあ別に怖いとか困ることはないんだけどね。


「じゃあまた明日! バイバイ〜〜」


「バイバイ!」


 湊ちゃんに手を振り私は一人っきりの帰り道につく。すれ違う人は皆顔見知りだし、そもそもこんなへんぴな村にわざわざ犯罪をしようとやって来る部外者もいない。なので年間犯罪0件を10年連続で達成してたりする。一人っきりでも安全なのだ。


 それに田畑が多いから農作業してるおばさんとかオジさんにいつも見守られているって感じだし。


「ただいま〜〜。で、颯爽といってきま〜す!」


「どこ行くんね。あまり遠く行ったらいけんよ? お兄ちゃん、明日にはトウキョーさ帰るばい」


 確か夜ご飯は鍋だっけ。私は「は〜い!」と返事をしてまたガチャッとドアを開け冬の夜に飛び出していく。18時15分、タイムリミットまであと2時間! 大丈夫、間に合うよ――。


 私は寒い中隣のウチ、鉄平の家の塀に寄りかかる。ハーッと手を温める息が白く染まる。寒い、けど鉄平似会うためにはここで待つのが確実だから。寒さに耐え、鉄平が帰るのを待つ。緊張だってしてるし、恐怖もある。勇気の一歩はまた踏み出せず、出来れば帰りたいって私の弱い心が叫んでいる。でもそうしないのは“嫌だから”。あの悪夢を現実にしたくない、失いたくない、だから――。


――だから、おかえり。


「……てっぺー、ハッピーバレンタイン」


 それは20時になるのと同時だった。短身が8を指し、長針が12でピタッと揺れるその時、暗闇の中に帰ってくる鉄平の姿が見えた。私はまっすぐに幼なじみの顔を見つめ、制服の懐に仕舞っていたチョコの包みを手渡す。驚いたように一瞬固まった鉄平だったけど、すぐに「ありがとう」って受け取る。


「どうして俺、なんだ? みーろは咲先輩のことを好いとうけん、俺にはくれんと思うとったばい......」


 寒さか照れか、鉄平の頬が赤に染まる。でも、ごめんね鉄平。


「そうばい、私は鷹咲先輩が好き。だから、、、ごめんてっぺー。てっぺーの想いには答えられん、、、」


「そっか......そうだよな。うん、分かっとった。俺らは幼なじみやけん、これ以上にはなれんのやな。……俺もごめん。この前のこと、強引すぎたばい......」


 私は『気にしとらん』と首を振る。そしてお互い目を合わせ、クスッと吹き出す。


「ホントに、なんで俺ら距離開けとーたんやろうな。これまでこんなに喋らんかったことあったっけ?」


「幼稚園の時以来、ね。あんときはてっぺーが私のおやつ食べてしもうたけん、しばらく口聞かんかったと」


「ハッハ、俺ら昔からしょうもなかことで喧嘩しとるね」


 久しぶりに鉄平と笑いあえた気がする。たった2日くらいだけど話さなかったのだって10年ぶりとかだもんね。でも良かった。もうちょっと時間はかかるかもだけど、鉄平とは元の幼なじみに戻れそう。


 皆もチョコを貰って生き残り、鷹咲先輩も鉄平も助かる。悪夢の中では決して叶わなかった未来がもう目の前に来ていた。ふと左手に向けた目がチクタク動く秒針と14を回った長針に気がつく。


「……てっぺー、来るよ――!」


 私達は闇に紛れて真っ暗な山の方を見る。キラッとどこか神秘的な光とともに虹色に輝くショコラ彗星がゆっくりと空を横切っていく。


「すげぇ、、、」


 本当に綺麗だ。きっといま日本中でこの空を見上げ、そしてこの彗星に恋を願っているのだろうな。そんな願いを乗せたショコラ彗星、あと数秒で分離してここに落ちてくるなんてきっと誰も夢にも思っていない。


「……よかった、てっぺー。“また明日”の約束、今回は守れそうだよ?」


 不思議そうな顔の鉄平。その横顔を照らすようにカーッとショコラ彗星が煌々《こうこう》しく輝いたかと思うと、その光はだんだん青白く、そしてだんだん赤くなって大きくなってくる。


 ショコラ彗星の核を包む光エネルギーと熱エネルギーのみがなにかに引き寄せられたかのように空乃坂に落ちてくる、解明されない謎現象。やっぱりあの夢は予知夢だったんだね。段々と大きくなる光に思わず目を覆う。でも大丈夫。皆きっと助かる――。


「なっ、、おいおいおい、、、! 危なか、みーろ!!」


 鉄平が私に覆いかぶさるように押し倒して、身を挺して守ってくれる。死なないのは分かっている、でも嬉しかった。鉄平にとって私は守る対象だったんだなって。こういう時、何も迷わず守ってくれて――。


「ありがとね――」


 私の言葉も涙も、全て白色の光にかき消される。強烈な衝撃に意識が吹っ飛ぶ。そう、そして目を覚ました時全ては終わっているはず。死体の山だった悪夢から抜け、今回は皆助かるに決まっている......。



 目の前はパチパチとまだ瞬いていて、全く感覚のなかった手足にもゆっくりと感覚が戻ってきて。私は瓦礫の中で目を覚ます。時計は壊れていなくて、時刻は20時46分。どうやら30分近く眠っていたみたいだ。


 キョロキョロとあたりを見渡す。鉄平は、どこ? 私の近くにいたはずの幼なじみを探す。少しずつ、不安が押し寄せてくる......でも、


「……よかった、おはようみーろ」


 いつもの挨拶、1日の始まり。今は夜だけどその言葉は私の心を暖かくしてくれる魔法の言葉。


「おはよう、てっぺー。本当に......良かった、、、」


 悪夢は覚めた。私はやったんだ、、、鉄平の笑顔に涙がとめどなく流れる。空乃坂の町並みは変わってしまったけど、それでもみんなを救えた――! 悪夢の未来を変えた達成感、安堵、嬉しさが一気にこみ上げる。


「バレンタインデーなんてもうこりごりばい」


 瓦礫の中で二人笑う。この2月14日を、そしてここに至るここ数日のことを私は一生忘れないだろう――。


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