10話 それぞれのバレンタインデー
2月13日 七星海色
窓の外は暴れるような大雪。特別警報が出された、とテレビの中でオジさんが他人事のように言っている。確かに窓の外はもう真っ白な別世界。夢の通り、2月12日の深夜から振り続けた雪は観測史上最大をすんなりと更新して長崎県含む九州地方に甚大な被害をもたらしているとか。
『九州地方でここまで雪が降るなんて信じられないことなんですね。これは異常気象と一言で片付けてしまってもいいですけど、私はなにかの前触れなんじゃないかって思うんですね......』
テレビ各局がこぞってこの異常気象を取り上げているみたい。言ってることは様々で、このコメンテーターのように『前兆説』や『今年の夏が冷夏だったせい』だったり、中には「氷河期始まっちゃった説』なんてものまであった。
「あーあ、帰ってくるんじゃなかったかもな。これじゃあ外にもろくに行けねえじゃん」
「でも雪下ろしとかするならお兄ちゃんの手が必要ばい。帰ってきとって助かったけん」
この雪じゃ誰も外出できない、つまりチョコの材料も手に入らなくてバレンタインデーが縮小してしまった、ゆえに被害者が増えたって背景があの悪夢にはあった。でも夢と違って今回は昨日のうちに配りきった小袋がある!
あとは私の思ったとおりに事が進めば、、、そうすれば皆助かるんだ......
『――ホントニ?』
その時ゾクッと背筋に得体のしれぬ悪寒を感じた。振り返ってみてもそこにあるのは雪が激しく叩きつける窓。そこから入ってきた冷気による寒気か......それとも何かあるのかな。私はすでに何か間違えているんじゃ、、、
答えはわからない。ただ雪が全てをあざ笑うかのように世界を白に染めていくだけ。この雪が晴れた後の世界――そこで決着をつける。もう、戻れない。賽はすでに投げられているんだから、、、
2月14日 七星海色
「おはよ〜〜! 海色。今日の授業ってなんだっけ?」
「おはよ、湊ちゃん。湊ちゃんはいつも先生の話聞いとらんね?」
他愛のない会話から運命のバレンタインデーは始まる。今日の20時17分、ショコラ彗星によって空乃坂は甚大な被害を受ける。でも大丈夫。やれることはやった。
「おはよ、てっぺー」
「ああおはよう、みーろ」
鉄平は今日は朝練で早く学校に来ている。夢の中であったようなチョコについての会話もなく、私達はただそれだけで互いの席へ座る。そんな私達の様子に不安そうな表情を浮かべる湊ちゃん。
「……もう、そろそろ仲直りしなよ? 原因はわからないけど。……ってねえねえ海色、男子からの視線、面白いほど素直よね?」
「まあ、今日はバレンタインデーやけん、しょんなかばい」
夢のときと変わらない男子の目、そしてやっぱり態度がどこか優しい。意識するもんなんだな〜って少し面白く感じる。でも、今年は大丈夫だよね? なんせ各家庭にチョコが入った小袋を配布済みなんだし、それに一人っ子だったとしても大丈夫なように『〇〇さんの家の子に渡してください』と書かれたチョコも混ぜて全員に行き届くように調整してあるのだし。例えば娘しかいない家とかにね。人口も多くなくて基本顔見知りの多い田舎町、空乃坂だからこそ出来る芸当だ。あとは20時17分を待つのみ。そして私は鉄平にチョコを渡して告白の返事をするんだ。関係が壊れちゃうのは嫌だからせめて幼なじみとして元に戻れないかなって思ってる。
――大丈夫大丈夫、私と鉄平の仲だもん。きっと理解してくれるよね、、、
こうして時間は過ぎていくのだった......運命の時まで着々と。
2月14日 下北景
ふぅ、と気持ちを落ち着ける。鷹咲先輩を好きになったのは小学生の時、近所に引っ越してきた中学生の男の子がとってもカッコよかったから。そして家が近いこともありよく遊んでもらって。でもやっぱり私が恋に落ちた瞬間はあのときだろうな。小学校5年生の時、市内で貰ったヘリウム風船が飛んでって木に引っかかっちゃった時。私はヘリウム風船なんて持つのも初めてで舞い上がってて、だからもう取れないよってなった時は悲しかった。お母さんと二人でお母さんも届かない、だから諦めなさいって泣いている私を優しくなだめてくれたっけ。でもそこに通りかかった鷹咲先輩が、
『……俺、取りましょうか?』
なんて言ってくれて。その時部活帰りだった先輩は荷物を地面において走り、そしてピョーンと高く跳んだ。そして軽々と風船を取ると私に手渡してくれたのだ。
『凛桜お兄ちゃん、めっちゃかっこよか、、、』
『ハハッ、ありがとう。俺が景ちゃんの役に立てたなら良かったよ』
そう言って誇ることもなく当たり前のようにまた帰路につく先輩の背中に私は恋したんだ。ずっと見れる、それだけでも良かった。でも先輩は来年には空乃坂を出てしまうらしい。それなら今年が最後だなって思っているときに同じクラスの七星海色ちゃんから『バレンタインデー、チョコあげんと?』って言われてあげることを決心した。
海色ちゃんも鷹咲先輩のことが好きだって思ってたけど勘違いだったのかな。空知くんと幼なじみみたいだし、空知くんとそういう関係になってるとかかな? でも、外から見ててもお似合いだと思うし、もし鷹咲先輩に告白して成功したら、その時は私も海色ちゃんに感謝しなきゃね。
「……大丈夫、後悔するくらいなら気持ち、伝えんね!」
自分を奮い立たせ、鞄の中にちらっと目をやる。料理なんて経験無い私が昨日、雪が降る中必死で作った手作りチョコケーキ。喜んで......くれるかな?
2月14日 黒羽有朱
「さて、じゃあ私は当初の予定通り校門前でチョコを配るかしら」
カゴの中に入った20円チョコの包み紙。そういえば小学生限定でって計画していたはずのバレンタインデーイベントも七星さんのアイデアで街規模のものになったわね。お父様も街の繋がりができていい考えだ、なんて言ってたし。もしかしたら七星さんはこういう仕事に向いているのかも知れないわね。
「凛桜くんは、、、私のチョコなんて受け取らないわよね」
鞄から取り出した長方形の箱をそっと仕舞う。もう諦めたはずなのに、ね。これは久しぶりにお父様にでもあげようかしら。
2月14日 空知鉄平
学校の廊下ってなんでこんなに空気が冷えているんだろう。ワンチャン外より寒い説まである。放課後、俺は体育館に向かっていた。今日は朝練があった分放課後の部活はオフの日だ。なのに俺が体育館を目指しているのにはとある理由があった。
ダンッダンッ、と聞こえてくるドリブルの音。そしてパシュッというボールがネットを掠めるきれいな音。ノータッチシュート、リングやボードに触れずに入るシュートのことだ。
「ナイッシュー!」
俺は上履きを脱いで靴下になり、体育館に足を踏み入れる。裸足ではないものの靴下の布を貫通して刺すような冷たさが俺を襲う。俺の姿を見つけ、ドリブル音が止む。
「……急に呼び出して、何の用かな。鉄平」
「いやぁ、受験勉強中に呼んじゃってすみません。でも少し、お話したいことがあるんですよ。咲先輩――」
体育館にいるのは俺と鷹咲凛桜先輩のみ。夏まで一緒にバスケをしていたコート。懐かしい、でも今はそんな感傷は関係ない。
「先輩、正直な話―――」
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